今日から部活が始まる。
5号室にも沢村が戻ってきて、また騒がしくなった。ちょっと目を離すと、若菜とメールなんてしてやがる。生意気な。
眠気覚ましに沢村をシメてから顔を洗いに行くと、御幸がいた。

「はよ」
「おー」

隣の洗面台で顔を洗う。御幸はどこかぼんやりしている。朝はテンションが低いやつなのだ。いや、それ以外がテンション高いわけじゃないけど。

「昨日、遅かったじゃねーか。哲さん何かあったのか?」

哲さんからの電話で飛び出していった御幸が寮に帰ってきたのは、門限ギリギリの時間だった。いつもフラッといなくなる奴だけど、昨日のようなことは珍しい。哲さんからの電話ってのも気になって、俺は聞いてみた。

「あぁ…いや、別になんもねぇよ」

御幸はどうでもよさそうに呟いて、歯ブラシに歯磨き粉をつける。
…なんだ?この、どこからともなく溢れ出る余裕のようなものは…。

「玉城さんとは連絡ついたのかよ?」
「なんでお前がそんなこと気にするんだよ。」
「様子が変だから、振られたのかと思ってよ。もしそうなら祝ってやるぜ。ヒャハハ……ハ」

フッ…、と、御幸が余裕の笑みを浮かべて、俺は笑顔が引きつった。な…なんなんだよその顔は!!
御幸は歯磨きを済ませると、顔を洗って、さっさと着替えに行った。クッソ…絶対何かあっただろ!!
俺はモヤモヤと苛立ちながら、ワックスの蓋を叩きつけた。


***


始業式を終え、俺は鞄をひっつかむ。
御幸もすでに荷物をまとめ、俺と目が合う。
学校が終わればすぐに部活。当たり前だ。むしろ楽しみだったぜ。

「行くぞ」
「おー」

連れ立って教室を出ると、廊下はなぜか人だかりができていた。…おい、他の学年の奴らまでいるぞ。どうなってんだ?

「あ」

後ろの御幸が声をあげる。どうした、と聞く前に、御幸は俺の背中を軽く押した。

「わり、先行ってて」
「は?」

訳が分からず、人だかりをかき分けて歩いていく御幸の背中を目で追うと、御幸は一人の女子生徒に近づいて行って、その背中を人だかりから守るように抱いて、人気のない渡り廊下の方へと連れて行った。…間違いない。あれは、玉城さんだ。この人だかりも玉城さんの追っかけだろう。
舌打ちをして踵を返したが、つい、ほんの出来心で、俺はまた振り返り、御幸たちの後を追った。



***



「…叔母さんとはどうなんだ?」

渡り廊下の先の、さらに人の来ない中庭の奥に、二人はいた。ひそめたような低い声で話している。人気者同士のカップルは楽じゃねえな。

「優しくしてくれるし…楽しいです。」
「そうか。よかった。」

何か訳ありっぽいな。よくわからねえけど。…馬鹿馬鹿しい。盗み聞きなんて。さっさと部活行くか…

「それで…えっと。…あの後は?大丈夫だったか?」
「あの後…。…あっ…」

…?なんだ?

「は……はい。」
「そ…そっか。少し、血が出てたから。…ごめんな」
「は…初めて、だったから…しょうがないです。」
「あ…はは。」

……まさか。御幸……やりやがったのか!?
嘘だろ?え、いつ?冬休みか…?つい最近っぽいけど…うわ、冗談キツい…知りたくなかった…。

「だけど…あんな形で…ほんと、ごめん。もっとちゃんと…」

あんな形…!?どんな形!?

「…いえ。私が…無理に、お願いしたんですから…」

…え!?玉城さんから!?ま、マジで!?

「だけどそれは…あんな状況じゃ…。」

だから、どんな状況だよ!?

「…じゃあ…今度はもっと、ちゃんと…したいです」
「…え!?」

……え!!?

「ご…ごめんなさい。嫌ですよね…」

嫌なわけねーよ!!

