211
「あ!…東条!」
いつ、どうやってあの部屋を出たのか…俺は信二の声でようやく我に返った。
「え…、あ、信二…」
「どこ行ってたんだよ、こんなとこ一人でうろつくのはキツ…」
信二は途中で言葉を失って、俺の顔を見て顔を赤くして、口をパクパクさせた。
「おま、ちょ…っ、急にいなくなったと思ったら…!そういうことかよ!」
「え…何が?」
「…口!赤いのついてんぞ」
「……?……。……っ!!」
一瞬ぽかんとして、急に思い当って口元を拭う。
「あああ、おい!袖で拭いたらうつるだろーが!」
「ごっ…ごめん」
信二が咄嗟に近くのペーパータオルを取って手渡してくれる。口元を拭ったペーパーは、うっすらとピンク色の跡がついていて。さっきのことは、夢じゃなかったんだ、と考える。
「…で、誰としけこんでたんだよ。まだ会場にいる?可愛い子か?」
「……いや、えっとお…」
「ちゃっかりしてんな〜お前!いいよなイケメンは…」
「……。」
…さすがに言えない。光とキスしてた、なんて…。
「そういや、さっき御幸先輩と光さんが来てるの見たぞ。誰かと話してたから、声はかけなかったけど…」
「そ…っ、…そうなんだ」
「光臣と牧瀬も忙しそうだし…俺ら、ぶっちゃけ場違いだよな〜…って、お前はそうでもねーか?」
「な、なんだよそれ…」
「しらばっくれんなよ。キスしたってことは、相手もその気なんだろ?ちゃんと連絡先聞いたか?」
「そ…そういうのじゃないから、ほんと…」
「照れんなって!なー、どの子か教えろよ。今日結構可愛い子来てるじゃん。」
「よう、楽しんでるか?」
低い声が背後からかかり、ぎくりとする。振り向くと、光臣と牧瀬がいた。
「おお、今日はありがとうな。」
信二が答え、俺もそれに乗っかって微笑を作る。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。ぜひ、色んな参加者と交流を深めていってくれ。」
「おー。こいつはもうふか〜く交流したみたいだぜ。」
「え?」
「ち…ちょっと、信二!」
やばいって…!特に牧瀬は勘がいいんだから…!!
「光臣。」
こ、この声は…。
「光か。…義兄上も。」
「お前な〜…その呼び方やめろ。」
光と御幸先輩…。や、やばい…顔赤くなりそう…。どうして光は普通にふるまえるんだ…!?あんなこと、しておいて…。
「光。」
不意に、御幸先輩が光の手からワイングラスを抜き取る。
「もう俺が飲むから。水取ってくる。」
「うん、ありがとう。」
御幸先輩はさっとワインを飲み干し、給仕の方へ歩いていく。
「そんなに飲んだの?大丈夫?」
牧瀬が心配そうに尋ねると、光は苦笑いを…だけど、ちょっと嬉しそうに浮かべた。
「さっき、理事会の人に挨拶して、勧められちゃって。途中から、一也さんが代わりに飲んでくれてたんだけどね。」
「ああ〜、あの人ザルだもんねぇ。人に飲ませるし。」
「ふふふ。そうだね」
…幸せそうな光。やっぱ…御幸先輩と順調なんだ…よな。
でも、じゃあどうして、俺にキスなんか…。
「よお」
御幸先輩ではない、低い声がして、なぜが俺がギクリとした。
「あー、倉持さん。どこ行ってたんですか?」
親し気に声をかける牧瀬。微笑む光。自然にその隣にやってきて、頭を掻く倉持先輩。
「煙草。」
「も〜…すーぐ姿消すんだから。」
「そんなに吸ってねーよ。」
やいやい言い合っているうちに、見知らぬ人たちがやってきて、光臣はそちらと話し始めた。そのうち牧瀬も呼ばれ、俺と信二と光と倉持先輩が残る。
「お前らも来てたんだな。牧瀬から誘われたのか?」
「いえ、光臣から…」
「へー、知り合いなんだ。そういや同い年だっけか。」
「は、はい」
倉持先輩との会話…なんとなく、いつもより緊張する。光はいつもと変わらず、ニコニコ立ってるけど…。
「おお、光さん!こんばんは!」
「あ、立花さん。こんばんは。」
突然、男が光に声をかけてきて、俺たちを見渡した。
「ご友人ですか?」
「はい。」
「今日は、ご主人は?」
「一緒に来てますよ。」
「なあんだ、じゃあ光さんを誘うわけにはいかないなぁ、旦那様に怒られちゃうし。」
ふふふ、と軽く笑って流す光。こういう誘いは日常茶飯事なんだろーな…。
「じゃあ一杯だけ付き合ってもらえませんか?」
「あ…、ぜひ。」
にこやかにワイングラスを受け取る光。…大丈夫なのか?お酒、今日は結構飲んだって言ってたけど…。でも断れないから受け取ったんだろうし、俺が割り込むのも…悪いよな。
「…それで、その品評会で偶然出会いましてね!」
「それはすごいですね。」
「でしょう!?運命を感じましたよ。…ワイン、あまり進んでませんけど、体調でも?」
「え…、あ、いえ。お話に夢中になっちゃって。ごめんなさい。」
「それは嬉しいな、ははは。」
光…無理してるな。御幸先輩…早く戻ってこないかな…。
「すみません、後ろのボトル、取ってもらえますか。」
「え…」
突然、話しに割り込んで男に声をかける倉持先輩。お…脅して追い払う気か?
