210
華やかなパーティー会場。光臣が主宰する、若手の経営者や資産家や有名人だけを集めた、同年代の異種交流パーティー…らしい。俺と信二は先日の飲み会を経てこの場に招待され、なんとなく片身狭く過ごしている。だって…皆、すごい成功者ばかりで、放つオーラが全然違うし…!
目まぐるしくいく当てもなく会場内をぶらついていたら、いつの間にか信二とはぐれるし、光臣と牧瀬以外に知り合いもいないし、完全に孤立してしまって、気が付けばこの廊下に迷い込んでいた。
薄暗い、人気のない廊下。ここ、入っていい場所…かなぁ。やばいかなぁ…。
「あれ…東条?」
「え?」
なんとなく親近感のある声がかかって、振り向くと、天使…じゃない、ワインレッド色のイブニングドレス姿の光がいた。き…綺麗だなぁホント…。緊張して…顔が見れない…。
「あ…光、き、来てたんだ」
「うん、一也さんとね。東条は?誰かと来たの?」
「一応、信二と…牧瀬に光臣を紹介してもらってさ、招待してくれたんだ。」
「そうだったんだ。」
にこり、と微笑む光。こんな綺麗な子が…倉持先輩と…って、本当なのかな。光はただでさえ、そういう…セックス、とか、そういうことを想像しづらいくらい、綺麗で、清楚で。御幸先輩と…っていうのも、想像しがたい…いや、したくないくらいなのに。…うん、俺、結構ショック受けてる。
「それで…なんでこんなところにいるの?」
「え、や、知り合いいないし、信二も見失っちゃって、」
「あはは。誰でも話しかけてみれば、色々話聞けて楽しいよ。東条社交的だし、大丈夫だよ。」
「いや、うん…」
「それに、今日は倉持さんも来てたはずだけど。もう会った?」
「え…」
なんでもないことのように倉持先輩の名前を出す光に驚く。まるで…何事もないような顔をして。
「…見てないけど…」
「そう?外で煙草でも吸ってるのかな。」
「……。」
なんか…親しいみたいな言い方。ちょっと、モヤモヤする。
「光…さ。」
「うん?」
「昔…倉持先輩に告られたって、ほんと?」
口に出してみれば、その質問はいやに軽い内容に聞こえた。こんなに俺の胸の中を締めているのに。
「え…」
光はちょっと驚きはしたけど、さほど取り乱さずに目を丸くしただけだった。
「…誰から聞いたの?」
「…倉持先輩が、言ってた」
「え…あはは、じゃあ否定してもしょうがないよね。」
光は困ったように笑って、頷いた。
「昔ね。」
昔って…いつ?高校生の時?大人になってから?結婚してからも、倉持先輩とはよく会ってたはず。プロポーズされたのだって…そんなに、昔の話じゃないんじゃないか?
「…じゃあ、」
「ん?」
「…プロポーズされたのも、ほんと?」
「……。」
光は苦笑を消して、じっと俺を見上げた。
「それって、単なる好奇心で聞いてるの?」
射貫くような視線。俺はその場から動けなくなる。
「…東条、昔、私のこと好きだって言ってくれたよね。」
「…ああ。」
「勘違いなら恥ずかしいけど、もしかして、まだ好きでいてくれて、だからそういうことを訊くの?」
「……。」
随分…はっきりとものを訊く。物おじせず、照れもせず。俺がうじうじ光への想いを引き摺っている間に、光はとっくに大人になってるんだ。…御幸先輩と、一緒に。
俺も…同じ場所に立ちたい。同じ場所で、光と並んで立ちたい。
「…ごめん。」
「……。」
「まだ…好きなんだと思う。」
「……。」
「ずっと光のこと、考えてる。でも、御幸先輩にはかなわないとも思ってて、だから、いつか諦められると思ってた。」
「……。」
「だけど…」
「……。」
「…倉持先輩のことは、ごめん、正直、どうして…っていう気持ちの方が、強い。」
「……。」
「倉持先輩だったら…、俺の方が、光と近かったと思ってる。」
「……。」
「…どうして、倉持先輩と…」
「……。」
「…本当に…?」
「…セックスしたのかって?」
ごくり、と俺の喉が鳴った。セックス…、その言葉が光の口から出てきたのが、にわかには信じられなくて。顔が熱くなって、俯く。俺が思っていた光は、もっと清純で、無垢で、汚らわしいことなんて何も知らない――
「…したよ。」
…したよ。…した。した、って言った。光が。肯定した。倉持先輩と、セックスしたって…
倉持先輩と…キスして、裸で抱き合って、…胸や、秘部に触れられ…そして、
「…どうして」
昔は…話すら、してなかったじゃないか。倉持先輩は、遠くから『玉城光』を眺めてる、大勢の男の中の一人だったはずで…俺は光の、数少ない男友達で、時々噂が立ったりもして…いつか光と付き合うことを想像したりもした。そういうことを…することも、想像した。たくさん、想像した。
「…あの時は…」
光は胸が苦しいように、胸元に手を当てて、愛おしそうに呟いた。
「倉持さんのことが、好きだったから」
「……。」
…どこが、どうして?俺は…どうしてそうなれなかったんだ?
