001
昼下がりの校舎裏。むき出しの地面と砂で汚れた校舎の壁。人気のない、伸び放題の草木がぽつんと佇むだけの、味気ない場所。
『伝えたいことがあるので、お昼休みに校舎裏に来てください。――1年A組 田中茜』
そう、可愛らしい小さな文字で書かれた便箋を手に、ひとり柵にもたれかかって数分。まいったなぁ、と頭を掻く。
田中茜という女子のことは知らない。後輩だし、名前も聞いたことが無い。ただ、見知らぬ女子に呼び出されるのはこれが初めてではなかったし、伝えたいことというのも、予想がついていた。そしてそれに対する答えももう決まっている。
今は野球に専念したいから。
誰とも付き合う気はないから。
ありきたりな言葉を心の中で反復する。何度か経験したことだけど、何度経験しても慣れないし、緊張する。泣かれた日には罪悪感で凹んだりもする。
小さくため息を吐いた時、足音が近づいて来て、俺は顔を上げた。
渡り廊下の方から歩いてやってきたのは、1年の女子だった。金色に近い亜麻色の髪に、薄い水色の瞳。整った、日本人離れした顔。外国人か、ハーフか?華奢で、スカートからすらりとのびた長い脚のシルエットが綺麗だと思った。
彼女は傍まで歩いてくると、不思議そうな顔をして俺を見上げた。可愛い。というか、美人だ。思わず見とれてしまいそうになって、俺は気を取り直すために咳払いを一つする。
「えっと、話って何?」
そうわかりきったことを聞くと、彼女はぱちくりと大きな瞳を瞬いた後、可愛らしく小首をかしげてこう言った。
「は?」
…聞き間違いだろうか。顔に似つかわぬ愛想のない声だった。
唖然としている俺の前で、彼女はポケットから白い紙きれを取り出す。
「呼び出したの、そっちですよね?えーと…2年の吉岡啓介先輩?」
「え?」
しばしの沈黙がおりて、俺たちはほぼ同時に事態を把握した。
どうやら、お互いに別の人物から、同時に同じ場所へ呼び出されたらしい。ああ…、と彼女は納得したように呟く。
「すみません、間違えました。」
「はっはっは、いや、こちらこそ…」
そう言ってお互いに少し離れて立ってみたものの、とても気まずい。俺と彼女が呼び出された理由はおそらく同じだろうし、呼び出したほうも、他に人がいたのでは出て来辛いんじゃないだろうか。
心配する俺を余所に、彼女は退屈そうに花壇に腰を下ろす。するとそこへ、校舎の影からこちらを覗く男子生徒が現れた。男子生徒は人気があることに気付いて出てくるのを躊躇い、立ち尽くしている。どう見ても彼女を呼び出した生徒だろう。俺は居たたまれなくなって、少し距離を置く。
「吉岡啓介先輩、ですか?」
彼女が気付いて立ち上がり、そう声をかけると、彼は引っ込みがつかなくなった様子でおそるおそるやってきた。
「話ってなんですか?」
「え…っと…」
ちらちらと俺に視線が刺さる。そうだよな、人がいる前じゃ言えないよな。
俺は必死で聞いてないふりをして、校舎の角まで戻って二人から身を隠した。
「…き、来てくれて、ありがとう、玉城さん。」
俺の姿が見えなくなったところで、男子生徒が口を開いた。
「玉城さんは、たぶん、俺のこと知らないと思うけど…。前からずっと、気になってました!友達からでいいんで、よろしくお願いします!」
おお、言った…。
他人事ながら妙な緊張感がある。返事はどうするんだ…?
