「話とはなんだ?」

書斎の仰々しいテーブルに向かって忙しそうに何かの書類にサインをしながら言う光臣。俺は練習帰りのラフなウエア姿のまま、不似合な格好でそのテーブルの前に立っていた。

「お前さ…光と倉持のこと、どう思う?」

そう切り出すと、光臣はペンを動かしていた手を止め、高価そうな万年筆をコトリと置いた。

「元恋人同士みたいだと思う。」
「……。」
「で、なぜそんなことを聞く?」

それだけはっきりと言われると、こちらも話しやすい。…ムカつくけど。

「…いや…光がさ…」
「ああ」
「…拒むんだよ」
「セックスを?」
「おま…はっきり言うなぁ…」
「そうしないと話が進まないだろ。」
「…そうだけどさ。って、違う。行為そのものは拒まれない。…たまにしか。」
「じゃあなんだ?」
「…俺は、そろそろ子供を…って思ってるんだけど」
「ほう」

光臣は話に本腰を入れたように、両肘を机について手を組み、そこに顎を載せて落ち着いた。

「光は…まだ、嫌みたいで」
「なぜ?」
「それがわかれば苦労しねーよ…だけど、多分…」
「なんだ?」
「…親のこととか、気になるんだと思う。」
「それと、倉持洋一のことが、だろ?」
「…話が早くて助かるわ。早すぎるけど。」
「それで、なぜ俺に話す?それほど親しく思われていたとは驚きだが。」
「…悪かったな、友達いなくて」
「いいや?光栄だ、義兄上。」
「……。」
「まあ、冗談はこれくらいにして…」

光臣は立ち上がり、手前のソファに腰かけて、俺にも向かいのソファを勧めた。先程使用人が置いて行ったティーポットから紅茶を注ぎ、一つを俺の前に置く。

「俺はお前が思っているほど、光のことは知らないぞ。」
「…まあ、それはわかってるけど…」
「じゃあなぜ俺の所に来た?助言できるようなことはないぞ。」
「…頼みがあって」
「なんだ?」

紅茶を啜る光臣に、緊張しながら口を開く。

「…聞いてみてほしいんだよ。光に…」
「倉持洋一の事をどう思っているかを?」
「…まあ、そうだよ」
「聞いてどうするんだ?」
「…いいんだよ、とにかく、気になるんだ。だけど、俺に本当の事を言うかどうか、わからないし…」
「君を選んだとしても疑念が晴れないと?」
「疑念って言うか…多分、罪悪感から、自分でも無意識に…嘘を吐いちまうこともあると思うし」
「……。」
「とにかく、少しは意識してることは確かだろ。俺は…光を縛り付けたいわけじゃない。本当に、倉持のことが好きなら…苦しめたくない。」
「…随分とデカイ器を持ってるんだな。」
「え?」
「だが、女は多少強引に押された方が、惹かれるものだぞ。」
「……。」
「まぁ、でも…俺も興味が無いわけじゃない。」

呆気にとられる俺を置き去りに、光臣はなんだか楽しげにくつくつと笑い始めた。

「いいぞ。俺が本人に聞いてやる。」
「え…」
「今日の夜呼ぼう。君は別室で話を聞いていると良い。」
「べ…別室で?」
「ああ。」

光臣は本当に楽しそうに腕を組んで言った。

「最近、光の従弟というつながりで、バラエティ番組のドッキリ企画に嵌められたんだが…あれは楽しいな。あれを参考に、光と話をする部屋にカメラとマイクを仕掛けるから、隣の部屋にでもモニターを用意しよう。」
「そ…そんな本格的に?」
「ああ。やるならばとことん、だ。」


