184
牧瀬に送ってもらって帰ってきた光は、いつもどおりゆっくり風呂に入り、相変わらず刺激的な薄着で脱衣所から出てくると、上気する肌を仰ぎながらキッチンへ入って行った。ぽけーっと見惚れている俺にはまだ気付かず、何か温かい飲み物を淹れてリビングに戻ってくると、マグカップに口をつけながらちらりと俺を見て、ようやく視線に気づいたようにはにかんだ。
俺もつられて口元を緩ませながら光を手招きする。
「何ですか?」
「いいから、おいで」
隣に座った光の細い腰に腕を回し、柔らかな肌を抱き寄せる。ふわりと甘いシャンプーの香りが鼻を掠める。そのまま顔を近づけると、光は応えるようにこっちを向いて、軽くキスをした。ちょっと彼女を見つめて、もう一度キスをする。今度はもっと深く。彼女の吐息が乱れる。
「っは…」
「……。」
「ん…。」
甘く可愛い声を聞きながらキスを続け、彼女の手からマグカップを取り上げて傍らに置くと、本格的にその華奢な体を組み敷く。ソファの上で横たわり、鎖骨にキスを受けながら、光はやんわりと俺の肩を押した。
「ちょっと…待って」
「…ん?」
「す…するの?」
ここまできて、するの?とは。もう始まってるものかと思っていたくらいだ。
「…ダメ?」
「……。」
躊躇うように考え込む光。あれ?今日何かまずかったっけ?明日朝早い…わけでもないし。生理でもないし…だったらそう言うもんな。
…もしかして、子供の件…引き摺ってる?
「…わかった、ごめん。」
「…え…」
名残惜しくも身を離すと、光は拍子抜けしたように俺を見つめた。
「風呂入ってくる。」
「…一也さん…」
気にするなというように彼女の頭をくしゃりと撫でて立ち上がる。
光の家族は複雑で、きっと彼女は子供を持つという事に、俺以上に気負いがあるんだろうという事はわかる。だけどどうしたらいいのか…。もちろん俺は彼女と助け合うつもりで、一緒に頑張っていきたいと思ってる。…何があっても彼女と、…子供を守るつもりでいる。だけど…彼女の気持ちの整理がつかなきゃ、そんな覚悟…意味ないよな。
シャワーを浴びながら、思わずため息を吐き出した。
風呂を済ませてリビングに戻ると、光はぼうっとマグカップを持って座っていた。俺がリビングに入ってきたことに気づいてちょっと顔を上げた彼女に、平静を装った微笑みを向ける。
「俺、もう寝るわ。おやすみ。」
「…おやすみなさい。」
こちらを気にするような彼女の瞳から顔を背け、そそくさと寝室に入る。…気遣われる前にさっさと寝よう。
そう思って布団にもぐったのに、少しして、光が寝室に入ってきた。ベッドが少し沈み、すぐ隣に光が座ったのがわかった。
「…一也さん」
そっと俺の肩に触れる光。
「あの…大丈夫だから…」
「…ん?」
「…し、…しよう?」
頬を赤くしてそう誘ってくる愛くるしい光に、衝動的に手を伸ばしそうになったけど…。
かろうじて、彼女の髪を撫でるに留めた。
「無理するなよ。ほら、もう寝よう。」
「…無理なんかじゃ…」
「そう?じゃ、おやすみのチューだけしてもらおうかな。」
「……。」
光は目を瞬いて、躊躇いがちに身を屈め、ちゅ、と小さなキスを俺の唇に落とした。一瞬だけの柔らかな感触。…あー、抱きたい…。
「ありがと。オヤスミー」
「…おやすみなさい…。」
髪を撫でて微笑むと、光はようやく布団にもぐった。
***
翌朝光を迎えに来た牧瀬にコーヒーを出し、ふたりでソファに座る。光は洗面所でメイクをしている。だけど光は準備が早いから、俺は少し焦りつつ話を切り出した。
「なぁ牧瀬、最近光から何か聞いた?」
「何かって何ですか?」
「…俺のこととか」
「いえ別に。」
「…ほんとか?じゃあ…家族のこととかは?」
「別に聞いてませんよ。」
断言する牧瀬はどこか怪しい。なんか機嫌悪くなってるし…。
牧瀬は珍しくきつい態度で足を組むとため息を吐いた。
「っていうか、そんなこと私に訊かないで、本人に訊いたらいいんじゃないですか?」
あれ…なんかデジャヴ。牧瀬にこんなふうに怒られたこと、前にもあったな…。…あ、そうだ。高校のとき、ビンタ食らったっけ。