俺は息をのんで思わず耳を澄ました。
「ごめんなさい。先輩のこと、知らないんで…。」
「だっ…だよな…。」
ああ、はっきり言った…。
見なくても、男の落ち込み具合が伝わってくる。
「じ、じゃあ!えっと、LIME!LIME教えてください!」
「……。」
「駄目っすか…?」
「……まあ、LIMEなら…。」
おお、よかったじゃねーか。俺はこっそり笑う。しばらくして、男が去って行ったのがわかった。俺もそろそろ戻ってもいいだろうか。俺を呼び出した子も、そろそろ来るかもしれないし…。
そう思って踵を返した時、突然目の前に彼女の顔があった。
「わっ…!?」
驚いて退く彼女。危うくぶつかりそうになって固まる俺。
彼女は俺をぽかんと見上げて、すぐに眉を寄せた。
「…えっ、見てたんですか?」
その非難がましい目に俺は慌てる。
「しょうがねーだろ、俺もここに呼び出されてるし。それに見てたわけじゃねーよ。」
「でも聞いてたんですね?」
「聞こえたからな。」
「……。」
美女に睨まれるとおっかない。
がらにもなく心を抉られた気分で苦笑いを浮かべると、校舎裏の方から声がした。
「えっ、御幸先輩、来てない…。」
「大丈夫、もうすぐ来るって!まだお昼休み時間あるし、待とうよ、私も一緒に待つからさ!」
友達つれて来てんのかよ…。気が重くなる俺の背中を、彼女が突っついた。
「ほら、早く行ってあげて下さいよ、御幸先輩。あの子待ってますよ。」
「…お前、盗み聞きする気だろ。」
「まさか。ちょっとまだここに用があるだけですよ。」
「ふざけんな、聞く気満々じゃねーか。早く教室戻れ。」
「わたしだけ聞かれたんじゃ、フェアじゃないので。」
「フェアって何がだよ…。」
頑として動かない彼女を諦め、俺は重い足取りで校舎の角を曲がった。俺に気付いた女子生徒が、感極まったように口元を両手で覆う。
「じゃ…廊下で待ってるね。頑張って!」
彼女の友人らしき女子生徒がそう言い残し、走り去っていく。ふたりきりで残された校舎裏に、少しの間緊張感と沈黙がおりた。
「…あの…御幸先輩…。よ、呼び出して、すみません。」
「いや…。」
「あ、あの…私…しっ試合で先輩を見て、かっこいいなって思って…!あの…」
「……。」
「す…っ…好きです!つ…つきあって…ください!」
ああ、気が重い。詰まる喉から無理やり言葉をひねり出す。
「…ごめん。今は誰とも付き合う気、ないから。」
彼女の顔から表情が消え、赤くなって、目が潤む。ああ、泣くぞ。勘弁してくれよ…。
「…わ…わかり…ました……」
彼女は嗚咽を一つもらし、涙をこらえる。
「あの…じゃあ、せめて…LIME、教えてくれませんか。」
俺はスマホじゃないからLIMEは使えないんだが…。いや、それよりも。
「…それもごめん。今は野球だけに集中したいから。」
彼女の目からとうとう涙がこぼれた。でも、中途半端に優しくして、期待を持たせたくはない。
彼女が去っていき、俺が踵を返したところで、校舎の角から女子生徒――盗み聞きしていたであろう玉城が姿を現した。もう怒ってはいないようだったが、物言いたげな目をしている。
「なんだよ?」
そうぶっきらぼうに聞くと、俺以上に愛想のない声が返ってきた。
「LIMEくらい、教えてあげればいいのに。」
「変に期待もたせたくねえしな。」
「話してみれば気が合うかもしれないじゃないですか。」
「気が合わなかったらどうすんだよ?」
「別に…そしたら、やめればいいんじゃないですか。」
「おま…」
可愛い顔をしてえげつないことを平然と言ってのける。
俺はため息を吐いて話を終わらせ、校舎へと足を向けた。
「…じゃ。もう予鈴鳴るから。」
「…あ。」
