205
「わあ〜ん光!やっと会えた〜〜!!」
「た…ただいま。」
光と御幸さんが帰国して、私と光臣さんがいる別荘にやって来た。やってきた光を見るなり嬉しくなってついつい抱き着いてしまう。光はちょっと笑いながら私を抱きとめて、体を離すと、じっと真剣に私の様子を窺った。
「司、無事?光臣に何かされなかった?」
「…俺はそんなに信用が無いのか」
傍で見ていた光臣さんが項垂れる。御幸さんは可笑しそうに笑っている。
「平気平気!それより…」
「…?」
「会いたかったよ〜!光〜!」
ぎゅーっと抱きしめると、光は笑い声を上げる。元気になったんだ…よかったぁ。
「はぁ〜光いいにおい…」
「あはは、変態みたい」
「んん〜久々の毒舌ぅ〜」
再会を喜んで無事を確認し合って、皆でテーブルを囲む。紅茶と焼き菓子を使用人が並べていくと、光臣さんが口を開いた。
「本当にもうマンションに戻るのか?しばらくここに居てもいいんだぞ。」
「うん…掃除もしたいし。」
「俺は車が気になる」
「ふ…そうか。じゃあ、送ろう。」
光臣さんは使用人に声をかけ、車を用意させる。光達は紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「司はこれからどうするの?」
「ん、私も明日帰るよ。事務所から、そろそろ仕事に戻っても大丈夫だろうって連絡も来たし。」
「え、そうなの?」
「光のほうはもうちょっと様子を見てからになるけど…あさって事務所に行くことになってるから、また連絡するよ。」
「わかった、ありがとう。」
光達が帰って行き、私も部屋に戻って荷物をまとめ始める。…とは言っても荷物はそれほどないけど。それより、マンションに戻った時がコワイ…。主に冷蔵庫の中身とか。
身震いしながら携帯を充電器に差し込む。画面が点灯し、何の変哲もないロック画面が映る。光とのツーショット写真。これは…ロケ中の休憩時間に撮ったやつだ。
メールや着信は…ない。そういえば…恋人からの連絡が全然ない。先月公演の関係でアメリカへ行って、しばらく忙しいから連絡があまり取れないと言われてそれっきり。案外、浮気してたりして…。
まぁ…考えてても仕方ないか。
充電器ごと携帯をベッドに放り投げて、私は荷造りに戻った。
***
「到着だ。」
光臣さんが車を停め、私はシートベルトを外す。
「ありがとう。光臣さん直々に送ってもらっちゃって…」
「…?俺だと何かまずいのか?」
「いやいや…」
てっきりお屋敷の人に送迎されると思ってたから…。
光臣さんは不思議そうにしながら車を降りて、トランクから荷物を出してくれる。やっぱ紳士だな〜。振る舞いだけは。
「あっ、ありがとう。」
「……。」
「どうかした?」
トランクを閉めた光臣さんが、じっとマンションを見上げているから、私は首を傾げた。だけど光臣さんは、いや、と首を横に振って気を取り直したように見えた。
「じゃあ…また。」
「うん!ありがとね!」
ばいばいと手を振ってマンションに駆け込んだ。もう見たところマスコミはいないけど、なんとなくだ。久々のマンションはどこか懐かしい。エレベーターで5階に上がり、自分の部屋の前に立つ。鍵を鍵穴に差し込んで回すと…手ごたえがなかった。一瞬肝が冷えたけど、すぐに考え直す。もしかして…恋人が帰ってきてる?
ゆっくりと、こっそりとドアを開けると…玄関に見慣れた大きい靴が脱ぎ捨てられていた。やっぱり、帰ってきてるんだ。全くもう、相変わらず靴も揃えずに…。呆れと懐かしさで苦笑しながら靴を揃えて、ふと気が付いた。玄関の端っこに転がる小さな黒いハイヒール。…私のじゃない。
「……はは…」
「…やだ……でしょ…」
リビングのほうから人の声がした。
…誰かいるの?友達を連れてきたの?劇団の仲間たち…?
