225
恒例の、春の新歓交流パーティー。毎年多くの野球選手と、その家族や友人が集まる。俺は今年は参加するつもりがなかったのだけど、光臣が顔を広げたいというので、信二と一緒に光臣を誘うことにした。
…のは、いいんだけど。
さすがは若きエリート経営者。俺たちが居なくても、どんどん社交的に交流を楽しんでいるようで、俺も信二も出る幕がないなとふたりでちびちび飲んでいる。
「お〜御幸!お前今年は来たのか〜」
御幸。その名前に反射的に反応してしまう。
「ええ、まぁ…」
「めっずらし〜。しかも嫁さんも一緒に!どうも、鈴木です!初めまして。」
「初めまして。」
御幸先輩の傍に寄り添う、春らしい桜色のワンピース姿の光。髪はふわふわとウェーブがかって、ゆるくまとめたハーフアップで、まるで桜の妖精みたいで…。
「はぁ〜〜〜…ちょっと言葉が出てこないくらい綺麗だなぁ、やっぱり。」
「え…、ふふ、ありがとうございます。」
ふわりとはにかむ光、優しい微笑みで光を見つめる御幸先輩。先輩らしき人と暫く話をして、切り上げて踵を返すと、ふたりは俺たちを見つけた様にちょっと目を開いた。
「こ、こんにちは!」
「こ…、こんにちは。」
信二につられるようにして挨拶をする。微笑んで会釈をする光…、と、…あれ?御幸先輩…俺のこと睨んでる?
「わっ…」
「……。」
御幸先輩は急に、光の腰を抱き寄せた。光はちょっとよろけて御幸先輩につかまり、不思議そうに見上げる。
「…なに?」
「なんでも。」
憮然とする御幸先輩に、光は深く追求することもなく。
「なんか食おうぜ。」
「う うん…」
俺たちに声をかけることもなく、御幸先輩は光の腰を抱いたまま連れて行ってしまった。
「…み、御幸先輩…なんか機嫌悪いな」
信二が参ったように呟く。本当に…俺、なんかしたっけな。なんか…。
……。……まさか…光とキスしたの、バレてる…とか?い、いやまさか。そんなはず…。……。…え、ないよな?
「東条?…何か知ってんの?」
「え?いや、知らないよ、全然」
「……?」
訝し気に俺を見る信二の視線から逃れるように、御幸先輩と光の後姿を眺める。光の細い腰を抱く、御幸先輩のごつごつした手…。しっかりと、戸惑いも躊躇いもなく、そこに触れる手。どうして…、そんな簡単に、あたりまえみたいに…光に触れられるんだ?いつも…。
***
「玉城?」
秋も終わりかけ、木々も葉を落とし切り、景色だけでなく空気まで寒々しくなってきた頃。薄暗い渡り廊下に、俺はその後姿を見つけた。
「何してんの、こんなところで」
ここを通っていく先は、ゴミ捨て場と駐輪場くらいしかない。それと…寮や練習場…は、玉城に用があるわけないし。
「…なんでもない」
玉城は振り向かないまま言った。びゅう、と耳元で冷たい風が鳴いた。俺はセーターにブレザーを着ていたけど、身震いして腕を組んだ。
「…寒くないの?そんなカッコで…」
「……。」
玉城はブラウス1枚で、セーターもブレザーも持っていなかった。
「…寒いよ」
その声が震えているような気がして、それが寒さのせいなのか…、もしかしたら、泣いているのかも、と思った。だけどそうだとしても、俺は、こういうときどうしたらいいか、全然わからなくて…。
どうしてセーターも上着も持っていないのか、もしかして誰かに…隠されたとか?泣いている理由はそれ?だとしたら、いったい誰に?クラスの奴?知らない奴?今も、どこかで見てる…?
