232
「御幸ー、今日お前んち行っていいか?」
練習後、駐車場まで歩く道すがら、いつもどおり御幸に声をかける。
「え、あー、いいけど…」
「何?何かある?」
「いや、今日あの子来るみたいだけど、いい?」
「あの子?」
「なんだっけ。えーと…木崎えみちゃん」
「……。」
俺が黙り込むと、とたんに面白そうに笑顔になる御幸。
「何?何?つかあのあとどうなったんだよ。連絡とってんの?」
「…一応、たまにメール…」
「マジ!?お前が?へえーっ、いいじゃん!うまくいってんの?」
「…しらねーよ」
「なんだよしらねーって。デートは?次約束した?」
「うるせー。なんでお前に言わなきゃいけねんだよ」
「助言してやったじゃん」
「役に立たねえ」
「えっ…」
御幸は急にまじめな顔になって言った。
「いや、マジでデート前は一発抜いといたほうがいいぞ」
「だまれ万年発情期野郎!!」
「いやマジで。肝心な時理性が飛んだら、落とせる子も落とせなく…」
「あーっもういい!今日は行かねえ!」
「え、来ねえの?」
御幸を置いてずんずん歩く。木崎さんのことを考えるのは煩わしい。
「おーい倉持〜。コンビニ弁当ばっか食ってたら孤独死するぞ〜」
「うるせっ!ほっとけ!」
けど…確かに御幸家の、光が作る飯は、どれもおいしくて…しかもバランスもよく考えられている。以前から料理は好きだったようだが、最近は仕事を減らしてモデル一本に絞ったこともあって、空いた時間を御幸のために使っているという。それは料理だったり、御幸の身の回りの世話だったり…。ああ、羨ましすぎて血涙が出そうだ。
俺も…あの子と付き合って、そのうち結婚したりしたら…御幸たちみたいに、幸せになれんのかな。
だけど…。
「あ〜…、クソッ」
…神様がいるなら…光をもうひとり、作って欲しかった…。
…なんて、何考えてんだ俺、あほらしい。
***
「あ…。」
「……あ。」
買い物かごを持った光と、スーパーでばったり出会った。…御幸にあんなことを言われたせいじゃねーけど…コンビニをやめて、スーパーの総菜を買いに来たりなんかしたから…。
「……。」
ちらり、と光の視線が俺の籠を見る。
「…今日、忙しいんですか?」
「え…。いや、そういうわけじゃ…」
「じゃあ、うちにご飯食べに来ませんか?」
「えっと…。」
…行きたい。めちゃくちゃ行きたい。光のご飯を食べたい…。だけど…
「今日、えみちゃんも来るんですよ。」
「…あ、あ〜…そうなんだ…」
…だから嫌なんだよ…!
「えみちゃんと話してみて、どうでした?」
「え…」
「いい子でしょ?仕事でも、よく手作りのお菓子とか差し入れてくれて…気配りもできて、優しい子なんですよ。」
「そ…、そっか。」
いい子…ってのは、わかるけど…。燃え上がるような、苦しくもどかしい、だけどこの上ない幸せも味わった、光への恋を思い出すと…。それに勝る恋愛は、できないと思ってしまう。
「夕ご飯…食べに来ませんか?」
「う…、」
「試合も近いし。栄養たくさんとらないと。」
「……。」
そ…、それを言われると…。
「…じゃあ…。」
「ふふふ、よかった。えみちゃんも喜ぶし…」
「……。」
…まあ…御幸もいるし、何とかなるか…。
「じゃ、その籠の中身は戻してきてください。」
「え…」
「ビールと煙草もですよ。」
「…は、はい」
光…なんか、逞しくなってる…。逆らえねえ…。いや、逆らったことないけど。けど…ちょっと、嬉しかったり…。
籠を片付けてきて、野菜コーナーで光の姿を見つけ、歩み寄る。
「持つよ。」
「あ…。ありがとうございます。」
籠を持ち、幸福感が胸にこぼれる。なんか、ちょっと、夫婦みたい…なんて。
「あれ…。」
光のスマホが鳴った。画面を見て、一也さんだ、と光は呟く。
「もしもし、一也さん?」
ちょっと嬉しそうな声で、にんじんを選びながら電話に出る光。
「うん。…え、そうなの?」
ちょっと声が曇った。…何かあったんだろうか。
「そっか…。しょうがないね。うん、わかった。あ、今日ね、倉持さんも来るって。…え?えっとね、今偶然スーパーで会って、誘ったの。今?隣にいるよ。」
