今日も今日とで、地元の少年たちに野球を教えている。彼らはあの日から毎日ここへ来るようになって、今日で4日目だ。とはいってもまだまだ、キャッチボールをさせて、投げ方や捕り方を教えているだけなのだが。だけど彼らは本当に楽しそうにボールを投げ合って、子供というものは、何でも楽しむ天才なのかもしれないと思った。

『〜〜!〜〜お昼!ごはん!〜〜!』
「あ?昼飯?おー、行って来い行って来い。」
『〜〜ミユキ、野球!〜〜!あとで!』
「おーおー。午後もやってやるから。」

俺が頷くと、少年たちはわっと庭を出て行った。なんとなく、単語から意味を読み取って、彼らと意思疎通できるようになってきたから面白い。イタリア語、勉強してみるかな…これからもときどき来るような気がするし。

「御幸様、昼食の用意が整いました。」
「あ、はい。」

使用人に声をかけられ、俺は立ち上がって服に着いた埃を払いながら歩き出す。するとポケットの携帯が鳴った。

「あ…すぐ行きます。」

振り向いた使用人に苦笑して会釈して、俺は傍のベンチに座って通話ボタンを押した。

「はい」
『御幸?』
「そーだけど」

電話の相手は倉持だ。なんだか懐かしい声だ。

『お前今イタリアにいるんだって?』
「まあな。光臣から聞いたのか?」
『おう。昨日会ってさ』
「へー」
『…そっちは?大丈夫なのか?』
「…まあ。そっちにいるよりは良かったかもしれないかな」
『そっか…』

倉持の声が所在なさ気に掠れた。

「つーかそっちは今どんな感じ?マスコミとかすごいって聞いたけど」
『ん…、ああ、まあ、さすがにニュースでまではやってないけどな。事が事だし…。ただ、週刊誌とか…そっちが騒いでる。俺のとこにも2,3回取材が来たし…。あっ、何も言ってねーからな?あとは…光臣のとこと、あと多分奥村も来てるかな。牧瀬なんかもう、俺も連絡つかねーし、相当来てるんじゃねえかな…』
「そっか…悪いな、迷惑かけて」
『こっちもんな他人事みてぇに思ってねーから、下手な気遣いしてんじゃねーよ。』
「はは、そっか。」
『まあ元気そうでよかったわ。しばらくはそっちいんの?』
「うーん、そうだなー。まあ遅くともキャンプ始まったら戻らなきゃなんねーけど…」
『……だよな。』

まだ光をひとりにするのは不安だ。その意を汲みとったように、倉持は低い声で相槌を打った。

『…あ、わりぃ出かけるから切るわ』
「あ、おう」
『じゃな』

素っ気なく切られる電話。俺は携帯を仕舞い、屋敷へと向かった。


***


食堂を横目に階段を上がり、部屋に戻ると、ベッドの傍に立ってガウンを羽織る光がいた。まだ少し元気はないけど、ここに来た日よりは顔色が良い。

「よ。下行こうぜ」
「…うん」

光は気だるげに髪をまとめながら歩いてくると、そのまま甘えるように俺に抱き着いてきた。そんなスキンシップは久しぶりで、すこし驚く。だけど、どうした?なんて聞くと、恥ずかしがってまた離れてしまいそうだから、軽く背中に手を回して撫でた。

「今俺、汗臭いんだけど…」
「…ううん」

光は俺の胸に頬ずりするように顔を埋める。

「一也さんのにおい…好き」
「……。」

…何か恥ずかしい。
汗かいてほこりまみれの男のにおいなんて、良いわけないんだけど。それににおいなら、光のほうがよっぽど…。そう考えている間にも、光の髪や肌から、甘く爽やかな何とも言えない良い香りがほのかに香ってくる。同じ石鹸で洗って、同じように洗濯して、一緒に生活しているのに…なんでこいつ、こんないいにおいなんだろう。胸の奥がくすぐったい。…やばい、ムラムラしてきた。

