207
「あとさ、『終わった?』とか聞いてくる女!」
「うわ、萎える」
「萎えるって言うか…冷めるな」
だよなー!?と大盛り上がりするテーブルを横目に、こっそりと腕時計を見る。…そろそろ日付変わるな。あー、帰りてぇなー…。
「女の方が性欲少ないとはいえさぁ、いっつもこっちから誘うのも嫌になるよなぁ。」
「しかもほとんど拒否られるし…」
「俺も俺も。かといって自己処理してんのバレたらキレられるしよ、どうしろっつーんだよ。」
へぇ…周りはそういうもんなのか。
光は…、あ、やべ、にやけてきた。
「お前、ニヤついてんぞ」
「……。」
隣に座っていた倉持に言われ、無言で口元を覆う。
「いやいや、自分からしてくれる女とか都市伝説だから。」
「AVだけだよな〜。」
「あーっ、可愛くてエロくて巨乳の女とヤリてぇ〜」
「……。」
「……。」
また口元が緩んで、まずい、と咄嗟に倉持を見る。すると倉持も口元に手を当て、挙動不審にそっぽを向いていた。
「おい…お前もにやけてね?」
「は?…してねーし」
いや…怪しすぎるんだけど。こいつ…光としたときのこと思い出してんじゃねーだろうな…。
「うお!俺王様だ!」
割り箸を掲げて叫ぶ男。盛り上がる面々を白けた気持ちで眺めながら、俺も回された筒から割り箸を抜く。…4番か。
「皆引いたか〜?」
「うぃーす」
「じゃあ…そうだな〜。…4番!好きな子に『エッチしよ?』って電話する!」
「……はぁ!!?」
思わず怒号を上げ、大注目を浴びてしまう。し…しまった。
「なになに?御幸4番!?」
「ぎゃははは!電話しろしろ〜!」
「王様の命令は〜?」
「「ぜったーい!!!」」
「く…クソヤロ〜…」
怒りでわなわな震えながら座布団にどっかと座りなおす。
「つーか好きな子って言うか俺の場合嫁だし…」
「おやおや?びびってんのか?」
「良いよー!バッタービビってるよー!」
「うるせっ」
はあ…まじでやんのかよ。光に引かれる…。
「……。」
「ぎゃはは!こいつガチでびびってる」
「玉城光にんなこと言ったら完全に終わりだろ〜」
「おい王様〜御幸家が離婚したらどうすんだよ〜」
「大丈夫だ心配すんな!嫁は俺がもらう!」
ぎゃはははは!と笑い声があがる。冗談じゃない。ふざけんな。
「ほら御幸早く!次があるんだからさ〜」
先輩に肩を組まれ、スマホを押し付けられる。リダイヤルの画面を開くと、うわっ、と先輩が顔を顰めた。
「こいつの発信履歴、嫁ばっか!」
「うっそまじで!?」
「ラブラブじゃ〜ん!」
「……。」
くそ…他人事だと思って面白がりやがって。
「ほれ早く電話!」
「あっ、ちょっと…!」
先輩の指が光の文字を押し、画面は発信中に切り替わる。た…頼む、寝ててくれ…!出なくていい…!
『…もしもし?』
少し眠そうな、高い声…。先輩たちは口元を手で覆い、息を飲んで目線を交わす。
「も…もしもし。」
『どうしたの?飲み会は?』
「あ…ウン、いや〜…」
『…何?』
つーか…どうやって切り出せってんだよ!不自然だろうが!…いや、不自然でいいのか?罰ゲームだろうってわかるだろうし…。
「あ…あのさ」
『ん?』
いけ、言え、と先輩たちがぎらぎらした目で取り囲んでくる。くそ…さっさと言って終わりにしろ、俺!
