188
牧瀬が帰って行った玄関を見つめていた光が振り返って俺を見た。…動揺してる。
「…この際だから、お前にも言いたいことを言う。」
「……。」
光の瞳に恐れが混じった。…責められるとでも思ってるんだろうか。
「俺以外の男を見るな。」
「……え?」
「俺だけを見てろ。…倉持のところになんか、行くな。」
「……。」
光はぽかんと俺を見つめて、戸惑いを滲ませて呟いた。
「…行きませんよ。行くわけ…ないじゃないですか。」
「…本当に?」
「どうしたんですか…なんか、変ですよ」
俺を訝しむ彼女を見ていたら…柔らかな肌や小さな手、細い首筋…そこにどうしても触れたくなって、俺は無心で手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。
「…一也さん?」
「…ごめん、もう、かなり限界」
「…何が?」
「お前のこと…好きなんだ、本当に」
「……。」
「絶対に離したくない。ごめん、変な事言ってるのはわかってる。だけど…怖いんだ、お前が倉持に惹かれるのも、わかるから」
「私…そんなんじゃ…」
「いい、わかってるから。…あいつは良い奴だし…正直敵わないとこもある。お前のこと…ずっと任せてきたし、俺は肝心な時に傍にいられなかったし」
「……。」
「でも…俺は、俺がそうしたかった。お前を守るのは俺でありたかった」
小さな手を握りしめながら、ダサい言葉が溢れだす。…これで幻滅されるかもしれない。だけど、正直に言うって決めたんだ。
光はその手をゆっくりと引き抜き、俺の手を握り返した。
「私も…」
「……。」
「一也さんに…してほしかった」
「……。」
「田中茜に攫われたとき…倉持さんが私を見つけてくれたけど…」
「…うん」
「私…何も見えなくて。手を握られたとき…一也さんだって思った。」
「……。」
「本当は、倉持さんだったけど、でも…一也さんが助けに来てくれたんだと思って、私、」
「……。」
「…嬉しかったの」
目の前が滲んだ。それを振り払い、目の前の細い体を抱きしめた。
「…ごめん。頼りなくて」
「そんなことない…。」
「これからは絶対俺が守るから…」
「……。」
「だから…どこにも行くな」
光の手が、ぎゅう、と俺の背中を柔らかく窮屈に締め付ける。
「私…守ってほしいわけじゃない」
「…え?」
「一也さんが、私を離したくないって…」
「……。」
「そう思ってくれるのが…嬉しい」
「……。」
「倉持さんの所に行っていいとか…それでどっちか選べだなんて…言わないで」
「……ごめん」
彼女の体を強く抱きしめ、くしゃくしゃに髪に指を絡ませる。もっと近づきたくて。今やっと、心まで触れ合えた気がして。
そしてどちらからともなく求めあうようにキスをした。俺は横目で寝室のドアを見て、さりげなく光を誘導する。だけど光はすぐに気づいて、ちょっと目を細めて微笑んで、俺の手を引いて寝室に連れて行った。
ふたりでベッドに倒れ込み、キスを繰り返す。それから俺が上に覆いかぶさって、彼女の顔を愛おしく包み込むように撫でた。
「…今子供作ったら…仕事的にまずい?」
ロマンチックな言葉なんて思いつかなくて、そう率直に尋ねると、光は小さく笑いだした。
「…なんとかする。」
そう笑いに涙をにじませながら答えた光に、俺もつられて笑いながら、深く深くキスをした。
***
世間はバレンタインデー。
今日は毎年のごとく予定のない倉持と、恋人が海外公演で留守だからという理由で牧瀬もうちの夕食に邪魔している。
「うっわぁ美味しそう!ここに来てよかった〜!バレンタインに一人でご飯なんてさびしいですもん!ねっ倉持さん!」
「うるせえ…」
倉持は渋っていたところを牧瀬に引っ張られてきたらしく、ご機嫌斜めだ。
「おまたせ、乾杯しようか。」
光がメインディッシュを持って来て席に着いたところで、俺は注ぎ分けていたワインボトルをいったんおいて彼女を振り向いた。
「光。」
「え?」
ぽんぽん、と肩を叩き、光が振り向いたところで不意打ちのキス。ひゃあ、と牧瀬がおどけて、倉持は息をのんだ。
「……ちょ…、い、いきなり…!」
光が顔を赤くして動揺する。あー可愛い。
「イタリアではよくしたじゃん。悪い虫がつかねーようにさ」
「ここは日本なんですけどね〜…」
牧瀬がぼそりと突っ込むが、光はなんだかんだ、まんざらでもなさそうにそっぽを向く。