「…たまし、」
「あれー?玉城はっけ〜ん」
呼びかけた声を、無遠慮な声が掻き消した。渡り廊下の向こうからひらひらと手を振りながらやって来たのは、御幸先輩だった。
「おっまえそんなカッコじゃ風邪ひくぞ!上着は?」
「……。」
あれ…御幸先輩、玉城の顔見てるけど、別に普通だ…。じゃあ、泣いてるのは俺の勘違いかな…。
「…失くしました」
「は〜?どうやったらそんなもん失くすんだよ。お前意外と抜けてるな〜!」
「……。」
「ほれ!ちゃんとあったかくしなさい!」
「……。」
御幸先輩は躊躇いなく自分のジャージを脱いで玉城の頭にかぶせ、わしゃわしゃと撫でた。
「…っ、や、やめて」
玉城はめちゃくちゃにジャージごと頭を撫で繰り回されて、よた付きながら抵抗する。
「はっはっはっは!めちゃくちゃだな〜」
「…先輩の…せい」
「ごめりんこ〜。うっ、脱いだらめちゃくちゃさみい!風邪引いたらお前のせいな」
「…返します」
「冗談冗談!さみいから中入ろーぜ」
ジャージを頭からかぶったままの玉城を引っ張って校舎に入る御幸先輩。そのふたりと、すれ違う時に――ジャージの襟の隙間から、玉城がこっそりと目元を拭っているのが見えて…俺は、自分の至らなさを恥じた。
***
「…東条。」
信二の焦れたような声で我に返った。一気に、思い出したようにパーティーの喧騒が耳の中になだれ込んでくる。
「お前…光さんのこと見すぎ。」
「え…」
じわり、と顔が熱くなる。
「そう、かな…」
「ずーーーっと見てたぞ、今。」
「……ぼーっとしてた」
言い訳のように呟いて、ビールを飲む。
「お前…この間の子とはどうなったんだよ?」
「…誰?」
「光臣のパーティーで、誰かとキスしただろ!もうそっちに切り替えろよ。」
「……。」
「お前、顔も性格もいいんだからさ、他にもいい子いるだろ。今は忘れられなくても…誰かと付き合ってるうちに、だんだん好きになることだってあるんだし。」
「……。」
「キスまでしたんだから…お前もいいなと思ったんだろ?あのあと会ったりしてねーの?」
「…それ、」
「あ?」
「…光だ、って言ったら…どうする?」
信二の沈黙を喧騒の中に感じて、俺は顔をあげられなかった。俺は…信二は、今、どんな顔をしているんだろう。信二の顔が、見れない…。自分が馬鹿だという事は、わかってる。してはいけないことだったことも…。
「え……。」
「……。」
「……冗談…、…だよな?」
「……。」
「……おい、東条。」
はあ、と緊張していた息が口からこぼれた。
「…諦められないから、」
「……。」
「もう、会わないようにする…って、言ったんだ」
「……。」
「だから…、その代わりに、…光に、キスしたいって…言った」
「……それで?」
「…いいよって」
「…それでしたのかよ!?」
信二は一瞬声を荒げて、はっとして息をひそめた。
「…いや、できなかった。もう二度と、会っちゃいけないんだと思ったら…」
「……じゃあ、なんで」
「…光が…、してきたんだ。俺に…」
「……。」
「……。」
「……それって、」
「……。」
「光さんは…もうお前と会うつもり、ないってことなんじゃないのか。」
…考えたくなかった。だけど、きちんと考えればわかることだ。
キスする代わりにもう会わないと言った。でも、できなかった。それは、俺がまだ、光に会いたいと思ってしまったから。だけど…それで光が俺にキスをしたという事は…、もう、会うなって…会いたくないってことなんだって…。
「……やっぱ…、そう思う?」
「……。」
「……。」
「…東条。」
信二の優しい声が、今は辛かった。
「お前、もう、光さんとは会うな。」
「……。」
そうしなきゃいけないのは…、俺自身の為にもそうしたほうがいいのは、俺もわかっている。だけど、どうしても、まるで石になってしまったみたいに、うんと頷くことができない。
「……。」
「……。」