「え…」
『……。』
「…えっち、しよ?」
『……え?』
…流れる沈黙。そ、そりゃそうだよ。こんな風に電話したことないし。先輩たちは笑いを堪えてひぃひぃ言っている。
『…ふふ』
「え、光?」
な…なんかちょっと笑ってる。
『じゃあ…早く帰ってきて?』
「……。」
ちょっと笑いながら、可愛らしい声が帰ってきて、俺はにわかに顔が熱くなった。
「う…ウン」
『ふふ。待ってるね。』
「は、はい。」
『帰り、気を付けてね。じゃあね。』
ぷつん、と電話が切れる。な…なんか、機嫌よかった…。てっきり、「は?酔ってます?」とか言われると思った。
「…えっと」
いそいそと荷物を持つ。
「…帰りま〜す」
「待てゴラ御幸ィ!!」
「ふざけんな!!」
「ニヤけてんじゃねー!!」
先輩たちの妨害を交わし、さっさと部屋を後にする。あんなこと言われたら…ああ〜早く帰りたい。
「クソムカつくわ〜…」
「俺…電話であんな優しく『どうしたの?』なんて言ってもらえない…」
「え、そこ?」
***
「…ただいま〜」
マンションに帰ってきて、期待と不安の入り混じる気持ちで、だけどちょっと期待の上回る胸を押さえ、玄関のドアを開ける。すると廊下のドアが開いて、リビングから光がちょこちょこ走ってやって来た。
「おかえりなさい。」
にこにこしてる。すげーにこにこしてる…。え…なんでこんなに機嫌良いの?
戸惑う俺をぎゅっと抱きしめ、くるりと踵を返してリビングに戻っていく光。靴を脱いでその後を追うと、光はキッチンで水をグラスに注いでいて、テーブルに置いた。
「はい、お水。」
「あ、ありがとう。」
なんかフツー…だな。異様にニコニコしてる以外は。電話のことにも何も触れねぇし…。
「…あのさ」
「ん?」
「さっきの…電話のことだけど」
光はキッチンを片付けながら俺を振り返る。
「どうせ罰ゲームか何かでしょ?」
「……。」
バレてた…。いや、むしろ良かったけど。
「あ、当たった?」
光は可笑しそうに俺を見つめて、隣の席にやって来た。
「うふふ」
「…わかってたの?」
「なんとなくね。普段電話であんなこと、言わないし。」
「…ゴメン。」
「あはは、なんで謝るの?飲み会だもん、仕方ないよ。いいよ、別に。面白かったし。」
こういうことは遠慮しなくていいから、と笑う光。
じゃあ…のってくれたのか。あー、いい奥さんもらったなぁ、俺。
光は両頬に手をついて、にこにこと俺を見上げる。
「…でも、本当に待ってたよ。」
「え…」
そ…、それって…。
ああもう、最高。俺の奥さん最高。あいつらざまあみやがれ。
光の肩に手を回し、キスを迫る。…と、光の手が割って入って俺の口を押さえ、それを阻んだ。
「え…なんで…」
「お酒と煙草くさい。」
「……。」
「シャワー浴びてきて。」
「…はい。」
***
「おはよ。」
朝陽に白く霞む中、柔らかな微笑みで覗きこむ光。
「ふふ、もう起きないと遅刻しちゃうよ?」
枕のすぐ隣に頬杖をついて、至近距離でまっすぐに見つめてくる。
「ほら、あなたの好きなチキンコンソメスープ。」
突然オレンジ色の薄い箱を取り出す光。
「作ってあげるから。起きて?」
画面が動き、視点が変わる。最後に、光と向かい合って食卓を囲み、スープを食べる男の背中が映り、聞き慣れた音楽とナレーションが流れた。
「…皆なに見惚れてんだよ。」
誰かが呟いて、部屋にどっと喧騒が戻った。
「いや〜、このCMつい見ちゃうんだよな…」
「でもさ、あの箱が出てきたところでちょっと現実に戻るよな。」
「ああ…」
うーん…やっぱり、色んな男が光をそういう目で見てると思うと…面白くはない。
「御幸お前、毎朝見る光景だろ。何でお前まで見惚れてるんだよ。」
亮さんがビールを片手にニヤニヤ聞いてくる。
「いや〜、CMとは違いますよ。」
「ふーん、じゃあ、叩き起こされるの?」
「いえ、大抵俺の方が早く起きるんで。」
「じゃあ御幸が光ちゃんを起こしてるんだ?」
「いや、あいつも目覚ましより早く起きるタイプなんで、俺は光が起きるまで寝顔を眺めてますね。」
「…は?」
シーン、と辺りが静まり返った。
「えっ…何て?」
「寝顔を眺めてる…?」
「うわ…キモい…」
「はっはっはっは」
だって光の寝顔、めちゃくちゃ可愛いんだもん。
「お前…ストーカーみたいなことしてるわけ?怒られないの?」