「…ええ、はい。」
男が後ろを向いてボトルを手に取る。その瞬間、倉持先輩が光の手からグラスを抜き取って、中身を一気に飲み干した。
「どうぞ…」
「どうも、すみませんね。」
「いえいえ。」
男が振り向くころには、倉持先輩はグラスを光の手に戻していて、男からボトルを受け取ると、涼しい顔をして立ち去っていった。光はその背中をちらりと見つめる。
……そういう、ことか。
…こんなの、男の俺でも…かっこいいと思う。光が惹かれたのも、わかる…。
男はまた暫く話を続けて、ようやく満足したようで去っていった。それと入れ替わるように、御幸先輩が水を持って戻ってくる。
「ごめん、遅くなった…、って、光、それ飲んだのか?大丈夫か?」
「う…ううん。」
光は水を受け取って、ちょっと微笑んだ。
「倉持さんが、飲んでくれた…」
「……。」
御幸先輩はそれを聞いて、あまり驚いた様子もなく。
「…そっか。」
と、頷いた。
***
「…なあ、さっきのさ」
皆と離れて信二と二人、会場内をうろついていると、信二がポツリと話し出した。
「俺…初めて倉持先輩のこと、イケメンだと思ったぜ…」
「え…は、初めて?」
「あ、いや、野球やってるときはかっこいいと思ったことあるけどよ。そうじゃなくて…女にモテそうっつーか…かっこよかったじゃん、さっき。」
「…そう、だな」
確かに…かっこよかった。光からしたら、すごくカッコよく見えたと思う。
「あんなことできる人なんだな〜。なんか憧れるわ。」
「…そうだな。」
「牧瀬たちから、あのこと、聞いたときは、ちょっと信じられなかったけどよ…案外本当かも、って思ったし…」
あのこと…。光と倉持先輩が、…セックスした、ってこと…か。
たしかに…その話を聞いたときと今とじゃ、二人の印象は違う。
「つーか…本当なんだよな。あ〜…なんか落ち着かねぇ…」
「はは、なんで信二が落ち着かないんだよ。」
「だって御幸先輩もいるし…あの3人、普通の顔して話してるんだぞ!?信じらんねー…」
じゃあ…さっき、光にキスされたことを隠している俺も…信二からしたら『信じられない』のかな。
「しかも御幸先輩はそのこと知ってるっていうし…それでよく未だに倉持先輩と二人っきりにさせられるよな。倉持先輩、まだ好きっぽいし…」
「…それは…光のためなんじゃないかな。」
「え?」
「倉持先輩、下心とか見返りとかなしに…光のこと、守ってるって言うか…」
「……。」
「…光のこと、任せられる…って思ってるのかも…」
「……。」
ふと、信二が黙り込んでることに気付いて、焦った。
「あ…いや、えっと…」
「…東条、お前…、…まぁ、言いたいことはわかるけどよ…」
「ははは…」
「……。」
あー…俺が光のこと意識してるの、バレたかもしれないな…。
「…ごめん、俺、ちょっとトイレ行ってくるよ。」
「え、あ、ああ。じゃあ、その辺にいる…」
なんとなく静かなところに行きたくなって、信二に断って踵を返す。信二はそんな俺の心境を察してくれたのか、手をちょっと挙げてそこに留まった。
きっと…
倉持先輩は、ずっとああやって…光のことを守って来たんだ。
ずっと…。
そりゃ…好きにもなるよな。
それに比べたら、俺…何もできてない。何をしたらいいのかも、全然わからない…。
俺にとって光は、守る人というより…憧れている人、だから…。
いつ、どうやってあの部屋を出たのか…俺は信二の声でようやく我に返った。
「え…、あ、信二…」
「どこ行ってたんだよ、こんなとこ一人でうろつくのはキツ…」
信二は途中で言葉を失って、俺の顔を見て顔を赤くして、口をパクパクさせた。
「おま、ちょ…っ、急にいなくなったと思ったら…!そういうことかよ!」
「え…何が?」
「…口!赤いのついてんぞ」
「……?……。……っ!!」
一瞬ぽかんとして、急に思い当って口元を拭う。
「あああ、おい!袖で拭いたらうつるだろーが!」
「ごっ…ごめん」
信二が咄嗟に近くのペーパータオルを取って手渡してくれる。口元を拭ったペーパーは、うっすらとピンク色の跡がついていて。さっきのことは、夢じゃなかったんだ、と考える。
「…で、誰としけこんでたんだよ。まだ会場にいる?可愛い子か?」
