186
「倉持選手はご結婚などは考えてるんですか?」
「え…」
バラエティ番組の撮影中。毎回野球選手たちを呼んで、プライベートに踏み込んだ質問で盛り上がる下世話な番組だ。今日は俺の球団のレギュラー陣も数名呼ばれ、俺もその中の一人で、2段目の端っこの席に座っている。まだ怪我から完全に復帰していないのに呼んでもらえたのは嬉しいが…正直こういう番組は苦手だ。
それまでは知名度のある先輩たちが散々弄られていたのを適当に笑っていただけなのに、急に無神経な質問をぶつけられて、思わず笑顔が固まった。
「あ、その質問はNGなんで。」
最前列のど真ん中に座っている亮さんが両腕でバツを作って茶化した。
「まだ失恋の傷が癒えてないんですよ。」
「ちょっ…亮さん何言ってんすか!」
他球団なのに容赦のない弄り。…元先輩後輩の定めだ。この人には一生逆らえる気がしない。
「失恋というと…あの方ですよね?」
「ええ、例の。」
「Tさん。」
「美人女優でモデルで新婚の、Tさんですよ。」
「名前伏せる気あるんすか!?」
司会者と亮さんのやり取りに突っ込みを入れ、やるせなくなる。いつまでこのネタで弄られるんだ…俺。
「でも倉持選手、そのご夫妻と仲がよろしいんですよね?」
「え…まぁ…」
「よく食事などご一緒されるとか?」
「そうっすね…って、この話いつまで続けるんすか…名前伏せてんのに」
「お前の需要なんて御幸と光ちゃん関係の話題だけなんだから、大人しく答えてればいいんだよ。」
「ちょっ…名前!名前!!」
「いいじゃんもう。皆わかってるんだからさぁ。今さらだよ。」
自分が降った話題だろーが…!…とは、本人に言えねえけど…。
「御幸さんご夫妻とは長いお付き合いなんですよね?」
「…ええまあ。高校の頃からですから…」
「ということは、あのお二人が出会った頃のことをご存じなんですか?」
「…一応。」
「それは是非お話を聞きたいですね!御幸さんと玉城さん、芸能界でもおしどり夫婦として知られていますが、学生時代からそういう感じだったんですか?」
「…いやー、昔は…」
首を掻き、思い出すように天井に視線を巡らせる。
「しょっちゅう喧嘩してましたよ。」
「ええ!?どんな喧嘩ですか?」
「うーんたとえば…付き合い始めの頃…」
俺は脳裏にその頃の光景を思い出しながら話し始めた。
その頃あの二人は付き合い始めたばかりで、野球部の2年の中でそのことを知っているのは俺と、偶然二人のデート中に出くわしたことがあるという白州と川上だけだった。
その日、俺らはいつもどおりふざけあっていて、ちょっとしたゲームで賭けをして、運悪く御幸が負けた。
「負けた奴は学校の傍のモックで、店員のお姉さんに『スマイル一つ、テイクアウトで』と言う。」
その罰ゲームを御幸がすることになったのだった。
普段ムカつく御幸の奴が恥をかくのは面白くて、俺たちはゾロゾロと連れ立ってモックへ行った。御幸を小突いてレジへ向かわせ、にゃにやと成り行きを見守る。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか?」
はつらつとした、明るく、結構可愛い店員さんが元気よく接客した。御幸は意を決したように呟いた。
「…えっと…す、スマイル…ひとつ。…テイクアウトで」
その途端…店員のお姉さんの顔が、どんどん赤くなって。ちらりと時計を見て、御幸を見て…恥ずかしそうに言った。
「…えっと…あの…、…あと30分で終わります…。」
俺たちは笑みも消え去って立ち尽くした。
それだけじゃない。さらにムカつくことが次の日にあった。その日は朝から、店員のお姉さんのナンパに成功した御幸の野郎にムカついて、俺たちは散々いびっていた。事情を知らないクラスメイトの男共も集まってきて、昨日の出来事をバラして、皆で御幸をからかっていた。
「こいつ昨日、モックの店員ナンパしたんだぜ」
「え!?それでどうなったの?」
「成功だよなぁ〜〜〜!?イケメンはいいよなぁ、スマイル一つテイクアウトできるんだもんなぁ〜?」
「まじ!?可愛い子?」
「結構可愛かったぜ〜。なぁ?御幸?」
「お前ら…いいかげん黙れよ」
