ピーンポーン。インターフォンを押すと、扉越しにちょっと間の抜けた機械音が聞こえてくる。

「…いないのかな?」

東条がそう呟いた時、どたどたどた、と足音が近づいて来て、鍵とドアをほとんど同時に勢い良く開けた。

「おぉ、入れよ!」
「お…おう」

なんだか忙しそうな沢村はそう言うと、俺たちの返事も待たずにまた部屋の中へと戻っていく。玄関で靴を脱ぎ、部屋の中から漂ってくる食欲をそそる香ばしい香りを感じて、東条と顔を見合わせる。

「みゆき!金丸たちも来た!」

みゆき…?誰だ!?東条と動揺しながら部屋へ向かうと、その人物を目にする前に、聞き慣れた声が響いた。

「はぁ?また人数増えるのかよ…お前の家どーなってんの?飯足りねーぞ」
「あ…御幸先輩?」

リビングに入ると、キッチンにはエプロン姿の御幸先輩がいた。ソファには小湊も困惑したように座っている。
それはそうだ、御幸先輩がここにいるのは珍しい。倉持先輩はよく来るけど…。

「つーか呼び捨てにすんな。あと敬語!」

そう言いながら料理を盛り付け、俺たちを振り返り、俺が手に提げていたコンビニの袋のビール缶を見て顔をゆがめる。

「俺飯食ったら寝るから騒ぐなよ。」
「居候の分際で偉そうに!」
「代わりに飯作ってやってんじゃねーか。対等だ」
「…居候?」

沢村と御幸先輩のやり取りを聞き、東条が訝しげにつぶやいた。

「おう!昨日からな。」
「ど、どうして?」
「さあ?教えてくれねーんだよ。どうせ光と喧嘩でもしたんだろ?」
「喧嘩じゃねーし」

黙っていた御幸先輩がもぐもぐしながらきっぱりと否定する。けど、何かあったんだろうな…。なんとなく緊張しながら床に座り、とりあえずビールを並べたが、飲む気にもなれず黙り込む。

「…御幸先輩、倉持先輩の様子は?」

東条が口を開いた。あ…そうだよ、事故に遭ったってニュースで…。

「元気だよ。リハビリも順調。来週には退院できるみたいだぜ」
「あ…そうなんですか、よかった。」
「小湊もお見舞い行ったんだろ?」
「えっ!?」

話の流れで何気なく小湊に話を振ると、小湊はなぜか挙動不審に慌てだした。

「あ…うん、先週…兄貴と」
「どうだった?」
「げ…元気だったよ。」

…なんだ?小湊の様子がおかしい。

「…お前なんか変だけど、どうした?」
「いや…なんでもないよ。」

僕もいただきます、と小湊は逃げるように箸に手を伸ばす。

「おい東条」
「えっ!?あ、はい…?」

御幸先輩は東条を呼び寄せ、乱暴に肩を組んだ。こんな絡み方するなんて珍しい…。

「お前昔光に告ったって言ってたよな?」
「…え!?な、なんですか急に…」
「言ってたよな?」

固唾を飲んで見守る俺たち。みるみる顔が赤くなったり青くなったりする東条。

「…は、はい…」
「マジで!?え!?いつ!?」
「沢村は黙ってろ。なぁ東条、今は?」
「…え?」
「今もあいつのこと好き?」

東条の顔が引きつる。…可哀そうに。

「…ま、まさか。友達ですよ。もう結婚してるし、そんな風には見れないって言うか…」
「…ふーん」

御幸先輩は東条を解放し、頭をぐりぐりと撫でた。

「お前は真面目で良い奴だな!はっはっは」
「え!?…え?」
「あ〜〜もう帰りてぇ〜〜こんなむさくるしい部屋じゃなくて光がいる家に帰りてぇよ〜」
「転がり込んどいて何なんだアンタは!!勝手に帰れよ!!」

な…何がどうなってんだ?

「御幸先輩はどうして沢村の家に?」

東条が物おじせず訊いて、なぜだか俺がぎくりとする。よ…よく訊いたな東条…!

「色々あるんだよ。深〜〜い事情が…」

しかし御幸先輩は目も合わせずにそう言って食事を続ける。あくまで事情を説明する気はないようだった。
俺は東条と顔を見合わせ、部屋は静まり返る。

「おい、何だよお前ら。飲みに来たならさっさと飲め!そして帰れ!」

御幸先輩にビール缶を押し付けられ、俺も東条も戸惑いながら缶を手に取る。そしてそれ以上何も聞けない空気のまま夜が更けていった。


***


深夜、結局俺の家に東条を泊めることになって、タクシーを求めて大通りまで二人で歩く。静かな夜の住宅街で、夜風に酔いを醒まされながら、考えるのは御幸先輩のことだ。

「今…、別居してるってこと、なのかな?」

東条が呟き、俺はうーんと曖昧な返事をする。

「…光は家にいるのかな。」
「じゃなきゃ御幸先輩はわざわざ出て行ってねーだろ…」
「…だよね。」

会話はとぎれとぎれで、時折沈黙を挟む。

「…浮気?」
「…え、どっちが!?誰と!?」
「いや、知らないけど…」
「…まさか。それはないだろ」
「うん…」

東条は班笑いのまま頷いて、足元を見つめた。

「…でも、御幸先輩、指輪してなかった。」

俺は一瞬言葉を失って息をのんだ。

「…は!?…さっき?マジで?」
「うん…」
「…よく気付いたなぁ…全然気づかなかったぜ」
「…もしかしたら、光は今…」

東条は、俯いたまま呟いた。

「…倉持先輩の所に、いるのかもしれない…。」

 


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