玉城に背を向けると、何かに気付いたように、背後から小さく声が聞こえて、俺は立ち止って振り返る。まだ何かあんのか、と聞こうとした時、玉城は俺の背中を指さして一点を見つめながら言った。
「あの…背中にわりと大きめの虫がついてます。」
「は?」
「あ、これ、クワガタかなぁ?」
呑気な声を聞きながら俺は背筋が凍った。虫は大っ嫌いだ。叫びたくなるのをこらえて、俺は努めて冷静に、玉城に声をかけた。
「…取ってくれ。」
「え?無理です無理です、私虫苦手なんです。」
「うそつけめちゃくちゃ冷静に観察してるじゃねーか。な、頼むから。」
「本当に苦手なんですってば。見るのは平気でも触るのは絶対嫌です。」
「じゃあ手で払ってくれりゃあいいよ。ぱぱっと。な?」
「…じゃ、ハンカチかしてください。」
「はぁ?お前持ってねーの?」
「持ってないです。貸してくれないと取りませんよ。」
「……。」
小さく舌打ちをしながら、ポケットから慎重にハンカチを取り出す。玉城に手渡すと、ややあって、背中に軽くハンカチを叩きつけられた。ブゥン、と低い羽音が短く響く。
「…飛んでいきましたよ。」
はい、とハンカチを返すと、玉城は傍の蛇口に歩いて行って、手を水で濯ぎ、ポケットからハンカチを取り出して念入りに拭いた。
「おい。」
「え?」
「お前ハンカチ持ってるじゃねーか…。」
「だって…虫に触りたくないんだもん」
だもん、じゃねぇ。いや、可愛いけど。
そうかこいつ、可愛いから、今までこんな調子でちやほやされてきたんだろう…。その飄々とした横顔を見たとき、俺の中の悪戯心がうずうずと疼き始めた。
「これやるよ。」
「え?…きゃあっ!?」
投げつけられたハンカチを丁寧に受け取ってから悲鳴を上げる玉城。悲鳴は見た目通り可愛いじゃねーの。俺は文句を言われる前に駆け出して、校舎に駆け込む。鳴り響く予鈴の中、教室まで辿り着くと、ふつふつと笑いが込み上げてきた。倉持が振り返って顔を引きつらせている。
「何笑ってんだてめぇ、気持ち悪ぃ…。」
「いや、別に。」
そう誤魔化してはみたが、にやけは止まらない。
1年の玉城。面白い奴だったな。下の名前は何ていうのだろう。
俺は窓の外を見て、玉城とまた会う機会があることを少しだけ期待した。
『伝えたいことがあるので、お昼休みに校舎裏に来てください。――1年A組 田中茜』
そう、可愛らしい小さな文字で書かれた便箋を手に、ひとり柵にもたれかかって数分。まいったなぁ、と頭を掻く。
田中茜という女子のことは知らない。後輩だし、名前も聞いたことが無い。ただ、見知らぬ女子に呼び出されるのはこれが初めてではなかったし、伝えたいことというのも、予想がついていた。そしてそれに対する答えももう決まっている。
今は野球に専念したいから。
誰とも付き合う気はないから。
ありきたりな言葉を心の中で反復する。何度か経験したことだけど、何度経験しても慣れないし、緊張する。泣かれた日には罪悪感で凹んだりもする。
小さくため息を吐いた時、足音が近づいて来て、俺は顔を上げた。
渡り廊下の方から歩いてやってきたのは、1年の女子だった。金色に近い亜麻色の髪に、薄い水色の瞳。整った、日本人離れした顔。外国人か、ハーフか?華奢で、スカートからすらりとのびた長い脚のシルエットが綺麗だと思った。
彼女は傍まで歩いてくると、不思議そうな顔をして俺を見上げた。可愛い。というか、美人だ。思わず見とれてしまいそうになって、俺は気を取り直すために咳払いを一つする。
「えっと、話って何?」
そうわかりきったことを聞くと、彼女はぱちくりと大きな瞳を瞬いた後、可愛らしく小首をかしげてこう言った。
「は?」
…聞き間違いだろうか。顔に似つかわぬ愛想のない声だった。
唖然としている俺の前で、彼女はポケットから白い紙きれを取り出す。
「呼び出したの、そっちですよね?えーと…2年の吉岡啓介先輩?」
