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観光名所には目もくれず…というか、お互いに黙ったまま、あたたかい陽だまりに包まれたイタリア郊外の住宅街を歩いた。光の手を引いて、その手が急に振りほどかれるんじゃないか、という不安をどこかに感じながら、俺は半ば意地のようにしっかりと小さな手を握り続けた。
昔は…手をつなぐのにも、ものすごく勇気が必要で…だけどあの頃から俺は、光を守らなきゃと思っていたし、守りたいと思っていた。
大きな門が見えてきて、鍵を取り出そうとすると、門の向こうから声がした。見ると、庭で木を切っていたらしい男が屋敷の方へ向かって声を上げたのだった。するとすぐに、屋敷から品のいいスーツ姿の初老の男が出てきて、急いで門を内側から開けた。
「あの…」
「御幸様ですね。伺っております。どうぞ、中へ。さあ」
さあ、と優しげな笑顔の男に迎えられ、俺たちは屋敷の中へと入った。以前来た時とはすっかり変わって、花や木が鮮やかに生い茂る美しい庭。さっき屋敷に向かってこの男を呼んでくれた男も、作業を中断して砂埃を払いながらやってくる。
「以前の庭をご覧になったとか。綺麗になったでしょう?」
初老の男が嬉しそうに言って、俺は頷いた。
「はい。すごく綺麗ですね」
「奥の裏庭もなかなかのものですよ。あとで色々ご覧になってみてください。まあ、木はまだ植えたばかりで、少し小さいんですけどね。」
和やかに笑う男に笑みを返し、屋敷の中へ通されて、その上品ながらどこか懐かしい感じのする、落ち着く内装にまた感嘆する。ここに来たのは、良かったかもしれないな…。周りに騒ぐ奴もいなくて、噂や喧騒から遮断されて、綺麗な町、綺麗な庭、綺麗な屋敷でのんびりと過ごす。これで、少しでも光が元気を取り戻してくれたらいいけど…。
「こちらのお部屋を用意いたしましたので、ごゆっくりおくつろぎください。」
「ありがとうございます。」
通された部屋は広めの寝室で、少し暗い白の壁と黒っぽいグリーンの絨毯、ベッドやソファなどの家具はブラウン系統の上品な布地で、ささやかに金糸の刺繍があしらわれた、豪華でありながら落ち着きのある部屋だった。
「クローゼットにお洋服も用意してございます。そちらの扉はバスルームとなっております。そのほか必要なものはキャビネットに。何かありましたらご遠慮なくお申し付けくださいませ。」
「ありがとうございます。」
「お食事のお時間などはどうされますか?」
「え?…えーと、いつでも…」
「では頃合いを見て用意いたします。」
「すみません。」
なにからなにまで、至れり尽くせりだな…。しかもこの家も、あの日本の別宅に負けず劣らず広そうだし。
「他に何か御用はございますか?」
「…いえ、大丈夫です。」
「では、私はこれで失礼いたします。何かありましたら、そちらのベルをお鳴らし下さい。昼食が整いましたら、お声掛けいたします。」
「わかりました、ありがとうございます。」
男は恭しく一礼し、部屋を出て行った。するり、と光が手を離し、部屋の奥に歩いて行って、ベッドに腰を下ろした。
「光、疲れたよな。休むか?」
そう声をかけると、光は少ししてから、思い出したように頷いた。そして立ち上がり、ふらふらとバスルームの方へ歩いて行く。
「…シャワー、浴びてくる」
「うん」
その背中を心配しながら、俺は手持無沙汰にソファに座った。
***
…遅いな。
バスルームへ行って、もう40分は経っている。まあ…光は普段から結構長風呂だけど、シャワー浴びるって言ってたし…休むと言ってたから、さっとシャワーを浴びてすぐに出てくると思っていた。
俺はバスルームの傍に近づいた。…何の音もしない。コンコンコン、とノックしてみる。…返事もない。
「光?」
呼びかけてみても、またノックしてみても、返事がなかった。…無事…だよな?まさか…何か…
「おい、光!大丈夫か?開けるぞ!」
そう断ってドアノブに手を伸ばした時、俺が触れるよりも先に、ドアノブが回ってドアが開いた。俺は驚いて…そして、そこに立っていた光に、また驚いて言葉を一瞬失った。だって…光はなにも身につけず、髪も体も濡れたままで、そこに佇んでいたから。
「お…おい!ちょっ…、タオル!」
久しぶりに見る光の肌。やばい、こんな時にこんなこと、考えてる場合じゃないのに。でも、だって、光が妊娠してから…時々手ではしてくれたけど、彼女の肌に触れることは…ずっとできてないし。動揺する俺を見て…いや、目は合わなかった。光は虚ろな目でどこかを見つめたまま呟いた。
「…大丈夫だから。」