「……いや、えっとお…」
「ちゃっかりしてんな〜お前!いいよなイケメンは…」
「……。」
…さすがに言えない。光とキスしてた、なんて…。
「そういや、さっき御幸先輩と光さんが来てるの見たぞ。誰かと話してたから、声はかけなかったけど…」
「そ…っ、…そうなんだ」
「光臣と牧瀬も忙しそうだし…俺ら、ぶっちゃけ場違いだよな〜…って、お前はそうでもねーか?」
「な、なんだよそれ…」
「しらばっくれんなよ。キスしたってことは、相手もその気なんだろ?ちゃんと連絡先聞いたか?」
「そ…そういうのじゃないから、ほんと…」
「照れんなって!なー、どの子か教えろよ。今日結構可愛い子来てるじゃん。」
「よう、楽しんでるか?」
低い声が背後からかかり、ぎくりとする。振り向くと、光臣と牧瀬がいた。
「おお、今日はありがとうな。」
信二が答え、俺もそれに乗っかって微笑を作る。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。ぜひ、色んな参加者と交流を深めていってくれ。」
「おー。こいつはもうふか〜く交流したみたいだぜ。」
「え?」
「ち…ちょっと、信二!」
やばいって…!特に牧瀬は勘がいいんだから…!!
「光臣。」
こ、この声は…。
「光か。…義兄上も。」
「お前な〜…その呼び方やめろ。」
光と御幸先輩…。や、やばい…顔赤くなりそう…。どうして光は普通にふるまえるんだ…!?あんなこと、しておいて…。
「光。」
不意に、御幸先輩が光の手からワイングラスを抜き取る。
「もう俺が飲むから。水取ってくる。」
「うん、ありがとう。」
御幸先輩はさっとワインを飲み干し、給仕の方へ歩いていく。
「そんなに飲んだの?大丈夫?」
牧瀬が心配そうに尋ねると、光は苦笑いを…だけど、ちょっと嬉しそうに浮かべた。
「さっき、理事会の人に挨拶して、勧められちゃって。途中から、一也さんが代わりに飲んでくれてたんだけどね。」
「ああ〜、あの人ザルだもんねぇ。人に飲ませるし。」
「ふふふ。そうだね」
…幸せそうな光。やっぱ…御幸先輩と順調なんだ…よな。
でも、じゃあどうして、俺にキスなんか…。
「よお」
御幸先輩ではない、低い声がして、なぜが俺がギクリとした。
「あー、倉持さん。どこ行ってたんですか?」
親し気に声をかける牧瀬。微笑む光。自然にその隣にやってきて、頭を掻く倉持先輩。
「煙草。」
「も〜…すーぐ姿消すんだから。」
「そんなに吸ってねーよ。」
やいやい言い合っているうちに、見知らぬ人たちがやってきて、光臣はそちらと話し始めた。そのうち牧瀬も呼ばれ、俺と信二と光と倉持先輩が残る。
「お前らも来てたんだな。牧瀬から誘われたのか?」
「いえ、光臣から…」
「へー、知り合いなんだ。そういや同い年だっけか。」
「は、はい」
倉持先輩との会話…なんとなく、いつもより緊張する。光はいつもと変わらず、ニコニコ立ってるけど…。
「おお、光さん!こんばんは!」
「あ、立花さん。こんばんは。」
突然、男が光に声をかけてきて、俺たちを見渡した。
「ご友人ですか?」
「はい。」
「今日は、ご主人は?」
「一緒に来てますよ。」
「なあんだ、じゃあ光さんを誘うわけにはいかないなぁ、旦那様に怒られちゃうし。」
ふふふ、と軽く笑って流す光。こういう誘いは日常茶飯事なんだろーな…。
「じゃあ一杯だけ付き合ってもらえませんか?」
「あ…、ぜひ。」
にこやかにワイングラスを受け取る光。…大丈夫なのか?お酒、今日は結構飲んだって言ってたけど…。でも断れないから受け取ったんだろうし、俺が割り込むのも…悪いよな。
「…それで、その品評会で偶然出会いましてね!」
「それはすごいですね。」
「でしょう!?運命を感じましたよ。…ワイン、あまり進んでませんけど、体調でも?」
「え…、あ、いえ。お話に夢中になっちゃって。ごめんなさい。」
「それは嬉しいな、ははは。」
光…無理してるな。御幸先輩…早く戻ってこないかな…。
「すみません、後ろのボトル、取ってもらえますか。」
「え…」
突然、話しに割り込んで男に声をかける倉持先輩。お…脅して追い払う気か?