……なんか、悪いことしてる気が…。いや、ほんとに偶然会っただけだし…。
「…えぇ?なんで?…もー、わかったよ。」
光はスマホを耳から離し、俺に差し出した。
「一也さんが、倉持さんに代われって…。」
「え?…おう」
スマホを受け取って、耳に当てる。
「俺だけど」
『お前今日来ないって言ってたじゃん』
「いや〜…やっぱ行こうかなって」
『光に誘われたからだろ』
「そういうんじゃねーって。そんなこと言うために電話代わらせたのかよ。」
『……俺、今日飲み会になったんだよ』
「え」
…ちょっと待て、つーことは…
『お前今からでも断れ。』
「はぁ?そんなことできるわけ…」
「倉持さーん」
ちょっと遠くの棚で俺を手招きする光。…か、可愛い。
「おなか結構空いてますか?」
「お、おう、普通かな…」
「じゃあ、いつもと同じくらいの大きさにしておきますね。」
肉を選び始める光。何か今の会話、夫婦っぽい…。
『おい倉持。聞いてんのか?』
「いや、断るのは無理…」
『なんでだよ』
「だって光、すげー嬉しそうに食材選んでてさ…」
『……。』
「まあ…木崎さんも来るし、別に二人っきりになるわけじゃねーんだから、平気だろ?」
『…光に何もすんなよ。』
「しねえよ。光を困らせることなんか…。」
『……。』
電話の向こうからため息が聞こえる。
『わかったよ。もういい。』
「え…」
『木崎さんのことデートに誘ったら許す』
「はぁ!?関係ないだろ…」
『じゃあそういうことで』
ぶつり、と切れる電話。あいつ…他人事だと思って…。
「あ、電話終わったんですね。」
「あ…おう。」
光が駆け寄ってくると、やっぱりまだ、胸が苦しくなる。俺はいつも通りに装ってスマホを光に返し、その背中を追った。
***
「現国はえみちゃんも片岡先生だったよね?」
「は…はい…。」
「そ、そうなんだ」
気を遣っているのか、光が話を振って、俺と木崎さんが相槌を打つ。3人だけの食事は終始そんな感じで進んだ。気まずい。
光は俺と木崎さんをちょっと見て、立ち上がる。え…、ど、どこに行くんだ?おいていかないでくれ…。
「お茶淹れてきますね。」
にこりと微笑んでキッチンに向かう光。木崎さんは…俯いてもじもじしている。…た、耐えられない。
「お、俺…手伝ってくる。」
「え…。」
木崎さんを残して俺もキッチンへ向かう。リビングの奥の、オープンタイプのキッチン。棚の前でカチャカチャと食器を扱う光の背中に歩み寄ると、足音に気付いた彼女が振り向いて、困ったように言った。
「倉持さん…なんでこっちにきてるんですか。だめですよ。」
「いや…なんか間が持たなくて」
「えみちゃん待ってますよ。こっちは大丈夫ですから、戻っててください」
「え…でも話がつづかな…」
「片岡先生の話でもしててください。」
なんで監督の話なんか…。余計にやりづれえよ。
渋々リビングに戻ると、木崎さんは相変わらずもじもじ俯いて座っていた。こういうタイプ、苦手なんだよなあ…俺。ちょっときつく言ったら泣いちまいそうだし。見た目は結構可愛いと思うけどさ…。
「……。」
「……。」
どうすりゃいいんだよこれ。御幸はどうしてたっけ…。…いやあいつは廊下で光を見るたびちょっかいかけてただけだな。でも、当時はウゼーと思ってたけど、あんなふうに女子と接するのがこんなに難易度の高いことだったなんて。性格最悪のクソヤローだったのに、なぜか光とは最初から仲良さそうだったよな…。まああいつ、光の前で猫かぶってたしな。…って、考えがそれた。あいつはどうやって光と話していたっけ…。確か…。…いきなり髪触ったりしてたな。アレは普通にセクハラだろ。できるわけねー。あとは…あ〜全然わかんねえ。御幸の場合、光のほうから悪戯しかけられたりもしてたしな…。…羨ましい。…じゃなくて!やっぱダメだ俺。俺にはこんな…女を口説くなんて器用な真似は無理だ…。
「……あの…。」
「…えっ?な、何?」
急に木崎さんが話しかけてきて、俺はビクリと身を起こす。
「…ごめんなさい。私…。…何、話したらいいのか…わからなくて。…つまらない…ですよね…。」
「え!?い、いや…俺の方こそ…」
あ〜もう…気まずい…!光早く来てくれ…!