「…いいから乾杯しようぜ。腹減った」
倉持が場を仕切り直すように空気を流したが、隣の牧瀬があっと声を上げて空気を引き戻した。
「なんだよ…」
「肝心なものを忘れてました!これこれ。」
牧瀬は持って来た紙袋から綺麗な小さな包みを二つ取出し、俺と倉持にそれぞれ差し出した。
「はい、ハッピーバレンタイン!」
「おっ、マジ?くれんの?」
「俺も?」
「義理ですけどね〜。本命は今頃、ニューヨークに…」
フッと影を背負う牧瀬。しかしすぐに機嫌を取り戻し、もう一つ、一回り大きな包みを取り出した。
「それからこれはもうひとつの本命!はいっ、光!」
「え?私?」
「当たり前じゃ〜ん!マイスイートハニ〜」
「うぜえ…」
ありがとう、と光は受け取って、席を立つ。乾杯はまだかな。
「私も今年は用意してみたの。…はい司。」
「えっ!?わ…私に!?光からのチョコ!?」
「うん。いつもお世話になってるから。…日本のバレンタインって、そういう日なんでしょ?」
ほわぁ〜…と感動の渦に溺れている牧瀬の耳には、おそらくも何も届いていない。つーか…俺ももらったことないのに…。光からのチョコ…。
「あと…一也さんにも、これ。」
「…えっ!?」
綺麗な箱を差し出され、動転する。な…何が起こったんだ!?光…バレンタインは興味ないって言ってたのに…。海外育ちだから仕方ない、と諦めて早7年…ついに…この日が…。
「うわっ、こいつ泣いてね?」
「感動のあまり御幸さんが壊れましたね…」
つい目の奥が熱くなるのを堪え、胸の奥にジーンと広がる感動を噛み締めた。何とでも言え、俺はいま幸せなんだ。
「あと…倉持さんにも。」
「…え…俺も?」
倉持にも小さな箱が手渡される。倉持は大事そうにそれを受け取って、ぽそりとありがとう、と呟いた。
「あれあれ?倉持さんも涙目になってません?」
「うるせーよ」
「でもそれ、今日光がスタッフさんたちに配ってたのと同じやつですよ。」
「……いいんだよ!貰えたことが重要なんだよ、ほっとけ」
賑やかな食卓を皆で囲んで、乾杯をする。
本音を言うと光と二人きりで過ごしたかったけど…まぁ、これも悪くない。
隣で楽しそうに微笑む光を見て、そう思った。
「…この際だから、お前にも言いたいことを言う。」
「……。」
光の瞳に恐れが混じった。…責められるとでも思ってるんだろうか。
「俺以外の男を見るな。」
「……え?」
「俺だけを見てろ。…倉持のところになんか、行くな。」
「……。」
光はぽかんと俺を見つめて、戸惑いを滲ませて呟いた。
「…行きませんよ。行くわけ…ないじゃないですか。」
「…本当に?」
「どうしたんですか…なんか、変ですよ」
俺を訝しむ彼女を見ていたら…柔らかな肌や小さな手、細い首筋…そこにどうしても触れたくなって、俺は無心で手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。
「…一也さん?」
「…ごめん、もう、かなり限界」
「…何が?」
「お前のこと…好きなんだ、本当に」
「……。」
「絶対に離したくない。ごめん、変な事言ってるのはわかってる。だけど…怖いんだ、お前が倉持に惹かれるのも、わかるから」
「私…そんなんじゃ…」
「いい、わかってるから。…あいつは良い奴だし…正直敵わないとこもある。お前のこと…ずっと任せてきたし、俺は肝心な時に傍にいられなかったし」
「……。」
「でも…俺は、俺がそうしたかった。お前を守るのは俺でありたかった」
小さな手を握りしめながら、ダサい言葉が溢れだす。…これで幻滅されるかもしれない。だけど、正直に言うって決めたんだ。
光はその手をゆっくりと引き抜き、俺の手を握り返した。
「私も…」
「……。」
「一也さんに…してほしかった」
「……。」
「田中茜に攫われたとき…倉持さんが私を見つけてくれたけど…」
「…うん」
「私…何も見えなくて。手を握られたとき…一也さんだって思った。」
「……。」
「本当は、倉持さんだったけど、でも…一也さんが助けに来てくれたんだと思って、私、」
「……。」
「…嬉しかったの」
目の前が滲んだ。それを振り払い、目の前の細い体を抱きしめた。
「…ごめん。頼りなくて」
「そんなことない…。」
「これからは絶対俺が守るから…」
「……。」
「だから…どこにも行くな」