色々頭を駆け巡るのに、私はそのどれも口にしないまま、忍び足でリビングへ向かう。
「も〜、だからシャワー浴びさせてってばぁ。」
「いいじゃん、どうせ汗かくんだし…」
「……誰?」
ソファで抱き合う男女。男の方は、間違いなく私の…恋人、のはず。女の人は見知らぬ人で、彼女も私を見てぎょっとした。だけど、一番青ざめていたのは…恋人だ。
「えっ…司!?な、なんで…」
「えっ…えっ、ちょ、ちょっと待って!」
女が男を押しのけて立ち上がる。そして私と男を見比べて、取り乱したように叫んだ。
「あんた彼女とは別れてるって言ったよね!?」
「い…いや俺…」
「しかも彼女って牧瀬司!?えっ、意味わかんない!」
どうやらこの人は浮気と知らずにいたようだ。
そりゃ…恋人だと思ってた人に彼女がいて、しかも芸能人だなんて…びっくりだよね。まぁ私はもう引退してるけど…。
「ま、牧瀬さん!」
「は、はい」
女性は乱れた服を直しながら私に詰め寄る勢いでやってくる。
「私…、し、知らなくて!ごめんなさい、あの、そんなつもりじゃなかったんです!私、あなたのファンで…あぁもう、最悪!本当にごめんなさい!」
「い…いや、あなたは悪くないみたいだし…」
そう、悪いのは…
「つ…司。」
恋人が恐る恐る私を呼んで、私は彼を見た。高校生の頃からずっと憧れて、追いかけて、やっと付き合えて…尊敬していた、愛していた人。
「ご…ごめん。」
「……。」
「ほ、本気じゃなかったんだ。司はいつも忙しくて、あまり会えないから、それで…」
「…うん、そうだよね。」
私が頷くと、恋人の表情に少し安堵が浮かんだ。私は微笑んで、驚くほど冷静に言った。
「じゃ、別れよっか。」
「え…?」
恋人の顔がまた青ざめた。
「ま…待ってくれ司、話し合おう」
「話し合っても私の仕事が忙しいのは変わらないし、それはあなたもでしょ?」
「……。」
もっと早く別れるべきだったのかも。
…その言葉は飲み込んだ。
「…俺は別れたくない…」
「私にも悪いところはあったと思うし、私も別れたいわけじゃない。」
「じゃあ…」
「でも、別れるべきだと思う。このまま、うまくやっていけるとは思えない。」
「……。」
愕然と黙り込む恋人…いや、元恋人。女性は静かに息を飲んで成り行きを見守っている。
「とりあえず…今日は私が出て行くね。明日までに荷物持って出て行って。鍵はあとで返してくれればいいから。」
「つ、司…」
「さよなら。」
有無を言わせず部屋を出ると、女性が追いかけてきた。
「ま…牧瀬さん!」
女性は小さな紙を差し出してくる。
「これ…私の連絡先です。あの…今回のことでもし何かあったら、連絡ください。」
「いや、大丈夫…」
「あ…!そ、そうですよね…ご迷惑ですよね…」
「あ〜…」
なにこれ。めちゃくちゃいい子じゃん。まったく、こんな礼儀正しい真面目な子を騙すなんて…。
「じゃあ…とりあえず、貰っておくよ。」
「あ…ありがとうございます。あの、本当にすみませんでした…」
「いいのいいの!あなたは何も知らなかったんだから。」
それに…遠からず、こういうことになってたような気がする。
女性は何度も頭を下げて帰っていった。私もマンションを出て、息をひとつ吐く。さて…これからどうしよう。とりあえずホテル探すかなぁ…。
パパッ、と短いクラクションが鳴った。見ると、歩道に見覚えのあるスポーツカーが停まっていた。
「…光臣さん?なんでいるの?」
もう帰ったはずじゃ…。光臣さんは運転席の窓を開けた。
「思い出したんだが…」
「うん?」
「…明日の夜の立食パーティーの同伴者が決まっていないんだ。助けてくれないか?」
「は…?」
え…なんで私?しかも突然、今?