「東条は…そう思ってたのかもしれないけど、」
「……。」
「私にとっては、倉持さんは、一也さんの次に近い存在だった。」
「……。」
「時々…一也さんより、傍に居てくれてる、って思うときもあった。」
「……。」
「…信じられない?」
…信じられないよ。信じられるわけ、ない。
「どうして…どういうところが?」
「…ふたりとも、命の恩人なの。いろんな意味でね。私は二人に何度も救われてる。」
「……。」
「感謝してるし、尊敬もしてる。ふたりとも、大切な人なの。」
「……。」
俺は…そうじゃない、ってことか…。俺の知らない何かが…3人の間にはあって、俺は、それを知ることもできないのか。
「…俺は…」
「……。」
「光にとって、何も特別にはなれない?」
「……。」
「俺も…ずっと光のことが好きだよ。…なんだってする。なのに…俺とその二人は違うの?」
「…東条」
「その二人の何が、そんなに特別なの?二人が何をしてくれたんだよ?」
「……。」
「教えてくれよ…俺も、同じようにするから…」
「……。」
…ダサい。俺、すごくダサい。こんなふうに食い下がって…その時点で、あの二人に負けてる。だけど…こうでもしなきゃ、俺は…そのほかの大勢と、何も変わらない。
「…ごめん。」
「……。」
「東条がそこまで…本気だと、思ってなかった。」
「……。」
「でも…無理だよ」
「……。」
「私きっと、東条が何をしてくれても、…一也さんが一番大切だから」
…なにやってるんだろう、俺。こんなところで…8年越しの、2度目の失恋…なんて。
「…どうしても…駄目、なんだな」
「……うん。」
しっかりと、頷いた光。
「…俺、いつか、光への気持ちが薄れたら…、あきらめがついたら、きっと、友達に戻れるって思ってた。」
「……。」
「だけど…駄目なんだ。…全然、気持ちが薄れなくて。…好きなんだ。本当に…、好きなんだ」
「……。」
涙が滲んだのか…目の前がぼやけた。目の奥が熱く、声は震える。
「こんなこと言ったら…、今の、曖昧な…中途半端な関係さえ、壊れると思って…ずっと我慢してたけど…」
「……。」
「でも…諦めるのは…、この気持ちを忘れるのは、…無理そうだから、もう…諦めるのは、諦める。」
「……。」
「だから、せめて…納得したい。」
「……。」
「自分勝手で、本当にごめん。でも、8年…8年間、ずっと好きだったんだ。もう…苦しいんだ。…前に進みたい。」
「……。」
「……もう、光には会わない。」
「……。」
光は…悲しそうに、俯いた。
「だから、その代わりに…」
「……。」
「キス、させて。」
「……。」
光の悲しげな眼が俺を見上げる。
「…本当にそれでいいの?」
「……。」
…わかってる。最後にキスなんかしたら…きっともう、忘れることは決してできない。
「…うん。」
だけど…もう苦しいんだ。こんなふうにでも…せめて、光に触れたい。そうしたら…最後にキスをできたと、この気持ちの着地点ができるだろ…。
「…いい?」
一歩、前に踏み出す。光はしばらく考えて、辺りを見回して、俺に歩み寄って――手を掴んだ。
「こっち、来て。」
光に手を引っ張られ、廊下の奥の個室に入った。戸惑う俺を、光は振り向く。
「大丈夫、ここ、誰も来ないから。」
「……。」
それって…。…ここでキスしていい、ってことか?