「…あ、そ、そっか。それなら、いいんだけど…」
手で視界を遮って目を逸らしたまま頷くと、光はまたバスルームに戻って行った。あ〜…心臓に悪い。落ち着け、俺…。光はまだそんなことする余裕、ないんだから…。
昔は…手をつなぐのにも、ものすごく勇気が必要で…だけどあの頃から俺は、光を守らなきゃと思っていたし、守りたいと思っていた。
大きな門が見えてきて、鍵を取り出そうとすると、門の向こうから声がした。見ると、庭で木を切っていたらしい男が屋敷の方へ向かって声を上げたのだった。するとすぐに、屋敷から品のいいスーツ姿の初老の男が出てきて、急いで門を内側から開けた。
「あの…」
「御幸様ですね。伺っております。どうぞ、中へ。さあ」
さあ、と優しげな笑顔の男に迎えられ、俺たちは屋敷の中へと入った。以前来た時とはすっかり変わって、花や木が鮮やかに生い茂る美しい庭。さっき屋敷に向かってこの男を呼んでくれた男も、作業を中断して砂埃を払いながらやってくる。
「以前の庭をご覧になったとか。綺麗になったでしょう?」
初老の男が嬉しそうに言って、俺は頷いた。
「はい。すごく綺麗ですね」
「奥の裏庭もなかなかのものですよ。あとで色々ご覧になってみてください。まあ、木はまだ植えたばかりで、少し小さいんですけどね。」
和やかに笑う男に笑みを返し、屋敷の中へ通されて、その上品ながらどこか懐かしい感じのする、落ち着く内装にまた感嘆する。ここに来たのは、良かったかもしれないな…。周りに騒ぐ奴もいなくて、噂や喧騒から遮断されて、綺麗な町、綺麗な庭、綺麗な屋敷でのんびりと過ごす。これで、少しでも光が元気を取り戻してくれたらいいけど…。
「こちらのお部屋を用意いたしましたので、ごゆっくりおくつろぎください。」
「ありがとうございます。」
通された部屋は広めの寝室で、少し暗い白の壁と黒っぽいグリーンの絨毯、ベッドやソファなどの家具はブラウン系統の上品な布地で、ささやかに金糸の刺繍があしらわれた、豪華でありながら落ち着きのある部屋だった。
「クローゼットにお洋服も用意してございます。そちらの扉はバスルームとなっております。そのほか必要なものはキャビネットに。何かありましたらご遠慮なくお申し付けくださいませ。」
「ありがとうございます。」
「お食事のお時間などはどうされますか?」
「え?…えーと、いつでも…」
「では頃合いを見て用意いたします。」
「すみません。」
なにからなにまで、至れり尽くせりだな…。しかもこの家も、あの日本の別宅に負けず劣らず広そうだし。
「他に何か御用はございますか?」
「…いえ、大丈夫です。」
「では、私はこれで失礼いたします。何かありましたら、そちらのベルをお鳴らし下さい。昼食が整いましたら、お声掛けいたします。」
「わかりました、ありがとうございます。」
男は恭しく一礼し、部屋を出て行った。するり、と光が手を離し、部屋の奥に歩いて行って、ベッドに腰を下ろした。
「光、疲れたよな。休むか?」
そう声をかけると、光は少ししてから、思い出したように頷いた。そして立ち上がり、ふらふらとバスルームの方へ歩いて行く。
「…シャワー、浴びてくる」
「うん」
その背中を心配しながら、俺は手持無沙汰にソファに座った。
***
…遅いな。
バスルームへ行って、もう40分は経っている。まあ…光は普段から結構長風呂だけど、シャワー浴びるって言ってたし…休むと言ってたから、さっとシャワーを浴びてすぐに出てくると思っていた。
俺はバスルームの傍に近づいた。…何の音もしない。コンコンコン、とノックしてみる。…返事もない。
「光?」
呼びかけてみても、またノックしてみても、返事がなかった。…無事…だよな?まさか…何か…
「おい、光!大丈夫か?開けるぞ!」
そう断ってドアノブに手を伸ばした時、俺が触れるよりも先に、ドアノブが回ってドアが開いた。俺は驚いて…そして、そこに立っていた光に、また驚いて言葉を一瞬失った。だって…光はなにも身につけず、髪も体も濡れたままで、そこに佇んでいたから。
「お…おい!ちょっ…、タオル!」
久しぶりに見る光の肌。やばい、こんな時にこんなこと、考えてる場合じゃないのに。でも、だって、光が妊娠してから…時々手ではしてくれたけど、彼女の肌に触れることは…ずっとできてないし。動揺する俺を見て…いや、目は合わなかった。光は虚ろな目でどこかを見つめたまま呟いた。
「…大丈夫だから。」
「…あ、そ、そっか。それなら、いいんだけど…」
手で視界を遮って目を逸らしたまま頷くと、光はまたバスルームに戻って行った。あ〜…心臓に悪い。落ち着け、俺…。光はまだそんなことする余裕、ないんだから…。