「はいこれ、お土産。」
「きゃーっ!ありがとう!」

新婚旅行から帰ってきた光達の家を早速尋ねると、ちょうどよかったと快く出迎えられ、綺麗な紙袋をいくつも渡される。

「わあ〜これも買ってきてくれたんだ!」
「司のリクエスト、多すぎて大変だったんだからね。」
「えっへへー、ごめんごめん!でもありがと!」

からかうように口をとがらせる光が可愛くて、緩む頬でお礼を言った。

「お前そんなに頼んでたのかよ。ちったぁ遠慮しろよ」

お土産のお酒を貰った倉持さんが呆れたように私のお土産を見て言う。

「うるさいなぁ。いいんですよ、頼まれでもしなきゃ光たち、ほとんどホテルで過ごしちゃうんですから!」
「……。」
「……。」

深い意味はなく、ふたりとも外ではしゃぐよりはゆったり過ごすのが好きだから、という意味で言ったのに、光と御幸さんは心なしか顔を赤くして黙り込んだ。…しまった。

「ご、ごめん!深い意味はなくて!」
「…わ、わかってるよ」
「……。」

顔を背ける光、咳払いをしてはぐらかす御幸さん。…まあ、仲良くやってたみたいだから、いいけどさ。

「ヒャハハ、ガキでも作って来たのかよ」
「バカ!!」
「いてっ!!」

倉持さんの発言に私は驚いた勢いのまま後頭部を雑誌でひっぱたいた。凄み顔で私を睨む倉持さんを、負けじと睨み返す。

「いきなり何すんだよ!」
「あなたにはデリカシーってもんがないんですか!」
「あぁ!?」

「……。」
「……。」

喧嘩を始める私たちの傍ら、光は気まずそうに俯き、御幸さんは気遣うような視線を向け、声をかけるのを遠慮したように目を逸らした。…な、なんかあったのかな。てっきり二人とも…いや、少なくとも御幸さんは、怒ると思ったんだけど。まるでそれどころじゃないみたいな…。
その空気を読み取ったか、バツが悪そうな顔になった倉持さんのわき腹を、私は咎めるように肘で突っついた。

「…あ、お茶…淹れてくるね」

光は思いついたように空になったティーポットを持ってキッチンへ行った。私はちょっと倉持さんを睨んでから立ち上がる。

「光〜、手伝うよ〜」
「あ…うん、ありがとう」

キッチンに二人で立ち、お湯を沸かしている光の、どこか上の空な横顔を見る。

「…あのさ、何かあったの?」
「…え…。」

光は驚いたように私を見た。どうしてわかるの、というように。

「なんか光も御幸さんも、元気がないって言うか、覇気がないって言うかさぁ…」
「…ごめん…」
「いや、責めてるわけじゃ…ただ、何か悩んでるなら、話してほしいな〜なんて…」

なーんてね、とおどけてみせる。光、人に相談するなんてこと、滅多にしないからなぁ。

「…じゃあ」
「ん?」
「明日…仕事の後、ちょっと話せる?」
「え…」

それって…私に相談!?光が!?私に!!?

「も、もちろん!」
「…ありがとう。」

ちょっと微笑んでまた鍋に視線を戻した光の横顔を、私は嬉しくなって見つめた。



***



「それで、相談って!?」

仕事が終わり、光を家に送る前に私の家へ来た。紅茶を入れて向かい合って座り、さっそく身を乗り出した私に、光はちょっと引き気味に微笑む。あ…焦りすぎちゃった。

「…あのね…」
「うん」
「…その…」
「…うん?」

恥ずかしいことなのか、顔を赤くしてなかなか話し出さない光。だけど辛抱強く待っていると、ようやく意を決したように話し出した。

「旅行中に…一也さんから…その、」
「うん」
「…作ろうかって…言われたの…」
「…ん?」
「…その…、…こ、子供を…」
「…おぉ」

どう反応したらいいかわからず、変な相槌を打った。だけど光は話を続けてくれた。

「でも…私はその、まだ…心の準備ができなくて…」
「なんで?光なら心配ないと思うけどなぁ。」
「…そんなことない。」

光はまた少し元気をなくしたように俯いた。

「…私…、普通の家庭で育ってないから…」
「……。」

普通じゃない自覚、あったのか…。あの大豪邸。…ん?そういえば、光の両親って…お母さんは亡くなってて、お父さんは…えーと、どうしたんだっけ?