意地のように黙ったまま突っ立って、俺は…子供みたいだ、と思った。信二の前で、こんなことをしたって…呆れられるだけだ。
「信二、秀明。ここにいたのか。」
そこへ、光臣が満足顔で戻ってきた。彼の思うように人脈が広がったらしい。だけど、黙り込んでいる俺たちを見て、光臣はふと不思議そうに顔を顰めた。
「どうした?」
「…いや、なんでもないよ。」
なんでもない…、といいながら、思い出した。そういえば、倉持先輩は…光臣も前、光のことが好きだったようなこと、言ってたっけ…。
それが本当なら…どうやって、気持ちの整理をつけたんだろう。
「今日、光たちも来ていたんだな。君たちも会ったか?」
「え…、あ、ああ。会ったよ…」
光の名前に動揺しながら、信二が頷いた。
「光臣は?何人か知り合いできたか?」
「ああ。おかげさまで。何人か、俺を光舟だと思って声をかけてきた人もいたが…」
「はは、お前ら似てるもん。」
「そうか?」
信二と光臣の会話を遠く聞きながら、会場の人混みの中に、光の姿を探してしまう。そして、すぐにそれは見つかる。御幸先輩と一緒に、幸せそうに微笑みあっている姿…。昔は憎まれ口ばかり叩いていたあの二人が、今は、あんなに愛おしげな顔でお互いを見つめて、いつだって寄り添っている。変わらないのは…他人の入る隙が無いという事。昔から今までずっと、まるで周りのことなんか別世界のことみたいに、ふたりだけで…他のことなんて眼中になくて、俺みたいな男がどんなに焦がれても、こっちを見ることなんてなくて…。
だから、俺は、俺にできることは…わかってる。ここよりも近くに行く道はない。これ以上この壁は動かない。ここから動くには、あの二人に背を向けて、引き返すしかないという事…。諦めるしか、ないということ。
動け、俺の足…。
「東条?」
「…ごめん。」
声を絞り出す。
「飲みすぎたみたいだ。俺…今日は先に帰ってもいいかな。」
不思議そうに俺を見る光臣と、真剣な目で俺を見る信二。
「ああ。平気だよ。」
「…ごめん。」
「気にすんな。早く帰ってよく休めよ。」
信二にそう言われ、会場を出た。外に出ると、暖かい春の風が爽やかに頬を撫でた。
…のは、いいんだけど。
さすがは若きエリート経営者。俺たちが居なくても、どんどん社交的に交流を楽しんでいるようで、俺も信二も出る幕がないなとふたりでちびちび飲んでいる。
「お〜御幸!お前今年は来たのか〜」
御幸。その名前に反射的に反応してしまう。
「ええ、まぁ…」
「めっずらし〜。しかも嫁さんも一緒に!どうも、鈴木です!初めまして。」
「初めまして。」
御幸先輩の傍に寄り添う、春らしい桜色のワンピース姿の光。髪はふわふわとウェーブがかって、ゆるくまとめたハーフアップで、まるで桜の妖精みたいで…。
「はぁ〜〜〜…ちょっと言葉が出てこないくらい綺麗だなぁ、やっぱり。」
「え…、ふふ、ありがとうございます。」
ふわりとはにかむ光、優しい微笑みで光を見つめる御幸先輩。先輩らしき人と暫く話をして、切り上げて踵を返すと、ふたりは俺たちを見つけた様にちょっと目を開いた。
「こ、こんにちは!」
「こ…、こんにちは。」
信二につられるようにして挨拶をする。微笑んで会釈をする光…、と、…あれ?御幸先輩…俺のこと睨んでる?
「わっ…」
「……。」
御幸先輩は急に、光の腰を抱き寄せた。光はちょっとよろけて御幸先輩につかまり、不思議そうに見上げる。
「…なに?」
「なんでも。」
憮然とする御幸先輩に、光は深く追求することもなく。
「なんか食おうぜ。」
「う うん…」
俺たちに声をかけることもなく、御幸先輩は光の腰を抱いたまま連れて行ってしまった。
「…み、御幸先輩…なんか機嫌悪いな」
信二が参ったように呟く。本当に…俺、なんかしたっけな。なんか…。
……。……まさか…光とキスしたの、バレてる…とか?い、いやまさか。そんなはず…。……。…え、ないよな?
