164
そろそろ昼食の準備をしようかと思っていたところに、また倉持から電話がかかってきた。何度も電話をよこすなんて珍しい。通話ボタンを押し、スマホを耳に当てる。
「倉持?何?」
『おぉ、今さ、春市と牧瀬と飯食ってたんだけどさ』
へぇ、珍しい…。
『牧瀬がなんか光に用があるらしくて。光に電話したけど出ないから、お前に聞けってうるさくて』
「あぁ…光なら今寝てるから」
ちょっと寝室の方を振り返って言う。ベッドの上には布団にくるまって眠っている光の、無防備な細い脚が見える。
電話の向こうで、寝てるんだとよ、と倉持の声がした。その直後、ガッ、と物音がして、はきはきとした声が耳元に響いた。
『もしもし御幸さん!?私、牧瀬ですけど!』
「…知ってるよ」
思わずスマホをちょっと耳から話して応答する。傍で倉持の不満気な声も聞こえる。スマホを奪われたか。
『光に急遽台本を届けなくちゃいけなくなって…今日の午後伺っても良いですか?』
「え…あ、今日はちょっと…」
『ちょっと伝言もあるので、どうしても直接渡したくて!無理なら明日にしますけど…できれば早く渡したいんです。』
「あー…、そうだな…今日はちょっと、光、休んでるから」
『…え?光、どこか悪いんですか?』
急に牧瀬の声色が変わり、しまった、と息を飲む。
「いや、そういうわけじゃねーけど…」
『それならお見舞いがてら今日伺いますね!光、強がって無理しちゃうときあるから…。それじゃ、失礼します!』
「あ、おい…!」
プツン、と空しい音がして、電話が切れる。…マジか。
「…一也さん。」
寝室の方から自分を呼ぶ愛らしい声がして、俺はスマホを片手にバツの悪さをにじませながら寝室へ入る。
「…どうかしたんですか?」
その顔色を感じ取って、光は目を瞬いて俺を見上げる。
「牧瀬が…お前に渡したいものがあるから、これから来るって」
「え?…あ、電話入ってた…」
光は自分のスマホを見つけて呟いた。
「それで…あいつ、お前の具合が悪いと思って、見舞いに来るとも言ってて」
「…え?」
「多分…倉持も来るんじゃねーかなぁ。一緒にいたみたいだし。あと、もしかしたら小湊も」
「春市君も?」
…春市君?光が近親者以外の男を下の名前で呼ぶなんて珍しい…。あの東条ですら、名前で呼んでいないのに。
そういえば…この間のパーティーでも、小湊が光のこと、ちゃん付けで呼んでたな…。仲良いのか?
「じゃあ、着替えないと…」
光は身を起こして、ベッドから降りようとした。
「あ…おい、大丈夫か?」
駆け寄ってそれを手伝う。光はよたつきながら俺に掴まった。しかし俺の手を掴んだまま、光は腰を押さえ、赤くなって俯いた。
「…いたた」
「む、無理するなよ、ほら、座って」
光を抱き上げてベッドに座らせて、細い肩に手を置く。
「大丈夫だよ。玄関で応対して、適当に帰すから。」
「……。」
「心配しないで休んでて。な?」
「…はい。」
頷いた光をまた横にならせて、リビングに戻る。…さて。小湊は心配ないが、問題はあの図々しい二人組…。ただでさえこの家に慣れているから、ずかずか上がり込んだとしてもおかしくはない。何としてでも阻止しなければ…。
ピルルルル、とスマホが鳴る。また電話か…。手に取ると、沢村の文字。あいつから電話なんて珍しい。
「はい御幸」
不思議に思いながら電話に出ると、電話の向こうはがやがやと騒がしい喧騒であふれていた。
『御幸先輩!光はポケリ派ですか!?アコエリ派ですか!?』
「は?」
『風邪ひいたときはポケリのがいいって言いますけど、やっぱ本人の好みが一番だと思うんすよね!』
『沢村!どっちでもいいから早くしろよ』
『倉持先輩は黙っててつかあさい!御幸先輩!どっちすか!?』
「…なんでお前が倉持といるの?」
『え?あぁ、駅前で偶然会って!光風邪ひいたんすよね!?友達として見舞いに行かねーとと思って!』
「風邪じゃねーし見舞いは来なくていい。つーか来るな。」
『遠慮しなくていいっすよ!困ったときはお互い様…』
「いや迷惑だから来るな。倉持にも言っといて。来るなよ。じゃ。」
『ちょっ…』
プツッ。返答を聴く前に電話を切る。最初からこうすればよかった。やれやれ、沢村まで来るとか勘弁しろっつーの。