「…そういえば光のご両親って?」
「……。」

あ…表情が暗くなった。聞いてもよかったのかな?

「お母さんは確か亡くなってるんだよね…?」
「…うん、私が中学生の時に…」
「…お父さんは?」
「……ちょっと、複雑で」
「……。」
「生きてる、けど…もう何年も会ってない。」

ってことは…あまり良好な仲じゃないのかな…?まああれだけの資産家一族、いろいろ事情がありそうだしなぁ。

「ふうん…。その…事情とかは、御幸さんは知ってるんでしょ?」
「うん…。」
「だったら…光の気持ちもわかってくれてるんじゃない?」
「…うん…、一也さんは、気にするなって言ってくれてる…けど…」

光はぼうっと紅茶を見つめながら、独り言を呟くみたいに続けた。

「私も、いつかは子供が欲しいって思ってる…。」
「うん。」
「でも、いつ心の準備ができるのか…わからないから」
「その、心の準備ってさ。具体的にどうすればいいの?お父さんやお母さんのことが気になってるんだとしたらさ…過去は変えられないわけだし…結局、自分や御幸さんを信じるしかないんじゃ…」
「…そうだよね。」

そうだよ、そんなこと、光もわかってるはずなのに。…それとも…

「…他に何か気になる事でもあるの?」
「……。」

ふにゃり、と光の表情が歪んで、深いため息が響いた。

「え、光?」
「…司はほんと、鋭いなぁ…もう…」
「え?え??」

私、そんなに何かすごいこと言った?光は口元を隠すように頬杖をついた。

「その…両親のことも、本当に気になってはいるんだけど…」
「うん」
「……その…」
「それだけじゃないんだね?」
「……うん…」

にわかに顔を赤くする光。ど…どうしたんだろう。

「その、他に気になってる事ってなんなの?」
「…倉持さんのこと…」
「え??」

く…倉持さん?も、もしかして…本当に好きになっちゃった…とか??

「その…好きだった、みたい」
「…だった?」
「…うん。でも、あの、今は本当に吹っ切れたの。本当に。」
「え、え…好きだったのはいつ?」
「わかんないけど…自覚したのは、最近…倉持さんが、入院したとき…。…いや、もっと前かも…」
「…えええ!?」

驚きの声を上げると、光はさらに顔を赤くして俯いた。

「え…、え、じゃあ、倉持さんと何か…あったの?」
「…何かっていうか…」
「キスしちゃった?」
「……いや…」
「……?」
「…1回、だけ…エッチした」
「……ええええ!!?」

私の反応も覚悟の上だったように、光は俯いたまま私の大声を受け止めた。

「…だから倉持さん、一時期あんな調子乗ってたのか〜!!」
「…ち、調子になんて…」
「え、それで?したのはいつ?」
「…結婚前、一也さんと別れる時…」
「…それが原因だったの!?」
「う…ううん、私はそのつもりだったけど、一也さんは引き留めてくれて…でも…」
「倉持さんを選んだってこと?」
「…ううん、一也さんと別れて、倉持さんとは一度も付き合ってない。」
「えぇ〜…でも、倉持さんから告白とかされたんでしょ?その…エッチしたなら。」
「うん…でも…断ったの。」
「…どうして?」
「その頃は…一也さん以外の人と、付き合うつもり、なかったから…」

…その頃…は?

「その頃は、って…じゃあ今は!?倉持さんから告白されたら付き合うの?」
「つ、付き合わないよ。実際、退院後…プロポーズされたけど…断ったし…」
「…プロポーズ!?」

付き合うとかすっ飛ばしてプロポーズ!?倉持さん、相当光に入れ込んでるなぁ…。

「へあ〜〜…なんか、今度から倉持さんを見る目変わっちゃうなぁ〜…」
「…ごめん」
「あ、いや、別にいいけど…」

でも…吹っ切れたとか言ってるけど、実際倉持さんのことが気がかりで子供をつくるのをためらってるなら…結構本気なんじゃ…。

「…まぁさ、光ってめちゃくちゃモテるのに、ちゃんと付き合ったのって御幸さんだけじゃん?だから、他の誰かが気になっちゃうのは仕方ないと思うんだよね。御幸さん以外を知らないから…」
「…でも…私最低だなって思って…」
「ん〜…でもさ、ちゃんと断ってるわけだし、いつまでも手を引かない倉持さんもどうかと思うよぉ。」
「だけど…倉持さんがいなかったら私、きっと今、大変なことになってる」
「それはそうだけどさぁ…」