「別荘に招いた礼という事で、どうだ?」
「えぇ〜、そこでそれ出してくる?」
「それくらいしか貸しがないからな。」
「あはは。はぁ…まあ、いいよ。私もひとり身になったことだし…」
冗談交じりに吐露すると、光臣さんは特に何も触れず、車を降りて助手席のドアを開けた。
「それじゃ、ドレスを選びに行こう。」
「…えぇ!?」
「玉城グループ若社長の同伴として出席するんだ。妥協はしないからな。」
「うえぇ〜…私より光のほうがいいんじゃないの?」
「旦那に殺される。」
「ぶっ…確かに。」
笑いながら、光臣さんにエスコートされるように助手席に乗った。長年の恋人と別れた直後…なのに、どうしてか私は、悲しくはないのだった。
「た…ただいま。」
光と御幸さんが帰国して、私と光臣さんがいる別荘にやって来た。やってきた光を見るなり嬉しくなってついつい抱き着いてしまう。光はちょっと笑いながら私を抱きとめて、体を離すと、じっと真剣に私の様子を窺った。
「司、無事?光臣に何かされなかった?」
「…俺はそんなに信用が無いのか」
傍で見ていた光臣さんが項垂れる。御幸さんは可笑しそうに笑っている。
「平気平気!それより…」
「…?」
「会いたかったよ〜!光〜!」
ぎゅーっと抱きしめると、光は笑い声を上げる。元気になったんだ…よかったぁ。
「はぁ〜光いいにおい…」
「あはは、変態みたい」
「んん〜久々の毒舌ぅ〜」
再会を喜んで無事を確認し合って、皆でテーブルを囲む。紅茶と焼き菓子を使用人が並べていくと、光臣さんが口を開いた。
「本当にもうマンションに戻るのか?しばらくここに居てもいいんだぞ。」
「うん…掃除もしたいし。」
「俺は車が気になる」
「ふ…そうか。じゃあ、送ろう。」
光臣さんは使用人に声をかけ、車を用意させる。光達は紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「司はこれからどうするの?」
「ん、私も明日帰るよ。事務所から、そろそろ仕事に戻っても大丈夫だろうって連絡も来たし。」
「え、そうなの?」
「光のほうはもうちょっと様子を見てからになるけど…あさって事務所に行くことになってるから、また連絡するよ。」
「わかった、ありがとう。」
光達が帰って行き、私も部屋に戻って荷物をまとめ始める。…とは言っても荷物はそれほどないけど。それより、マンションに戻った時がコワイ…。主に冷蔵庫の中身とか。
身震いしながら携帯を充電器に差し込む。画面が点灯し、何の変哲もないロック画面が映る。光とのツーショット写真。これは…ロケ中の休憩時間に撮ったやつだ。
メールや着信は…ない。そういえば…恋人からの連絡が全然ない。先月公演の関係でアメリカへ行って、しばらく忙しいから連絡があまり取れないと言われてそれっきり。案外、浮気してたりして…。
まぁ…考えてても仕方ないか。
充電器ごと携帯をベッドに放り投げて、私は荷造りに戻った。
***
「到着だ。」
光臣さんが車を停め、私はシートベルトを外す。
「ありがとう。光臣さん直々に送ってもらっちゃって…」
「…?俺だと何かまずいのか?」
「いやいや…」
てっきりお屋敷の人に送迎されると思ってたから…。
光臣さんは不思議そうにしながら車を降りて、トランクから荷物を出してくれる。やっぱ紳士だな〜。振る舞いだけは。
「あっ、ありがとう。」
「……。」
「どうかした?」
トランクを閉めた光臣さんが、じっとマンションを見上げているから、私は首を傾げた。だけど光臣さんは、いや、と首を横に振って気を取り直したように見えた。
「じゃあ…また。」
「うん!ありがとね!」
ばいばいと手を振ってマンションに駆け込んだ。もう見たところマスコミはいないけど、なんとなくだ。久々のマンションはどこか懐かしい。エレベーターで5階に上がり、自分の部屋の前に立つ。鍵を鍵穴に差し込んで回すと…手ごたえがなかった。一瞬肝が冷えたけど、すぐに考え直す。もしかして…恋人が帰ってきてる?
ゆっくりと、こっそりとドアを開けると…玄関に見慣れた大きい靴が脱ぎ捨てられていた。やっぱり、帰ってきてるんだ。全くもう、相変わらず靴も揃えずに…。呆れと懐かしさで苦笑しながら靴を揃えて、ふと気が付いた。玄関の端っこに転がる小さな黒いハイヒール。…私のじゃない。
「……はは…」
「…やだ……でしょ…」
リビングのほうから人の声がした。
…誰かいるの?友達を連れてきたの?劇団の仲間たち…?