ピンポーン。
安堵した矢先、無機質なインターフォンの音が無情にも鳴り響く。うんざりしながらモニターを見ると、そこに立っていたのは予想外の人物…光臣だった。光臣のことだから、ここの警備にうちが在宅だと確認済みだろう。ため息をひとつ吐いて、玄関へ向かう。
重たい扉を開くと、いつもより少しカジュアルなシャツ姿の光臣が立っていた。
「よお…どうした?」
玄関先で用件を聞く体制で尋ねると、光臣はちょっと部屋の奥を気にするそぶりをした。
「…今日は、光は?」
「…休んでるよ。光に急用?」
「いや…、久しぶりに、うちで食事でもどうかと思って。もちろん、君も。…3人で。」
ふーん…下心丸見えだけど。
「悪いけど、今日は用があるんだよ。」
「そうなのか。…光は、どこか具合でも?」
「いや?元気だよ。」
「…それなのにこの時間に休んでるなんて…珍しいな。」
な…なんだこいつ。なんでそこを深読みするんだよ…こえぇ。
「もしかして…昨日の晩に無茶でもさせたのか?」
「は…!?」
息を飲んで、光臣を見る。しまったと思った時には、光臣は口元に手を当てて、気まずい笑みを浮かべた。
「…冗談のつもりだったんだが。」
「し…知ってるよ」
お互い目を逸らして咳払いをする。くそ…動転しすぎた。時間を戻したい…。
「まぁ…そういうことなら、今日の所は失礼しようかな。」
「…あ、そう。」
妙な含みを持たされたが、むやみに詮索されるよりはマシだ。深く追求するのをやめ、俺は光臣を見送る。
「あれっ!?奥村…」
しかし響いてきた騒がしい声で、俺も光臣も立ち止まった。
「…じゃない!え!?奥村のお兄様!?」
「栄純君、うるさい。」
がやがやとやってきたのは、沢村、小湊、倉持、牧瀬の4人。やっぱ押しかけてきやがった…。
「光の従弟の光臣さんだよ。」
「従弟!?奥村の兄ちゃんじゃねーの!?」
「奥村君とは親戚だけど、兄弟じゃないよ。」
牧瀬の説明を聞いて、沢村はまじまじと光臣を眺める。
「…狼少年そっくりだな!!」
「…狼少年?」
光臣は訝しげに眉を顰めて、俺を振り向いた。
「あいつはなにか嘘でも吐いたのか?」
「いや、そういう意味じゃねーよ。」
そっくりってとこには反論しないのね…。まぁそっくりだしな。
「御幸、光は?」
倉持がやってきて、さっそく訊ねてくる。さて、どう追い払うか…。言葉を選んでいると、光臣は俺と倉持達を見比べて、何やら察した様子で口を開いた。
「光ならいないぞ。」
「え?」
倉持や牧瀬たちまでもが目を丸くして光臣に注目する。…庇ってくれるつもりか?
「さっき出かけた。」
「出かけたって…どこに?」
光が一人で出かけることなんてあまりない。まして、こんな休日の真昼間に突然だなんて。倉持も牧瀬も思い切り訝しんで光臣を見た。しかしそこはさすが若社長、一切の動揺を感じさせない涼しい表情で言葉を続けた。
「別宅に行った。俺たちもこれから向かうところなんだ。だから、今日は遠慮してくれないか。」
なるほど…家の事情を匂わせたか。さすがの倉持や牧瀬も納得がいったように口を噤んで顔を見合わせた。
「…なんだ。今日大事な用があるっつってたの、それかよ?」
倉持が合点がいったように俺に言い、俺も頷いた。
「あぁ…わりいな」
「いや別に。んじゃこれ、一応差し入れ。あと…牧瀬、光に渡すモンがあるんだろ?」
「あ、はい…でも、直接話したいこともあるし、明日にします。朝会えるし。」
「そっか。」
やけにあっさりしてんな…光臣がスゲエのか、運が良かったのか…。
ともかく、安堵した。
「せっかく来てくれたのに悪いな。」
そう言うと、小湊が謙遜するようにいいえと微笑した。
「沢村、何してんだ。行くぞ」
未だに疑わしげに光臣を見ている沢村の襟ぐりを、倉持が引っ掴んで引きずるように連れて行く。ぞろぞろと帰って行く集団を見送って、俺は安堵と疲労の混じったため息をこっそり吐いた。
「さんきゅー。助かったぜ」
光臣にそういうと、光臣はフッと小さく笑った。
「ひとつ貸しだぞ。」
そう言って、俺の胸をトンと突き、そのまま帰って行く。
「…え?」
もしかして何か早まってしまったのか。何か企んでんじゃねーだろうな…。
