167
マンションに帰ってきて、どっと疲れがあふれ出て、俺はソファに沈んだ。光は不思議そうに俺を見て、静かにキッチンに向かう。カチャカチャと陶器のぶつかる心地いい音を聞きながら、紅茶を淹れてくれているらしいと気付き、少し疲れが癒された。光のこういうとこ、本当に好きだな…。
ほどなくして、カチャ、とテーブルにマグカップが置かれた。起き上がると、期待通り紅茶がそこに置いてあって、隣に座る光にようやく微笑を向ける。
「ありがと。」
にこ、とほほ笑む光にまた癒されて、紅茶を口に含む。
「あー疲れた…」
「お風呂は?」
「あー…うん、入る」
「じゃあ入れてきますね」
「いいよまだ。お前も疲れただろ、もう少し休めよ」
手を引いてまた光をソファに座らせて、その姿をぼんやりと眺める。…綺麗だなぁ、ほんと、何時まで経っても…。初めて会った時はそれはもう衝撃だったけど…美人は3日で慣れるってのはウソだな。そりゃ、もうさすがに見慣れたけど、今でもドキドキするし見惚れてしまう。
「何…?」
見つめすぎたか。光はにわかに顔を赤くして俯く。モデルに女優の仕事もして、見られ慣れているだろうに、未だにこうして恥じらう。そんなところも可愛いけど…
「…もう絶対、あの人たちとの飲み会に連れていかねー」
「え?」
ぽつりとつぶやくと、光の顔に不安が滲んだ。…あ。なんか今の言葉まずかったな。
「私、何か変だった…?ごめんなさい」
「あ、いやいや、違うって。お前はなんも悪くない。そうじゃなくて…」
「……?」
「…あいつら皆、お前のこと変な目で見るから」
光は眉を顰め、不安そうに首を傾げる。うーん…自覚なし…。それどころか、まだ自分が悪い事したと思ってやがる。
「変な目っつーのは、だから…」
「……?」
「…お前が美人だから、あいつら、舞い上がって…」
セクハラしやがるし。…という言葉は飲みこんだ。本人が気付いてないならこのままの方が良い。
「…褒めてくれるのは嬉しいけど…」
光は頬を染めて苦笑いで顔を背ける。
「あーもう、なんでわかんねーかな。お前自分がすげえ美人だって自覚してる?」
「な…何、急に…」
「…これマジな話だからな?」
光は反応に困ったように赤面したまま黙り込んだ。
「…ほんとは倉持の所にやるのも嫌だったし…」
「……。」
「結婚してからお前のこと、名前で呼ぶ奴が増えたのも嫌だ。」
「…一也さんって」
「ん?」
「結構、やきもち焼きですよね。」
急に気恥ずかしくなって身を起こす。今俺、かなりしょうもない駄々をこねてしまったような…酔ってんのか、俺。
「高校生の頃にも、てっちゃんにヤキモチ焼いてましたね。」
「…そーだよ。俺、超独占欲強いから。」
もう開き直ってそう言って、顔を覆って息を吐き出す。ほんと…もっと、周りに思い知らせたい。光は俺のもんなんだぞって…。
丸めた背中に、光が覆いかぶさるように抱き着いてきた。柔らかな細い腕に包まれて、俺は思わず頬が緩む。
「…そっちこそ、何?急に。」
「一也さんを見てると、抱き着きたくなるの」
肩口にそんな可愛い声が聞こえる。酒も飲んでないのにこんなに素直に甘えてくれるのは珍しい。また独占欲が強くなってしまう。そう思いながらも、俺は光を抱きしめ返すのだった。
***
光が風呂から出て、俺も風呂に入ってリビングに戻ってくると、光は置きっぱなしだったバッグを片付けていたらしい。例の小箱を手に持ったまま、窺うように俺を振り返った。
「あ、一也さん。」
やべぇ、すっかり忘れてた…。どうしよう。
「結局これって何なんですか?」
「……。」
なんて答えるべきか。知らねー…は、通用しねーよな…。あんだけ動揺しちゃったし。
使ってみたい気持ちもあるけど…引かれるかなー。それは嫌だな。つーか説明しづれえよ。
「一也さん。」
「…ん、あー…うん、それな」
頭を掻きながら歩み寄って、小さくて綺麗な手からいかがわしいピンク色の機械を抜き取る。
「あれ?もうひとつリモコンみたいなのが…」
「え」
光は小箱から煙草の箱ほどのサイズのリモコンを取り出した。…遠隔操作機能付きかよ。無駄に高性能なやつ選びやがって…。
「スイッチ入れてみます?」
電源マークのボタンに指を添えてそわそわと俺を見る光。…無邪気な笑顔。やめてくれ、これはお前が期待しているようなものじゃねーんだよ…。