「…ええ、はい。」
男が後ろを向いてボトルを手に取る。その瞬間、倉持先輩が光の手からグラスを抜き取って、中身を一気に飲み干した。
「どうぞ…」
「どうも、すみませんね。」
「いえいえ。」
男が振り向くころには、倉持先輩はグラスを光の手に戻していて、男からボトルを受け取ると、涼しい顔をして立ち去っていった。光はその背中をちらりと見つめる。
……そういう、ことか。
…こんなの、男の俺でも…かっこいいと思う。光が惹かれたのも、わかる…。
男はまた暫く話を続けて、ようやく満足したようで去っていった。それと入れ替わるように、御幸先輩が水を持って戻ってくる。
「ごめん、遅くなった…、って、光、それ飲んだのか?大丈夫か?」
「う…ううん。」
光は水を受け取って、ちょっと微笑んだ。
「倉持さんが、飲んでくれた…」
「……。」
御幸先輩はそれを聞いて、あまり驚いた様子もなく。
「…そっか。」
と、頷いた。
***
「…なあ、さっきのさ」
皆と離れて信二と二人、会場内をうろついていると、信二がポツリと話し出した。
「俺…初めて倉持先輩のこと、イケメンだと思ったぜ…」
「え…は、初めて?」
「あ、いや、野球やってるときはかっこいいと思ったことあるけどよ。そうじゃなくて…女にモテそうっつーか…かっこよかったじゃん、さっき。」
「…そう、だな」
確かに…かっこよかった。光からしたら、すごくカッコよく見えたと思う。
「あんなことできる人なんだな〜。なんか憧れるわ。」
「…そうだな。」
「牧瀬たちから、あのこと、聞いたときは、ちょっと信じられなかったけどよ…案外本当かも、って思ったし…」
あのこと…。光と倉持先輩が、…セックスした、ってこと…か。
たしかに…その話を聞いたときと今とじゃ、二人の印象は違う。
「つーか…本当なんだよな。あ〜…なんか落ち着かねぇ…」
「はは、なんで信二が落ち着かないんだよ。」
「だって御幸先輩もいるし…あの3人、普通の顔して話してるんだぞ!?信じらんねー…」
じゃあ…さっき、光にキスされたことを隠している俺も…信二からしたら『信じられない』のかな。
「しかも御幸先輩はそのこと知ってるっていうし…それでよく未だに倉持先輩と二人っきりにさせられるよな。倉持先輩、まだ好きっぽいし…」
「…それは…光のためなんじゃないかな。」
「え?」
「倉持先輩、下心とか見返りとかなしに…光のこと、守ってるって言うか…」
「……。」
「…光のこと、任せられる…って思ってるのかも…」
「……。」
ふと、信二が黙り込んでることに気付いて、焦った。
「あ…いや、えっと…」
「…東条、お前…、…まぁ、言いたいことはわかるけどよ…」
「ははは…」
「……。」
あー…俺が光のこと意識してるの、バレたかもしれないな…。
「…ごめん、俺、ちょっとトイレ行ってくるよ。」
「え、あ、ああ。じゃあ、その辺にいる…」
なんとなく静かなところに行きたくなって、信二に断って踵を返す。信二はそんな俺の心境を察してくれたのか、手をちょっと挙げてそこに留まった。
きっと…
倉持先輩は、ずっとああやって…光のことを守って来たんだ。
ずっと…。
そりゃ…好きにもなるよな。
それに比べたら、俺…何もできてない。何をしたらいいのかも、全然わからない…。
俺にとって光は、守る人というより…憧れている人、だから…。