俺は一抹の不安を感じつつ、部屋の中へと戻った。
「倉持?何?」
『おぉ、今さ、春市と牧瀬と飯食ってたんだけどさ』
へぇ、珍しい…。
『牧瀬がなんか光に用があるらしくて。光に電話したけど出ないから、お前に聞けってうるさくて』
「あぁ…光なら今寝てるから」
ちょっと寝室の方を振り返って言う。ベッドの上には布団にくるまって眠っている光の、無防備な細い脚が見える。
電話の向こうで、寝てるんだとよ、と倉持の声がした。その直後、ガッ、と物音がして、はきはきとした声が耳元に響いた。
『もしもし御幸さん!?私、牧瀬ですけど!』
「…知ってるよ」
思わずスマホをちょっと耳から話して応答する。傍で倉持の不満気な声も聞こえる。スマホを奪われたか。
『光に急遽台本を届けなくちゃいけなくなって…今日の午後伺っても良いですか?』
「え…あ、今日はちょっと…」
『ちょっと伝言もあるので、どうしても直接渡したくて!無理なら明日にしますけど…できれば早く渡したいんです。』
「あー…、そうだな…今日はちょっと、光、休んでるから」
『…え?光、どこか悪いんですか?』
急に牧瀬の声色が変わり、しまった、と息を飲む。
「いや、そういうわけじゃねーけど…」
『それならお見舞いがてら今日伺いますね!光、強がって無理しちゃうときあるから…。それじゃ、失礼します!』
「あ、おい…!」
プツン、と空しい音がして、電話が切れる。…マジか。
「…一也さん。」
寝室の方から自分を呼ぶ愛らしい声がして、俺はスマホを片手にバツの悪さをにじませながら寝室へ入る。
「…どうかしたんですか?」
その顔色を感じ取って、光は目を瞬いて俺を見上げる。
「牧瀬が…お前に渡したいものがあるから、これから来るって」
「え?…あ、電話入ってた…」
光は自分のスマホを見つけて呟いた。
「それで…あいつ、お前の具合が悪いと思って、見舞いに来るとも言ってて」
「…え?」
「多分…倉持も来るんじゃねーかなぁ。一緒にいたみたいだし。あと、もしかしたら小湊も」
「春市君も?」
…春市君?光が近親者以外の男を下の名前で呼ぶなんて珍しい…。あの東条ですら、名前で呼んでいないのに。
そういえば…この間のパーティーでも、小湊が光のこと、ちゃん付けで呼んでたな…。仲良いのか?
「じゃあ、着替えないと…」
光は身を起こして、ベッドから降りようとした。
「あ…おい、大丈夫か?」
駆け寄ってそれを手伝う。光はよたつきながら俺に掴まった。しかし俺の手を掴んだまま、光は腰を押さえ、赤くなって俯いた。
「…いたた」
「む、無理するなよ、ほら、座って」
光を抱き上げてベッドに座らせて、細い肩に手を置く。
「大丈夫だよ。玄関で応対して、適当に帰すから。」
「……。」
「心配しないで休んでて。な?」
「…はい。」
頷いた光をまた横にならせて、リビングに戻る。…さて。小湊は心配ないが、問題はあの図々しい二人組…。ただでさえこの家に慣れているから、ずかずか上がり込んだとしてもおかしくはない。何としてでも阻止しなければ…。
ピルルルル、とスマホが鳴る。また電話か…。手に取ると、沢村の文字。あいつから電話なんて珍しい。
「はい御幸」
不思議に思いながら電話に出ると、電話の向こうはがやがやと騒がしい喧騒であふれていた。
『御幸先輩!光はポケリ派ですか!?アコエリ派ですか!?』
「は?」
『風邪ひいたときはポケリのがいいって言いますけど、やっぱ本人の好みが一番だと思うんすよね!』
『沢村!どっちでもいいから早くしろよ』
『倉持先輩は黙っててつかあさい!御幸先輩!どっちすか!?』
「…なんでお前が倉持といるの?」
『え?あぁ、駅前で偶然会って!光風邪ひいたんすよね!?友達として見舞いに行かねーとと思って!』
「風邪じゃねーし見舞いは来なくていい。つーか来るな。」
『遠慮しなくていいっすよ!困ったときはお互い様…』
「いや迷惑だから来るな。倉持にも言っといて。来るなよ。じゃ。」
『ちょっ…』
プツッ。返答を聴く前に電話を切る。最初からこうすればよかった。やれやれ、沢村まで来るとか勘弁しろっつーの。
ピンポーン。