色々頭を駆け巡るのに、私はそのどれも口にしないまま、忍び足でリビングへ向かう。
「も〜、だからシャワー浴びさせてってばぁ。」
「いいじゃん、どうせ汗かくんだし…」
「……誰?」
ソファで抱き合う男女。男の方は、間違いなく私の…恋人、のはず。女の人は見知らぬ人で、彼女も私を見てぎょっとした。だけど、一番青ざめていたのは…恋人だ。
「えっ…司!?な、なんで…」
「えっ…えっ、ちょ、ちょっと待って!」
女が男を押しのけて立ち上がる。そして私と男を見比べて、取り乱したように叫んだ。
「あんた彼女とは別れてるって言ったよね!?」
「い…いや俺…」
「しかも彼女って牧瀬司!?えっ、意味わかんない!」
どうやらこの人は浮気と知らずにいたようだ。
そりゃ…恋人だと思ってた人に彼女がいて、しかも芸能人だなんて…びっくりだよね。まぁ私はもう引退してるけど…。
「ま、牧瀬さん!」
「は、はい」
女性は乱れた服を直しながら私に詰め寄る勢いでやってくる。
「私…、し、知らなくて!ごめんなさい、あの、そんなつもりじゃなかったんです!私、あなたのファンで…あぁもう、最悪!本当にごめんなさい!」
「い…いや、あなたは悪くないみたいだし…」
そう、悪いのは…
「つ…司。」
恋人が恐る恐る私を呼んで、私は彼を見た。高校生の頃からずっと憧れて、追いかけて、やっと付き合えて…尊敬していた、愛していた人。
「ご…ごめん。」
「……。」
「ほ、本気じゃなかったんだ。司はいつも忙しくて、あまり会えないから、それで…」
「…うん、そうだよね。」
私が頷くと、恋人の表情に少し安堵が浮かんだ。私は微笑んで、驚くほど冷静に言った。
「じゃ、別れよっか。」
「え…?」
恋人の顔がまた青ざめた。
「ま…待ってくれ司、話し合おう」
「話し合っても私の仕事が忙しいのは変わらないし、それはあなたもでしょ?」
「……。」
もっと早く別れるべきだったのかも。
…その言葉は飲み込んだ。
「…俺は別れたくない…」
「私にも悪いところはあったと思うし、私も別れたいわけじゃない。」
「じゃあ…」
「でも、別れるべきだと思う。このまま、うまくやっていけるとは思えない。」
「……。」
愕然と黙り込む恋人…いや、元恋人。女性は静かに息を飲んで成り行きを見守っている。
「とりあえず…今日は私が出て行くね。明日までに荷物持って出て行って。鍵はあとで返してくれればいいから。」
「つ、司…」
「さよなら。」
有無を言わせず部屋を出ると、女性が追いかけてきた。
「ま…牧瀬さん!」
女性は小さな紙を差し出してくる。
「これ…私の連絡先です。あの…今回のことでもし何かあったら、連絡ください。」
「いや、大丈夫…」
「あ…!そ、そうですよね…ご迷惑ですよね…」
「あ〜…」
なにこれ。めちゃくちゃいい子じゃん。まったく、こんな礼儀正しい真面目な子を騙すなんて…。
「じゃあ…とりあえず、貰っておくよ。」
「あ…ありがとうございます。あの、本当にすみませんでした…」
「いいのいいの!あなたは何も知らなかったんだから。」
それに…遠からず、こういうことになってたような気がする。
女性は何度も頭を下げて帰っていった。私もマンションを出て、息をひとつ吐く。さて…これからどうしよう。とりあえずホテル探すかなぁ…。
パパッ、と短いクラクションが鳴った。見ると、歩道に見覚えのあるスポーツカーが停まっていた。
「…光臣さん?なんでいるの?」
もう帰ったはずじゃ…。光臣さんは運転席の窓を開けた。
「思い出したんだが…」
「うん?」
「…明日の夜の立食パーティーの同伴者が決まっていないんだ。助けてくれないか?」
「は…?」
え…なんで私?しかも突然、今?
「別荘に招いた礼という事で、どうだ?」
「えぇ〜、そこでそれ出してくる?」
「それくらいしか貸しがないからな。」
「あはは。はぁ…まあ、いいよ。私もひとり身になったことだし…」
冗談交じりに吐露すると、光臣さんは特に何も触れず、車を降りて助手席のドアを開けた。
「それじゃ、ドレスを選びに行こう。」
「…えぇ!?」
「玉城グループ若社長の同伴として出席するんだ。妥協はしないからな。」
「うえぇ〜…私より光のほうがいいんじゃないの?」
「旦那に殺される。」
「ぶっ…確かに。」
笑いながら、光臣さんにエスコートされるように助手席に乗った。長年の恋人と別れた直後…なのに、どうしてか私は、悲しくはないのだった。