そのとき。廊下を歩いていた御幸が、石像のように固まった。目の前には…牧瀬司と、玉城光がいた。あのふたりは色々と有名だったから、俺らもすぐに気付いて立ち止まった。だけど御幸と玉城さんは、もうお互いしか目に入っていないように、お互いを見つめて立ち尽くしていた。
「…ナンパ?」
先に口を開いたのは玉城さんだった。表情はなく、呆然と呟くような感じで。
「…いやっ、違う!そんなことしてねーから!」
御幸が弾かれたように慌てて叫んで、俺以外の男たちは驚いた。あの二人が付き合ってるってことは、まだ知らないからな。
「……。」
疑わし気に御幸を見上げる玉城さん。その視線に負けた様に、御幸は語気を弱めた。
「…罰ゲームで…しただけで…」
「…したの?」
「た…ただの罰ゲームだって。無理やりさせられたんだよ、こいつらに!」
俺たちに責任転嫁する御幸。いや、まあ、その通りなんだけど。それよりも男共は、必死に玉城さんに弁明する御幸を不思議そうに見ていた。あの玉城さんとよく知っている風に話す御幸に驚いてたんだよな。当時、玉城さんは…学校のアイドルというか、高嶺の花というか。全校の男子のあこがれの的というか…。まさか誰かと付き合ってるなんて、誰も思いもしてなかった。
「……。」
玉城さんは御幸を睨んで、それから…急に泣き出した。ぽろぽろ涙をこぼし始めて、俺たちは慌てた。まさか学校中のあのアイドルが、目の前で泣き出すなんて想定外で。だけど…一番慌てていたのは御幸だった。
「ちょっ…光…!」
「……。」
「な、泣くなよ!ごめんって…もう絶対しない!今回のことも、何ともなってねーから!」
「……。」
「もうあの店も行かない!な!?泣くなって、頼むから…なぁ、」
「……。」
はらはらと静かに涙をこぼし続ける玉城さんの肩を掴んで必死に宥める御幸の姿は、今思い出してもちょっと笑える。だけど、その時は本当に、泣いている彼女の姿に、皆動揺していた。だけど…そのあとの御幸の言葉で、もっと動揺した。
「俺が好きなのはお前だけだから!」
ぎょっとした。そんな甘い、映画みたいなセリフ…マジで言う奴いるのかよって。でももう、御幸は俺たちなんて眼中になくて、ただ玉城さんを宥めることに必死なようだった。
「…しらない。馬鹿」
しかし玉城さんはそう涙声で呟いて、牧瀬の手を引っ張って、踵を返して行ってしまった。御幸が許してもらえたのは、その1週間後だったらしい。
「で…そのせいで、付き合って初めてのバレンタインは何ももらえなかったらしいっすよ。口もきいてもらえなかったって。」
ええー!と客席から面白がるような歓声が上がる。
「バレンタインって…御幸、甘いの苦手だからって、いつも断ってたくせにね。」
「そうなんすよ!でも光からのは別だとか言って。調子いいんですよ、あいつ。」
御幸の悪口で亮さんと意気投合したところで、司会者がまたマイクを握った。
「ほうほう、では御幸選手も玉城さんも、その頃からモテモテだったんですねぇ。」
「そりゃもうモテモテですよ。御幸もしょっちゅう女子から呼び出されてたけど、玉城さんはやべぇっすよ。靴箱を開けるとラブレターが雪崩れ起こしてましたからね。」
「ええ!!そんなこと現実であるんですねぇ…。」
「あの子は次元が違いますよ。」
うんうん、と司会者は納得するようにうなずいた。
「ではやはり、学生時代は皆の憧れのカップルだった、という事ですか?」
「そうっすねー…憧れっつーか…」
亮さんがニヤニヤ笑いながら俺の言葉を待っている。
「御幸は男からは恨まれてましたけどね。」
わははは、と司会者を筆頭にみんなが笑い声をあげた。
「だってそうでしょ?1年から青道野球部で希望ポジションでレギュラー、2年では主将に選ばれて、しかも彼女は玉城光。加えてあの顔っすよ?タッパも結構あるし。もう、当時の青道の男の欲しいもん、全部手にしてる感じで。相当恨み買ってましたよ。」
「その中に倉持選手もいた、と?」
「…あー、もう、いいっすよそれで。」
「それでいい、じゃなくて、実際そうだろ。」
亮さんの突っ込みでまた笑い声が上がった。
「はい!では、皆さんの恋愛観を伺ったところで、本日のスペシャルゲストをお呼びしましょう!」
視界が声を上げると、仰々しい効果音が鳴り響いた。
「名付けて、野球界の恋愛マスター!この方です、どうぞ!」
背後のきらびやかなカーテンが捲りあがり、白煙が噴出す。…野球界の恋愛マスター?そんな奴いたか?