***


「…こんばんは。」

夜。俺は球団の飲み会で遅くなると伝えて先に出かけ、光臣に光を誘ってもらい、光は屋敷の迎えの車でやって来た。

「ああ、来てくれてありがとう。」
「ううん。ちょうど良かった。近いうちに来ようと思ってたの…はいこれ、お土産。」
「俺に?」

光臣は嬉しそうに紙袋を受け取る。

「大したものじゃないけど…」
「君が選んでくれたことが嬉しいんだ。」
「……。」

じろり、と光に睨まれて、光臣は咳払いをして口を噤む。こいつ…まだ女をとっかえひっかえしてた時の癖が抜けてないんだな。

「それより光臣。」
「何だ?」
「一也さんから聞いたんだけど…私のお母さんの、イタリアの実家。…別荘にするんだって?」
「ああ…行ってみたか?手入れすれば立派な屋敷になる。来週にでも、管理人と数名の使用人を送るつもりだ。」
「…仕事で、っていうのは嘘なんでしょ?」
「まあ、それは座って話そう。」

光の問いにはすぐ答えずに、光臣は席を勧めて、使用人に紅茶を淹れさせた。紅茶とお茶菓子が揃うと、光臣は話を始めた。

「…そうだな、嘘だ。あのあたりの土地は、うちの会社にとって、何の利益にもならない。」
「だったら…」
「…と、最近までは思っていた。少なくとも、買うまでは。」
「…え?」
「だが、素晴らしい使い道を思いついた。だから、結果オーライだ。ああ、心配しないでくれ。あの家は残す。取り壊すには惜しい、美しい屋敷だからな。」
「……。」
「それよりも、俺も君に話があるんだ。」
「…何?」

す…すげえ。光臣が話の手動を握ってる。あの光相手に…。

「叔母から、資産表を預かった。時間があるときにでも目を通しておいてくれ。」
「…ありがとう。」
「来月日本に来るそうだ。その時にでも、三人で話そう。」
「うん。」

まるでこれが本題だとでも言うかのように、光臣は演じきった。それから二人は紅茶を嗜んで、部屋に落ち着いた空気が漂い始めた時…光臣は、何でもないように口を開いた。

「そういえば、あの件はもう大丈夫なのか?」
「あの件?」
「倉持洋一のこと…悩んでただろ。」
「……。」

え…?もしかして光臣、すでに光から相談でもされてたのか?

「悩んだって…どうしようもない。私…一也さんを悲しませるなんて、絶対にもう、したくないの」
「それは、悩んでいるということだろ?」
「だとしても…どうしようもないから。いつかきっと、忘れられる。」
「……。」
「大丈夫。私…一也さんのこと、好きだから。…幸せだから。」

ふう、と相槌のようなため息を吐いて、光臣は紅茶を啜る。

「正直わからないんだが、倉持洋一のどこにそれほど惹かれたんだ?」
「…何でそんな話するの?」
「いいだろう、俺にくらいしか話せないんじゃないか?」
「……。」
「俺から見ても、御幸一也は女性から人気がありそうだし、甲斐性もある。美形だし、色々と申し分ない。顔合わせの時は、このやろうと思ったよ。…良い男で…君と似合っていたから。」
「……。」
「だが倉持洋一は…確かに良い奴だが、御幸一也とは真逆のタイプだろ?君と似合ってるとも言い難い。どうしてそんなに気にするんだ?」
「…倉持さんは、ちょっと一也さんと似てるの。」
「どこが?」
「…すごく優しい。私のこと、すごく大切にしてくれる。…でも」
「……。」
「…時々、強引で…すごく近づいてくるのに…私を本当に困らせることは、絶対にしない。」
「……。」
「…昔、倉持さんが私を避けるようになった時期があったの。私が結婚したころ…家に来なくなって、たぶん、一也さんとも距離を置いてた。」
「……。」
「ふたりとも、高校生の頃から仲が良かったから…悲しかった。私のせいで、距離を置いてるのかなって思って。」
「……。」
「だけど…そんな時、夜…一也さんの迎えを待ってたら、倉持さんに会ったの。その頃私、変な人に目をつけられてて…夜に一人でいるのがすごくこわかった。」
「何か言われたのか?俺が守る、とか。」
「…そんなこと言わない。倉持さんは…黙って傍に立ってた。目も合わせなくて…でも、守ってくれてるんだってわかった。一也さんの車が来たら、何事もなかったように、バイクに乗って帰って行ったの。…声もかけずに。それで、私…あの人に何もしてあげられないのが、苦しくなった。」
「……。」