「…はい。」
俺の前に立ち、俺を見上げる光。
「キス。していいよ」
「……。」
…そんな…簡単に。
俺は…8年間、手を繋ぐことすら、できなかったのに…。
関係を、友人という関係を終わらせるだけのために、こんなに簡単に、キスしていいよ、なんて…。
俺の気持ちは…一体何だったんだ?
光の両肩に手を置く。…細くて、柔らかい。俺を見上げる、綺麗な顔。高校時代、ずっと見ていた顔…。その赤い唇に、今、キスしてもいいんだ。ずっと思い描いていた…願っていたこと。だけど、たった一度キスしたら、もう、光とは会えない…。
…でも…どうせこの先、光が俺を選んでくれることは…絶対にない。今、キスをしても…しなくても。
「……。」
「…どうしたの?」
宝石みたいな瞳。小さな頬、赤い、小さな唇…。キスしたい。したいのに…。
「…………できない……。」
俺は細い肩を掴んだままうつ向いて、震える声を絞り出した。
「……。」
光はそっと、俺の腕に触れる。
「東条…」
「……。」
「…東条って、優しいよね。」
「……違う。」
「そういうところは…ちょっと、一也さんと倉持さんと、似てる。」
え……。
光を見上げると、優しい微笑みを浮かべていた。そして、俺の頬が柔らかくて暖かい手に包まれて、そして――
気が付けば目の前に光の顔があって、唇にはやわらかい、甘い感触があって…。
俺…今、光に……キス、されてる…。
「……。」
「……え?」
唇が離れて、俺は間抜けな声を出した。…きっと顔は真っ赤だ。
「光臣と、仲良くしてあげてね。」
「……え…」
「パーティー楽しんで。私、先に戻ってるから。」
「……。」
バタン、と扉が閉まって、俺はしばし放心していた。
え…な、なんで今…キス、されたんだ?光が俺に、キス…。…光にキスされた…!?
「……っ」
唇に触れ、そこの熱に戸惑う。
嘘だろ…ど、どうして…?
『そういうところは…ちょっと、一也さんと倉持さんと、似てる。』
もしかして…あのふたりに、ほんの少しだけ、追いつけた…ということなのだろうか。
深いため息を吐いて、俺は必死に、平常心を取り戻そうと足掻いた。
目まぐるしくいく当てもなく会場内をぶらついていたら、いつの間にか信二とはぐれるし、光臣と牧瀬以外に知り合いもいないし、完全に孤立してしまって、気が付けばこの廊下に迷い込んでいた。
薄暗い、人気のない廊下。ここ、入っていい場所…かなぁ。やばいかなぁ…。
「あれ…東条?」
「え?」
なんとなく親近感のある声がかかって、振り向くと、天使…じゃない、ワインレッド色のイブニングドレス姿の光がいた。き…綺麗だなぁホント…。緊張して…顔が見れない…。
「あ…光、き、来てたんだ」
「うん、一也さんとね。東条は?誰かと来たの?」
「一応、信二と…牧瀬に光臣を紹介してもらってさ、招待してくれたんだ。」
「そうだったんだ。」
にこり、と微笑む光。こんな綺麗な子が…倉持先輩と…って、本当なのかな。光はただでさえ、そういう…セックス、とか、そういうことを想像しづらいくらい、綺麗で、清楚で。御幸先輩と…っていうのも、想像しがたい…いや、したくないくらいなのに。…うん、俺、結構ショック受けてる。
「それで…なんでこんなところにいるの?」
「え、や、知り合いいないし、信二も見失っちゃって、」
「あはは。誰でも話しかけてみれば、色々話聞けて楽しいよ。東条社交的だし、大丈夫だよ。」
「いや、うん…」
「それに、今日は倉持さんも来てたはずだけど。もう会った?」
「え…」
なんでもないことのように倉持先輩の名前を出す光に驚く。まるで…何事もないような顔をして。
「…見てないけど…」
「そう?外で煙草でも吸ってるのかな。」
「……。」
なんか…親しいみたいな言い方。ちょっと、モヤモヤする。
「光…さ。」
「うん?」
「昔…倉持先輩に告られたって、ほんと?」
口に出してみれば、その質問はいやに軽い内容に聞こえた。こんなに俺の胸の中を締めているのに。
「え…」
光はちょっと驚きはしたけど、さほど取り乱さずに目を丸くしただけだった。
「…誰から聞いたの?」
「…倉持先輩が、言ってた」
「え…あはは、じゃあ否定してもしょうがないよね。」
光は困ったように笑って、頷いた。
「昔ね。」
昔って…いつ?高校生の時?大人になってから?結婚してからも、倉持先輩とはよく会ってたはず。プロポーズされたのだって…そんなに、昔の話じゃないんじゃないか?
