213
「へー、森田桃、引退してたんだ。」
スマホを眺めていた白州が呟いて、ノリが首をかしげる。
「誰、森田桃って?」
「グラビアアイドル。ほら、前テレビで御幸を口説いてた…」
「…ああ!ドッキリ番組だろ?」
へえ…あいつ引退したのか。…もしかして、光のことを気にして?
「全然話題になってないな」
「まあ、そんなに有名じゃないし…」
「倉持、知ってた?」
「え」
急に話を振られて息が詰まる。
「…いや。」
短く答えて、その話は嫌だというオーラを出してそっぽを向いた。…森田の名前も聞きたくない。
ガタン、と隣の椅子が鳴って、見ると、御幸がやって来たのだとわかった。…こいつ、相変わらずタイミングわりー…。
「あ、御幸。遅かったじゃん。」
「ごめん、渋滞で」
ビールを注文し、キャップを深くかぶったまま、俺のお通しの枝豆を食べ始める。
「おい、俺のなんだけど」
「いいじゃん、腹減ってんだよ」
ったく…。
そうこうしているうちに御幸の前にもお通しの枝豆が置かれ、俺は問答無用で皿ごとそれを奪った。
「なあ、御幸は覚えてる?森田桃。」
…ノリが尋ねた。その話、まだ続くのかよ…。
御幸は一瞬手を止め、ノリの方を見もせずに、枝豆をまた手に取り低い声で言った。
「なんで?」
不機嫌が声に現れている。ノリもそれに気づいたか、白州と顔を見合わせ、声色を低くした。
「いや…引退したって記事に出てるから、なんとなく…」
「ふーん」
大人げないくらい不機嫌さをあらわにし、あっという間に枝豆を平らげ、運ばれてきたビールを喉に流し込む御幸。…コイツのこんな態度、久々だな。
「…そういやさ、この間久々に片岡監督に会ったんだよ。」
「え、マジ?どこで?」
気を取り直すようにノリが言うと、御幸はころりと態度を良くして身を乗り出してきた。
「急にオフになった日があってさ…野球部の練習、見に行ったんだ。」
「へー。どうだった?」
「懐かしかったよ…。やる気ももらえた。片岡監督も相変わらずだったし…」
それからは高校時代の話に花が咲いた。寮生活のこと、厳しいけどやりがいに満ちていた日々。尊敬していた先輩や、憧れていた女の子のこと…。
「そうそう!その時麻生のエロ本が見つかってさ!」
「あれで連帯責任ってのは納得いかなかったよなー!」
「あんなわかりやすいとこに隠すから…」
腹を抱えてヒィヒィ笑って、そういえば、と白州が口を開く。
「御幸はそういうの全然なかったな。」
「確かに。先輩が家探ししても見つからないってすごいね。」
「どこ隠してたんだよ?」
「え?だって俺そんなん持ってなかったし。」
ぽかん、と口を開けたまま、俺と白州とノリはあっけにとられる。
「…お前それでも男子高校生か!?」
「するときどうしてたんだよ…?」
「おかずなしでできちゃうタイプ?」
「んな高度なことできねーって」
「じゃあどうやって…」
「…彼女いたし」
はっ…つ、つまり…
「光だな!?光とヤッてたから自己処理しなくてよかったつーのかよ!?死ね!!」
「…んなヤッてねーよ…そんな時間ねーし」
「じゃあなんだよ?」
「…たまに…見せてもらったり…触らしてもらったり」
「…それをおかずに!?」
「この…贅沢者!!やっぱ死ね!!」
「死なねーよ。」
うわぁ〜…、と赤面するノリと白州。…たぶん俺もだ。
「お前…あの頃そんな贅沢を…」
「つーかよくそんなこと頼めたな。」
「見せてとか…頼んだってことだよな?引かれなかったの?」
「…いや?」
御幸は飄々と首を傾げた。
「可愛いって言われた。」
「…はあぁぁ?」
「お前な〜…!やっぱ死ね!!」
「全男子高校生の夢をいともたやすく…」
「はっはっはっは」
く…やっぱ、高校時代の…あの頃の光とそういうことをしてたことは…どうしても悔しい。
「…え、待って。じゃあ…学校でそういうことしてたの?」
「なんだよすげー聞くなぁ」
「そりゃそうだよ!だってそんな感じ、全然なかったじゃん!」
「いやさすがに学校では……」
御幸は言いかけて、ちょっと苦笑いを浮かべた。
「…キスくらいしか」
「嘘吐け、お前胸揉んでただろ」
「え!?…何でお前が知ってるんだよ」
「見たことある。」
「……。」
さーっと顔を青くする御幸、赤くする白州とノリ。
「え〜…ヤベェじゃんそれ」
「ほんとだよ。監督にばれてたらお前退部なってたかもしれねーんだぞ」
ひー、と今更慌てる御幸を見てちょっとだけ溜飲が下がる。ちょっとだけな。