「え?」
しばしの沈黙がおりて、俺たちはほぼ同時に事態を把握した。
どうやら、お互いに別の人物から、同時に同じ場所へ呼び出されたらしい。ああ…、と彼女は納得したように呟く。
「すみません、間違えました。」
「はっはっは、いや、こちらこそ…」
そう言ってお互いに少し離れて立ってみたものの、とても気まずい。俺と彼女が呼び出された理由はおそらく同じだろうし、呼び出したほうも、他に人がいたのでは出て来辛いんじゃないだろうか。
心配する俺を余所に、彼女は退屈そうに花壇に腰を下ろす。するとそこへ、校舎の影からこちらを覗く男子生徒が現れた。男子生徒は人気があることに気付いて出てくるのを躊躇い、立ち尽くしている。どう見ても彼女を呼び出した生徒だろう。俺は居たたまれなくなって、少し距離を置く。
「吉岡啓介先輩、ですか?」
彼女が気付いて立ち上がり、そう声をかけると、彼は引っ込みがつかなくなった様子でおそるおそるやってきた。
「話ってなんですか?」
「え…っと…」
ちらちらと俺に視線が刺さる。そうだよな、人がいる前じゃ言えないよな。
俺は必死で聞いてないふりをして、校舎の角まで戻って二人から身を隠した。
「…き、来てくれて、ありがとう、玉城さん。」
俺の姿が見えなくなったところで、男子生徒が口を開いた。
「玉城さんは、たぶん、俺のこと知らないと思うけど…。前からずっと、気になってました!友達からでいいんで、よろしくお願いします!」
おお、言った…。
他人事ながら妙な緊張感がある。返事はどうするんだ…?
俺は息をのんで思わず耳を澄ました。
「ごめんなさい。先輩のこと、知らないんで…。」
「だっ…だよな…。」
ああ、はっきり言った…。
見なくても、男の落ち込み具合が伝わってくる。
「じ、じゃあ!えっと、LIME!LIME教えてください!」
「……。」
「駄目っすか…?」
「……まあ、LIMEなら…。」
おお、よかったじゃねーか。俺はこっそり笑う。しばらくして、男が去って行ったのがわかった。俺もそろそろ戻ってもいいだろうか。俺を呼び出した子も、そろそろ来るかもしれないし…。
そう思って踵を返した時、突然目の前に彼女の顔があった。
「わっ…!?」
驚いて退く彼女。危うくぶつかりそうになって固まる俺。
彼女は俺をぽかんと見上げて、すぐに眉を寄せた。
「…えっ、見てたんですか?」
その非難がましい目に俺は慌てる。
「しょうがねーだろ、俺もここに呼び出されてるし。それに見てたわけじゃねーよ。」
「でも聞いてたんですね?」
「聞こえたからな。」
「……。」
美女に睨まれるとおっかない。
がらにもなく心を抉られた気分で苦笑いを浮かべると、校舎裏の方から声がした。
「えっ、御幸先輩、来てない…。」
「大丈夫、もうすぐ来るって!まだお昼休み時間あるし、待とうよ、私も一緒に待つからさ!」
友達つれて来てんのかよ…。気が重くなる俺の背中を、彼女が突っついた。
「ほら、早く行ってあげて下さいよ、御幸先輩。あの子待ってますよ。」
「…お前、盗み聞きする気だろ。」
「まさか。ちょっとまだここに用があるだけですよ。」
「ふざけんな、聞く気満々じゃねーか。早く教室戻れ。」
「わたしだけ聞かれたんじゃ、フェアじゃないので。」
「フェアって何がだよ…。」
頑として動かない彼女を諦め、俺は重い足取りで校舎の角を曲がった。俺に気付いた女子生徒が、感極まったように口元を両手で覆う。
「じゃ…廊下で待ってるね。頑張って!」
彼女の友人らしき女子生徒がそう言い残し、走り去っていく。ふたりきりで残された校舎裏に、少しの間緊張感と沈黙がおりた。
「…あの…御幸先輩…。よ、呼び出して、すみません。」
「いや…。」