「…じゃあ、」
「ん?」
「…プロポーズされたのも、ほんと?」
「……。」
光は苦笑を消して、じっと俺を見上げた。
「それって、単なる好奇心で聞いてるの?」
射貫くような視線。俺はその場から動けなくなる。
「…東条、昔、私のこと好きだって言ってくれたよね。」
「…ああ。」
「勘違いなら恥ずかしいけど、もしかして、まだ好きでいてくれて、だからそういうことを訊くの?」
「……。」
随分…はっきりとものを訊く。物おじせず、照れもせず。俺がうじうじ光への想いを引き摺っている間に、光はとっくに大人になってるんだ。…御幸先輩と、一緒に。
俺も…同じ場所に立ちたい。同じ場所で、光と並んで立ちたい。
「…ごめん。」
「……。」
「まだ…好きなんだと思う。」
「……。」
「ずっと光のこと、考えてる。でも、御幸先輩にはかなわないとも思ってて、だから、いつか諦められると思ってた。」
「……。」
「だけど…」
「……。」
「…倉持先輩のことは、ごめん、正直、どうして…っていう気持ちの方が、強い。」
「……。」
「倉持先輩だったら…、俺の方が、光と近かったと思ってる。」
「……。」
「…どうして、倉持先輩と…」
「……。」
「…本当に…?」
「…セックスしたのかって?」
ごくり、と俺の喉が鳴った。セックス…、その言葉が光の口から出てきたのが、にわかには信じられなくて。顔が熱くなって、俯く。俺が思っていた光は、もっと清純で、無垢で、汚らわしいことなんて何も知らない――
「…したよ。」
…したよ。…した。した、って言った。光が。肯定した。倉持先輩と、セックスしたって…
倉持先輩と…キスして、裸で抱き合って、…胸や、秘部に触れられ…そして、
「…どうして」
昔は…話すら、してなかったじゃないか。倉持先輩は、遠くから『玉城光』を眺めてる、大勢の男の中の一人だったはずで…俺は光の、数少ない男友達で、時々噂が立ったりもして…いつか光と付き合うことを想像したりもした。そういうことを…することも、想像した。たくさん、想像した。
「…あの時は…」
光は胸が苦しいように、胸元に手を当てて、愛おしそうに呟いた。
「倉持さんのことが、好きだったから」
「……。」
…どこが、どうして?俺は…どうしてそうなれなかったんだ?
「東条は…そう思ってたのかもしれないけど、」
「……。」
「私にとっては、倉持さんは、一也さんの次に近い存在だった。」
「……。」
「時々…一也さんより、傍に居てくれてる、って思うときもあった。」
「……。」
「…信じられない?」
…信じられないよ。信じられるわけ、ない。
「どうして…どういうところが?」
「…ふたりとも、命の恩人なの。いろんな意味でね。私は二人に何度も救われてる。」
「……。」
「感謝してるし、尊敬もしてる。ふたりとも、大切な人なの。」
「……。」
俺は…そうじゃない、ってことか…。俺の知らない何かが…3人の間にはあって、俺は、それを知ることもできないのか。
「…俺は…」
「……。」
「光にとって、何も特別にはなれない?」
「……。」
「俺も…ずっと光のことが好きだよ。…なんだってする。なのに…俺とその二人は違うの?」
「…東条」
「その二人の何が、そんなに特別なの?二人が何をしてくれたんだよ?」
「……。」
「教えてくれよ…俺も、同じようにするから…」
「……。」
…ダサい。俺、すごくダサい。こんなふうに食い下がって…その時点で、あの二人に負けてる。だけど…こうでもしなきゃ、俺は…そのほかの大勢と、何も変わらない。
「…ごめん。」
「……。」
「東条がそこまで…本気だと、思ってなかった。」
「……。」
「でも…無理だよ」
「……。」
「私きっと、東条が何をしてくれても、…一也さんが一番大切だから」
…なにやってるんだろう、俺。こんなところで…8年越しの、2度目の失恋…なんて。