「うわ〜、なんか…相手知ってるから生々しいんだけど」
「想像するなよ。」
「無茶言うなよ…」
「っていうか、意外すぎて…。ほら、昔…初詣の日に会ったじゃん、デート中に。御幸達…手繋いでてさぁ、何か初々しくて…とてもそんなことをしてるようには…」
「だから想像すんなって。」
「待て、初詣って?」
「…ほらぁ、もー、まーた倉持が食いつく…」
鬱陶しそうにメニューを広げる御幸の肩を掴む。
「あ!わかった、2年の冬休みだろ!」
「はいはいそーですよ。スイマセン、ささみつくねとあぶりひとつ」
「おい!話逸らすな!こいつ冬休み中、寮に光連れ込んでたんだぜ」
「え!?寮はまずいっしょ」
「寮は入ってねーよ、練習場だけだろ」
ノリと白州は顔を見合わせ、うわあ、と息をのんだ。
「…御幸がそんな乱れた高校生だったなんて」
「なんか…見る目変わるよな」
「なんでだよ。乱れてはねーよ。」
「だって、デート中のふたり、ほんと初々しくてさ。御幸、ポケットの中で玉城さんと手繋いでたじゃん。なんか少女漫画みたいで…なぁ?」
「ああ…意外だったよな。御幸も案外そういうことするんだーって」
「どういう意味だよ。つか何でそんなことまで覚えてんだよ。」
「そりゃ…大事件だったから」
「大事件のわりに、俺その話初めて聞いたんだけど。」
俺が言うと、ノリと白州はまた顔を見合わせる。ほんと仲良いなこいつら。
「いや〜、だって、そんなこと言ったら大騒ぎになるじゃん。」
「だからこそだろ!純さんにでもチクればよかったのに」
「おい!そそのかすな!」
「いやいや、なんかさ〜、ほんとほのぼのしてて、微笑ましかったんだよ。」
「なぁ?それなのに…裏ではそんな、乱れたカップルだったなんて…幻滅したよ」
「はっはっは、なんだそれ。つーかその時はまだしてな…」
御幸が言いかけて、言葉を飲みこんで、誤魔化すようにビールを流し込んだ。
「へぇ?じゃー、いつしたんだよ」
「はっはっは!ひ・み・つ♪」
「…大体の予想はつくけどよ。お前が2年の時だよな?」
「さあな〜」
「……冬だろ。」
「言うわけねーだろ。」
「俺の予想では…冬休み中。」
「勝手に言ってろ。」
…こいつ、光のことになると口硬ぇからな〜…。まあ…言いふらしたくない気持ちはわかるけどよ…。
「…そういやさ。ラブレターで付き合ったって、本当?」
白州がだいぶライトな話題に戻した。なんだか爽やかな風すら感じる。
「ちげーよ。いろいろ混ざってるぞそれ。」
「え…そうなの?」
「まあ…御幸にしても玉城さんにしても、ラブレター渡したってのはちょっと信じがたかったけど…」
「ちゃんと直接言ったよ。付き合ってって」
「……。」
「……。」
「……。」
なんか…まあ、そうなんだろうけど、改めて聞くと驚く。
「ど、どんなふうに?」
「学校で告ったの?」
「学校で、普通に。」
「…ちゃんと詳しく言えよ!」
じれったくて口を出すと、御幸は意外そうに俺たちを見た。
「お前らそんなに俺に興味あったの?」
「気持ちわり―言い方すんな。」
「御幸、普段自分の話あんまりしないし…」
「普通に気になるよ。なぁ?」
へぇ〜、とムカつく笑顔で相槌を打ち、御幸はジョッキを空ける。
「そうだな〜、告白は…」
「……。」
「……。」
「保健室で抱きしめて、付き合ってって言った。」
「…は!?」
「ど…どういうこと?」
「ちょっと待って、ちゃんと一から説明して。」
「いや、だから〜…確か光が怪我して、保健室に連れて行って…」
「…それで?」
「手当してやって、抱きしめて、好きだ付き合ってくれって。」
「おい!いろいろすっ飛ばしすぎだろ!猿かよ!」
「それで付き合えたんだ…」
「改めて聞いても意味が解らない…」
「解んなくて結構!」
はっはっはっは、と笑い飛ばし、つくねを頬張りはじめる御幸。たれは付けないらしい。
「は〜〜…」
御幸は深く息を吐くと、緩みきった顔で呟いた。
「光可愛かったな〜…」
「……。」
「……。」
「……。」
ドン引きする俺たちを振り向き、得意げにもう一言。
「ま、今も可愛いけどな〜!」
「……。」
「……。」
「……死ね」
ぼそ、と呟いた俺の肩を、白州がなだめるように叩いた。
スマホを眺めていた白州が呟いて、ノリが首をかしげる。
「誰、森田桃って?」
「グラビアアイドル。ほら、前テレビで御幸を口説いてた…」
「…ああ!ドッキリ番組だろ?」
へえ…あいつ引退したのか。…もしかして、光のことを気にして?