「あ、あの…私…しっ試合で先輩を見て、かっこいいなって思って…!あの…」
「……。」
「す…っ…好きです!つ…つきあって…ください!」
ああ、気が重い。詰まる喉から無理やり言葉をひねり出す。
「…ごめん。今は誰とも付き合う気、ないから。」
彼女の顔から表情が消え、赤くなって、目が潤む。ああ、泣くぞ。勘弁してくれよ…。
「…わ…わかり…ました……」
彼女は嗚咽を一つもらし、涙をこらえる。
「あの…じゃあ、せめて…LIME、教えてくれませんか。」
俺はスマホじゃないからLIMEは使えないんだが…。いや、それよりも。
「…それもごめん。今は野球だけに集中したいから。」
彼女の目からとうとう涙がこぼれた。でも、中途半端に優しくして、期待を持たせたくはない。
彼女が去っていき、俺が踵を返したところで、校舎の角から女子生徒――盗み聞きしていたであろう玉城が姿を現した。もう怒ってはいないようだったが、物言いたげな目をしている。
「なんだよ?」
そうぶっきらぼうに聞くと、俺以上に愛想のない声が返ってきた。
「LIMEくらい、教えてあげればいいのに。」
「変に期待もたせたくねえしな。」
「話してみれば気が合うかもしれないじゃないですか。」
「気が合わなかったらどうすんだよ?」
「別に…そしたら、やめればいいんじゃないですか。」
「おま…」
可愛い顔をしてえげつないことを平然と言ってのける。
俺はため息を吐いて話を終わらせ、校舎へと足を向けた。
「…じゃ。もう予鈴鳴るから。」
「…あ。」
玉城に背を向けると、何かに気付いたように、背後から小さく声が聞こえて、俺は立ち止って振り返る。まだ何かあんのか、と聞こうとした時、玉城は俺の背中を指さして一点を見つめながら言った。
「あの…背中にわりと大きめの虫がついてます。」
「は?」
「あ、これ、クワガタかなぁ?」
呑気な声を聞きながら俺は背筋が凍った。虫は大っ嫌いだ。叫びたくなるのをこらえて、俺は努めて冷静に、玉城に声をかけた。
「…取ってくれ。」
「え?無理です無理です、私虫苦手なんです。」
「うそつけめちゃくちゃ冷静に観察してるじゃねーか。な、頼むから。」
「本当に苦手なんですってば。見るのは平気でも触るのは絶対嫌です。」
「じゃあ手で払ってくれりゃあいいよ。ぱぱっと。な?」
「…じゃ、ハンカチかしてください。」
「はぁ?お前持ってねーの?」
「持ってないです。貸してくれないと取りませんよ。」
「……。」
小さく舌打ちをしながら、ポケットから慎重にハンカチを取り出す。玉城に手渡すと、ややあって、背中に軽くハンカチを叩きつけられた。ブゥン、と低い羽音が短く響く。
「…飛んでいきましたよ。」
はい、とハンカチを返すと、玉城は傍の蛇口に歩いて行って、手を水で濯ぎ、ポケットからハンカチを取り出して念入りに拭いた。
「おい。」
「え?」
「お前ハンカチ持ってるじゃねーか…。」
「だって…虫に触りたくないんだもん」
だもん、じゃねぇ。いや、可愛いけど。
そうかこいつ、可愛いから、今までこんな調子でちやほやされてきたんだろう…。その飄々とした横顔を見たとき、俺の中の悪戯心がうずうずと疼き始めた。
「これやるよ。」
「え?…きゃあっ!?」
投げつけられたハンカチを丁寧に受け取ってから悲鳴を上げる玉城。悲鳴は見た目通り可愛いじゃねーの。俺は文句を言われる前に駆け出して、校舎に駆け込む。鳴り響く予鈴の中、教室まで辿り着くと、ふつふつと笑いが込み上げてきた。倉持が振り返って顔を引きつらせている。
「何笑ってんだてめぇ、気持ち悪ぃ…。」
「いや、別に。」
そう誤魔化してはみたが、にやけは止まらない。
1年の玉城。面白い奴だったな。下の名前は何ていうのだろう。
俺は窓の外を見て、玉城とまた会う機会があることを少しだけ期待した。