「はっはっは、ストーカーって!」
「いやマジで言ってるんだけど」
「光はむしろ嬉しそうっすよ。逆に朝俺が部屋にいないと探しに来ますし〜」
「……。」
亮さんは言葉を失ったようにビールを飲み、深刻そうに俯いた。
「…この話はなかったことに」
「あ…兄貴…」
おお…亮さんに勝った。あ〜おもしれ〜。
「なんだか珍しいですね、御幸さんが光先輩のこと話すなんて。」
物怖じしない由井が爽やかな笑顔で言う。
「え、そう?」
「そうですよ。仲が良いのは知ってましたけど、秘密主義なのかと思ってました。」
「別に隠してたわけじゃねーけど、ほら…」
「?」
「俺しか知らない嫁さんのことは独り占めしたいじゃん?」
「……。」
「……。」
また静かになった。
「御幸お前今日どうしたの?まさかもう酔ってんの?」
「はっはっは!まだ1杯目ですよ。」
「じゃあ気が狂ったの?」
「あ…兄貴!」
「はっはっはっは!」
亮さんが立ち上がり、端っこの方のテーブルに移る。
亮さんどこ行くんすか、と倉持が声をかけると、亮さんは木島やノリたちに交じって座りながら不機嫌そうにため息を吐いた。
「今日の御幸はからかっても面白くない。」
「はっはっは!酷いな〜」
そうか、隠そうとするから今まで余計にからかわれてたんだ。そんな簡単なことにも気づかなかったなんて…損したぜ。
「ラブラブっすね〜!」
「喧嘩とかしないんですか?」
九鬼と瀬戸が身を乗り出してくる。なんだか後輩から質問攻めが始まった。
「喧嘩ね〜、ないなぁ〜」
「へぇ〜!何か秘訣とかあるんですか?」
「いやぁ〜そうだな〜。基本的に意見は一致するし…あいつあんまり怒らないし、わがままも大したことねーしな〜」
「へぇ〜、どんなわがままなんですか?」
「おっ、それ聞いちゃう?」
聞きたいでーす!と声をそろえる九鬼と瀬戸。隣で物騒なオーラを放つ奥村。それを宥める浅田。呑気に寿司を食べている結城弟。
「まー俺と離れたくない〜とか、一緒に寝たい〜とかな〜!」
「うわ〜まじっすか!羨ましいっすね〜!」
「光はな〜、俺のことが大好きだからな〜」
「あはは!のろけ話ですか〜!?」
「はっはっは!」
先輩や同輩の刺すような視線。悪くねえな〜はっはっは。
「あんなこと言ってるけど、実際普段どうなの、倉持?」
亮さんが面白くなさそうに倉持に耳打ちすると、倉持は渋い顔をして唸った。
「……まぁ……、バカップルですよ。」
「うそ、マジで?うわ、つまんない」
「はっはっは、亮さん何期待してたんすか。酷いな〜。」
笑い飛ばすと、亮さんはゆらりと俺を睨んだ。あ…やべ、怒らせた?
「ほれ御幸!さっさと引け。」
倉持に蹴飛ばされ、袋からくじを引く。ほんと…王様ゲーム好きだな〜、皆…。
「お!俺王様だ。」
九鬼が嬉しそうな声を上げる。
「お、クッキー王様か!」
「先輩に遠慮して生ぬるい命令すんじゃねーぞ〜。」
「どかんと過激なの頼むぜ〜!」
「え…え〜、過激…っすか〜」
どうしよ、と頭を掻く九鬼に、東条と金丸が励ますように頷いて微笑む。
「えーと…、じゃあ…、10番の人、彼女に電話して、パンツの色を聞く!」
どっと笑い声が起こる。
「意外とガチでえげつねーな!」
「爽やかなクッキーがこんな命令…」
「彼女いない奴どうすんだよ?」
ざわざわと騒がしくなる中、亮さんが部屋を見渡す。
「つーか10番誰?」
「……。」
俺に視線が集まる。
「御幸?」
にやり、と亮さんが面白そうに言って、上機嫌でこっちのテーブルに戻ってきた。
「いや…俺、彼女とかいねーし…適用外でしょ」
「何言ってんの?嫁が適用されるに決まってるでしょ」
ダン、とテーブルが揺れた。見ると、奥村がわなわなと震える手でジョッキを叩きつけたのだった。
「光にそんな下品なこと…許さない」
「ほ、ほらほら、親戚の奥村もこう言ってるし」
「いやいや。王様の命令は絶対だから。」
「く…九鬼〜…!」
「九鬼、命令は覆せないのわかってるよね?」
亮さんに黒い笑みで睨まれ、スミマセン…!と俺に両手を合わせる九鬼。
「いいから早く電話しろよ。」
「いやマジで勘弁してください…」
「勘弁すると思う?」
「ほんとにシャレになんねーっすから!こんなんプライベートでも言わないですよ俺!」
「当たり前じゃん。だから面白いんだよ。」
お…鬼…!
