「なあ、最近玉城光あんまテレビに出ないじゃん。」

CDショップの一画。邦楽女性アーティストのコーナーで、そんな声が聞こえて、俺はつい立ち止まった。

「それって、芸能界引退に向けて仕事をセーブしてるって噂らしいんだよ。俺、マジでショックで…やる気でねえわ」
「引退?なんで?めっちゃ需要あるのに」
「多分、旦那のサポートに徹するつもりなんじゃないかって、ファンの間では言われてる。あんな美人なのに…もったいねー」
「旦那…ああ、野球選手の?」
「そう。」

引退…?そんな話、俺は聞いてないし、牧瀬もそんな感じはなかったけどな…。

「今期からバラエティのレギュラーふたつも卒業したし…今やってる映画以外に映画もドラマも出演予定ないし、突然ベストアルバムなんて発売するし…歌手活動も辞めんのかな…」
「へー…本格的に身を引いてる感じだな」
「だろ?あ〜、嫌だな。玉城光が芸能界引退したら、俺の生きがいが…」

……そうなんだ。何か…あったのかな?

「しかも最近、SNSも全然更新されねーし。玉城光不足で死にそう」
「死ぬな、そのくらいで。」
「何話してんの?」

そこへ現れた三人目の男。

「最近玉城光を全然見ないから死にそうなんだってさ。」
「え?よくインステに出てるじゃん」
「は!?玉城光はインステしてないだろ、何言って…」
「違う違う。旦那のアカウントだよ」

え…。

「ほら、御幸一也のインステ。ほぼ毎週更新されるぞ。ふたりで管理してるみたい。」
「……。」
「昨日もこの写真が…ほら。相変わらず美人だよなー。」
「お前ファンなのに旦那のアカウント知らなかったのかよ?」
「……。…見ると辛いと思って避けてたんだよ。」
「なんだそれ。重症だな〜」

手に取っていたCDを棚に戻し、そっと店を出た。別にショックなわけじゃない、けど…。嬉しくも、ない。
なんだろう、なんだか…どうでもよくなったような、無意識のうちに無理やりそう思うようにしているような…。気持ち悪い心地。すっきりしない。



***



「ああ、光ね、今年度からモデル一本に絞るつもりなんだよ。」

光臣の家。牧瀬にそれとなく光のことを尋ねると、そう呆気なく告げられた。

「え…、あ、そ、そうなんだ。」
「今まで忙しかったしね〜。御幸さんともすれ違っちゃうし。それに、モデル一本でも光はもう十分やっていけるから。」
「そう…だな。」
「それにさあ、そろそろ家庭の方もね〜…」
「え?」
「もしまた今度赤ちゃんができたら、前のままじゃ仕事セーブするのも大変だし!」
「あ…。あぁ、なるほど…。」

赤ちゃん…。一人目は、残念なことになった、とは聞いたけど…。ことがことだし、皆、あまり触れないようにしている。でも、牧瀬がこんな風に会話に出すという事は、本人たちも前向きに考えてるのかな…。
っていうか…そうか〜。もう、同級生が子供を産む年齢…か。

「司〜…、あれ、東条?」

突然部屋に光が入ってきて、俺は飛び上がりそうなほど驚いた。

「あれ〜光、来てたの?」
「今来たの。光臣は?」
「書斎だよ〜。」
「じゃあ仕事中か。これ渡しておいてくれる?あの書類なんだけど…。」
「あ、うん。伝えておくね〜」

牧瀬とそんなやり取りをして、光はすぐに踵を返す。

「じゃあ私帰るね。東条もバイバイ。」
「え?お茶していきなよ〜。」
「今日はやめとく。」

…俺がいるからかな。

「一也さんがちょっと熱出してて…」
「え、また?大丈夫?」
「微熱だけどね。」

な、なんだ、そうなんだ。…御幸先輩が何度も体調崩すなんて、珍しいけど。

「…なんか光、嬉しそうじゃない?」
「え、そうかな?」

たしかに、御幸先輩が熱を出してるのに…なんだか少し頬が緩んでいる。光はその頬を両手でつつんではにかんだ。

「だって…風邪引いてる時の一也さん、可愛いんだもん…」

え…。ええぇー…?なんだそののろけ…。

「へ〜どんな感じなの?」
「え〜…恥ずかしいよ…」
「なによそれ〜気になるんだけど〜。ねぇ東条君?」
「えっ!?俺?いや、俺は…」
「ちょっと東条君!こういうときは同意しなきゃ!」
「えっ…、あ、うん…」
「ほら〜東条君も気になるって。」
「えぇ〜…うーん…」

光は照れながら、思い出すように言った。

「…手握って、寝るまで傍に居て、って言ったり…」
「……。」
「……。」
「部屋を出て行こうとすると、寂しがって、はやく戻ってきてって言ったり…」
「……。」
「……。」
「ごはん、食べさせて欲しがったり…」
「……。」
「……。」
「あと…」
「ごめん、これ以上聞くと御幸さんの威厳がなくなっちゃうからいいわ」
「……。」

可愛いでしょ、とちょっと赤い顔ではにかむ光。御幸先輩…そんな風に光にあまえたりするんだ…想像つかないな…。

「なるほどね、はやく帰ってイチャイチャしたいわけね。引き留めてごめんなさいよ。」
「え、…えへへ」
「帰り車は?」
「あ、大丈夫だよ。じゃあまたね。」
「気を付けて〜。」

手を振って出て行く光。御幸先輩の所に帰るの…すごく幸せそうで。

「東条君。」
「え、なに?」
「……。」
「な、なんだよ?」

牧瀬は深くため息をついて頬杖をついた。

「…今あることを訊こうと思ったんだけどね」
「え?…うん、何?」
「数年前にも倉持さんに同じこと聞いたのを思い出したの」
「…はぁ、それで…何?」
「それで、訊いても仕方ないかなとも思ったんだけど…。」
「…は、はぁ…」

「…まだ光のこと好き?」
「…え。」

じわり、と頬が熱くなる。あぁ〜…、と牧瀬が項垂れる。

「やっぱり予想通りだった…」
「え、いや、ちょっと待ってよ、まだ何も言ってないじゃん!」
「顔に書いてあるわよ〜」
「これは不可抗力だって!いきなりだったから、驚いただけで…!」
「言い訳まで倉持さんと同じだよ。」
「え…っ」

牧瀬はにやにやと俺を見つめる。

「ご愁傷様。」
「……っ」

やっぱ…望みなんてない…よな。
そんなことはわかってる。わかってる…んだけど。
あの、御幸先輩に向けられる笑顔が…もし、自分にも…って思ったら…。もう、他の何もいらなくなるくらい、幸せで…。どうすればいいのか…わからないんだ。

 


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