光の手が、ぎゅう、と俺の背中を柔らかく窮屈に締め付ける。
「私…守ってほしいわけじゃない」
「…え?」
「一也さんが、私を離したくないって…」
「……。」
「そう思ってくれるのが…嬉しい」
「……。」
「倉持さんの所に行っていいとか…それでどっちか選べだなんて…言わないで」
「……ごめん」
彼女の体を強く抱きしめ、くしゃくしゃに髪に指を絡ませる。もっと近づきたくて。今やっと、心まで触れ合えた気がして。
そしてどちらからともなく求めあうようにキスをした。俺は横目で寝室のドアを見て、さりげなく光を誘導する。だけど光はすぐに気づいて、ちょっと目を細めて微笑んで、俺の手を引いて寝室に連れて行った。
ふたりでベッドに倒れ込み、キスを繰り返す。それから俺が上に覆いかぶさって、彼女の顔を愛おしく包み込むように撫でた。
「…今子供作ったら…仕事的にまずい?」
ロマンチックな言葉なんて思いつかなくて、そう率直に尋ねると、光は小さく笑いだした。
「…なんとかする。」
そう笑いに涙をにじませながら答えた光に、俺もつられて笑いながら、深く深くキスをした。
***
世間はバレンタインデー。
今日は毎年のごとく予定のない倉持と、恋人が海外公演で留守だからという理由で牧瀬もうちの夕食に邪魔している。
「うっわぁ美味しそう!ここに来てよかった〜!バレンタインに一人でご飯なんてさびしいですもん!ねっ倉持さん!」
「うるせえ…」
倉持は渋っていたところを牧瀬に引っ張られてきたらしく、ご機嫌斜めだ。
「おまたせ、乾杯しようか。」
光がメインディッシュを持って来て席に着いたところで、俺は注ぎ分けていたワインボトルをいったんおいて彼女を振り向いた。
「光。」
「え?」
ぽんぽん、と肩を叩き、光が振り向いたところで不意打ちのキス。ひゃあ、と牧瀬がおどけて、倉持は息をのんだ。
「……ちょ…、い、いきなり…!」
光が顔を赤くして動揺する。あー可愛い。
「イタリアではよくしたじゃん。悪い虫がつかねーようにさ」
「ここは日本なんですけどね〜…」
牧瀬がぼそりと突っ込むが、光はなんだかんだ、まんざらでもなさそうにそっぽを向く。
「…いいから乾杯しようぜ。腹減った」
倉持が場を仕切り直すように空気を流したが、隣の牧瀬があっと声を上げて空気を引き戻した。
「なんだよ…」
「肝心なものを忘れてました!これこれ。」
牧瀬は持って来た紙袋から綺麗な小さな包みを二つ取出し、俺と倉持にそれぞれ差し出した。
「はい、ハッピーバレンタイン!」
「おっ、マジ?くれんの?」
「俺も?」
「義理ですけどね〜。本命は今頃、ニューヨークに…」
フッと影を背負う牧瀬。しかしすぐに機嫌を取り戻し、もう一つ、一回り大きな包みを取り出した。
「それからこれはもうひとつの本命!はいっ、光!」
「え?私?」
「当たり前じゃ〜ん!マイスイートハニ〜」
「うぜえ…」
ありがとう、と光は受け取って、席を立つ。乾杯はまだかな。
「私も今年は用意してみたの。…はい司。」
「えっ!?わ…私に!?光からのチョコ!?」
「うん。いつもお世話になってるから。…日本のバレンタインって、そういう日なんでしょ?」
ほわぁ〜…と感動の渦に溺れている牧瀬の耳には、おそらくも何も届いていない。つーか…俺ももらったことないのに…。光からのチョコ…。
「あと…一也さんにも、これ。」
「…えっ!?」
綺麗な箱を差し出され、動転する。な…何が起こったんだ!?光…バレンタインは興味ないって言ってたのに…。海外育ちだから仕方ない、と諦めて早7年…ついに…この日が…。
「うわっ、こいつ泣いてね?」
「感動のあまり御幸さんが壊れましたね…」
つい目の奥が熱くなるのを堪え、胸の奥にジーンと広がる感動を噛み締めた。何とでも言え、俺はいま幸せなんだ。
「あと…倉持さんにも。」
「…え…俺も?」
倉持にも小さな箱が手渡される。倉持は大事そうにそれを受け取って、ぽそりとありがとう、と呟いた。
「あれあれ?倉持さんも涙目になってません?」
「うるせーよ」
「でもそれ、今日光がスタッフさんたちに配ってたのと同じやつですよ。」
「……いいんだよ!貰えたことが重要なんだよ、ほっとけ」
賑やかな食卓を皆で囲んで、乾杯をする。
本音を言うと光と二人きりで過ごしたかったけど…まぁ、これも悪くない。
隣で楽しそうに微笑む光を見て、そう思った。