安堵した矢先、無機質なインターフォンの音が無情にも鳴り響く。うんざりしながらモニターを見ると、そこに立っていたのは予想外の人物…光臣だった。光臣のことだから、ここの警備にうちが在宅だと確認済みだろう。ため息をひとつ吐いて、玄関へ向かう。
重たい扉を開くと、いつもより少しカジュアルなシャツ姿の光臣が立っていた。
「よお…どうした?」
玄関先で用件を聞く体制で尋ねると、光臣はちょっと部屋の奥を気にするそぶりをした。
「…今日は、光は?」
「…休んでるよ。光に急用?」
「いや…、久しぶりに、うちで食事でもどうかと思って。もちろん、君も。…3人で。」
ふーん…下心丸見えだけど。
「悪いけど、今日は用があるんだよ。」
「そうなのか。…光は、どこか具合でも?」
「いや?元気だよ。」
「…それなのにこの時間に休んでるなんて…珍しいな。」
な…なんだこいつ。なんでそこを深読みするんだよ…こえぇ。
「もしかして…昨日の晩に無茶でもさせたのか?」
「は…!?」
息を飲んで、光臣を見る。しまったと思った時には、光臣は口元に手を当てて、気まずい笑みを浮かべた。
「…冗談のつもりだったんだが。」
「し…知ってるよ」
お互い目を逸らして咳払いをする。くそ…動転しすぎた。時間を戻したい…。
「まぁ…そういうことなら、今日の所は失礼しようかな。」
「…あ、そう。」
妙な含みを持たされたが、むやみに詮索されるよりはマシだ。深く追求するのをやめ、俺は光臣を見送る。
「あれっ!?奥村…」
しかし響いてきた騒がしい声で、俺も光臣も立ち止まった。
「…じゃない!え!?奥村のお兄様!?」
「栄純君、うるさい。」
がやがやとやってきたのは、沢村、小湊、倉持、牧瀬の4人。やっぱ押しかけてきやがった…。
「光の従弟の光臣さんだよ。」
「従弟!?奥村の兄ちゃんじゃねーの!?」
「奥村君とは親戚だけど、兄弟じゃないよ。」
牧瀬の説明を聞いて、沢村はまじまじと光臣を眺める。
「…狼少年そっくりだな!!」
「…狼少年?」
光臣は訝しげに眉を顰めて、俺を振り向いた。
「あいつはなにか嘘でも吐いたのか?」
「いや、そういう意味じゃねーよ。」
そっくりってとこには反論しないのね…。まぁそっくりだしな。
「御幸、光は?」
倉持がやってきて、さっそく訊ねてくる。さて、どう追い払うか…。言葉を選んでいると、光臣は俺と倉持達を見比べて、何やら察した様子で口を開いた。
「光ならいないぞ。」
「え?」
倉持や牧瀬たちまでもが目を丸くして光臣に注目する。…庇ってくれるつもりか?
「さっき出かけた。」
「出かけたって…どこに?」
光が一人で出かけることなんてあまりない。まして、こんな休日の真昼間に突然だなんて。倉持も牧瀬も思い切り訝しんで光臣を見た。しかしそこはさすが若社長、一切の動揺を感じさせない涼しい表情で言葉を続けた。
「別宅に行った。俺たちもこれから向かうところなんだ。だから、今日は遠慮してくれないか。」
なるほど…家の事情を匂わせたか。さすがの倉持や牧瀬も納得がいったように口を噤んで顔を見合わせた。
「…なんだ。今日大事な用があるっつってたの、それかよ?」
倉持が合点がいったように俺に言い、俺も頷いた。
「あぁ…わりいな」
「いや別に。んじゃこれ、一応差し入れ。あと…牧瀬、光に渡すモンがあるんだろ?」
「あ、はい…でも、直接話したいこともあるし、明日にします。朝会えるし。」
「そっか。」
やけにあっさりしてんな…光臣がスゲエのか、運が良かったのか…。
ともかく、安堵した。
「せっかく来てくれたのに悪いな。」
そう言うと、小湊が謙遜するようにいいえと微笑した。
「沢村、何してんだ。行くぞ」
未だに疑わしげに光臣を見ている沢村の襟ぐりを、倉持が引っ掴んで引きずるように連れて行く。ぞろぞろと帰って行く集団を見送って、俺は安堵と疲労の混じったため息をこっそり吐いた。
「さんきゅー。助かったぜ」
光臣にそういうと、光臣はフッと小さく笑った。
「ひとつ貸しだぞ。」
そう言って、俺の胸をトンと突き、そのまま帰って行く。
「…え?」
もしかして何か早まってしまったのか。何か企んでんじゃねーだろうな…。
俺は一抹の不安を感じつつ、部屋の中へと戻った。