「…またあとでな」
「え?どうして?」
「今は使えないの」
「使えないって…?」
「…またあとで教えるから。今は仕舞っとけ。」
無理やり物を小箱に収めて取り上げると、光は不服そうに俺を見つつも口を噤んだ。その細い両肩に手を置き、後ろを向かせて、そのまま寝室に連れて行く。大人しく寝室に入った光はベッドに座り、俺が部屋の電気を消していくのを眺める。
「…ねぇ一也さん」
「ん?」
何か言いたげに俺を呼ぶ光に返事をしながらベッドに入ると、光も布団に入りながら言葉を続けた。
「赤ちゃんほしい?」
「ぶっ…!!げほっ!!ごほっ!!」
呼吸をしそこなって盛大にむせかえる俺の背中を、光は冷静に撫でながら目を丸くした。
「…大丈夫ですか?」
「げほっ…、だい、じょうぶ」
手をあげて頷いて、ようやく起き上がる。…突然何なんだ。
「え…と、も、もしかして…?」
「え?」
「…できた、の?」
きょとん、と光は俺を見て目を瞬いた。
「ううん。」
「……え?なんだ…でもなんで?」
「最近、色んな人に聞かれるから…子供はいつ?って」
「…誰がそんな余計な世話を?」
「仕事で共演した人とか…記者の人とか?」
「そんなもんは無視しとけばいいの。ほっとけ。」
「でも…」
光はいつになく神妙な目で俺を見つめた。
「もし…私の仕事のことで、一也さんが遠慮してるなら…」
「俺は別に…」
ふるふると首を横に振って、光は言葉を続ける。
「私、一也さんのためなら、仕事はなんとかしますからね。」
「…どうしたの、急に」
「だって…また大騒ぎになって、マスコミとか来ちゃうでしょ。一也さん、そういうの嫌だと思って…」
「お前な…」
華奢な背中に手を回し、宥めるように撫でた。本当にこいつ、人のことばっかりだな…。
「俺は周りのことなんか気にしてねーよ。子供は…授かりもんだと思ってるし、急いで作る気もない。」
「…そうなの?」
「ああ。つーか…しばらくはまだいいかと思ってるよ。俺…」
「……?」
「…まだ、お前と二人でいたい」
きょとん、と目を瞬いた光が、にわかに顔を赤くして涙ぐんだ。俺は急に恥ずかしくなって、勢いのまま光を抱きしめる。
「…つーわけだから。それでもいい?」
「…はい…」
こくり、と肩口で光が頷いた。
ほどなくして、カチャ、とテーブルにマグカップが置かれた。起き上がると、期待通り紅茶がそこに置いてあって、隣に座る光にようやく微笑を向ける。
「ありがと。」
にこ、とほほ笑む光にまた癒されて、紅茶を口に含む。
「あー疲れた…」
「お風呂は?」
「あー…うん、入る」
「じゃあ入れてきますね」
「いいよまだ。お前も疲れただろ、もう少し休めよ」
手を引いてまた光をソファに座らせて、その姿をぼんやりと眺める。…綺麗だなぁ、ほんと、何時まで経っても…。初めて会った時はそれはもう衝撃だったけど…美人は3日で慣れるってのはウソだな。そりゃ、もうさすがに見慣れたけど、今でもドキドキするし見惚れてしまう。
「何…?」
見つめすぎたか。光はにわかに顔を赤くして俯く。モデルに女優の仕事もして、見られ慣れているだろうに、未だにこうして恥じらう。そんなところも可愛いけど…
「…もう絶対、あの人たちとの飲み会に連れていかねー」
「え?」
ぽつりとつぶやくと、光の顔に不安が滲んだ。…あ。なんか今の言葉まずかったな。
「私、何か変だった…?ごめんなさい」
「あ、いやいや、違うって。お前はなんも悪くない。そうじゃなくて…」
「……?」
「…あいつら皆、お前のこと変な目で見るから」
光は眉を顰め、不安そうに首を傾げる。うーん…自覚なし…。それどころか、まだ自分が悪い事したと思ってやがる。
「変な目っつーのは、だから…」
「……?」
「…お前が美人だから、あいつら、舞い上がって…」
セクハラしやがるし。…という言葉は飲みこんだ。本人が気付いてないならこのままの方が良い。
「…褒めてくれるのは嬉しいけど…」
光は頬を染めて苦笑いで顔を背ける。
「あーもう、なんでわかんねーかな。お前自分がすげえ美人だって自覚してる?」
「な…何、急に…」
「…これマジな話だからな?」
光は反応に困ったように赤面したまま黙り込んだ。
「…ほんとは倉持の所にやるのも嫌だったし…」
「……。」