「東条?…何か知ってんの?」
「え?いや、知らないよ、全然」
「……?」
訝し気に俺を見る信二の視線から逃れるように、御幸先輩と光の後姿を眺める。光の細い腰を抱く、御幸先輩のごつごつした手…。しっかりと、戸惑いも躊躇いもなく、そこに触れる手。どうして…、そんな簡単に、あたりまえみたいに…光に触れられるんだ?いつも…。
***
「玉城?」
秋も終わりかけ、木々も葉を落とし切り、景色だけでなく空気まで寒々しくなってきた頃。薄暗い渡り廊下に、俺はその後姿を見つけた。
「何してんの、こんなところで」
ここを通っていく先は、ゴミ捨て場と駐輪場くらいしかない。それと…寮や練習場…は、玉城に用があるわけないし。
「…なんでもない」
玉城は振り向かないまま言った。びゅう、と耳元で冷たい風が鳴いた。俺はセーターにブレザーを着ていたけど、身震いして腕を組んだ。
「…寒くないの?そんなカッコで…」
「……。」
玉城はブラウス1枚で、セーターもブレザーも持っていなかった。
「…寒いよ」
その声が震えているような気がして、それが寒さのせいなのか…、もしかしたら、泣いているのかも、と思った。だけどそうだとしても、俺は、こういうときどうしたらいいか、全然わからなくて…。
どうしてセーターも上着も持っていないのか、もしかして誰かに…隠されたとか?泣いている理由はそれ?だとしたら、いったい誰に?クラスの奴?知らない奴?今も、どこかで見てる…?
「…たまし、」
「あれー?玉城はっけ〜ん」
呼びかけた声を、無遠慮な声が掻き消した。渡り廊下の向こうからひらひらと手を振りながらやって来たのは、御幸先輩だった。
「おっまえそんなカッコじゃ風邪ひくぞ!上着は?」
「……。」
あれ…御幸先輩、玉城の顔見てるけど、別に普通だ…。じゃあ、泣いてるのは俺の勘違いかな…。
「…失くしました」
「は〜?どうやったらそんなもん失くすんだよ。お前意外と抜けてるな〜!」
「……。」
「ほれ!ちゃんとあったかくしなさい!」
「……。」
御幸先輩は躊躇いなく自分のジャージを脱いで玉城の頭にかぶせ、わしゃわしゃと撫でた。
「…っ、や、やめて」
玉城はめちゃくちゃにジャージごと頭を撫で繰り回されて、よた付きながら抵抗する。
「はっはっはっは!めちゃくちゃだな〜」
「…先輩の…せい」
「ごめりんこ〜。うっ、脱いだらめちゃくちゃさみい!風邪引いたらお前のせいな」
「…返します」
「冗談冗談!さみいから中入ろーぜ」
ジャージを頭からかぶったままの玉城を引っ張って校舎に入る御幸先輩。そのふたりと、すれ違う時に――ジャージの襟の隙間から、玉城がこっそりと目元を拭っているのが見えて…俺は、自分の至らなさを恥じた。
***
「…東条。」
信二の焦れたような声で我に返った。一気に、思い出したようにパーティーの喧騒が耳の中になだれ込んでくる。
「お前…光さんのこと見すぎ。」
「え…」
じわり、と顔が熱くなる。
「そう、かな…」
「ずーーーっと見てたぞ、今。」
「……ぼーっとしてた」
言い訳のように呟いて、ビールを飲む。
「お前…この間の子とはどうなったんだよ?」
「…誰?」
「光臣のパーティーで、誰かとキスしただろ!もうそっちに切り替えろよ。」
「……。」
「お前、顔も性格もいいんだからさ、他にもいい子いるだろ。今は忘れられなくても…誰かと付き合ってるうちに、だんだん好きになることだってあるんだし。」
「……。」
「キスまでしたんだから…お前もいいなと思ったんだろ?あのあと会ったりしてねーの?」
「…それ、」
「あ?」
「…光だ、って言ったら…どうする?」
信二の沈黙を喧騒の中に感じて、俺は顔をあげられなかった。俺は…信二は、今、どんな顔をしているんだろう。信二の顔が、見れない…。自分が馬鹿だという事は、わかってる。してはいけないことだったことも…。