「いやっ…嫌とかじゃ…。でも、ほら、あんな状況だったから、俺はてっきり…光は後悔してんじゃねーかって…」
「そ…そんなこと、ないです。一也先輩、すごく、や、優しくて…あの…嬉しかったです」
「そ…そっか、はは…」

…今ならサヨナラ何本でも打てそうだぜ…。
クソッ、やっぱ聞くんじゃなかった。御幸のヤロー、あとでシメる…。

「…あ、ごめん俺、そろそろ部活行かないと」

やべ、見つかる…。
慌てて隠れようとしたとき、玉城さんの声が響く。

「あっ、ま、待って」
「…?」
「あの…」

それきり、声が途絶えた。…?なんだ?
不審に思って、俺はつい、物陰から二人の姿を覗き込む。

そこには、抱き合って唇を重ねる二人の姿があった。
御幸の背中に回された手は、必死にコートを握りしめていて。少し屈む御幸の足の間に、少し背伸びをする玉城さんのつま先がある。

「……ん…」

うっとりとした玉城さんの声がもれる。おい、嘘だろ…耳に毒だぜ…。

「…ぁ、一也先輩…」
「…何?」
「ふふ…胸、好きですよね…」

…どこ触ってんだよ!!部活前に調子に乗りすぎだろ!!

「お前のがいいんだよ。」
「……。」
「なんだよ、睨んで…」

「……馬鹿」

ほんと大馬鹿野郎だよ!!
クソ、精神的にダメージが…。いい加減部活に行くか。御幸は遅刻でもしやがれ!



***



「……なんだよ、さっきから」
「……チッ」

食堂で、ついつい御幸を睨みつけていると、とうとう御幸が口を開いた。俺は舌打ちをし、飯を掻き込む。
今朝からなんか様子がおかしいと思ってたんだよ。やけに自信にあふれてて、余裕があって、見下されてるような…クソッ腹立つ…。しかもあんな、可愛い子と…!

そのとき、ピリリリリ、と御幸の携帯が鳴る。携帯を開いた御幸は、ガタッ、と椅子を鳴らして立ち上がると、通話ボタンを押して携帯を耳に当てながら、そそくさと食堂を出ていった。

「御幸、どうしたの?」

様子がおかしいと思ったのだろう、お茶を飲んでいた亮さんがふと声をかけてくる。

「女からの電話っすよ、どうせ」

嫌味たっぷりに言うと、亮さんは不思議そうに俺を見た。

「機嫌悪いね、倉持」
「え!?いや、そりゃあ、御幸が…」
「御幸が彼女と仲良くしてるからって、やきもち妬くなよ。」
「ちょっ…!なんすかそれ!やめてくださいよ、気持ちわりぃ!」

ふふ、と亮さんは面白がるように笑う。

「じゃあ、やきもち妬いてんのは、御幸の彼女の方に?」

俺は不意を突かれて、一瞬言葉を飲み込んだ。

「…いやいや!亮さん、御幸の彼女が誰か知ってるでしょ!俺なんて全然接点ねーし、話したことだってほとんど…」
「なに、それ。」

亮さんはいつもの不敵な笑顔のまま、俺を見ている。

「言い訳みたい。」

ぎくりとした。どうしてこの人はこう、人の心を抉るようなことばかり言うんだ。

「まあ、他の奴の入る隙がないってのは、本当かもね。」

亮さんは言い残して、茶碗を片付けて食堂を出ていった。
…そうだよ。俺なんて、入る隙は無い。御幸と一緒に玉城さんを助けに行ったとき、迷わず御幸に泣きついた玉城さんを見た時から、とっくにわかってる。あの二人はもうずっと前から両思いだったんだ。もともと、誰の入る隙もないんだよ。
多分、そのうち俺は玉城さんを好きになっていたと思う。だけどそれより前に、玉城さんは御幸を選んだんだ。
完全に自覚する前に。前でよかったじゃねえか。自覚した後だったら、もっときっと、傷ついた。

俺はコップを片付け、練習場へ向かった。むしゃくしゃしたときは、素振りに限る。

 


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