「…あの…。」
「え、あ、なに?」
「…お休みの、日は…何をされてるんですか…?」
…なんかお見合いみたいだな。落ち着かねー…。
「え〜…と…、…自主トレしたり…御幸と筋トレしたり…」
あと、この家に来て入り浸ったり…。
「…や、やっぱり…野球選手の人って…ストイック、なんですね…。すごいな…。」
「いや、べつに…もう染みついちまってるっつーか…」
「……。」
「……えっと、木崎さんは?休みの日、何してんの?」
「…わ、私は…。お菓子作り、したりとか…。あとは…私、美術館に…行くのが好きで…。」
「美術館?」
「は、はい…。と、とくに…西洋画の…美術展を見るのが、好きなんです…。」
「へえ…なんで?」
「…綺麗だし…、迫力があって…。が…頑張ろうって…思えるから…。」
「……。」
……やべえ…全然わからん…。美術館とか俺、行ったこともねーよ。
「紅茶入りましたよ。」
その光の声が天の助けのように思えて、思わず顔が緩む。
「えみちゃんはミルクだよね。はい」
「あ、ありがとうございます…。」
「倉持さんはお砂糖でしたよね。」
「あ、おう…いただきます」
「何かお話しできました?」
にこにこ。光が俺と木崎さんを眺める。完全に仲人役に徹している…。
「あ、もうこんな時間か…。えみちゃん、明日早いんだっけ。」
「あ…。はい…。8時にスタジオ入りで…。」
「じゃあそろそろ帰った方がいいよね。」
「そうですね…。」
えっ、帰るの?よかった…
「倉持さん。」
「え?」
にこにこ。こっちまで笑顔になってしまう笑顔で、光は言った。
「えみちゃんのこと、送ってあげてくださいね。」
「えっ…」
「……。」
頬を染めて俯く木崎さん。念押しするように首をかしげる光。…に、逃げられない。
「お…、おう」
「お願いします。」
「す…すみません…。」
「いや別に…。」
勘弁してくれよ…。何が悲しくて、好きな子に他の女との仲を取り持たれなきゃなんねーんだ。
だけど…。普通に笑って、木崎さんと話す光が、今も俺を好きでいてくれてるとは、到底思えなくて…。
「じゃあ…行くか」
「あ…。はい…。」
ポケットの中で鍵を弄びながら、俺は席を立った。
練習後、駐車場まで歩く道すがら、いつもどおり御幸に声をかける。
「え、あー、いいけど…」
「何?何かある?」
「いや、今日あの子来るみたいだけど、いい?」
「あの子?」
「なんだっけ。えーと…木崎えみちゃん」
「……。」
俺が黙り込むと、とたんに面白そうに笑顔になる御幸。
「何?何?つかあのあとどうなったんだよ。連絡とってんの?」
「…一応、たまにメール…」
「マジ!?お前が?へえーっ、いいじゃん!うまくいってんの?」
「…しらねーよ」
「なんだよしらねーって。デートは?次約束した?」
「うるせー。なんでお前に言わなきゃいけねんだよ」
「助言してやったじゃん」
「役に立たねえ」
「えっ…」
御幸は急にまじめな顔になって言った。
「いや、マジでデート前は一発抜いといたほうがいいぞ」
「だまれ万年発情期野郎!!」
「いやマジで。肝心な時理性が飛んだら、落とせる子も落とせなく…」
「あーっもういい!今日は行かねえ!」
「え、来ねえの?」
御幸を置いてずんずん歩く。木崎さんのことを考えるのは煩わしい。
「おーい倉持〜。コンビニ弁当ばっか食ってたら孤独死するぞ〜」
「うるせっ!ほっとけ!」
けど…確かに御幸家の、光が作る飯は、どれもおいしくて…しかもバランスもよく考えられている。以前から料理は好きだったようだが、最近は仕事を減らしてモデル一本に絞ったこともあって、空いた時間を御幸のために使っているという。それは料理だったり、御幸の身の回りの世話だったり…。ああ、羨ましすぎて血涙が出そうだ。
俺も…あの子と付き合って、そのうち結婚したりしたら…御幸たちみたいに、幸せになれんのかな。
だけど…。
「あ〜…、クソッ」
…神様がいるなら…光をもうひとり、作って欲しかった…。
…なんて、何考えてんだ俺、あほらしい。
***
「あ…。」
「……あ。」
買い物かごを持った光と、スーパーでばったり出会った。…御幸にあんなことを言われたせいじゃねーけど…コンビニをやめて、スーパーの総菜を買いに来たりなんかしたから…。
「……。」
ちらり、と光の視線が俺の籠を見る。
「…今日、忙しいんですか?」
「え…。いや、そういうわけじゃ…」
「じゃあ、うちにご飯食べに来ませんか?」
「えっと…。」
…行きたい。めちゃくちゃ行きたい。光のご飯を食べたい…。だけど…
「今日、えみちゃんも来るんですよ。」
「…あ、あ〜…そうなんだ…」
…だから嫌なんだよ…!
