車から降りて、俺は懐かしさに目が眩んだ。
久々の実家。古ぼけた工場と隣り合った、これまた古ぼけた小さな家。

「うわー…あちこち錆びてるし…。」

文句を零す俺をどこか嬉しそうに見つめながら、光も車から降りてやってくる。工場の方に人気はなく、2人で家の玄関に立ち、インターフォンを押した。しかし手ごたえのない軽い感触に、俺は顔を顰める。

「まだインターフォン壊れてんじゃねーか…」

…とは言っても、忙しさやら何やらで、気が進まないのかもな…。仕送りも、そうとう遠慮されたし。全然手ぇ着けてなかったりして…うわ、ありそう。

「…お義父さん、留守ですかね?」
「んー…」

首を傾げながらドアをノックする。ゴンゴンゴン、と大きな音が響いたが、それに対する反応は帰ってこなかった。

「出かけてんのかもな。今はそんなに忙しくない時季だと思うけど…。」

そう言いながら、念のために持って来た実家の鍵で玄関を開けた。

「親父ー?」

家の中へ呼びかけるが、返事はない。

「…留守みたいだな。」
「じゃあ…始めてますか?」
「そうだな。」

俺たちは頷き合って、家の中へと上がり込んだ。



***



夕暮れが夜の空気を運んできたころ。ブロロロロ、とエンジン音が庭に入り、停まった。親父の軽トラだ。
庭の俺の車を見たんだろう、ゆっくりと玄関のドアが開き、忍ぶ様な足音が台所に近づいてくる。

「…一也か?」

そう尋ねながら、親父が台所に顔を出した。そして、そこでちょうど夕食を作っていた俺と光を見て目を丸くした。

「おかえり。」
「おかえりなさい。」

そう言う俺たちに、親父は戸惑いながら言う。

「どうして…お前たち、明日から旅行じゃ…?」

そうだ、俺たちは明日日本を発ち、新婚旅行に行く。だけどその前に俺の実家に寄って、親父と食事をしようと言い出したのは光だった。

「こっからの方が空港近いしさ。今日泊めてよ。」
「突然すみません…。」
「いや…それはいいけど…」

親父は言いながら、だんだんと頬をゆるませる。

「…驚いたな。言ってくれれば…もっと早く帰って来たのに。」

その言葉に、俺の頬も思わずゆるんだ。

「夕食、作ってくれたのか?」
「まあな…どうせ、ちゃんと作ってないんだろ?」
「最近は時々、自分でも作ってるぞ。」
「時々かよ…野菜もちゃんと食ってるの?」

苦笑いする親父に、光が微笑む。それで気を取り直したように、親父は食卓にやって来た。

「おお、美味そうだなぁ」

その嬉しそうな笑顔を見て、光も嬉しそうに俺を振り返った。それだけで俺も、胸の奥があたたかくなって、自然と頬が緩む。
久々に三人で食卓を囲んで、嬉しそうな親父を見れたことも、『家族』として、光が当たり前にそこにいることも。すごく幸せだ。


***


光が風呂に入っている間、親父と二人、居間でビールを片手に向かい合う。薄明るい橙色の蛍光灯にぼんやりと照らされた部屋の中で、親父の顔は少し赤く見えた。

「…旅行先…、イタリアだったか?」
「ん?ああ…うん。」
「どこに行くんだ?」
「光はフィレンツェに行きたいって。あとヴェネチアとか…1週間だからあんまり回れないけど。でも、俺たちあちこち移動するのはあまり好きじゃないし。」
「そうか。気が合うんだな。良い夫婦だ」
「…大げさな」