「…なんか怒ってる?」
「何で私が怒らなきゃいけないんですか?」
「……。」
わ…わかんね〜。女って…何で急に切れるんだよ。
「それで?」
「え?」
「そんなこと訊くってことは、光と何かあったんですよね?質問する前に話してくださいよ。」
「え…なんで」
「御幸さん、私にいろいろ聞くけど、そればっかりじゃないですか。私にも聞く権利はあります。」
「……。」
な…なんなんだ、一体。
「聞く権利って…お前な…」
「別に興味本位で言ってるわけじゃないですよ。私は光が心配なだけです。」
「……。」
「正直言って、私はどっちでもいいんですよ。光が幸せなら…」
「……。…ん?おい、どっちでも…ってどういうことだよ?」
「別に。」
「…牧瀬!」
「しつこいなぁ!光にもそのくらい食い下がったらどうなんですか!どうせ御幸さん、変なところで優しさ出して、なんでも光のしたいようにすればいいとか言ってるんでしょ!」
「は…はぁ!?なんだよそれ…それのどこが悪いんだよ。」
「いい人すぎるんですよ!馬鹿じゃないんですか!?」
「ば…馬鹿?」
「そんなふにゃふにゃしてたら、そのうち誰かにとられちゃいますよ!」
「だ…」
誰かって…。
脳裏に浮かぶのは、嫌でも…倉持の顔。…いや、馬鹿馬鹿しい想像はよせ。光は俺を選んでくれただろ…。
「…どうしたの?」
洗面所から、光が驚いた顔でやって来た。ぎくりと肩を竦ませる俺に反して、牧瀬は堂々とコーヒーを啜る。
「何が〜?」
「…今、司…大声出してたから」
「え?そう?ごめんごめん、私声デカイからさ〜」
「……。」
光は目を瞬いて俺に尋ねるような視線を向けたが、俺も平静を装ってやり過ごした。…こういうとこ、女って強いよな…こんなふうにしらばっくれる牧瀬を見ると感心する。いや…牧瀬だから、か?さすが元女優…ってところか?
「光、準備できた?」
「う…うん」
「じゃあ行こう!御幸さん、ごちそうさまでした!」
「お…おう」
行ってきま〜す、と部屋を出て行く二人を見送って、俺も出かける準備をする。
しかし…牧瀬の言ってたこと、意外と本質をついている気がする。…光の機嫌ばっか伺ってるのは図星だし。それに引き替え…倉持は…結構強引に光を誘っている気がする。俺という伴侶がいても、好意を隠そうともせずに…。…一度抱いたのだって、倉持から誘ったと言うし。光に言われて、おそるおそる手を出した俺とはえらい違いだ。だけど…無理やりするのは何かちげぇだろ…。
つーか…牧瀬がああ言うってことは、やっぱ…光の奴、倉持のこと、気になって…。
「……。」
大きなため息を吐いて頭を掻く。2人がどんな関係なのか…どこまで惹かれてるのか…。もしそれが光の迷いの理由ならば気になるけど、牧瀬からの情報は期待できねぇし…他にこういうこと頼めそうな奴というと…。
俺はまたため息を吐き、携帯を取り出した。そしてその気が進まない名前を選び、電話をかけた。
俺もつられて口元を緩ませながら光を手招きする。
「何ですか?」
「いいから、おいで」
隣に座った光の細い腰に腕を回し、柔らかな肌を抱き寄せる。ふわりと甘いシャンプーの香りが鼻を掠める。そのまま顔を近づけると、光は応えるようにこっちを向いて、軽くキスをした。ちょっと彼女を見つめて、もう一度キスをする。今度はもっと深く。彼女の吐息が乱れる。
「っは…」
「……。」
「ん…。」
甘く可愛い声を聞きながらキスを続け、彼女の手からマグカップを取り上げて傍らに置くと、本格的にその華奢な体を組み敷く。ソファの上で横たわり、鎖骨にキスを受けながら、光はやんわりと俺の肩を押した。
「ちょっと…待って」
「…ん?」
「す…するの?」
ここまできて、するの?とは。もう始まってるものかと思っていたくらいだ。
「…ダメ?」
「……。」
躊躇うように考え込む光。あれ?今日何かまずかったっけ?明日朝早い…わけでもないし。生理でもないし…だったらそう言うもんな。
…もしかして、子供の件…引き摺ってる?
