玄関を通って真っすぐに進むと、まずリビングがあった。
外観同様洋風の、高級そうな家具が並んだ広い部屋だ。リビングからはキッチンが見える作りになっていて、外国映画に出てくるような、白い棚が並ぶ広いキッチンも見える。
リビングにはほかに大きなソファー、テーブル、ダイニングテーブルと椅子、大画面のテレビといった家具の他に、ライトアップピアノやおしゃれな間接照明もある。
あっけにとられながら奥の廊下に通され、階段を上ると、光はその廊下の一番奥の部屋の扉を開けた。ここが光の部屋らしい。

「…どうぞ」

少し恥ずかしそうにする光に促され、部屋に足を踏み入れる。
部屋は日当たりのいい、すっきりと片付いた、女の子らしい部屋だった。
勉強机やベッドの他に、テレビや本棚、小さなソファ、テーブル、チェストには写真立ても並んでいる。

「座っててください。お茶淹れてきます。」
「あ、いや、おかまい……なく」

言い終える前に、光は部屋を出ていってしまった。階段を駆け下りる小さな足跡が聞こえてくる。
俺はまず本棚に近づいた。並んでいるのは、ほとんどが小説の文庫本。端の方に少女漫画も少しだけある。お、これ、純さんも読んでたやつじゃん。
それから意外だったのは、野球の本も少しばかりあったこと。哲さんの影響か?嬉しいような、妬けるような…。

俺は本棚を離れ、チェストの上の写真立てを眺めた。ほとんどが友人だろうか。親らしい人物と映っているものはない。幼い頃の写真もない。すべて中学生か、ごく最近の写真のようだ。俺の知っている牧瀬との写真もある。…文化祭の時のものか。牧瀬は貴族服の男装を、光はドレスを着ている。…似合うな。
それから気になったのは、光と同じ年頃の男と二人で写っている写真。ケーキを前に微笑む光と、優し気な表情を浮かべる男。金髪で青い眼の、どこか光と似ているような……弟か?

「…あ!」

ティーカップを持って戻ってきた光が、トレーをテーブルに置いて、急いで駆け寄ってきた。

「写真、あんまり見ないでください…恥ずかしいから」
「えー、いいじゃん、もっと見たい」
「…だめ。」

光に引っ張られ、ソファに座らされる。…ちぇっ。

「お前、弟いんの?」
「え?」
「そこの写真の奴…なんかちょっと似てるから」

誰のことなのかすぐにわかったのだろう、光は、ああ、とつぶやいた。

「親戚の子です。一つ下で、野球やってるんですよ。確かキャッチャーです。」
「へぇ…そうなんだ」

光が野球に理解があるのは、哲さんだけじゃなくそいつの影響もあるのかもしれない。そう考えるとなんだか納得がいった。

「…もう何年も、会ってないから…まだ続けてるかどうか、わかりませんけど。」

その言い方に、なんだか寂しさを感じて、俺は尋ねる。

「何で会ってないんだ?」
「……。」

光は少し考えるように、ティーカップを両手で包んで呟いた。

「あの子は…お母さん同士が仲良しで、昔はよく会ってたんですけど、3年前、私のお母さんが、亡くなって」

まずいことを訊いたかもしれない。ただ、俺は黙って聞く。

「それから…私のおとうさんの仕事の都合で、引っ越しちゃったので。しばらく会えてないんです」
「…そう」

何と言ったらいいかわからず、紅茶を口に運ぶ。両親の話がなかなか出てこないと思っていたけど、まさか母親が亡くなっていたとは。父親の仕事が忙しいのも、それならわかるような気がする。

「…先輩」

光がティーカップを置いて、おもむろに顔を近づけてきた。俺はそれに応えるように、キスをする。そうだ、俺はこいつの彼氏なんだ。他人じゃない。俺は…こいつの力になれるんだ。支えてやれるんだ。
柔らかな唇を自分の唇で挟む。吐息が熱く唇を濡らす。舐めるように、擦り付けるように、何度も唇を食む。紅茶の香りがする。時々吐息に声が混じる。唇の動きに交じって、舌を伸ばす。光の唇の間を滑らせると、そこは、戸惑いながら少しだけ、開いた。
舌を滑り込ませると、熱くて柔らかい光の舌に触れた。少しだけそれを絡ませてみる。光は応えるように舌を伸ばす。一生懸命、少し苦しそうに。恐る恐るでも、俺を求めてくれる。応えようとしてくれる。気づけば、夢中でキスをしていた。

「…は……っぁ」

いよいよ苦しそうな声が混じる。そんな煽情的な声で俺はもっともっと欲しくなる。光の腕を撫で、手のひらを撫で、指を絡ませて手をつなぐ。そうでもしないと、このまま光を押し倒してしまいそうだったのだ。
きっと光はまだ、そこまで望んでない。ゆっくりでいい。光が開いてくれた分だけ、踏み込んでいく。
名残惜しく唇を離すと、光はうるんだ瞳で俺を見つめた。息は荒く、汗ばんだ額に髪が張り付いている。それを撫でてどかしてやって、頬を撫でていると、俺は自然と笑みがこぼれた。
光が愛おしくてたまらなかった。この顔も、こんな風に触れさせてくれるのも俺だけだと思うと、喜びがこみあげた。