「えみちゃんと話してみて、どうでした?」
「え…」
「いい子でしょ?仕事でも、よく手作りのお菓子とか差し入れてくれて…気配りもできて、優しい子なんですよ。」
「そ…、そっか。」
いい子…ってのは、わかるけど…。燃え上がるような、苦しくもどかしい、だけどこの上ない幸せも味わった、光への恋を思い出すと…。それに勝る恋愛は、できないと思ってしまう。
「夕ご飯…食べに来ませんか?」
「う…、」
「試合も近いし。栄養たくさんとらないと。」
「……。」
そ…、それを言われると…。
「…じゃあ…。」
「ふふふ、よかった。えみちゃんも喜ぶし…」
「……。」
…まあ…御幸もいるし、何とかなるか…。
「じゃ、その籠の中身は戻してきてください。」
「え…」
「ビールと煙草もですよ。」
「…は、はい」
光…なんか、逞しくなってる…。逆らえねえ…。いや、逆らったことないけど。けど…ちょっと、嬉しかったり…。
籠を片付けてきて、野菜コーナーで光の姿を見つけ、歩み寄る。
「持つよ。」
「あ…。ありがとうございます。」
籠を持ち、幸福感が胸にこぼれる。なんか、ちょっと、夫婦みたい…なんて。
「あれ…。」
光のスマホが鳴った。画面を見て、一也さんだ、と光は呟く。
「もしもし、一也さん?」
ちょっと嬉しそうな声で、にんじんを選びながら電話に出る光。
「うん。…え、そうなの?」
ちょっと声が曇った。…何かあったんだろうか。
「そっか…。しょうがないね。うん、わかった。あ、今日ね、倉持さんも来るって。…え?えっとね、今偶然スーパーで会って、誘ったの。今?隣にいるよ。」
……なんか、悪いことしてる気が…。いや、ほんとに偶然会っただけだし…。
「…えぇ?なんで?…もー、わかったよ。」
光はスマホを耳から離し、俺に差し出した。
「一也さんが、倉持さんに代われって…。」
「え?…おう」
スマホを受け取って、耳に当てる。
「俺だけど」
『お前今日来ないって言ってたじゃん』
「いや〜…やっぱ行こうかなって」
『光に誘われたからだろ』
「そういうんじゃねーって。そんなこと言うために電話代わらせたのかよ。」
『……俺、今日飲み会になったんだよ』
「え」
…ちょっと待て、つーことは…
『お前今からでも断れ。』
「はぁ?そんなことできるわけ…」
「倉持さーん」
ちょっと遠くの棚で俺を手招きする光。…か、可愛い。
「おなか結構空いてますか?」
「お、おう、普通かな…」
「じゃあ、いつもと同じくらいの大きさにしておきますね。」
肉を選び始める光。何か今の会話、夫婦っぽい…。
『おい倉持。聞いてんのか?』
「いや、断るのは無理…」
『なんでだよ』
「だって光、すげー嬉しそうに食材選んでてさ…」
『……。』
「まあ…木崎さんも来るし、別に二人っきりになるわけじゃねーんだから、平気だろ?」
『…光に何もすんなよ。』
「しねえよ。光を困らせることなんか…。」
『……。』
電話の向こうからため息が聞こえる。
『わかったよ。もういい。』
「え…」
『木崎さんのことデートに誘ったら許す』
「はぁ!?関係ないだろ…」
『じゃあそういうことで』
ぶつり、と切れる電話。あいつ…他人事だと思って…。
「あ、電話終わったんですね。」
「あ…おう。」
光が駆け寄ってくると、やっぱりまだ、胸が苦しくなる。俺はいつも通りに装ってスマホを光に返し、その背中を追った。
***
「現国はえみちゃんも片岡先生だったよね?」
「は…はい…。」
「そ、そうなんだ」
気を遣っているのか、光が話を振って、俺と木崎さんが相槌を打つ。3人だけの食事は終始そんな感じで進んだ。気まずい。
光は俺と木崎さんをちょっと見て、立ち上がる。え…、ど、どこに行くんだ?おいていかないでくれ…。
「お茶淹れてきますね。」
にこりと微笑んでキッチンに向かう光。木崎さんは…俯いてもじもじしている。…た、耐えられない。
「お、俺…手伝ってくる。」
「え…。」