「え……。」
「……。」
「……冗談…、…だよな?」
「……。」
「……おい、東条。」
はあ、と緊張していた息が口からこぼれた。
「…諦められないから、」
「……。」
「もう、会わないようにする…って、言ったんだ」
「……。」
「だから…、その代わりに、…光に、キスしたいって…言った」
「……それで?」
「…いいよって」
「…それでしたのかよ!?」
信二は一瞬声を荒げて、はっとして息をひそめた。
「…いや、できなかった。もう二度と、会っちゃいけないんだと思ったら…」
「……じゃあ、なんで」
「…光が…、してきたんだ。俺に…」
「……。」
「……。」
「……それって、」
「……。」
「光さんは…もうお前と会うつもり、ないってことなんじゃないのか。」
…考えたくなかった。だけど、きちんと考えればわかることだ。
キスする代わりにもう会わないと言った。でも、できなかった。それは、俺がまだ、光に会いたいと思ってしまったから。だけど…それで光が俺にキスをしたという事は…、もう、会うなって…会いたくないってことなんだって…。
「……やっぱ…、そう思う?」
「……。」
「……。」
「…東条。」
信二の優しい声が、今は辛かった。
「お前、もう、光さんとは会うな。」
「……。」
そうしなきゃいけないのは…、俺自身の為にもそうしたほうがいいのは、俺もわかっている。だけど、どうしても、まるで石になってしまったみたいに、うんと頷くことができない。
「……。」
「……。」
意地のように黙ったまま突っ立って、俺は…子供みたいだ、と思った。信二の前で、こんなことをしたって…呆れられるだけだ。
「信二、秀明。ここにいたのか。」
そこへ、光臣が満足顔で戻ってきた。彼の思うように人脈が広がったらしい。だけど、黙り込んでいる俺たちを見て、光臣はふと不思議そうに顔を顰めた。
「どうした?」
「…いや、なんでもないよ。」
なんでもない…、といいながら、思い出した。そういえば、倉持先輩は…光臣も前、光のことが好きだったようなこと、言ってたっけ…。
それが本当なら…どうやって、気持ちの整理をつけたんだろう。
「今日、光たちも来ていたんだな。君たちも会ったか?」
「え…、あ、ああ。会ったよ…」
光の名前に動揺しながら、信二が頷いた。
「光臣は?何人か知り合いできたか?」
「ああ。おかげさまで。何人か、俺を光舟だと思って声をかけてきた人もいたが…」
「はは、お前ら似てるもん。」
「そうか?」
信二と光臣の会話を遠く聞きながら、会場の人混みの中に、光の姿を探してしまう。そして、すぐにそれは見つかる。御幸先輩と一緒に、幸せそうに微笑みあっている姿…。昔は憎まれ口ばかり叩いていたあの二人が、今は、あんなに愛おしげな顔でお互いを見つめて、いつだって寄り添っている。変わらないのは…他人の入る隙が無いという事。昔から今までずっと、まるで周りのことなんか別世界のことみたいに、ふたりだけで…他のことなんて眼中になくて、俺みたいな男がどんなに焦がれても、こっちを見ることなんてなくて…。
だから、俺は、俺にできることは…わかってる。ここよりも近くに行く道はない。これ以上この壁は動かない。ここから動くには、あの二人に背を向けて、引き返すしかないという事…。諦めるしか、ないということ。
動け、俺の足…。
「東条?」
「…ごめん。」
声を絞り出す。
「飲みすぎたみたいだ。俺…今日は先に帰ってもいいかな。」
不思議そうに俺を見る光臣と、真剣な目で俺を見る信二。
「ああ。平気だよ。」
「…ごめん。」
「気にすんな。早く帰ってよく休めよ。」
信二にそう言われ、会場を出た。外に出ると、暖かい春の風が爽やかに頬を撫でた。