「お…」
「あれ…」

ちょっと遠回りをした帰路の途中、ビールが切れていることを思い出してスーパーに立ち寄ると、なんと光と出くわした。そういやここ、光たちのマンションの近くだったっけ…。

「こんばんは。」
「おう…」

にこやかに挨拶し、ミネラルウォーターを籠に入れる光。籠にはさまざまな野菜や肉、チーズ、よくわからないハーブやスパイス…などが入っている。これが美味い料理になるわけだ。対して俺の籠には、ビールと惣菜。あぁ、俺も料理上手な嫁が欲しいぜ。光みたいな…。

「野菜、ちゃんと食べてますか?」
「え?」

突然変なことを訊くと思ったら、光も俺の貧相な籠の中身を見ていたのだった。

「まあ…一応」

なんとなく後ろめたくなって頭を掻く。光は軽く笑って、卵のパックを吟味し始める。
なんか…雰囲気変わったな、光。どこか吹っ切れたというか…明るくなった。幸せそうだ。

「また近いうちに、ご飯でも食べに来てくださいね。」
「え?…ああ…」
「じゃ、また。」

先を急ぐようにそう言って、足早にレジへ向かう光。

「…また」

俺は取り残されたようにそう呟いて、小さなため息を吐いた。
レジで会計を済ませ、スーパーを出る。この辺りは高級住宅街で、駐車場にも高級車がずらりと並んでいる。光達のアパートはここから歩いて5分もかからないから、多分光は今頃マンションに着いた頃だろう。そう思ったのに、自分の車のドアを開けたところで、スーパーの駐車場の入り口で気分が悪そうに蹲っている人物を見つけた。それが光だとすぐにわかって、俺は荷物を車に放り込み、乱暴に閉めながら光に駆け寄った。

「光!どうした!?」
「……。」

光は喋るのもままならない様子で口元を押さえ、俯いている。

「救急車…っ」

携帯を取り出す俺の手を、がしっ、と小さな手が掴む。見ると、光は首を横に振っていた。

「な…何言ってんだよ、そんなになってんのに!救急車呼ぶからな!いいな!?」
「ちが…違うんです」
「なにが!」
「……う…」
「光!?」

肩を抱いて顔色を確かめようと覗き込むと、光は呟いた。

「……吐きそう…」
「え?」

一瞬思考が停止しかけたが、慌てて辺りを見渡す。何か袋…、だめだ、買い物袋しかない!俺は上着を脱いで光の口に押し当てた。

「…これ…」
「いいから!そこに吐け!」
「だ…大丈夫、です」
「バカ!こんな時に遠慮すんな!」

ふるふると首を横に振り続ける光。ほんと、頑固だな…!

「立てるか?車乗れるか?」
「ん…」
「ほら…掴まれ」

光を抱えるようにして、彼女の買い物袋を片手に自分の車へ誘導する。

「御幸は?今家に居んのか?」
「はい…」
「チッ、何してんだアイツ…」

自分でも理不尽だと思ったが、御幸に悪態をつきながら光を車に乗せて、自分も運転席に乗り込み、エンジンをかけた。なるべく揺らさないように…安全運転を心がける。くそー…事故後、初めて運転したときよりも緊張するぜ…。
ほどなくしてマンションの駐車場に着き、警備員に光がいることを告げ、開錠してもらう。そして彼女を支えて玄関のインターフォンを押すと…カメラで確認したのだろう、慌てた様子で御幸が出てきた。ぽかん、とアホ面で俺たちを見る御幸を睨みつける。

「倉持?なんで…」
「テメー、こんな具合の悪い嫁さんをひとりで買い物に行かせるとか、鬼かッ!!」
「…え?」
「スーパーで気分悪くなって蹲ってたんだよ!!いいから部屋に上げろ!」