蒼井颯人の件とか…森田桃の件とか…田中茜の件とか…。
確かに、倉持さんのおかげで何度も助けられてるからなぁ。なんでかなぁ。御幸さんが頼りないなんてことはないんだけど。倉持さん、動物並みの危機察知能力あるよね。…特に光に関して。

「1回、倉持さんとちゃんと付き合ってみれば?」
「何言ってるの…私もう結婚してるんだよ?」
「でも気になっちゃうんでしょ?」
「…それに、入院中…それっぽいことはしたの」
「それっぽいこと?」
「一也さんが、私の気持ちに気づいてて…距離を置こうって言って…倉持さんとしばらく過ごして、決めてほしいって言われて」
「そんなことがあったの!?」

うん、と頷く光。な…なんて懐の広い人なんだ、御幸さん。だけど、たぶん…光に関して言えば、多少強引にでも引き留めてた方が良かったんじゃないかなぁ。距離を置こうなんて言われたらきっと光は不安になるだけだ。自由を与えられて喜ぶ女の子じゃない。

「…で、御幸さんを選んだってこと?」
「うん…」
「でも実はまだ迷ってると?」
「迷ってなんか…吹っ切れたよ、本当に」
「でも悩んでるんでしょ?それって吹っ切れたとは言えないよ。」
「……。」
「たぶんさぁ、光、最初から御幸さんを選ぶつもりしかなくて、その期間過ごしたでしょ。だから選んだつもりでも、ちゃんと選べてないんだよ。」
「……。」

考えるように黙り込んでしまった光。は〜、まさか光と倉持さんがこうなるとはね…。美女と野獣じゃん。…なんて言ったら倉持さんにどつかれそうだな。

「じゃあとりあえず、それぞれの好きなところ挙げてみてよ。」
「え?そんなこと…」
「いいじゃん、案外単純に考えた方が良いんだって、こういうのは。ほらほら、まず御幸さん!イケメンで〜、天才野球選手で〜、お料理上手で〜…」
「ちょ…ちょっと…」
「ほらほら!あとは?」
「……。」

光はちょっと迷ってから口を開いた。

「…優しくて」
「うんうん」
「私のこと…すごく、愛してくれる」
「うんうん」
「私が嫌なことは…絶対にしなくて…」
「うん」
「…いつも…私の意見ばっかり、優先してくれて…」
「…それさぁ、」
「……?」
「本当に『好きなところ』?」
「……。」

光はちょっと俯いた。…ははーん、だんだんわかってきたぞ。

「…はい!それじゃ、倉持さんの『好きなところ』、思いつくこと言ってみて。」
「……。」
「ほらほら、恥ずかしがらずに!ここだけの話にするし!」
「……ん…」

光はちょっと躊躇いながらも口を開いた。

「…倉持さんも、優しい。」
「ふんふん」
「一也さんと同じで、私の嫌がることは絶対しない、けど」
「うん」
「でも…時々強引で…その」
「うん」
「…格好良いって…思う」
「なるほどね」

やっぱり…御幸さんが優しすぎて、良く言えば御幸さんに無い男らしさ、みたいなものを持ってる倉持さんに惹かれちゃった、ってとこかな。光、押しに弱いとこあるしなあ〜。

「う〜ん…」
「……。」

腕を組んで考え込む私を、光は窺うようにちらりと見る。

「じゃああっちの方は?」
「…何?」
「エッチ。どっちのほうが上手い?」
「…は、はぁ?」
「えーだってそれって結構重要じゃん!上手い方が良いに決まってるって!」
「……。」

光はちょっと呆れながら、顔を赤くして紅茶を飲む。

「そ、そんなの…倉持さんは…経験が…その…あんまりないみたいだったし…わかんないよ」
「えっ、倉持さん童貞だったの!?元ヤンっぽいのに!」
「…はっきり言いすぎ」
「いや〜意外だったからさ…」

…じゃあふたりとも、光としか経験ないってこと?それは悩むだろうなぁ…。

「…じゃあとりあえず、もう一回倉持さんとしてみたら?」
「……バカ」

光に睨まれて、だめかぁ、と私は目を瞑る。光は当たり前でしょ、とため息を吐いた。

 


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