「…わかった、ごめん。」
「…え…」
名残惜しくも身を離すと、光は拍子抜けしたように俺を見つめた。
「風呂入ってくる。」
「…一也さん…」
気にするなというように彼女の頭をくしゃりと撫でて立ち上がる。
光の家族は複雑で、きっと彼女は子供を持つという事に、俺以上に気負いがあるんだろうという事はわかる。だけどどうしたらいいのか…。もちろん俺は彼女と助け合うつもりで、一緒に頑張っていきたいと思ってる。…何があっても彼女と、…子供を守るつもりでいる。だけど…彼女の気持ちの整理がつかなきゃ、そんな覚悟…意味ないよな。
シャワーを浴びながら、思わずため息を吐き出した。
風呂を済ませてリビングに戻ると、光はぼうっとマグカップを持って座っていた。俺がリビングに入ってきたことに気づいてちょっと顔を上げた彼女に、平静を装った微笑みを向ける。
「俺、もう寝るわ。おやすみ。」
「…おやすみなさい。」
こちらを気にするような彼女の瞳から顔を背け、そそくさと寝室に入る。…気遣われる前にさっさと寝よう。
そう思って布団にもぐったのに、少しして、光が寝室に入ってきた。ベッドが少し沈み、すぐ隣に光が座ったのがわかった。
「…一也さん」
そっと俺の肩に触れる光。
「あの…大丈夫だから…」
「…ん?」
「…し、…しよう?」
頬を赤くしてそう誘ってくる愛くるしい光に、衝動的に手を伸ばしそうになったけど…。
かろうじて、彼女の髪を撫でるに留めた。
「無理するなよ。ほら、もう寝よう。」
「…無理なんかじゃ…」
「そう?じゃ、おやすみのチューだけしてもらおうかな。」
「……。」
光は目を瞬いて、躊躇いがちに身を屈め、ちゅ、と小さなキスを俺の唇に落とした。一瞬だけの柔らかな感触。…あー、抱きたい…。
「ありがと。オヤスミー」
「…おやすみなさい…。」
髪を撫でて微笑むと、光はようやく布団にもぐった。
***
翌朝光を迎えに来た牧瀬にコーヒーを出し、ふたりでソファに座る。光は洗面所でメイクをしている。だけど光は準備が早いから、俺は少し焦りつつ話を切り出した。
「なぁ牧瀬、最近光から何か聞いた?」
「何かって何ですか?」
「…俺のこととか」
「いえ別に。」
「…ほんとか?じゃあ…家族のこととかは?」
「別に聞いてませんよ。」
断言する牧瀬はどこか怪しい。なんか機嫌悪くなってるし…。
牧瀬は珍しくきつい態度で足を組むとため息を吐いた。
「っていうか、そんなこと私に訊かないで、本人に訊いたらいいんじゃないですか?」
あれ…なんかデジャヴ。牧瀬にこんなふうに怒られたこと、前にもあったな…。…あ、そうだ。高校のとき、ビンタ食らったっけ。
「…なんか怒ってる?」
「何で私が怒らなきゃいけないんですか?」
「……。」
わ…わかんね〜。女って…何で急に切れるんだよ。
「それで?」
「え?」
「そんなこと訊くってことは、光と何かあったんですよね?質問する前に話してくださいよ。」
「え…なんで」
「御幸さん、私にいろいろ聞くけど、そればっかりじゃないですか。私にも聞く権利はあります。」
「……。」
な…なんなんだ、一体。
「聞く権利って…お前な…」
「別に興味本位で言ってるわけじゃないですよ。私は光が心配なだけです。」
「……。」
「正直言って、私はどっちでもいいんですよ。光が幸せなら…」
「……。…ん?おい、どっちでも…ってどういうことだよ?」
「別に。」
「…牧瀬!」
「しつこいなぁ!光にもそのくらい食い下がったらどうなんですか!どうせ御幸さん、変なところで優しさ出して、なんでも光のしたいようにすればいいとか言ってるんでしょ!」
「は…はぁ!?なんだよそれ…それのどこが悪いんだよ。」
「いい人すぎるんですよ!馬鹿じゃないんですか!?」
「ば…馬鹿?」
「そんなふにゃふにゃしてたら、そのうち誰かにとられちゃいますよ!」
「だ…」
誰かって…。
脳裏に浮かぶのは、嫌でも…倉持の顔。…いや、馬鹿馬鹿しい想像はよせ。光は俺を選んでくれただろ…。
「…どうしたの?」
洗面所から、光が驚いた顔でやって来た。ぎくりと肩を竦ませる俺に反して、牧瀬は堂々とコーヒーを啜る。
「何が〜?」
「…今、司…大声出してたから」
「え?そう?ごめんごめん、私声デカイからさ〜」
「……。」
光は目を瞬いて俺に尋ねるような視線を向けたが、俺も平静を装ってやり過ごした。…こういうとこ、女って強いよな…こんなふうにしらばっくれる牧瀬を見ると感心する。いや…牧瀬だから、か?さすが元女優…ってところか?
「光、準備できた?」
「う…うん」
「じゃあ行こう!御幸さん、ごちそうさまでした!」
「お…おう」
行ってきま〜す、と部屋を出て行く二人を見送って、俺も出かける準備をする。
しかし…牧瀬の言ってたこと、意外と本質をついている気がする。…光の機嫌ばっか伺ってるのは図星だし。それに引き替え…倉持は…結構強引に光を誘っている気がする。俺という伴侶がいても、好意を隠そうともせずに…。…一度抱いたのだって、倉持から誘ったと言うし。光に言われて、おそるおそる手を出した俺とはえらい違いだ。だけど…無理やりするのは何かちげぇだろ…。
つーか…牧瀬がああ言うってことは、やっぱ…光の奴、倉持のこと、気になって…。
「……。」
大きなため息を吐いて頭を掻く。2人がどんな関係なのか…どこまで惹かれてるのか…。もしそれが光の迷いの理由ならば気になるけど、牧瀬からの情報は期待できねぇし…他にこういうこと頼めそうな奴というと…。
俺はまたため息を吐き、携帯を取り出した。そしてその気が進まない名前を選び、電話をかけた。