「…光、ほら…、行こうぜ」
「…ん」

まだ甘えたそうにする光の手を握って、部屋のドアに手を伸ばす。すると光が手を離し、あれと思ったら、背中に抱き着かれた。

「うわ、…どした?」
「……。」
「おーい。光さーん」
「……。」
「どうしちゃったんだよ?」

光は何も言わず、腕の力を強めるだけ。あー…背中に柔らかい感触が…。

「光。ちょっと一旦、離して」
「……。」
「おーい、頼むから」
「…嫌なの?」
「え?違う違う…」

嫌っつーより、むしろ…ムラムラして…

「飯、冷めちまうぞ」
「…じゃあ…」
「ん?」
「一回、ぎゅってして」
「……。」

…可愛すぎるんですけど…。

「わかった。じゃ、一回ぎゅってしたら飯行くぞ。」
「うん…」

何だこの会話。思わず口元が緩む俺。光はようやく手を離して、俺は光を振り返る。振り返るなり、光は俺に抱き着いてきた。あー、もー、やばいって…。一年近くしてないのに、こんな密着ばかりされたら…。
必死に野球のことを考えながら彼女の細い体を一度ぎゅっと抱きしめ、ぽんぽんと軽く叩く。

「ほれ。もういい?」
「…やだ、もっと」

甘えた声が返ってくる。胸の奥がムズムズして顔が熱い。昨日まで塞ぎこんでたと思ったら、今日は急にこんなふうに甘えてきたりして…情緒が不安定だ。まあ、それもしょうがないけど…それに、こんなふうに光に頼られるのは嬉しい。
光は俺の胸元に頬ずりして、ちょっと背伸びをして肩口に顔を埋める。…猫みたい。…じゃなくて。
あーもー…やばいって…。…いや、むしろこれ、誘われてんのか?まさか…いやでも…

「…う、わ…っ」

ちゅっ、と耳元で音がして、首筋にくすぐったい刺激を感じた。思わず声が出てしまって赤面しながら、光にそこを舐められたのだと気付く。

「おいおい…何してんの」
「んう…」

半ば強引に光を引きはがすと、光は不満そうに俺を見た。

「…だめ?」
「…いや…あのな…それ、どういう意味で言ってんの?」
「どういう意味…って?」

あ…だめだこれ、こいつよくわかってない。生殺しかよ。

「…だからさ、あんまこういうことされると…やばいから」
「やばい?…嫌ってこと?」
「ちーがーう。…俺もしたいけど…」
「じゃあ、いいじゃん」
「お前な〜…」
「なんでだめなの?」
「それ本気で言ってる?」
「え?…意味わかんない」
「だから…あーもう…」
「なに?」
「…だから…あんまされると、勃っちゃうんだよ」
「……。」

ぽかん、と俺を見上げていた光は、にわかに頬を赤くして、俯いた。

「し、しょうがないだろ、もう1年近く我慢してるし…」
「……。」
「お前もずっと大変で、それどころじゃなかったし…」
「……。」
「…とにかく…わかったな?あんまベタベタしないで。ここんとこ、ほんともう、かなり限界だから…」
「……。」

黙り込む光。こんな時に何考えてんだ、って感じだよなー。でも、しょーがないんだよ、女にはわからないかもしれないけど、これはほんと、俺の意思とは反して反応しちまうもんなんだから…。
俺は咳払いを一つし、気まずい思いを断ち切る。

「えーと…つーわけだから。もういいな?飯行くぞ」
「…でも…」

…でも!?

「でも…何?」
「…もう一回だけ…ぎゅってしたい」
「……。」

俺は一瞬息が詰まったように胸が苦しくなって、ゆっくりを息を吐いて、思い切って彼女の体を抱き寄せた。何も考えるな、感じるなと言い聞かせたけど、やっぱり…胸の下あたりに、ぎゅっと柔らかい感触が押し付けられて、一度意識してしまうと腕の中の彼女の体のなんと華奢で柔らかいことかを実感してしまって、もう1年近く触れていない彼女の裸を想像してしまって…。
それを振り払うように体を離すと、光の少し安堵を取り戻したような表情で、俺も少しホッとした。

「ご飯、食べられそうか?」
「…うん。」
「じゃ、行くぞ。」

手を握って歩き出すと、光はとことこと俺についてきた。

 


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