「あれ…?うわっ」
「…?どうしたんですか?」

服を直して携帯を開くと、哲さんから5件も着信が入っていた。全然気づかなかった…。
慌ててかけなおすと、そう待たずに、呼び出し音が途切れた。

『御幸か?』
「は、はい。」
『…大丈夫か?どこにいるんだ?』

長く電話に出なかったことを訝しむ声だ。俺は焦りを押し隠して答える。

「いや、すみません。電源切ってて…。まだ近くにいます。」
『そうか…?じゃあ、戻ってこられるか?』
「…大丈夫なんですか?」

光も不安そうな顔でこちらを窺っている。しかし哲さんの声に、もう不安は滲んでいなかった。

『ああ、もう大丈夫だと思うぞ。』
「…?」

そう言い切る哲さんに疑問を抱きながら、俺は光を振り返る。

「哲さんが、もう大丈夫だから戻って来いって。…いいのか?」
「……。」

光は少し考えて、頷いた。

「てっちゃんが、そう言ってるなら…。」


***


哲さんの家に戻ると、そこは修羅場と化していた。
女性の金切り声がキンキンと響き、哲さんとその弟と両親がどこか暢気に修羅場を眺めている。

「えっと…?」

不思議に思いながら哲さんの元へ行くと、哲さんは金切り声を上げる女性と、どなられている男を指していった。

「さっき、叔母だという人が来てな。あの通りだ」
「あ…!!」

哲さんの声を受け、金切り声を上げていた女性が振り返り、光を見て声を上げた。金切り声に似合わず、上品できれいな人だ。女性は光に駆け寄ると、両手を包み込んだ。

「光ちゃん!?光ちゃんでしょ!?まぁ、大きくなって…お母さんに似て、美人になったわねぇ…」

そうつぶやくと、女性は急に涙ぐんで、光を抱きしめた。

「ごめんね…もっと早く気づいてあげるべきだった。今までのこと、全部聞いたの。辛かったでしょう。本当に、もう…この…私の……クソ兄貴のせいで!!!!」
「!!?」

突然豹変して男を怒鳴りつける女性に面食らう。こ、こえー…
どなられた男は、どうやら光の父親らしい。なんというか…品のある、しかしどこか冷たい印象を受ける二枚目だ。

「兄さんねぇ!!光ちゃんに無理やり結婚させるってどういうこと!?信ッッッじらんない!!この人でなし!!!聞けば普段もほとんど家に帰ってなかったらしいじゃない!!響子さんが亡くなってから、光ちゃんほとんど家で独りぼっちだったっていうじゃない!!一体何のために引っ越したのよ!!兄さんが転勤になって、娘と離れて暮らしたくないっていうから、お母さんたちだって実家を出るのを許したのに!!こんな広い家で独りぼっちで…ほんっと涙が出るわよ!!私と同じ血が流れてるとは思えないわ!!!」

俺も光も圧倒されながら、叔母だという女性の罵倒を聞く。光の父親――女性の兄だという男も、二の句が継げずに口ごもっている。哲さん家に怒鳴り込んだ男とはまるで別人みたいだ。

「そんな冷酷人間、アメリカでもアマゾンでも一人で行きなさいよ!!ただし光ちゃんを連れていくのは私もお母さんたちも許さないからね!!」
「な…!?光は俺の娘だぞ!!」
「残念なことにそうよ!!!でもね!!私の姪でもあるし、お父さんとお母さんの孫でもあるの!!光ちゃんを不幸にするのは絶対に許さないわよ!!」
「なっ…勝手に…!」
「…いい?兄さん。今回のこと、兄さんの会社にバラすことだってできるのよ。兄さんの会社の理事長さん、うちの会社を懇意にしてくださってるの。今度お食事会に行くのよ。そのとき、私の兄が、まだ未成年の娘を、自分の私腹のために、デブでハゲでロリコンでブサイクなおっさんと政略結婚させようとしてるって相談してもいいんだからね!!!」
「なっ…!ちょっ…!ちが…!」
「違わないでしょうが!!!もういいから、私たちの前から消えて!!!お父さんもお母さんも、もう二度と帰ってくるなって言ってるわよ!!それほどのことを兄さんはしたの!!!一人ぼっちでアメリカに行きなさい!!!」
「……!!!」

男はたじたじになって、逃げるように家へ駆けこんだ。
すると女性はそれまでが嘘のように優しい笑顔になって、光を振り返った。

「光ちゃん。あなたさえよければ、私がこの家に引っ越してきて、せめてあなたが高校を卒業するまで、あなたと一緒に暮らしたいと思ってるの。…だめかな?」
「え…。」

それは願ってもないことだ。光は俺を見上げた。俺が頷くと、その瞳は涙があふれた。

「叔母さん…。ありがとう…ございます…。」


***


父親がアメリカへ行くまで、そして叔母の荷物が届くまでの数日間、光は叔母と共にホテル暮らしをするらしい。
やっと落ち着くと、叔母は哲さんたちにひとしきりお礼とお詫びを言ってから、俺のところにやって来た。

「えっと、あなたは…?」

期待のこもった目で見つめられ、俺はなんだか恥ずかしくなりながら愛想笑いを浮かべる。

「…御幸一也です。光さんと、お付き合いさせていただいてます。」
「きゃ…!やっぱり!?そうじゃないかと思ったのよ!」

な、なんかテンション高いな…。やりづれぇ。

「やだー、もう〜、イケメンじゃない!光ちゃんやるわねぇ!」
「え…えっと…」

光も困ったように苦笑を浮かべている。

「でも美男美女だし、お似合いよ〜。うふふ。若いっていいわね〜。」

叔母さんはそう笑った後、ふっと真剣な微笑みを浮かべた。

「…だけど…本当に良かった。あなたみたいに、支えになってくれる人が、光ちゃんにいたのね…。本当にありがとう。」

いきなり深々と頭を下げられて俺は戸惑う。いえ…、と頭を下げ返すことしかできなくて、もどかしい。

「じゃあ…、光ちゃん。荷物をまとめて、ホテルに行きましょうか。」
「あ…。はい。」

光は頷いて、俺を振り返り、安堵の混じった微笑を浮かべ、家に入っていった。

 


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