「…って…」
そこに立っていた男を見て、俺の顔は引きつった。
「どうも〜。はっはっは」
「お前かよ!!」
そこにいたのは御幸。ゲスト陣のブーイングを浴びながら、スペシャルゲスト用の赤い椅子に座る。
「ちょっといいですか?」
「なんでしょう、小湊選手?」
亮さんが手を挙げて、司会者が指名する。
「この恋愛マスター、恋愛経験が一人だけなんだけど。マスターにするには役不足じゃない?」
そうだそうだ!と他の選手たちもヤジを飛ばし始める。
「ですがそのお相手が玉城光さんということで…こちらのインタビュー結果をもとに、御幸選手を恋愛マスターとさせていただいたのですが…」
司会者が取り出したボードには、『彼女にしたい芸能人ランキング』と書かれている。
「こちら、街頭インタビューで1000人にお聞きした結果です。御覧の通り、1位はぶっちぎりで玉城さんとなっています。つまり…誰もが羨む女性をモノにした、ということで、御幸選手は恋愛マスターと呼べるのではないでしょうか?」
ぶーぶー、とブーイングが鳴りやまない中、御幸はへらへらと神経を逆なでする笑顔で頭を掻いた。
「さて御幸選手!そんなモテモテの女性とご結婚されたわけですが…この際聞きます。本当に彼女としか付き合ったことがないんですか?御幸選手もたいへんおモテになるそうですが。」
「はっはっはっは…そうですね、嫁としか付き合ってません!」
ぶーぶーぶー。御幸がしゃべるたびにブーイングが響く。
「それは奥様も?」
「そうっすね、お互いにお互いとしか付き合ったことはないですね。」
平然と言い切る御幸に胸の奥が騒ぐ。…まあ、確かに俺とも、付き合ったわけじゃねーけどよ…。
「ですがお二人とも大変モテますよね?他に気になる方とか、ライバルの存在なんかはなかったんでしょうか?」
「はっはっは。俺は嫁しか目に入らなかったんで。でも嫁は…そうですね、ライバルはいましたよ。手強いやつが。」
「おお!ぜひそのあたりのお話を伺いたいのですが!そのライバルというのは同級生ですか?それとも、球団の誰かとか?」
「ここにいますよ。」
すっぱりと言い放たれた御幸の言葉に、心臓がうるさくなってきた。ま…まさか。
「あいつです。倉持。」
「は…?」
全員の視線が俺に刺さる。な…何言ってんだよ、あいつ!こんな番組で言うことかよ!?