「…一也先輩」

光は赤い唇で呟き、つないだままの俺の手を、自分の胸元にもっていった。

「…少し…だけ。触って…いいですよ」
「……え」

光の手が離れ、そのふくらみの前で俺の右手は自由になる。
生唾をのんで、ゆっくりと、そこに手を置いた。手のひらに心音が伝わってくる。手を滑らせて、ふくらみを手の中におさめ、少し力を入れてみる。……柔らかい。こんなに柔らかいのか。すげえ…なんだこれ。
光の顔を盗み見ると、光は口元に手を当てて、恥ずかしそうに顔をそむけている。
俺は光の胸から手を放し、肩を抱き寄せ、倒れてきた体を抱きすくめた。

「?あの…」

驚いた様子の光の、長い髪を撫でる。花のような甘い香りがする。

「無理、しなくていいから。」
「……。」

腕の中の光は黙り込んで、それから、ぽつりと言った。

「…違うんです」

ん…?
疑問符を浮かべる俺をやんわりと押し返して、光は突然、セーターの裾をまくり上げる。

「おい、ちょっ…」

いくらなんでも先走りすぎだろう、そんなに焦って、いったいどうしたというんだ。
動揺する俺に、光は服を胸の下までまくり上げた状態で、静かに言った。

「…ごめんなさい」

どうして謝るのかわからず、俺は躊躇いながら視界を覆っていた腕を下ろし、光を見る。
まず目に入ったのは細い腰のシルエット。白くて柔らかそうな肌。そのわき腹の少し下あたりに、引きつれた傷の痕。光は泣いていた。

「ごめんなさい、嫌だったら、帰ってください。何も言わないで。先輩に何か言われたら、私、わたし、」

ボロボロに泣き始める光の手に、俺は自分の手を重ねる。

「なんで謝るんだよ。」

本当にわからなかった。

「き…気持ち悪いでしょ」

嗚咽しながら光は言った。

「…綺麗だよ!」

他に言葉が思いつかず、俺はただ繰り返した。

「めちゃくちゃ綺麗だよ。当たり前だろ。こんな傷、全然、気にならないし。すげえ綺麗。だから、そんな、簡単に人に見せるなよ。お前、もっと自分を大切にしろよ。」
「……。」

光はボロボロと涙をこぼしながら俯いた。その隙に、俺は服を下ろさせ、肌を仕舞わせる。

「この傷、なんなんだ?」

これほど気にしているという事は、何か深い事情があるんだろう。そう思って、俺は思い切って尋ねる。
しかし光からの答えは、想像以上に重い物だった。

「……お母さんが…」

…え?

「お母さんが…病気で、私、私だけだったんです。お母さんが、つらい時…私が我慢していれば、お母さんは大丈夫だったから、だから…」
「…待てよ。母親にやられた傷なのか?」

光は黙り込んだ。図星らしかった。

「病気って…なんなんだよ?」
「……。」
「母親は亡くなったって言ったよな?病気で亡くなったのか?」
「……。」

光は嗚咽して、首を横に振った。

「…じ……自分で…」

それって…自殺ってことか?

「なんで…」

光の涙をぬぐってやると、光は少し落ち着いてきたように顔を上げた。

「お父さんが…お母さんを、大切にしなかったから」

曖昧な表現だったが、なんとなく事情は察した。
家に帰ってこない父親。不安からか精神を病んで娘を虐待していた母親。そんな中で、自信を失った光。
幼い頃の写真がないのも、そんな環境からだろう。そう思うと、きっと光の大きな支えになったであろう哲さん家の存在が、俺にとってもありがたかった。
俺はまた光を抱きしめた。

「辛かったな。」

心の底からそうつぶやくと、光は嗚咽をこぼした。背中をやさしくたたいてやり、たくさん、思い切り泣いてほしいと思った。これまでため込んでいた分、吐き出してほしいと思った。

「俺、お前が好きだよ。」
「……。」
「たぶん、お前が思ってるよりずっと、お前のこと好きだから。」
「……。」
「お前が俺に遠慮したりするのも、馬鹿じゃねえのって思うくらい、好きだから」
「……。」

光が俺の背中に腕を回した。俺はそのまま後ろに倒れ、上に光を抱いた形でソファに寝転んだ。
それがおかしかったようで、俺の胸元に顔をうずめていた光が少し顔を上げて、小さく微笑んだ。涙でぬれている目元を指で拭ってやって、髪を撫でる。柔らかくてサラサラの髪。俺、こいつの髪も好きなんだよな。

「落ち着いた?」

そう訊くと、光は少し恥ずかしそうに、こくりと頷いた。

 


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