久々の親子の会話はぎこちなくも温かい。俺は気恥ずかしく苦笑いを浮かべ、ビールを喉に流し込む。

「それと…イタリアには、光の母親の実家があるんだ。」
「…そういえば…光さんの母親って…?」
「色々あって。光が中学生の時、亡くなってる」

親父は気の毒そうに無言でうなずく。

「だから…そっちの方にも行けたらな…と思ってる。」
「…そうか。楽しんで来いよ。」
「うん。」

お互い、グラスをあけ、ビールを注ぎ合う。

「…もう結婚して1年か。」
「あぁ…そうだな。」
「そろそろ…」
「…?」
「孫の顔が見たいな。」

危うくビールを噴き出しかけて、むせそうになりながら飲みこむ。胸を叩いてせき込む俺を、親父はからかうように眺めた。

「裏の山田さんちはもう孫が3人いるらしいぞ。」
「あのな…」
「まあ、急かすつもりはないけど、俺が元気なうちに頼むぞ。」
「…忙しいんだよ、俺も光も」

「お風呂空きました。」

ぎくり、として顔を上げると、頬を上気させた光がにこにこして廊下に立っていた。

「あ…うん、俺の部屋に布団敷いてあるから。」
「はい。おやすみなさい。」
「おやすみ。」

素直に頷いて、親父に声をかけると、廊下の奥に消える光。

「先に入っていいよ。」

俺がそう言うと、親父は頷いてビールを飲み干した。

「やっぱり綺麗だな、光さんは」
「まあ…モデルだし」
「逆じゃないか?綺麗だからモデルなんだろ」
「細かいな…」
「6…7年前?初めてお前があの子をうちに連れてきたときは…驚いたなぁ。」
「またその話?正月にも聞いたんだけど…」
「照れるなよ。あんなに綺麗で気立てもいい子、よくつかまえたな。モテるだろ?ライバル多かったんじゃないのか?」
「まあ…」

めちゃくちゃモテるよ…今も。

「そうだよな、モテないわけないよな。」
「……。」
「どんな出会いだったんだ?」
「もういいだろ…早く風呂入ってきなよ。」
「ははは。…はいはい。」

そう言って追い払う仕草をすると、親父はまだからかうような笑みを浮かべたまま席を立った。
俺もグラスをあけ、軽く洗って片づけて部屋へ向かう。懐かしい自室に入ると、光はベッドに座って携帯を弄っていたが、俺に気が付くと携帯を横に置いた。

「メール?」
「はい。司のお土産、何がいいかなって」

そう、と相槌を打って、することもなく学習机の回転椅子に座る。すると光は前かがみになって両肘を膝につき、頬杖をついて俺を嬉しそうに眺めた。

「…何?」
「一也さんって、イケメンですよね。」

突拍子もない言葉に口角が引きつる。

「…なに急に?」
「高校の時、クラスの女の子とかみんな…御幸先輩かっこいい〜って言ってたなぁって思いだして」
「こっちもだよ。」
「…?」
「俺の周りの男、皆お前のこと可愛いって言ってた」
「じゃあ美男美女カップルだ。」
「それ自分で言う?」

あはは、と光は柔らかく笑いだす。

「でも、お前に…」

言いかけて、危うく口を閉じた。…子供が似たら、絶対可愛くなる、なんて軽い調子で言いかけてしまって。
光は不思議そうに目を瞬いて首を傾げた。

「…私に?何?」
「いや…やっぱいい」

光はちょっとムッとして立ち上がると、俺の傍に来て、上に跨ってきた。

「言いかけて止めるの、やめてください…」

そういいながら俺の眼鏡をはずし、頬を撫でる。

「…一也さんに似たらいいなぁ。」
「え?」
「…私たちの子供。」

驚いて顔が引きつった。…光もそんなこと考えるのか。

「…俺はお前似の女の子がいいな〜」
「女の子?意外…男の子がいいって言うと思ってた。」
「男だと光臣に似そうで…」

光は目を丸くし、笑い出す。

「…でも…どっちでも、絶対に可愛い。一也さんとの子なら…」

そう言って、光はゆっくりと口づけをしてくる。優しく、撫でるようなキス。…物足りない。
それをわかっているように、光は微笑んで俺の首に腕を回す。

「…子供、作る?」
「…ここではちょっと…」

いや、今すぐにでも抱きたいけど…親父がいると思うと萎える。光はそれもわかっていたように、からかうように笑った。

「昔はここでしたのに?」
「いや〜…若かったな」
「ふふ…」

光の俺を見つめる愛おしげな眼。…この眼がずっと欲しかった。

「一也さん…」
「…ん?」
「今日、一緒のベッドで寝てもいい…?」

そう可愛く強請る光を前に、頬が緩まないはずもなく。

「シングルだから狭いけど?」
「…お願い。」
「はは。…いいよ。」

頭を撫でてそう言うと、光ははにかんで俺を抱きしめた。

 


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