夏も近づいてきた今日この頃。

「ただいま。」

光は大きくなってきたお腹を抱えて、昼すぎに帰ってきた。今日は定期健診で、俺も付き添いたかったけど…仕事で断念した。

「お帰り。どうだった?」
「順調だって。…それでね、もうある程度、性別が分かるんだって。」
「へぇ…調べたの?」
「うん。」

にこにこしている光は本当に可愛い。こんな可愛い光が産む子供なんだから、もう、どうしようもなくらい可愛いに決まってる。男でも、女でも。でも、やっぱりどっちなのか、気になる。

「で…どっちだって?」
「女の子…かもしれない、って。」
「かもしれない?」
「男の子だとはっきりわかるけど、女の子だと確定はできないらしくて。」
「へー。なんでだろうな?」
「それは、ほら…カメラで見た時に、アレが…映ってるかどうかだから。」
「…ああ、そういうことか」

思わず吹き出して、二人で一緒に笑う。

「じゃあ、映ってなかったわけだ?」
「うん。でも、角度の問題で見えないだけかもしれないから、まだ確定じゃないけど…」
「はっはっは。…まだ、小さいもんなぁ」

光のお腹に手を添えて、その膨らみを撫でる。光は甘えるように俺に寄り添った。
ああ…幸せだなぁ。本当に…。

「そういや…さっき叔母さんから電話があったぞ。」
「え…なんて?」
「明日の午後、うちにくるって。光が小さい頃…お義母さんが使ってたものが屋敷にあったから、いくつか持ってくるって言ってた。」
「…そうなんだ…。」

嬉しそうに微笑む光。その笑顔で、こっちまで嬉しくなってくる。

「お義父さんには連絡した?」
「ああ、今朝な。ひっくり返りそうなほど驚いてたよ。」
「あはは。…本当は、直接伝えたかったな。」
「仕方ないよ。泊まり込みになるし、きついだろ。親父もわかってたよ。何かできることがあれば言ってくれってさ。…すごく喜んでた。」
「そっか…。」

光は俺の胸に頭を持たれてきた。

「…有難いな、本当に…皆、優しい人ばっかりで」
「日頃の行いだろ。お前が優しいから…みんなお前に優しいんだ」
「……ふふ。一也さんも?」
「俺はお前に冷たくされても優しいけど?」
「あははは。」
「惚れた弱みかなー。」

ころころ笑う光を見ていると、胸がじわりと温まる。ぎゅっと抱きしめたくなる。愛おしくなる…。
今、彼女と二人で手を取り合って、階段を上っている気がする。…家族になっていくという実感がある。それはこの上なく幸せで…世界が色づいて見えた。

「あ…やべ、そろそろ行かないと」

時計を見上げ、慌てて荷物を持つ。

「行ってらっしゃい。」

お腹を撫でながら、光は玄関まで見送りに来た。

「すぐ帰ってくるから。」
「いいよ、慌てなくて…」
「俺が帰りてーんだよ。」

本音を零すと、光は呆れ交じりにはにかんだ。

「じゃあな…危ないことするなよ。何かあっても俺が帰るまで待ってろよ。」
「ふふ、はいはい。」
「何か必要なモンは?帰りに買ってくるけど」
「特にないかな。」
「ほんとに?何か思いついても一人で買いに行くなよ。俺に連絡しろよ。」
「わかったってば。早くいかないと遅刻しちゃうよ?」
「…行ってきます」

光に笑われながらマンションを出た。だけど…光が心配でたまらないんだ。何かあったらと思うと身が入らない。牧瀬も叔母さんも、いつも助けてくれるし、何かあると飛んできてくれるけど…自分が傍に居てやれないのがこんなにもどかしいなんて。
ため息を吐きながら車のエンジンをかけたところで電話が鳴った。…倉持だ。
倉持は光の妊娠後、まるで現実逃避するかのようにアメリカへ渡った。リハビリを兼ねた自主練のためにしばらく滞在する、とか言ってたけど…そういや暫く連絡来てなかったな。なんだか久しぶりだ。

「はい御幸。」
『おう、久しぶり』

電話の向こうの倉持の声は思ったよりも元気で安心した。

「久しぶり。お前まだアメリカだっけ?」
『まぁな…でもそろそろ帰国しようと思って。足の調子もだいぶ戻ったし…監督が復帰を視野に入れて調整しようって言うからよ』
「へぇ…よかったな」

突然の朗報に俺は素直に喜んだ。

『それで、お前に預けてきた車とバイク。来週あたり取りに行くから』
「はいはい。いつでも来いよ」
『来週の月曜に帰国する予定で、マンションも元のところに戻るから…火曜あたり行くわ』
「わかった」
『それだけ。じゃあな』

ピッ、とあっけなく電話は切れる。…光のことを話題に出さないなんて、珍しいな。しばらく離れてたから執着が薄れたのか?まぁ、俺としては安心だけど。携帯を仕舞い、俺は車を走らせた。


***


「よお。」

火曜日の昼頃。倉持はタクシーでやって来た。

「おう、おかえり」

暫く会っていなかったが、何も変わってないその姿に思わず笑みが浮かぶ。だけど明らかに以前よりも調子が良さそうで、歩いても足を気にした様子がないことに気付き、俺はやっぱりうれしくなった。

「何ニヤニヤしてんだよ…相変わらず気持ちわりぃ奴だな」
「はっはっは。お前も相変わらず辛辣な」

早速倉持にうざがられながらガレージに入る。

「言われた通り、たまに乗ってたから、バッテリー周りは大丈夫だと思うけど」
「ああ、さんきゅ」
「どっちで帰る?今日両方引き上げてくか?」
「あー…今日はとりあえず車を…」

倉持が言いかけた時、ガレージから直結したマンション入り口のドアが開いた。

「あ…倉持さん!」

あらわれたのは光で、ゆったりとした涼し気なワンピースに白いエプロンをしていて、膨らんだお腹が目立つ。俺は駆け寄って、彼女の手から重たいドアを押しのけて抑えた。

「ここのドア重いんだから、気をつけろよ」
「あ…ありがと。」

光がガレージに入ってくると、倉持は驚いたように一瞬立ち尽くした。

「何光にびびってんだよ。」
「いっ…いや、びびったわけじゃ…」

お腹がデカくなってて驚いたんだろう。こいつ、免疫ないし。

「そろそろお昼だから、倉持さんも食べていくかなーと思ったんですけど…」
「そうだな、食ってくだろ?」
「え…」

俺たち二人の視線を浴びて、倉持は居心地悪そうにする。

「食ってけよ。久々だし」
「…お、おう」
「良かった。じゃあ、用意して待ってるね。」
「うん。ありがとう。」

光が中に戻っていくと、倉持は止めていた息を静かに吐き出した。

「何緊張してんだよ。」
「別に…」

あーあ、相当動揺してる。目が泳いでるし…。

「…お腹、大きくなったな」
「ああ…もう7か月。」
「そんなになるのか…」

倉持はどこか遠い目をした。

「…早いなぁ」

その横顔に、俺は…からかう気も起きず、滲んだ寂しげな色に気付かないふりをした。

 


ALICE+