「全然話題になってないな」
「まあ、そんなに有名じゃないし…」
「倉持、知ってた?」
「え」
急に話を振られて息が詰まる。
「…いや。」
短く答えて、その話は嫌だというオーラを出してそっぽを向いた。…森田の名前も聞きたくない。
ガタン、と隣の椅子が鳴って、見ると、御幸がやって来たのだとわかった。…こいつ、相変わらずタイミングわりー…。
「あ、御幸。遅かったじゃん。」
「ごめん、渋滞で」
ビールを注文し、キャップを深くかぶったまま、俺のお通しの枝豆を食べ始める。
「おい、俺のなんだけど」
「いいじゃん、腹減ってんだよ」
ったく…。
そうこうしているうちに御幸の前にもお通しの枝豆が置かれ、俺は問答無用で皿ごとそれを奪った。
「なあ、御幸は覚えてる?森田桃。」
…ノリが尋ねた。その話、まだ続くのかよ…。
御幸は一瞬手を止め、ノリの方を見もせずに、枝豆をまた手に取り低い声で言った。
「なんで?」
不機嫌が声に現れている。ノリもそれに気づいたか、白州と顔を見合わせ、声色を低くした。
「いや…引退したって記事に出てるから、なんとなく…」
「ふーん」
大人げないくらい不機嫌さをあらわにし、あっという間に枝豆を平らげ、運ばれてきたビールを喉に流し込む御幸。…コイツのこんな態度、久々だな。
「…そういやさ、この間久々に片岡監督に会ったんだよ。」
「え、マジ?どこで?」
気を取り直すようにノリが言うと、御幸はころりと態度を良くして身を乗り出してきた。
「急にオフになった日があってさ…野球部の練習、見に行ったんだ。」
「へー。どうだった?」
「懐かしかったよ…。やる気ももらえた。片岡監督も相変わらずだったし…」
それからは高校時代の話に花が咲いた。寮生活のこと、厳しいけどやりがいに満ちていた日々。尊敬していた先輩や、憧れていた女の子のこと…。
「そうそう!その時麻生のエロ本が見つかってさ!」
「あれで連帯責任ってのは納得いかなかったよなー!」
「あんなわかりやすいとこに隠すから…」
腹を抱えてヒィヒィ笑って、そういえば、と白州が口を開く。
「御幸はそういうの全然なかったな。」
「確かに。先輩が家探ししても見つからないってすごいね。」
「どこ隠してたんだよ?」
「え?だって俺そんなん持ってなかったし。」
ぽかん、と口を開けたまま、俺と白州とノリはあっけにとられる。
「…お前それでも男子高校生か!?」
「するときどうしてたんだよ…?」
「おかずなしでできちゃうタイプ?」
「んな高度なことできねーって」
「じゃあどうやって…」
「…彼女いたし」
はっ…つ、つまり…
「光だな!?光とヤッてたから自己処理しなくてよかったつーのかよ!?死ね!!」
「…んなヤッてねーよ…そんな時間ねーし」
「じゃあなんだよ?」
「…たまに…見せてもらったり…触らしてもらったり」
「…それをおかずに!?」
「この…贅沢者!!やっぱ死ね!!」
「死なねーよ。」
うわぁ〜…、と赤面するノリと白州。…たぶん俺もだ。
「お前…あの頃そんな贅沢を…」
「つーかよくそんなこと頼めたな。」
「見せてとか…頼んだってことだよな?引かれなかったの?」
「…いや?」
御幸は飄々と首を傾げた。
「可愛いって言われた。」
「…はあぁぁ?」
「お前な〜…!やっぱ死ね!!」
「全男子高校生の夢をいともたやすく…」
「はっはっはっは」
く…やっぱ、高校時代の…あの頃の光とそういうことをしてたことは…どうしても悔しい。
「…え、待って。じゃあ…学校でそういうことしてたの?」
「なんだよすげー聞くなぁ」
「そりゃそうだよ!だってそんな感じ、全然なかったじゃん!」
「いやさすがに学校では……」
御幸は言いかけて、ちょっと苦笑いを浮かべた。
「…キスくらいしか」
「嘘吐け、お前胸揉んでただろ」
「え!?…何でお前が知ってるんだよ」
「見たことある。」
「……。」
さーっと顔を青くする御幸、赤くする白州とノリ。
「え〜…ヤベェじゃんそれ」
「ほんとだよ。監督にばれてたらお前退部なってたかもしれねーんだぞ」
ひー、と今更慌てる御幸を見てちょっとだけ溜飲が下がる。ちょっとだけな。
「うわ〜、なんか…相手知ってるから生々しいんだけど」