御幸を押しのけて部屋に押し入り、光がトイレに入ったのを見送って、御幸に向き直る。

「テメェ覚悟はできてんだろうな?絞め殺してや…」
「何があった!?」
「は…?」

ものすごい剣幕で詰め寄ってきた御幸に思わず毒気を抜かれ、スーパーであったことを話した。

「…で、救急車も呼ぶなっつーし…俺の服にも吐きたくないっつうんで、ここに連れてきたんだよ」
「……。」
「ほんと、数分前に店の中で会ったときは普通に元気だったのに…何か悪い病気なんじゃ…」
「…!光…」

御幸が声を上げ、光がリビングにやって来たことに気付いた。

「…おい、大丈夫か?早く病院に…」

そう言いかけて、なぜか光が笑顔であることに気付く。

「…光、もしかして…」

御幸が震える声で呟く。な…なんだ?訳が分からない俺をよそに、光が黙ったまま笑顔で頷くと、御幸が息を詰まらせたようにハッと吐き出した。

「うわっ!…え?」

俺の横をものすごい勢いで通り過ぎ、光を抱きしめる御幸。

「おい!何してんだよ…」

取り残された俺が呆れた声をかけると、御幸は光を離し、二人ははにかんだ笑顔を見合わせて、俺を見た。

「ごめん倉持…」
「ご迷惑をおかけして…お騒がせしてすみません。」
「…え?」
「…光は病気じゃなくてさ、」

御幸の言いかけた言葉を受け、光はちょっと頬を染めて、お腹を撫でて…言った。

「…妊娠、したみたい」



***


「光、おめでとう!!!」

その日のうちに、牧瀬が駆けつけてきた。相変わらず騒がしいやつ…。

「ありがとう…でもごめんなさい、急で…」
「ううん!!おめでたいことでしょ!それに、そろそろかな〜って思ってたし…」
「え?」
「勘だけどね!まぁとにかく、仕事の方は心配しなくていいからね!来週からセーブできるし、来月だけちょっと断れない予定が入っちゃってるけど…それ以外は調整できるから!」
「はっはっは、さすが敏腕マネージャー」
「お任せください!」

胸を張って調子に乗る牧瀬を横目に、俺はちびちびと出されたお茶を飲んでいた。
光が妊娠…。…妊娠かぁ。今度は本当…なんだよな。ああ、もう御幸と奪い合うどころか…人の親になるのか。なんだろう、空しい。

「あーあ、たそがれてる人がひとり…。」
「牧瀬、ほっとけ。」

牧瀬と御幸がなんか言ってる。まあ、もうどうでもいいや…。

「おじいちゃんにはもう伝えたんですか?」
「おじいちゃん?…ああ、俺の親父か。なんか慣れねえなー」
「とかいいつつ嬉しそうですね、御幸さん」
「そりゃ…嬉しいよ」
「お義父さんには、安定期に入ってから言おうと思ってるの。」
「そっかー、楽しみだね。」
「でも…光臣には来週話そうと思って。叔母に報告したいから…」
「そうなんだ、色々助けてくれそうだもんね。」

やつらの会話が遠く聞こえる。なんだか…実感がわかない。めでたいことは、わかってるけど…祝う気持ちも、あるけど……。なんだかふわふわして、夢の中みたいだ。

「おーい、倉持さーん。」
「……あ?」
「あ?じゃないですよ。もう遅いんですから帰りますよ。」
「ああ…」

牧瀬に引き摺られるようにして玄関へ向かう。覇気がないなぁ、と牧瀬が呆れたようにため息を吐く。

「それじゃ光、えーと…明日はお休みするから、明後日か。いつもの時間に迎えに来るね。社長には話しておくけど…世間に向けての公表は安定期に入ってからになると思うから、また話そう。」
「うん、色々ありがとう。」
「あったかくして安静にね!何かあったらいつでも呼んでね!」
「あはは。うん。」
「ありがとうな牧瀬。」
「いいえ〜。ほらっ、倉持さん!シャキッとしてくださいよ!また事故りますよ?」
「…シャレにならねーから言うな」

御幸と光に見送られ、牧瀬とマンションを出た。牧瀬はタクシーに乗って帰り、俺は一人、車に乗り込む。すっかり日の暮れた静かな夜道を走りながら、俺は…遠いどこかへふらりと行きたくなった。

 


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