木崎さんを残して俺もキッチンへ向かう。リビングの奥の、オープンタイプのキッチン。棚の前でカチャカチャと食器を扱う光の背中に歩み寄ると、足音に気付いた彼女が振り向いて、困ったように言った。
「倉持さん…なんでこっちにきてるんですか。だめですよ。」
「いや…なんか間が持たなくて」
「えみちゃん待ってますよ。こっちは大丈夫ですから、戻っててください」
「え…でも話がつづかな…」
「片岡先生の話でもしててください。」
なんで監督の話なんか…。余計にやりづれえよ。
渋々リビングに戻ると、木崎さんは相変わらずもじもじ俯いて座っていた。こういうタイプ、苦手なんだよなあ…俺。ちょっときつく言ったら泣いちまいそうだし。見た目は結構可愛いと思うけどさ…。
「……。」
「……。」
どうすりゃいいんだよこれ。御幸はどうしてたっけ…。…いやあいつは廊下で光を見るたびちょっかいかけてただけだな。でも、当時はウゼーと思ってたけど、あんなふうに女子と接するのがこんなに難易度の高いことだったなんて。性格最悪のクソヤローだったのに、なぜか光とは最初から仲良さそうだったよな…。まああいつ、光の前で猫かぶってたしな。…って、考えがそれた。あいつはどうやって光と話していたっけ…。確か…。…いきなり髪触ったりしてたな。アレは普通にセクハラだろ。できるわけねー。あとは…あ〜全然わかんねえ。御幸の場合、光のほうから悪戯しかけられたりもしてたしな…。…羨ましい。…じゃなくて!やっぱダメだ俺。俺にはこんな…女を口説くなんて器用な真似は無理だ…。
「……あの…。」
「…えっ?な、何?」
急に木崎さんが話しかけてきて、俺はビクリと身を起こす。
「…ごめんなさい。私…。…何、話したらいいのか…わからなくて。…つまらない…ですよね…。」
「え!?い、いや…俺の方こそ…」
あ〜もう…気まずい…!光早く来てくれ…!
「…あの…。」
「え、あ、なに?」
「…お休みの、日は…何をされてるんですか…?」
…なんかお見合いみたいだな。落ち着かねー…。
「え〜…と…、…自主トレしたり…御幸と筋トレしたり…」
あと、この家に来て入り浸ったり…。
「…や、やっぱり…野球選手の人って…ストイック、なんですね…。すごいな…。」
「いや、べつに…もう染みついちまってるっつーか…」
「……。」
「……えっと、木崎さんは?休みの日、何してんの?」
「…わ、私は…。お菓子作り、したりとか…。あとは…私、美術館に…行くのが好きで…。」
「美術館?」
「は、はい…。と、とくに…西洋画の…美術展を見るのが、好きなんです…。」
「へえ…なんで?」
「…綺麗だし…、迫力があって…。が…頑張ろうって…思えるから…。」
「……。」
……やべえ…全然わからん…。美術館とか俺、行ったこともねーよ。
「紅茶入りましたよ。」
その光の声が天の助けのように思えて、思わず顔が緩む。
「えみちゃんはミルクだよね。はい」
「あ、ありがとうございます…。」
「倉持さんはお砂糖でしたよね。」
「あ、おう…いただきます」
「何かお話しできました?」
にこにこ。光が俺と木崎さんを眺める。完全に仲人役に徹している…。
「あ、もうこんな時間か…。えみちゃん、明日早いんだっけ。」
「あ…。はい…。8時にスタジオ入りで…。」
「じゃあそろそろ帰った方がいいよね。」
「そうですね…。」
えっ、帰るの?よかった…
「倉持さん。」
「え?」
にこにこ。こっちまで笑顔になってしまう笑顔で、光は言った。
「えみちゃんのこと、送ってあげてくださいね。」
「えっ…」
「……。」
頬を染めて俯く木崎さん。念押しするように首をかしげる光。…に、逃げられない。
「お…、おう」
「お願いします。」
「す…すみません…。」
「いや別に…。」
勘弁してくれよ…。何が悲しくて、好きな子に他の女との仲を取り持たれなきゃなんねーんだ。
だけど…。普通に笑って、木崎さんと話す光が、今も俺を好きでいてくれてるとは、到底思えなくて…。
「じゃあ…行くか」
「あ…。はい…。」
ポケットの中で鍵を弄びながら、俺は席を立った。