「そうなんですか!?お二人で玉城さんを奪い合った…ということですか?」
「そりゃもう、バッチバチに。」
「……。」
ケラケラ笑う御幸と、脱力気味にため息を吐く俺。これ…光が見たらどうすんだよ…。
「それは学生の頃から?」
「いえ、プロ入りしてからですね。コイツそれまで協力的だったくせに、急に掌返しやがって。」
「おい!人聞きの悪いこと言うな」
「はっはっは。まぁその頃、もう俺たちは付き合ってましたけど…コイツと嫁も、いい友達で。仲が良かったんで、めちゃくちゃ苦労しましたね。結構小癪なんですよ、コイツ。」
「テメェ…」
「なるほど、塁だけでなく、彼女も盗もうとしたわけですね?」
「はっはっはっは!上手いですね。」
「上手くねーよ!!」
御幸の奴…どういうつもりだ?こんな話人前でして…光が嫌がるんじゃないのか?
「でも奥様は御幸選手を選ばれたわけですね?」
「だから結婚しました!」
「チッ…」
「それではその愛しの奥様へ、カメラに向かってコメントなどを…」
「へ、マジっすか?」
ちょっと顔が引きつる御幸。けれどカメラが向けられると、キリッと表情を固めて、ムカつく笑顔で言ってのけた。
「愛してるよ光。」
ブーイングの大合唱。御幸は楽しそうに笑っている。
「それではそろそろお時間ですので、また来週お会いしましょう!」
ブーイングと拍手が入り交り、軽快な音楽と共に収録が終わる。皆ゾロゾロと立ち上がって挨拶を交わし、それぞれ控室に向かっていった。
「御幸。」
亮さんが俺たちを横目で気にしているのはわかったけど、俺はかまわず御幸を呼び止めた。
「どういうつもりだよ、あんな話して…」
「宣言しとこうと思って。」
「は?」
配られたお茶を飲み干して、御幸は空になったペットボトルを握りつぶす。
「ちょっと強引に繋ぎ止めてもいいかと思ったんだよ。」
「…あ?」
「強引に盗もうとする奴がいるから。」
「……。」
こいつ…。
…そういやこいつは、こういう奴だったか。高校の頃はもっと、こんな風に…自分勝手で、強引だった。いつからか…多分、光と過ごす中で、妙に優しい顔をするようになったと思っていたけど。
「おい…あそこ、さっそく火花散ってるぞ」
「まじか…」
周りの野次馬に囲まれて、俺は御幸とにらみ合った。
「え…」
バラエティ番組の撮影中。毎回野球選手たちを呼んで、プライベートに踏み込んだ質問で盛り上がる下世話な番組だ。今日は俺の球団のレギュラー陣も数名呼ばれ、俺もその中の一人で、2段目の端っこの席に座っている。まだ怪我から完全に復帰していないのに呼んでもらえたのは嬉しいが…正直こういう番組は苦手だ。
それまでは知名度のある先輩たちが散々弄られていたのを適当に笑っていただけなのに、急に無神経な質問をぶつけられて、思わず笑顔が固まった。
「あ、その質問はNGなんで。」
最前列のど真ん中に座っている亮さんが両腕でバツを作って茶化した。
「まだ失恋の傷が癒えてないんですよ。」
「ちょっ…亮さん何言ってんすか!」
他球団なのに容赦のない弄り。…元先輩後輩の定めだ。この人には一生逆らえる気がしない。
「失恋というと…あの方ですよね?」
「ええ、例の。」
「Tさん。」
「美人女優でモデルで新婚の、Tさんですよ。」
「名前伏せる気あるんすか!?」
司会者と亮さんのやり取りに突っ込みを入れ、やるせなくなる。いつまでこのネタで弄られるんだ…俺。
「でも倉持選手、そのご夫妻と仲がよろしいんですよね?」
「え…まぁ…」
「よく食事などご一緒されるとか?」
「そうっすね…って、この話いつまで続けるんすか…名前伏せてんのに」