「結婚してからお前のこと、名前で呼ぶ奴が増えたのも嫌だ。」
「…一也さんって」
「ん?」
「結構、やきもち焼きですよね。」
急に気恥ずかしくなって身を起こす。今俺、かなりしょうもない駄々をこねてしまったような…酔ってんのか、俺。
「高校生の頃にも、てっちゃんにヤキモチ焼いてましたね。」
「…そーだよ。俺、超独占欲強いから。」
もう開き直ってそう言って、顔を覆って息を吐き出す。ほんと…もっと、周りに思い知らせたい。光は俺のもんなんだぞって…。
丸めた背中に、光が覆いかぶさるように抱き着いてきた。柔らかな細い腕に包まれて、俺は思わず頬が緩む。
「…そっちこそ、何?急に。」
「一也さんを見てると、抱き着きたくなるの」
肩口にそんな可愛い声が聞こえる。酒も飲んでないのにこんなに素直に甘えてくれるのは珍しい。また独占欲が強くなってしまう。そう思いながらも、俺は光を抱きしめ返すのだった。
***
光が風呂から出て、俺も風呂に入ってリビングに戻ってくると、光は置きっぱなしだったバッグを片付けていたらしい。例の小箱を手に持ったまま、窺うように俺を振り返った。
「あ、一也さん。」
やべぇ、すっかり忘れてた…。どうしよう。
「結局これって何なんですか?」
「……。」
なんて答えるべきか。知らねー…は、通用しねーよな…。あんだけ動揺しちゃったし。
使ってみたい気持ちもあるけど…引かれるかなー。それは嫌だな。つーか説明しづれえよ。
「一也さん。」
「…ん、あー…うん、それな」
頭を掻きながら歩み寄って、小さくて綺麗な手からいかがわしいピンク色の機械を抜き取る。
「あれ?もうひとつリモコンみたいなのが…」
「え」
光は小箱から煙草の箱ほどのサイズのリモコンを取り出した。…遠隔操作機能付きかよ。無駄に高性能なやつ選びやがって…。
「スイッチ入れてみます?」
電源マークのボタンに指を添えてそわそわと俺を見る光。…無邪気な笑顔。やめてくれ、これはお前が期待しているようなものじゃねーんだよ…。
「…またあとでな」
「え?どうして?」
「今は使えないの」
「使えないって…?」
「…またあとで教えるから。今は仕舞っとけ。」
無理やり物を小箱に収めて取り上げると、光は不服そうに俺を見つつも口を噤んだ。その細い両肩に手を置き、後ろを向かせて、そのまま寝室に連れて行く。大人しく寝室に入った光はベッドに座り、俺が部屋の電気を消していくのを眺める。
「…ねぇ一也さん」
「ん?」
何か言いたげに俺を呼ぶ光に返事をしながらベッドに入ると、光も布団に入りながら言葉を続けた。
「赤ちゃんほしい?」
「ぶっ…!!げほっ!!ごほっ!!」
呼吸をしそこなって盛大にむせかえる俺の背中を、光は冷静に撫でながら目を丸くした。
「…大丈夫ですか?」
「げほっ…、だい、じょうぶ」
手をあげて頷いて、ようやく起き上がる。…突然何なんだ。
「え…と、も、もしかして…?」
「え?」
「…できた、の?」
きょとん、と光は俺を見て目を瞬いた。
「ううん。」
「……え?なんだ…でもなんで?」
「最近、色んな人に聞かれるから…子供はいつ?って」
「…誰がそんな余計な世話を?」
「仕事で共演した人とか…記者の人とか?」
「そんなもんは無視しとけばいいの。ほっとけ。」
「でも…」
光はいつになく神妙な目で俺を見つめた。
「もし…私の仕事のことで、一也さんが遠慮してるなら…」
「俺は別に…」
ふるふると首を横に振って、光は言葉を続ける。
「私、一也さんのためなら、仕事はなんとかしますからね。」
「…どうしたの、急に」
「だって…また大騒ぎになって、マスコミとか来ちゃうでしょ。一也さん、そういうの嫌だと思って…」
「お前な…」
華奢な背中に手を回し、宥めるように撫でた。本当にこいつ、人のことばっかりだな…。
「俺は周りのことなんか気にしてねーよ。子供は…授かりもんだと思ってるし、急いで作る気もない。」
「…そうなの?」
「ああ。つーか…しばらくはまだいいかと思ってるよ。俺…」
「……?」
「…まだ、お前と二人でいたい」
きょとん、と目を瞬いた光が、にわかに顔を赤くして涙ぐんだ。俺は急に恥ずかしくなって、勢いのまま光を抱きしめる。
「…つーわけだから。それでもいい?」
「…はい…」
こくり、と肩口で光が頷いた。