この間のは上手くのってくれたけど…こう何度もあるとわかんねーぞ…!
「早くしろ。」
「オラスマホ出せ!」
「ちょっ…」
先輩たちにスマホを奪われ、発信画面に代わったそれを戻される。あーもう…!なんでこんなことばっか…!
『…もしもし。』
画面が通話中に切り替わり、スピーカーから声が響いた。…光にしては、異様に低い声が。つーか、この声…
「な、なんでお前が出るんだ…!?」
ジョッキを倒しそうな勢いで身を乗り出してきた奥村。
『…光舟か?お前こそ、なぜ…』
「答えろ…!なぜお前が光の電話に出る!?」
「お、おい、落ち着けよ」
奥村を座らせて、自体を飲み込めていない先輩たちに説明する。
「光臣です。光の従弟の…」
ふーん、と先輩たちが納得したところで、電話の先から声がした。
『御幸一也か?今光は手が離せない。伝言なら聞くが。』
「あ、いや、大丈夫。じゃ…」
「おい。何切ろうとしてんだよ。」
にっこり、と亮さんが俺のスマホをホールドして電話を切るのを阻んだ。
「もういいでしょ…本人出れないって言ってるんですし」
「何してんのか聞いてみてよ。出れそうなら代わってもらって。」
「ええーそこまでするんすか…?」
渋々スマホを耳に当てる。光臣が応対したことで、先ほどよりも気持ちは軽かった。
「光今何してるの?」
『司と二人で料理をしている。』
ん…?『司』…?
「なんだ、じゃあやっぱいいや。」
『伝言は?』
「いや、平気。」
つまんねー、とブーイングが飛び交う中、電話を切りにかかる。しかし、あっ、と光臣の低い声が続いた。
『今手が空いたようだ、代わるよ。』
「えっ、いや、いい…」
『もしもし、一也さん?』
あ〜…出ちゃったよ…
先輩たちがまた嫌々と楽しそうに笑い出す。
『あのね、今家に司と光臣が来てて、みんなでご飯食べるところなの』
「あー、うん、そうみたいだな」
光臣そっち運んで〜、と牧瀬の元気な声が後ろから響いてくる。
『それで…どうしたの?』
「え、ああ…」
言えよ、と亮さんに脇腹をどつかれる。いてえ。
「……えっと。」
『なあに?』
「……。」
早く言えよ、と純さんが口パクで言って睨みつけてくる。
「ぱ、」
『ぱ…?』
「…パンツ、何色?」
ぶはっ、と誰かが噴き出した。ふざけやがって…
『何それ。また罰ゲーム?』
笑い混じりの呆れたような声が響いた。…バレてるし。
「うん…ごめん」
正直に言うと、バラすなよ、と亮さんが頭にチョップを落としてきた。
『あんまりやると怒るよ?』
「ごめん、マジごめん」
『ふふ、色なんて…聞かなくても、知ってるでしょ。』
「え?」
『なんちゃって。えへへ。お鍋火にかけたままだから、もう切るね。』
飲みすぎないでね、と優しい声で言い残し、電話が切れる。
部屋の中は静まり返っていた。
ゴトン、とジョッキを置いて、奥村が立ち上がる。
「……。」
「待て待て待て、無言は怖いからやめろ!」
無言でにじり寄ってくる奥村。目が血走ってるぞ…
「御幸、千本ノックと千本キック、どっちがいい?」
「…それ何が違うんすか?」
ひえ〜面倒くせーことになった…
でも…光…マジで可愛すぎる…!!