「…どうしても…駄目、なんだな」
「……うん。」
しっかりと、頷いた光。
「…俺、いつか、光への気持ちが薄れたら…、あきらめがついたら、きっと、友達に戻れるって思ってた。」
「……。」
「だけど…駄目なんだ。…全然、気持ちが薄れなくて。…好きなんだ。本当に…、好きなんだ」
「……。」
涙が滲んだのか…目の前がぼやけた。目の奥が熱く、声は震える。
「こんなこと言ったら…、今の、曖昧な…中途半端な関係さえ、壊れると思って…ずっと我慢してたけど…」
「……。」
「でも…諦めるのは…、この気持ちを忘れるのは、…無理そうだから、もう…諦めるのは、諦める。」
「……。」
「だから、せめて…納得したい。」
「……。」
「自分勝手で、本当にごめん。でも、8年…8年間、ずっと好きだったんだ。もう…苦しいんだ。…前に進みたい。」
「……。」
「……もう、光には会わない。」
「……。」
光は…悲しそうに、俯いた。
「だから、その代わりに…」
「……。」
「キス、させて。」
「……。」
光の悲しげな眼が俺を見上げる。
「…本当にそれでいいの?」
「……。」
…わかってる。最後にキスなんかしたら…きっともう、忘れることは決してできない。
「…うん。」
だけど…もう苦しいんだ。こんなふうにでも…せめて、光に触れたい。そうしたら…最後にキスをできたと、この気持ちの着地点ができるだろ…。
「…いい?」
一歩、前に踏み出す。光はしばらく考えて、辺りを見回して、俺に歩み寄って――手を掴んだ。
「こっち、来て。」
光に手を引っ張られ、廊下の奥の個室に入った。戸惑う俺を、光は振り向く。
「大丈夫、ここ、誰も来ないから。」
「……。」
それって…。…ここでキスしていい、ってことか?
「…はい。」
俺の前に立ち、俺を見上げる光。
「キス。していいよ」
「……。」
…そんな…簡単に。
俺は…8年間、手を繋ぐことすら、できなかったのに…。
関係を、友人という関係を終わらせるだけのために、こんなに簡単に、キスしていいよ、なんて…。
俺の気持ちは…一体何だったんだ?
光の両肩に手を置く。…細くて、柔らかい。俺を見上げる、綺麗な顔。高校時代、ずっと見ていた顔…。その赤い唇に、今、キスしてもいいんだ。ずっと思い描いていた…願っていたこと。だけど、たった一度キスしたら、もう、光とは会えない…。
…でも…どうせこの先、光が俺を選んでくれることは…絶対にない。今、キスをしても…しなくても。
「……。」
「…どうしたの?」
宝石みたいな瞳。小さな頬、赤い、小さな唇…。キスしたい。したいのに…。
「…………できない……。」
俺は細い肩を掴んだままうつ向いて、震える声を絞り出した。
「……。」
光はそっと、俺の腕に触れる。
「東条…」
「……。」
「…東条って、優しいよね。」
「……違う。」
「そういうところは…ちょっと、一也さんと倉持さんと、似てる。」
え……。
光を見上げると、優しい微笑みを浮かべていた。そして、俺の頬が柔らかくて暖かい手に包まれて、そして――
気が付けば目の前に光の顔があって、唇にはやわらかい、甘い感触があって…。
俺…今、光に……キス、されてる…。
「……。」
「……え?」
唇が離れて、俺は間抜けな声を出した。…きっと顔は真っ赤だ。
「光臣と、仲良くしてあげてね。」
「……え…」
「パーティー楽しんで。私、先に戻ってるから。」
「……。」
バタン、と扉が閉まって、俺はしばし放心していた。
え…な、なんで今…キス、されたんだ?光が俺に、キス…。…光にキスされた…!?
「……っ」
唇に触れ、そこの熱に戸惑う。
嘘だろ…ど、どうして…?
『そういうところは…ちょっと、一也さんと倉持さんと、似てる。』
もしかして…あのふたりに、ほんの少しだけ、追いつけた…ということなのだろうか。
深いため息を吐いて、俺は必死に、平常心を取り戻そうと足掻いた。