「初めまして…。」
「……。」

俯き気味に頬を染めてもじもじと呟く女の子。茶色く染めた長い髪、ふんわりとピンク色の頬、清楚なブラウスに花柄のロングスカート。今どきのおしゃれな、だけど内気そうな女の子だ。齢は多分…ひとつかふたつ下か。大人しそうで色白で、優しそうな…。
俺はぎぎぎと首を動かして、女の子の隣でにこにこ座っている牧瀬を睨みつける。

「じゃあ私はまだちょっとお仕事があるのでこれで〜…」
「おいっ!ちょっと待て!」

その腕をつかまえて、汗をかきながら目を逸らす牧瀬を小声で怒鳴りつける。

「どういうことだよこれは!!」
「だぁって〜…倉持さん、ほっといたらいつまでも行動しないじゃないですか〜…」
「頼んでねーよこんなの!…俺は帰るからな!」
「だめですよ!せっかく…。本当に良い子ですから!話だけでもしてみてくださいよ!」
「なんで俺がそんなこと…!」
「自分の為ですよ!いつまでも一人でいる気ですか?」
「……。」
「それに、倉持さんが良い人を見つけて落ち着いたら、光だって御幸さんだって安心するはずですよ!この間本気で倉持さんの老後の心配してましたよ、御幸さん。」
「ああ!?大きな世話…」
「とにかく、いいですね!?えみちゃん、倉持さんの大ファンなんですよ。今日会うのすごく楽しみにしてたんですから!」
「……!」
「じゃあ失礼します!」
「あ!おいっ…!」

…バタン。個室のドアが閉まった。なんでこんなことに…。

「……あの…。」
「え…、あ、はい?」

もじもじ、と女の子が口を開く。

「今日…来てくれて、ありがとうございます…。」
「あ、いや…」
「…会えて…すごく、嬉しいです…。」

顔を真っ赤にしてそんなことを言う女の子に、いやもう帰るから、…何て言えるわけない。俺は胸中で牧瀬を呪いながら席に着いた。

「えっと…。」
「……。」
「…木崎えみです。モデル…やってます。よろしくお願いします。」
「…倉持洋一です。よろしく…」

モデル…か。牧瀬がさんざん言ってた子かな。確かにモデルと言うだけあって、可愛いしスタイルもいい。だけど、俺は光が…。

「あの…。」
「…はい?」
「光先輩…と、仲…いいんですよね…。」
「え…」

先輩…ってことは、この子、同じ事務所のモデル…とか?

「まあ…同じ高校だし…」
「…好き…だったんですよね。」
「……。」

う…。他人に面と向かって言われると、なんだか後ろめたい…。けど、インタビューで堂々と宣言して、もう世間に知れ渡ってるからなあ…。

「ま…まあ…。」
「綺麗…ですもんね、光先輩…。」
「……。」
「優しいし…しっかり者で…」
「……。」
「…私なんかじゃ…敵わない…ですよね。」
「……。」

な…なんか、やりづれえな…。

「別に…木崎さんのいいとこだって、あるだろ」
「……。」

ぽっ、と頬を赤くして俯く木崎さん。

「やっぱり…。」
「え?」
「倉持さんって…優しい…ですよね。」

……。前に、光にも言われたな。それ。
あー…やっぱだめだ、俺、光のことばっか…。

「私…高校生の頃から、倉持先輩の…ファンで…」
「え?…高校?」
「私…青道出身なんです…。」
「え…。」

ま…マジ!?あの頃、俺なんかに憧れてた女子なんて…いたのかよ。もっと早く知りたかった…。

「あっ…でも、私…倉持さんの3つ下なので…在学期間は違うんですけど…。」
「あ…、そ、そうか。」

なんだ…焦った…。にしても…3つ下か。…大人っぽいな。

「あ…じゃあ、光…」
「……。」

あ…呼び捨てだとなんかまずいか…?