「ぐぞおおお同じように野球人生を送ってきたというのに…俺と御幸の何が違うというんだあぁぁ」
「顔と野球センスだな!な!」
「野球人生も同じじゃねえしな…お前社会人野球の2軍だろ」
はーつまんない、とやはりテーブルを移動する亮さん。
そういえば…もうしばらく、光の毒舌を受けてない。最近はすげー素直で…よく頼ってくれるし、好意を包み隠さない。時々、むこうから誘ってくれることもあるし…。俺、愛されてんだな〜…なんか、胸の奥がむずむずしてくすぐったい。今すぐ帰って光を抱きしめたい…。
「御幸テメー早く帰りてえとか考えてんじゃねーだろうな!?」
「オラ飲め飲め!今夜は帰さねーぞォ!!」
「ちょ…勘弁してくださいよ」
ジョッキをいくつも押し付けられながら、早く帰りてぇ、と頭の中で呟いた。
「うわ、萎える」
「萎えるって言うか…冷めるな」
だよなー!?と大盛り上がりするテーブルを横目に、こっそりと腕時計を見る。…そろそろ日付変わるな。あー、帰りてぇなー…。
「女の方が性欲少ないとはいえさぁ、いっつもこっちから誘うのも嫌になるよなぁ。」
「しかもほとんど拒否られるし…」
「俺も俺も。かといって自己処理してんのバレたらキレられるしよ、どうしろっつーんだよ。」
へぇ…周りはそういうもんなのか。
光は…、あ、やべ、にやけてきた。
「お前、ニヤついてんぞ」
「……。」
隣に座っていた倉持に言われ、無言で口元を覆う。
「いやいや、自分からしてくれる女とか都市伝説だから。」
「AVだけだよな〜。」
「あーっ、可愛くてエロくて巨乳の女とヤリてぇ〜」
「……。」
「……。」
また口元が緩んで、まずい、と咄嗟に倉持を見る。すると倉持も口元に手を当て、挙動不審にそっぽを向いていた。
「おい…お前もにやけてね?」
「は?…してねーし」
いや…怪しすぎるんだけど。こいつ…光としたときのこと思い出してんじゃねーだろうな…。
「うお!俺王様だ!」
割り箸を掲げて叫ぶ男。盛り上がる面々を白けた気持ちで眺めながら、俺も回された筒から割り箸を抜く。…4番か。
「皆引いたか〜?」
「うぃーす」
「じゃあ…そうだな〜。…4番!好きな子に『エッチしよ?』って電話する!」
「……はぁ!!?」
思わず怒号を上げ、大注目を浴びてしまう。し…しまった。
「なになに?御幸4番!?」
「ぎゃははは!電話しろしろ〜!」
「王様の命令は〜?」
「「ぜったーい!!!」」
「く…クソヤロ〜…」
怒りでわなわな震えながら座布団にどっかと座りなおす。
「つーか好きな子って言うか俺の場合嫁だし…」
「おやおや?びびってんのか?」
「良いよー!バッタービビってるよー!」
「うるせっ」
はあ…まじでやんのかよ。光に引かれる…。
「……。」
「ぎゃはは!こいつガチでびびってる」
「玉城光にんなこと言ったら完全に終わりだろ〜」
「おい王様〜御幸家が離婚したらどうすんだよ〜」
「大丈夫だ心配すんな!嫁は俺がもらう!」
ぎゃはははは!と笑い声があがる。冗談じゃない。ふざけんな。
「ほら御幸早く!次があるんだからさ〜」
先輩に肩を組まれ、スマホを押し付けられる。リダイヤルの画面を開くと、うわっ、と先輩が顔を顰めた。
「こいつの発信履歴、嫁ばっか!」
「うっそまじで!?」
「ラブラブじゃ〜ん!」
「……。」
くそ…他人事だと思って面白がりやがって。
「ほれ早く電話!」
「あっ、ちょっと…!」
先輩の指が光の文字を押し、画面は発信中に切り替わる。た…頼む、寝ててくれ…!出なくていい…!
『…もしもし?』
少し眠そうな、高い声…。先輩たちは口元を手で覆い、息を飲んで目線を交わす。
「も…もしもし。」
『どうしたの?飲み会は?』
「あ…ウン、いや〜…」
『…何?』
つーか…どうやって切り出せってんだよ!不自然だろうが!…いや、不自然でいいのか?罰ゲームだろうってわかるだろうし…。
「あ…あのさ」
『ん?』
いけ、言え、と先輩たちがぎらぎらした目で取り囲んでくる。くそ…さっさと言って終わりにしろ、俺!
「え…」
『……。』
「…えっち、しよ?」
『……え?』
…流れる沈黙。そ、そりゃそうだよ。こんな風に電話したことないし。先輩たちは笑いを堪えてひぃひぃ言っている。
『…ふふ』
「え、光?」
な…なんかちょっと笑ってる。
『じゃあ…早く帰ってきて?』
「……。」
ちょっと笑いながら、可愛らしい声が帰ってきて、俺はにわかに顔が熱くなった。
「う…ウン」
『ふふ。待ってるね。』
「は、はい。」
『帰り、気を付けてね。じゃあね。』
ぷつん、と電話が切れる。な…なんか、機嫌よかった…。てっきり、「は?酔ってます?」とか言われると思った。
「…えっと」
いそいそと荷物を持つ。
「…帰りま〜す」
「待てゴラ御幸ィ!!」
「ふざけんな!!」
「ニヤけてんじゃねー!!」
先輩たちの妨害を交わし、さっさと部屋を後にする。あんなこと言われたら…ああ〜早く帰りたい。
「クソムカつくわ〜…」
「俺…電話であんな優しく『どうしたの?』なんて言ってもらえない…」
「え、そこ?」
***
「…ただいま〜」
マンションに帰ってきて、期待と不安の入り混じる気持ちで、だけどちょっと期待の上回る胸を押さえ、玄関のドアを開ける。すると廊下のドアが開いて、リビングから光がちょこちょこ走ってやって来た。
「おかえりなさい。」
にこにこしてる。すげーにこにこしてる…。え…なんでこんなに機嫌良いの?