「お前の需要なんて御幸と光ちゃん関係の話題だけなんだから、大人しく答えてればいいんだよ。」
「ちょっ…名前!名前!!」
「いいじゃんもう。皆わかってるんだからさぁ。今さらだよ。」
自分が降った話題だろーが…!…とは、本人に言えねえけど…。
「御幸さんご夫妻とは長いお付き合いなんですよね?」
「…ええまあ。高校の頃からですから…」
「ということは、あのお二人が出会った頃のことをご存じなんですか?」
「…一応。」
「それは是非お話を聞きたいですね!御幸さんと玉城さん、芸能界でもおしどり夫婦として知られていますが、学生時代からそういう感じだったんですか?」
「…いやー、昔は…」
首を掻き、思い出すように天井に視線を巡らせる。
「しょっちゅう喧嘩してましたよ。」
「ええ!?どんな喧嘩ですか?」
「うーんたとえば…付き合い始めの頃…」
俺は脳裏にその頃の光景を思い出しながら話し始めた。
その頃あの二人は付き合い始めたばかりで、野球部の2年の中でそのことを知っているのは俺と、偶然二人のデート中に出くわしたことがあるという白州と川上だけだった。
その日、俺らはいつもどおりふざけあっていて、ちょっとしたゲームで賭けをして、運悪く御幸が負けた。
「負けた奴は学校の傍のモックで、店員のお姉さんに『スマイル一つ、テイクアウトで』と言う。」
その罰ゲームを御幸がすることになったのだった。
普段ムカつく御幸の奴が恥をかくのは面白くて、俺たちはゾロゾロと連れ立ってモックへ行った。御幸を小突いてレジへ向かわせ、にゃにやと成り行きを見守る。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか?」
はつらつとした、明るく、結構可愛い店員さんが元気よく接客した。御幸は意を決したように呟いた。
「…えっと…す、スマイル…ひとつ。…テイクアウトで」
その途端…店員のお姉さんの顔が、どんどん赤くなって。ちらりと時計を見て、御幸を見て…恥ずかしそうに言った。
「…えっと…あの…、…あと30分で終わります…。」
俺たちは笑みも消え去って立ち尽くした。
それだけじゃない。さらにムカつくことが次の日にあった。その日は朝から、店員のお姉さんのナンパに成功した御幸の野郎にムカついて、俺たちは散々いびっていた。事情を知らないクラスメイトの男共も集まってきて、昨日の出来事をバラして、皆で御幸をからかっていた。
「こいつ昨日、モックの店員ナンパしたんだぜ」
「え!?それでどうなったの?」
「成功だよなぁ〜〜〜!?イケメンはいいよなぁ、スマイル一つテイクアウトできるんだもんなぁ〜?」
「まじ!?可愛い子?」
「結構可愛かったぜ〜。なぁ?御幸?」
「お前ら…いいかげん黙れよ」
そのとき。廊下を歩いていた御幸が、石像のように固まった。目の前には…牧瀬司と、玉城光がいた。あのふたりは色々と有名だったから、俺らもすぐに気付いて立ち止まった。だけど御幸と玉城さんは、もうお互いしか目に入っていないように、お互いを見つめて立ち尽くしていた。
「…ナンパ?」
先に口を開いたのは玉城さんだった。表情はなく、呆然と呟くような感じで。
「…いやっ、違う!そんなことしてねーから!」
御幸が弾かれたように慌てて叫んで、俺以外の男たちは驚いた。あの二人が付き合ってるってことは、まだ知らないからな。
「……。」
疑わし気に御幸を見上げる玉城さん。その視線に負けた様に、御幸は語気を弱めた。
「…罰ゲームで…しただけで…」
「…したの?」
「た…ただの罰ゲームだって。無理やりさせられたんだよ、こいつらに!」