「…た、玉城さんとは、その頃から知り合いなのか?」
「…いえ。」

木崎さんは小さく首を横に振る。

「光先輩は…有名でしたから、私も学校で見かけたことはありましたけど…。お話したのは、卒業後、私が今の事務所に入ってから、初めて…。」
「あ…そ、そうなんだ。」
「…すごく綺麗で…いつも人だかりに囲まれてて…。私もモデルを目指してて、憧れてたけど…声もかけられなくて…。」
「ああ…、わかるよ。」

まるで光の周りだけ、違う世界のような。…御幸は当たり前のようにそこにいたけど。

「…倉持さんも…ですか?」
「え?」
「光先輩と…お話とか…」
「あ、あぁ、…高校ん時は、ほとんど話したことなかったな。」
「…そうなんですか?」
「御幸と付き合ってたから、見かけることはよくあったけど。後輩の女子と話す事とか、あんまねーし…」
「…そっか…、そうですね。」

…なんか、光の話ばっかだな。共通点がそれくらいしかないから、仕方ないのかもしれねーけど…。

「……光先輩のこと、」
「え…」

ま…まだ光の話?

「どうして…好きになったんですか?」
「……。」

何でそんなこと…。

「……さあ。」
「……。」
「気付いたら好きだった。…もう御幸と付き合ってたけどな。」

飾り気なく答えると、木崎さんは少し考えるように俯いた。

「…私、」
「ん?」
「…私、は…」

もじもじと、大人しかった木崎さんは、一転して、意を決したように俺をまっすぐに見つめた。

「…好きになって、もらえますか?」
「……。」

じわり、と頬が熱くなる。こんなこと、言われたの初めて…。
い、いや、だけど、俺には光という大切な存在が…!

「…すぐに…お返事は、しなくてもいいです。」

木崎さんはバッグを開け、小さな紙を取り出す。

「…連絡…待ってます。」
「え…」

ぺこり、と小さくお辞儀をし、席を立って部屋を出て行く木崎さん。残された俺と、連絡先が書かれた紙。…可愛い子から好意を寄せられ、連絡先を渡される。昔勝手に妄想していたようなことが、今、現実に起こったわけで。なのに…俺はすっきりしない気分で天井を仰いだ。



***



休日、例によって御幸の家にお邪魔していると、光がなにやらぱたぱたとキッチンを駆け回っていた。

「…今日何かあんの?」

不思議に思って御幸に訊いてみると、御幸は雑誌を捲りながら相槌を打つ。

「あー、なんか後輩?友達?が来るって言ってた」
「事務所の?」
「そう」

ってことはモデルの…か。牧瀬じゃないの、珍しいな。
光のスマホが鳴って、光は手を拭きながらリビングにやってきて、スマホを手に取る。

「もしもし、えみちゃん?」

……。…えみ?
ひやり、と胸の奥が冷える。いや、まさか…まさかな。

「今どのあたりにいるの?…ああ、そこは右。しばらく行くとパン屋さんがあるから…」

道に迷ったらしい。光が電話口で誘導し、しばらくして電話を切る。

「迷ったの?大丈夫?」

御幸が振り向いて聞くと、うん、と頷く光。

「もう桜通りまで来れたから。」
「じゃあさすがにもう迷わねーな」

桜通りからここまでは一本道だ。どんな方向音痴でもさすがに迷わないだろう。

「後輩だっけ…俺らどっか行ってた方が良い?」
「大丈夫だよ。高校の頃から知ってる子だし、最近仕事でよく一緒になるから、一也さんにも紹介しておきたいの。」
「へ〜。わかった。」

高校の頃から…?…い、いや、まだ決まったわけじゃ…。

「私のふたつ下だから、一也さんたちは知らないかな…。しばらく読者モデルやってて、最近同じ雑誌の専属モデルになったの。すごく女の子らしくて、優しいいい子で…」

待て…待て待て。

「木崎えみちゃんっていうんだけど…」

「…倉持お前、どした?」

気が付くと、光も御幸も不思議そうに俺の顔を見ていた。いや…落ち着け俺。別にやましいことは何もないだろ…!

ピンポーン、とインターフォンが鳴る。ま、まだ心の準備が…!