戸惑う俺をぎゅっと抱きしめ、くるりと踵を返してリビングに戻っていく光。靴を脱いでその後を追うと、光はキッチンで水をグラスに注いでいて、テーブルに置いた。
「はい、お水。」
「あ、ありがとう。」
なんかフツー…だな。異様にニコニコしてる以外は。電話のことにも何も触れねぇし…。
「…あのさ」
「ん?」
「さっきの…電話のことだけど」
光はキッチンを片付けながら俺を振り返る。
「どうせ罰ゲームか何かでしょ?」
「……。」
バレてた…。いや、むしろ良かったけど。
「あ、当たった?」
光は可笑しそうに俺を見つめて、隣の席にやって来た。
「うふふ」
「…わかってたの?」
「なんとなくね。普段電話であんなこと、言わないし。」
「…ゴメン。」
「あはは、なんで謝るの?飲み会だもん、仕方ないよ。いいよ、別に。面白かったし。」
こういうことは遠慮しなくていいから、と笑う光。
じゃあ…のってくれたのか。あー、いい奥さんもらったなぁ、俺。
光は両頬に手をついて、にこにこと俺を見上げる。
「…でも、本当に待ってたよ。」
「え…」
そ…、それって…。
ああもう、最高。俺の奥さん最高。あいつらざまあみやがれ。
光の肩に手を回し、キスを迫る。…と、光の手が割って入って俺の口を押さえ、それを阻んだ。
「え…なんで…」
「お酒と煙草くさい。」
「……。」
「シャワー浴びてきて。」
「…はい。」
***
「おはよ。」
朝陽に白く霞む中、柔らかな微笑みで覗きこむ光。
「ふふ、もう起きないと遅刻しちゃうよ?」
枕のすぐ隣に頬杖をついて、至近距離でまっすぐに見つめてくる。
「ほら、あなたの好きなチキンコンソメスープ。」
突然オレンジ色の薄い箱を取り出す光。
「作ってあげるから。起きて?」
画面が動き、視点が変わる。最後に、光と向かい合って食卓を囲み、スープを食べる男の背中が映り、聞き慣れた音楽とナレーションが流れた。
「…皆なに見惚れてんだよ。」
誰かが呟いて、部屋にどっと喧騒が戻った。
「いや〜、このCMつい見ちゃうんだよな…」
「でもさ、あの箱が出てきたところでちょっと現実に戻るよな。」
「ああ…」
うーん…やっぱり、色んな男が光をそういう目で見てると思うと…面白くはない。
「御幸お前、毎朝見る光景だろ。何でお前まで見惚れてるんだよ。」
亮さんがビールを片手にニヤニヤ聞いてくる。
「いや〜、CMとは違いますよ。」
「ふーん、じゃあ、叩き起こされるの?」
「いえ、大抵俺の方が早く起きるんで。」
「じゃあ御幸が光ちゃんを起こしてるんだ?」
「いや、あいつも目覚ましより早く起きるタイプなんで、俺は光が起きるまで寝顔を眺めてますね。」
「…は?」
シーン、と辺りが静まり返った。
「えっ…何て?」
「寝顔を眺めてる…?」
「うわ…キモい…」
「はっはっはっは」
だって光の寝顔、めちゃくちゃ可愛いんだもん。
「お前…ストーカーみたいなことしてるわけ?怒られないの?」
「はっはっは、ストーカーって!」
「いやマジで言ってるんだけど」
「光はむしろ嬉しそうっすよ。逆に朝俺が部屋にいないと探しに来ますし〜」
「……。」
亮さんは言葉を失ったようにビールを飲み、深刻そうに俯いた。
「…この話はなかったことに」
「あ…兄貴…」
おお…亮さんに勝った。あ〜おもしれ〜。
「なんだか珍しいですね、御幸さんが光先輩のこと話すなんて。」
物怖じしない由井が爽やかな笑顔で言う。
「え、そう?」
「そうですよ。仲が良いのは知ってましたけど、秘密主義なのかと思ってました。」
「別に隠してたわけじゃねーけど、ほら…」
「?」
「俺しか知らない嫁さんのことは独り占めしたいじゃん?」
