「もうすぐバレンタインだね〜」

赤を基調としたハートやチョコレートの飾り付けで鮮やかに彩られた街道を車窓から眺めて呟く。

「そうだね」

後部座席から光の声が返ってくる。

「御幸さんにチョコあげるの?」
「あげないよ。」
「えっ?何で?」
「一也さん、甘いもの苦手だし」

ああなんだ、そういう事…。まさか倉持さんに上げるのかと思った。

「じゃあ他のものあげるとか?」
「んー…考え中」
「そういえば、今までバレンタインってどうしてたの?なんかそう言う話聞いたことなかったかも」
「だってあげたことないから」
「え…?」

しん、と静まり返る車内。わ、私…なんか聞いちゃいけないこと聞いちゃった?

「な…なんで?もう結構長い付き合いだよね…?一回もあげたことないの?」
「うん」
「えええ…?欲しいとか言われなかったの?」
「んー…どうだったかな…」

え…何なの?なんか、光…バレンタインのこと全然気にしてないみたい。御幸さんは気になってないはずないんだけどな。

「そもそも日本にくるまでバレンタインとかお祝いしたことなかったし…どういう日なのかよくわからないんだよね」
「あ…ああ、なんだ、そういう理由か…納得」
「え?」

いや…、とはぐらかし、赤信号で停車する。そういう事情なら理解できる。まぁ、御幸さんはちょっとかわいそうだけど…。

「じゃあ今年はあげるの?」
「どうしようかな…」
「あげたら喜ぶと思うよ〜。」
「んー…。」
「…どうかした?なんか元気ないけど」

ルームミラーで光を見ると、光は髪を指で弄びながら、どこか物憂げに窓の外を眺めていた。

「…ものすごーく甘いチョコでもあげようかな…。」

…それって…嫌がらせじゃ…。

「…御幸さん甘いもの苦手なんでしょ?」
「うん…でも…」

ぽつり、と悲しそうな声が呟いた。

「どうせ…怒らない。」


***


「おかえり。」

光の家に着くと、玄関で御幸さんに出迎えられた。

「…早いですね。」

光がちょっと驚いていると、御幸さんは頷いて部屋の方へ戻っていく。

「ああ。今日はテレビの撮影だったから」
「ああ、あのバラエティ番組ですよね。倉持さんは一緒じゃなかったんですか?」
「一緒だったよ、撮影は。」

私の言葉にそうそつなく答えて、御幸さんはキッチンでコーヒーを挽きはじめる。

「牧瀬も飲んでくだろ?」
「あ…はい、いただきます」

なんだか様子がおかしい御幸さんに光も訝しげに私を見上げた。

「倉持さん…一緒だったのにここに来てないなんて、珍しいですね。」
「おー。喧嘩してきたからな」
「…。…え!?」

私と光は顔を見合わせる。その胸騒ぎなんて素知らぬような、コーヒー豆の香ばしい香りが部屋の中に広がる。

「喧嘩って…どうして?」

光がぽつりと尋ねると、御幸さんはコーヒー豆をドリップ器に入れながら言った。

「ずっと思ってたことを言っただけだよ。」
「ずっと思ってたこと…?」

沸いたお湯をドリップポットに入れ、ゆっくりと円を描きながら注ぐ。くつくつとコーヒー豆が群れて粟立つ音が聞こえる。

「光に近づくなって言った。」
「……。」

光は言葉を失ったように佇んでいる。わ…私、ここにいていいのかな。

「はい。牧瀬砂糖いくつだっけ?」
「あ…え、えっと…ふたつ…」
「了解。光は砂糖ひとつと…ミルク多めだよな?」
「……。」

光はまだ唖然としている。私は御幸さんからコーヒーをもらって、そそくさと少し離れたソファに座った。

「なんで…」

光は絞り出すように呟いた。

「どうして、今更…。今までそんなこと…言わなかったのに」
「でも、ずっと思ってた。」
「……。」
「言わなかったのは、お前にとってあいつが必要だと思ってたから。実際助けられたし…それには感謝してる。」
「……。」
「でも、もうあいつが必要だとは思わない。」
「…え?」
「お前の夫は俺だ。俺が守らなきゃ。…そうだろ。」

ひゃー…映画みたいなセリフ…。でもこの二人だとなんか絵になるなぁ…。

「前、言っただろ。お前も、俺たちの子も、何があっても守るって」
「…ちょ、ちょっと…」
「あの時は俺の勘違いだったけど、その言葉は本気だから」
「な、何言ってるの…急に…こんなところで」

私を気にしたように狼狽える光。私は急いでコーヒーを飲みほし、立ち上がった。

「ごちそうさまでした!光、私帰るね!」
「えっ!?ちょっと…司」
「明日は10時に迎えに来るから!じゃ、お邪魔しました!」

急いで部屋を出て車に乗り込む。はぁ〜、御幸さんどうしちゃったんだろ。あんなふうに独占欲丸出しにするのって…珍しい。
だけど…あの様子なら、光の悩みも晴れるかな。車で乗り出して、私はつい安堵の笑みを浮かべた。

 


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