「はーい」

光が玄関に駆けて行く。ドアの開く音がして、女子たち特有の、出会い頭の感嘆が聞こえる。

「どうぞ、上がって。」
「お邪魔します…。」

リビングのドアが開く。御幸が立ち上がり、俺もつられて立ち上がる。

「えみちゃん、夫の一也さんと…」
「あ…。」
「……。」

木崎さんが目を丸くして俺を見た。光と御幸が俺たちを交互に見る。

「倉持さんとは知り合い?」
「え…えっと…。」

もじもじと口ごもって、木崎さんは小さく頷く。

「…はい。」

「え、そーなの?お前いつ…」
「うるせーな…」

小声で御幸を黙らせ、冷静を装って会釈した。

「…ども。」
「…こ、こんにちは…。」

この様子だと、俺がいることは予想もしてなかった感じだな…。ま、それもそうか…。

「へぇ、いつ知り合ったの?」
「先週、牧瀬先輩が…。」
「ああ、司かぁ。」

女子二人はキッチンのカウンターの方へ集まって、お茶を用意しながらお喋りを始める。なんか、光…フツーだな…。もうちょっと、ショックというか…やきもち…というか…。…期待しすぎか。

「へー、牧瀬が紹介するする言ってたのってあの子だったの?」
「…おー」
「何照れてんだよ。可愛い子じゃん。いい子そうだし」
「……。」

…他人事だと思いやがって。いいよな自分は、光がいるんだから…。

「あの…。」
「ん?」
「く…倉持さんって…よく、来られるんですか?」
「うん、まぁ…一也さんと仲が良いから」
「そ…そうなんですね…。」
「……。」
「……あの…。」
「ん?」
「…そ、それって…。…光先輩…とも、よく…会うんですよね…。」
「……。」

ちらり、と光が俺を見る。な、なんか、これって…。

「三角関係みてーだな〜。はっはっは」
「は!?お前…なんで他人事なんだよ!」

クソッ、木崎さんの存在が現れたせいか、御幸に余裕が生まれてやがる…!

「えみちゃん、私と倉持さんは、えみちゃんが思ってるようなことは何もないからね?」
「…そうなんですか…?」

「だってさ。」
「うるせえ…!」

「私…てっきり…」

もじもじ、と木崎さんは口ごもる。

「おふたりは…御幸さん公認の、あの……そういう感じ…なのかなって…。」
「はっはっはっは!見かけによらずすげーこと言うね君」

み、御幸お前…よく笑えるな…。

「心配しなくても嫁さんは俺がひとり占めしてるから!」
「一也さん…。」

ちょっと呆れたような視線を向ける光。

「そう…ですか…。」

木崎さんはまたもじもじと口ごもる。

「えみちゃん、倉持さんとお話でもしてきたら?」
「え…?」
「え!?」

光がけろりとした顔でそんなことをいうものだから、俺はショックを受けた。光…俺がこの子と付き合ってもいいって言うのか?全く気にしていないのか?いつか俺が、光以外の女を好きになるかもしれない…それを考えると嫌だ、って、言ってたのに…。俺、嬉しかったんだけどな…。

「お〜いいじゃん行って来いよ。ちょうど桜も満開だし〜。桜通り通って来ただろ?」
「は…はい…。」
「おい御幸…!」

御幸に詰め寄って耳打ちをする。

「やめろよ…!俺のことはほっとけ!」
「なんで?いいじゃん、あの子お前に気があるんだろ?」
「だからだよ!」
「何が悪いわけ?まさか自分には光がいるから、とか言わないよな?」
「……。」
「お前は独身彼女無し。あの子も無し。ちょうどいいじゃん。もういい年なんだから老後を考えろ。孤独死はつれえぞ〜。」
「てめ…っ、真面目かふざけてんのかはっきりしろよ!」
「真面目だよ真面目真面目。ほれ、さっさと行け。」
「ぐっ…!」

「えみちゃん、それじゃ寒いでしょ。私のコート着ていく?」
「え…。いいんですか…?」
「もちろん。えーとこれでいいかな…。サイズも大丈夫そうだね。」
「あ…ありがとうございます…。」

着々と出かける準備進めてるし…!光、そんな…。俺への愛は何だったんだよ…。

「いってら〜。」
「気を付けてね。」

「い…行ってきます…。」
「……。」

御幸たちに見送られ、二人でマンションの外へ放り出される。

「……。」
「……。」

き…気まずい…。

「…とりあえず…桜通りぐるっとして、戻ってこよーぜ」
「あ…。はい…。」

俺が歩き出すと、木崎さんもちょこちょこと、俺の少し後ろを歩き始めた。

 


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