「……。」
「……。」
また静かになった。
「御幸お前今日どうしたの?まさかもう酔ってんの?」
「はっはっは!まだ1杯目ですよ。」
「じゃあ気が狂ったの?」
「あ…兄貴!」
「はっはっはっは!」
亮さんが立ち上がり、端っこの方のテーブルに移る。
亮さんどこ行くんすか、と倉持が声をかけると、亮さんは木島やノリたちに交じって座りながら不機嫌そうにため息を吐いた。
「今日の御幸はからかっても面白くない。」
「はっはっは!酷いな〜」
そうか、隠そうとするから今まで余計にからかわれてたんだ。そんな簡単なことにも気づかなかったなんて…損したぜ。
「ラブラブっすね〜!」
「喧嘩とかしないんですか?」
九鬼と瀬戸が身を乗り出してくる。なんだか後輩から質問攻めが始まった。
「喧嘩ね〜、ないなぁ〜」
「へぇ〜!何か秘訣とかあるんですか?」
「いやぁ〜そうだな〜。基本的に意見は一致するし…あいつあんまり怒らないし、わがままも大したことねーしな〜」
「へぇ〜、どんなわがままなんですか?」
「おっ、それ聞いちゃう?」
聞きたいでーす!と声をそろえる九鬼と瀬戸。隣で物騒なオーラを放つ奥村。それを宥める浅田。呑気に寿司を食べている結城弟。
「まー俺と離れたくない〜とか、一緒に寝たい〜とかな〜!」
「うわ〜まじっすか!羨ましいっすね〜!」
「光はな〜、俺のことが大好きだからな〜」
「あはは!のろけ話ですか〜!?」
「はっはっは!」
先輩や同輩の刺すような視線。悪くねえな〜はっはっは。
「あんなこと言ってるけど、実際普段どうなの、倉持?」
亮さんが面白くなさそうに倉持に耳打ちすると、倉持は渋い顔をして唸った。
「……まぁ……、バカップルですよ。」
「うそ、マジで?うわ、つまんない」
「はっはっは、亮さん何期待してたんすか。酷いな〜。」
笑い飛ばすと、亮さんはゆらりと俺を睨んだ。あ…やべ、怒らせた?
「ほれ御幸!さっさと引け。」
倉持に蹴飛ばされ、袋からくじを引く。ほんと…王様ゲーム好きだな〜、皆…。
「お!俺王様だ。」
九鬼が嬉しそうな声を上げる。
「お、クッキー王様か!」
「先輩に遠慮して生ぬるい命令すんじゃねーぞ〜。」
「どかんと過激なの頼むぜ〜!」
「え…え〜、過激…っすか〜」
どうしよ、と頭を掻く九鬼に、東条と金丸が励ますように頷いて微笑む。
「えーと…、じゃあ…、10番の人、彼女に電話して、パンツの色を聞く!」
どっと笑い声が起こる。
「意外とガチでえげつねーな!」
「爽やかなクッキーがこんな命令…」
「彼女いない奴どうすんだよ?」
ざわざわと騒がしくなる中、亮さんが部屋を見渡す。
「つーか10番誰?」
「……。」
俺に視線が集まる。
「御幸?」
にやり、と亮さんが面白そうに言って、上機嫌でこっちのテーブルに戻ってきた。
「いや…俺、彼女とかいねーし…適用外でしょ」
「何言ってんの?嫁が適用されるに決まってるでしょ」
ダン、とテーブルが揺れた。見ると、奥村がわなわなと震える手でジョッキを叩きつけたのだった。
「光にそんな下品なこと…許さない」
「ほ、ほらほら、親戚の奥村もこう言ってるし」
「いやいや。王様の命令は絶対だから。」
「く…九鬼〜…!」
「九鬼、命令は覆せないのわかってるよね?」
亮さんに黒い笑みで睨まれ、スミマセン…!と俺に両手を合わせる九鬼。
「いいから早く電話しろよ。」
「いやマジで勘弁してください…」
「勘弁すると思う?」
「ほんとにシャレになんねーっすから!こんなんプライベートでも言わないですよ俺!」
「当たり前じゃん。だから面白いんだよ。」
お…鬼…!