…そんなことが。それは…光が惹かれるのも、解る気がする…。

「…それだけじゃないんだろう?」
「え?」
「君にとって御幸一也がどれほど特別なのか、俺は知ってる。だから、それだけのことで君の気持ちが揺らぐとは思えないんだが。」
「……。」

光は膝の上で手を握りしめる。

「もしかして…」
「…?」
「倉持洋一が、よほど…」
「…何?」
「セックスが上手いのか?」
「はぁ…?」

はああ!!?何言ってんだアイツ…!!

「光臣までそんなこと…」
「ん…?俺以外に誰かがそう言ったのか?」
「…司がね。」
「牧瀬司か。彼女にも相談していたんだな。彼女はなんて?」
「…冗談だろうけど。エッチが上手な方がいいに決まってるから…もう一回倉持さんとしてみれば、なんて言ってた。」

ま…牧瀬の奴…そんなこと言いやがったのか…。

「そんなに馬鹿にする話でもないと思うが。体の相性は大事だ。」
「…ふざけないでよ。」
「ふざけてなどいないさ。実際、気持ちでは選べないんだろう?損得勘定や、正直な体の方で判断するのもありだと思うぞ。」
「……。」
「そんなに迷うのも…御幸一也との行為に満足できてないからなんじゃないのか?」
「そんなこと…」

そ…そうなのか?

「…一也さんは…じ、上手…だもん…」
「そうなのか。」
「……。」

う…うわ、なんだこれ、恥ずかしい…。

「でも、お前…御幸一也と倉持洋一…ふたりとしか寝たことがないだろ。」
「…だから?」
「しかも二人とも、お前としか経験がない。判断が甘いんじゃないのか?」
「…何が言いたいの?」
「つまりだ。君の身近な男の中で…一番経験がある俺と寝てみて、初めて正確な品評ができると思わないか?」

は…、はあ!!?光臣…何言ってんだ!?まさかあいつ、最初からこれが目的で…。
思わず立ち上がって隣の部屋に怒鳴り込みそうになった時、モニターから光の声が響いた。

「なんであなたと寝なきゃいけないのよ。」

ぴしゃりと空気を凍り付かせる冷たい声。光臣が震えあがったのが分かった。

「じ…冗談だよ。」
「当たり前でしょ。本気だったら許さないから。」
「わ…悪かった。」

光臣はお手上げのポーズをして、気を取り直すように紅茶を啜った。

「まあ…そこまで倉持洋一と御幸一也の間で揺れてるなら、何とかしなきゃならないんじゃないのか?」
「別に…私は一也さんと別れるつもりはないから。」
「迷いがあるのに?」
「倉持さんのことは正直好きだよ。でも一也さんのこと、本当に愛してるの。もう私の我儘で振り回したくない。今まで散々迷惑かけてきたし…一也さんはそれでも許してくれたの。これ以上はもう…駄目だよ。結婚って、そんなに軽いものじゃないもの。」
「……。」
「軽んじたくないの…一生あの人を愛するって誓ったし、それは本当に幸せだから」

…光。ただ、罪悪感なんかじゃなくて…そこまで真剣に思っていたのか…。

「わかった。」

光臣はティーカップをソーサーに戻し、椅子の背にもたれていた身を起こした。

「君がそう言うならその意見を尊重する。ただ、相談にはいつでも乗るからな。」
「…ありがとう。」
「なんだ、その疑わしげな眼は。」
「別に…。」

ふたりは立ち上がって、帰る光を見送るために光臣も連れ立って部屋を出て行った。俺は深く息を吐き、覗き見ていたほのかな罪悪感と、どこかはっきりしないもどかしさ、それから…確かな彼女への愛おしさを胸の奥で抱えて、繰り返し吐きそうになったため息を飲み込んだ。

 


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