俺たちに責任転嫁する御幸。いや、まあ、その通りなんだけど。それよりも男共は、必死に玉城さんに弁明する御幸を不思議そうに見ていた。あの玉城さんとよく知っている風に話す御幸に驚いてたんだよな。当時、玉城さんは…学校のアイドルというか、高嶺の花というか。全校の男子のあこがれの的というか…。まさか誰かと付き合ってるなんて、誰も思いもしてなかった。
「……。」
玉城さんは御幸を睨んで、それから…急に泣き出した。ぽろぽろ涙をこぼし始めて、俺たちは慌てた。まさか学校中のあのアイドルが、目の前で泣き出すなんて想定外で。だけど…一番慌てていたのは御幸だった。
「ちょっ…光…!」
「……。」
「な、泣くなよ!ごめんって…もう絶対しない!今回のことも、何ともなってねーから!」
「……。」
「もうあの店も行かない!な!?泣くなって、頼むから…なぁ、」
「……。」
はらはらと静かに涙をこぼし続ける玉城さんの肩を掴んで必死に宥める御幸の姿は、今思い出してもちょっと笑える。だけど、その時は本当に、泣いている彼女の姿に、皆動揺していた。だけど…そのあとの御幸の言葉で、もっと動揺した。
「俺が好きなのはお前だけだから!」
ぎょっとした。そんな甘い、映画みたいなセリフ…マジで言う奴いるのかよって。でももう、御幸は俺たちなんて眼中になくて、ただ玉城さんを宥めることに必死なようだった。
「…しらない。馬鹿」
しかし玉城さんはそう涙声で呟いて、牧瀬の手を引っ張って、踵を返して行ってしまった。御幸が許してもらえたのは、その1週間後だったらしい。
「で…そのせいで、付き合って初めてのバレンタインは何ももらえなかったらしいっすよ。口もきいてもらえなかったって。」
ええー!と客席から面白がるような歓声が上がる。
「バレンタインって…御幸、甘いの苦手だからって、いつも断ってたくせにね。」
「そうなんすよ!でも光からのは別だとか言って。調子いいんですよ、あいつ。」
御幸の悪口で亮さんと意気投合したところで、司会者がまたマイクを握った。
「ほうほう、では御幸選手も玉城さんも、その頃からモテモテだったんですねぇ。」
「そりゃもうモテモテですよ。御幸もしょっちゅう女子から呼び出されてたけど、玉城さんはやべぇっすよ。靴箱を開けるとラブレターが雪崩れ起こしてましたからね。」
「ええ!!そんなこと現実であるんですねぇ…。」
「あの子は次元が違いますよ。」
うんうん、と司会者は納得するようにうなずいた。
「ではやはり、学生時代は皆の憧れのカップルだった、という事ですか?」
「そうっすねー…憧れっつーか…」
亮さんがニヤニヤ笑いながら俺の言葉を待っている。
「御幸は男からは恨まれてましたけどね。」
わははは、と司会者を筆頭にみんなが笑い声をあげた。
「だってそうでしょ?1年から青道野球部で希望ポジションでレギュラー、2年では主将に選ばれて、しかも彼女は玉城光。加えてあの顔っすよ?タッパも結構あるし。もう、当時の青道の男の欲しいもん、全部手にしてる感じで。相当恨み買ってましたよ。」
「その中に倉持選手もいた、と?」
「…あー、もう、いいっすよそれで。」
「それでいい、じゃなくて、実際そうだろ。」
亮さんの突っ込みでまた笑い声が上がった。
「はい!では、皆さんの恋愛観を伺ったところで、本日のスペシャルゲストをお呼びしましょう!」
視界が声を上げると、仰々しい効果音が鳴り響いた。
「名付けて、野球界の恋愛マスター!この方です、どうぞ!」
背後のきらびやかなカーテンが捲りあがり、白煙が噴出す。…野球界の恋愛マスター?そんな奴いたか?