この間のは上手くのってくれたけど…こう何度もあるとわかんねーぞ…!
「早くしろ。」
「オラスマホ出せ!」
「ちょっ…」
先輩たちにスマホを奪われ、発信画面に代わったそれを戻される。あーもう…!なんでこんなことばっか…!
『…もしもし。』
画面が通話中に切り替わり、スピーカーから声が響いた。…光にしては、異様に低い声が。つーか、この声…
「な、なんでお前が出るんだ…!?」
ジョッキを倒しそうな勢いで身を乗り出してきた奥村。
『…光舟か?お前こそ、なぜ…』
「答えろ…!なぜお前が光の電話に出る!?」
「お、おい、落ち着けよ」
奥村を座らせて、自体を飲み込めていない先輩たちに説明する。
「光臣です。光の従弟の…」
ふーん、と先輩たちが納得したところで、電話の先から声がした。
『御幸一也か?今光は手が離せない。伝言なら聞くが。』
「あ、いや、大丈夫。じゃ…」
「おい。何切ろうとしてんだよ。」
にっこり、と亮さんが俺のスマホをホールドして電話を切るのを阻んだ。
「もういいでしょ…本人出れないって言ってるんですし」
「何してんのか聞いてみてよ。出れそうなら代わってもらって。」
「ええーそこまでするんすか…?」
渋々スマホを耳に当てる。光臣が応対したことで、先ほどよりも気持ちは軽かった。
「光今何してるの?」
『司と二人で料理をしている。』
ん…?『司』…?
「なんだ、じゃあやっぱいいや。」
『伝言は?』
「いや、平気。」
つまんねー、とブーイングが飛び交う中、電話を切りにかかる。しかし、あっ、と光臣の低い声が続いた。
『今手が空いたようだ、代わるよ。』
「えっ、いや、いい…」
『もしもし、一也さん?』
あ〜…出ちゃったよ…
先輩たちがまた嫌々と楽しそうに笑い出す。
『あのね、今家に司と光臣が来てて、みんなでご飯食べるところなの』
「あー、うん、そうみたいだな」
光臣そっち運んで〜、と牧瀬の元気な声が後ろから響いてくる。
『それで…どうしたの?』
「え、ああ…」
言えよ、と亮さんに脇腹をどつかれる。いてえ。
「……えっと。」
『なあに?』
「……。」
早く言えよ、と純さんが口パクで言って睨みつけてくる。
「ぱ、」
『ぱ…?』
「…パンツ、何色?」
ぶはっ、と誰かが噴き出した。ふざけやがって…
『何それ。また罰ゲーム?』
笑い混じりの呆れたような声が響いた。…バレてるし。
「うん…ごめん」
正直に言うと、バラすなよ、と亮さんが頭にチョップを落としてきた。
『あんまりやると怒るよ?』
「ごめん、マジごめん」
『ふふ、色なんて…聞かなくても、知ってるでしょ。』
「え?」
『なんちゃって。えへへ。お鍋火にかけたままだから、もう切るね。』
飲みすぎないでね、と優しい声で言い残し、電話が切れる。
部屋の中は静まり返っていた。
ゴトン、とジョッキを置いて、奥村が立ち上がる。
「……。」
「待て待て待て、無言は怖いからやめろ!」
無言でにじり寄ってくる奥村。目が血走ってるぞ…
「御幸、千本ノックと千本キック、どっちがいい?」
「…それ何が違うんすか?」
ひえ〜面倒くせーことになった…
でも…光…マジで可愛すぎる…!!
「ぐぞおおお同じように野球人生を送ってきたというのに…俺と御幸の何が違うというんだあぁぁ」
「顔と野球センスだな!な!」
「野球人生も同じじゃねえしな…お前社会人野球の2軍だろ」
はーつまんない、とやはりテーブルを移動する亮さん。
そういえば…もうしばらく、光の毒舌を受けてない。最近はすげー素直で…よく頼ってくれるし、好意を包み隠さない。時々、むこうから誘ってくれることもあるし…。俺、愛されてんだな〜…なんか、胸の奥がむずむずしてくすぐったい。今すぐ帰って光を抱きしめたい…。
「御幸テメー早く帰りてえとか考えてんじゃねーだろうな!?」
「オラ飲め飲め!今夜は帰さねーぞォ!!」
「ちょ…勘弁してくださいよ」
ジョッキをいくつも押し付けられながら、早く帰りてぇ、と頭の中で呟いた。