「想像するなよ。」
「無茶言うなよ…」
「っていうか、意外すぎて…。ほら、昔…初詣の日に会ったじゃん、デート中に。御幸達…手繋いでてさぁ、何か初々しくて…とてもそんなことをしてるようには…」
「だから想像すんなって。」
「待て、初詣って?」
「…ほらぁ、もー、まーた倉持が食いつく…」
鬱陶しそうにメニューを広げる御幸の肩を掴む。
「あ!わかった、2年の冬休みだろ!」
「はいはいそーですよ。スイマセン、ささみつくねとあぶりひとつ」
「おい!話逸らすな!こいつ冬休み中、寮に光連れ込んでたんだぜ」
「え!?寮はまずいっしょ」
「寮は入ってねーよ、練習場だけだろ」
ノリと白州は顔を見合わせ、うわあ、と息をのんだ。
「…御幸がそんな乱れた高校生だったなんて」
「なんか…見る目変わるよな」
「なんでだよ。乱れてはねーよ。」
「だって、デート中のふたり、ほんと初々しくてさ。御幸、ポケットの中で玉城さんと手繋いでたじゃん。なんか少女漫画みたいで…なぁ?」
「ああ…意外だったよな。御幸も案外そういうことするんだーって」
「どういう意味だよ。つか何でそんなことまで覚えてんだよ。」
「そりゃ…大事件だったから」
「大事件のわりに、俺その話初めて聞いたんだけど。」
俺が言うと、ノリと白州はまた顔を見合わせる。ほんと仲良いなこいつら。
「いや〜、だって、そんなこと言ったら大騒ぎになるじゃん。」
「だからこそだろ!純さんにでもチクればよかったのに」
「おい!そそのかすな!」
「いやいや、なんかさ〜、ほんとほのぼのしてて、微笑ましかったんだよ。」
「なぁ?それなのに…裏ではそんな、乱れたカップルだったなんて…幻滅したよ」
「はっはっは、なんだそれ。つーかその時はまだしてな…」
御幸が言いかけて、言葉を飲みこんで、誤魔化すようにビールを流し込んだ。
「へぇ?じゃー、いつしたんだよ」
「はっはっは!ひ・み・つ♪」
「…大体の予想はつくけどよ。お前が2年の時だよな?」
「さあな〜」
「……冬だろ。」
「言うわけねーだろ。」
「俺の予想では…冬休み中。」
「勝手に言ってろ。」
…こいつ、光のことになると口硬ぇからな〜…。まあ…言いふらしたくない気持ちはわかるけどよ…。
「…そういやさ。ラブレターで付き合ったって、本当?」
白州がだいぶライトな話題に戻した。なんだか爽やかな風すら感じる。
「ちげーよ。いろいろ混ざってるぞそれ。」
「え…そうなの?」
「まあ…御幸にしても玉城さんにしても、ラブレター渡したってのはちょっと信じがたかったけど…」
「ちゃんと直接言ったよ。付き合ってって」
「……。」
「……。」
「……。」
なんか…まあ、そうなんだろうけど、改めて聞くと驚く。
「ど、どんなふうに?」
「学校で告ったの?」
「学校で、普通に。」
「…ちゃんと詳しく言えよ!」
じれったくて口を出すと、御幸は意外そうに俺たちを見た。
「お前らそんなに俺に興味あったの?」
「気持ちわり―言い方すんな。」
「御幸、普段自分の話あんまりしないし…」
「普通に気になるよ。なぁ?」
へぇ〜、とムカつく笑顔で相槌を打ち、御幸はジョッキを空ける。
「そうだな〜、告白は…」
「……。」
「……。」
「保健室で抱きしめて、付き合ってって言った。」
「…は!?」
「ど…どういうこと?」
「ちょっと待って、ちゃんと一から説明して。」
「いや、だから〜…確か光が怪我して、保健室に連れて行って…」
「…それで?」
「手当してやって、抱きしめて、好きだ付き合ってくれって。」
「おい!いろいろすっ飛ばしすぎだろ!猿かよ!」
「それで付き合えたんだ…」
「改めて聞いても意味が解らない…」
「解んなくて結構!」
はっはっはっは、と笑い飛ばし、つくねを頬張りはじめる御幸。たれは付けないらしい。
「は〜〜…」
御幸は深く息を吐くと、緩みきった顔で呟いた。
「光可愛かったな〜…」
「……。」
「……。」
「……。」
ドン引きする俺たちを振り向き、得意げにもう一言。
「ま、今も可愛いけどな〜!」
「……。」
「……。」
「……死ね」
ぼそ、と呟いた俺の肩を、白州がなだめるように叩いた。