「…って…」
そこに立っていた男を見て、俺の顔は引きつった。
「どうも〜。はっはっは」
「お前かよ!!」
そこにいたのは御幸。ゲスト陣のブーイングを浴びながら、スペシャルゲスト用の赤い椅子に座る。
「ちょっといいですか?」
「なんでしょう、小湊選手?」
亮さんが手を挙げて、司会者が指名する。
「この恋愛マスター、恋愛経験が一人だけなんだけど。マスターにするには役不足じゃない?」
そうだそうだ!と他の選手たちもヤジを飛ばし始める。
「ですがそのお相手が玉城光さんということで…こちらのインタビュー結果をもとに、御幸選手を恋愛マスターとさせていただいたのですが…」
司会者が取り出したボードには、『彼女にしたい芸能人ランキング』と書かれている。
「こちら、街頭インタビューで1000人にお聞きした結果です。御覧の通り、1位はぶっちぎりで玉城さんとなっています。つまり…誰もが羨む女性をモノにした、ということで、御幸選手は恋愛マスターと呼べるのではないでしょうか?」
ぶーぶー、とブーイングが鳴りやまない中、御幸はへらへらと神経を逆なでする笑顔で頭を掻いた。
「さて御幸選手!そんなモテモテの女性とご結婚されたわけですが…この際聞きます。本当に彼女としか付き合ったことがないんですか?御幸選手もたいへんおモテになるそうですが。」
「はっはっはっは…そうですね、嫁としか付き合ってません!」
ぶーぶーぶー。御幸がしゃべるたびにブーイングが響く。
「それは奥様も?」
「そうっすね、お互いにお互いとしか付き合ったことはないですね。」
平然と言い切る御幸に胸の奥が騒ぐ。…まあ、確かに俺とも、付き合ったわけじゃねーけどよ…。
「ですがお二人とも大変モテますよね?他に気になる方とか、ライバルの存在なんかはなかったんでしょうか?」
「はっはっは。俺は嫁しか目に入らなかったんで。でも嫁は…そうですね、ライバルはいましたよ。手強いやつが。」
「おお!ぜひそのあたりのお話を伺いたいのですが!そのライバルというのは同級生ですか?それとも、球団の誰かとか?」
「ここにいますよ。」
すっぱりと言い放たれた御幸の言葉に、心臓がうるさくなってきた。ま…まさか。
「あいつです。倉持。」
「は…?」
全員の視線が俺に刺さる。な…何言ってんだよ、あいつ!こんな番組で言うことかよ!?
「そうなんですか!?お二人で玉城さんを奪い合った…ということですか?」
「そりゃもう、バッチバチに。」
「……。」
ケラケラ笑う御幸と、脱力気味にため息を吐く俺。これ…光が見たらどうすんだよ…。
「それは学生の頃から?」
「いえ、プロ入りしてからですね。コイツそれまで協力的だったくせに、急に掌返しやがって。」
「おい!人聞きの悪いこと言うな」
「はっはっは。まぁその頃、もう俺たちは付き合ってましたけど…コイツと嫁も、いい友達で。仲が良かったんで、めちゃくちゃ苦労しましたね。結構小癪なんですよ、コイツ。」
「テメェ…」
「なるほど、塁だけでなく、彼女も盗もうとしたわけですね?」
「はっはっはっは!上手いですね。」
「上手くねーよ!!」
御幸の奴…どういうつもりだ?こんな話人前でして…光が嫌がるんじゃないのか?
「でも奥様は御幸選手を選ばれたわけですね?」
「だから結婚しました!」
「チッ…」
「それではその愛しの奥様へ、カメラに向かってコメントなどを…」
「へ、マジっすか?」
ちょっと顔が引きつる御幸。けれどカメラが向けられると、キリッと表情を固めて、ムカつく笑顔で言ってのけた。
「愛してるよ光。」
ブーイングの大合唱。御幸は楽しそうに笑っている。
「それではそろそろお時間ですので、また来週お会いしましょう!」
ブーイングと拍手が入り交り、軽快な音楽と共に収録が終わる。皆ゾロゾロと立ち上がって挨拶を交わし、それぞれ控室に向かっていった。
「御幸。」
亮さんが俺たちを横目で気にしているのはわかったけど、俺はかまわず御幸を呼び止めた。
「どういうつもりだよ、あんな話して…」
「宣言しとこうと思って。」
「は?」
配られたお茶を飲み干して、御幸は空になったペットボトルを握りつぶす。
「ちょっと強引に繋ぎ止めてもいいかと思ったんだよ。」
「…あ?」
「強引に盗もうとする奴がいるから。」
「……。」
こいつ…。
…そういやこいつは、こういう奴だったか。高校の頃はもっと、こんな風に…自分勝手で、強引だった。いつからか…多分、光と過ごす中で、妙に優しい顔をするようになったと思っていたけど。
「おい…あそこ、さっそく火花散ってるぞ」
「まじか…」
周りの野次馬に囲まれて、俺は御幸とにらみ合った。