「あれ、倉持?」

木崎さんとマンションを出た時、門の方から御幸が歩いてきた。御幸はちらりと木崎さんと俺を見て、にやりとからかうような笑みを浮かべる。

「何?今帰り?」
「…そーだよ」
「…お邪魔しました…。」
「またいつでも来てよ、光も喜ぶから。」

木崎さんは会釈のように頷く。

「あ、倉持は別に来なくていいからな。」
「なんでだよ」

「ふふ…。」

木崎さんが小さく笑って、俺と御幸は彼女に注目する。

「あ…。ご、ごめんなさい…。」

木崎さんは顔を赤くして俯く。本当に内気な子だ。すると御幸が大真面目な顔で俺を指さして言った。

「お前笑われてるぞ。」
「お前もだよ!」
「…ふふ」

木崎さんはやっぱりちょっと笑って、顔を赤くする。

「じゃ、帰り気を付けて。」
「は…、はい…。」
「倉持に。」
「おいっ!」

「一也さん。」

すると玄関のドアが開いて、まだエプロンをつけたままの光が出てきた。

「おかえりなさい。」
「ただいま。…寒いんだから、外出るなら上着着て来いよ。」
「えへへ、一也さんが来たの、見えたから…」

「……。」
「……。」

い…いちゃつきやがって…。

「じゃーな倉持、木崎さん。」
「気を付けてね。えみちゃんまた明日。」

「…おー」
「お、おやすみなさい…。」

部屋に入っていく御幸と光を見送って、俺は木崎さんと踵を返す。ガレージ前に停めていた車のロックを解除し、木崎さんを助手席に促した。

「家どこ?」
「あ…。えっと…。」

木崎さんはうつ向く。暗くてよくわからないけど、たぶんまた顔が赤くなってるんだろうな、と思った。

「…も、森熊駅の…南口の方…です」
「わかった」

つーことは…ここから車で20分くらいか。そこそこ近いな。

「……。」
「……。」

…相変わらず、会話はなし。いや、俺のせいでもあるけど…。

「…光先輩達って…」
「…え?あ…あぁ、何?」

唐突に話し出すな…いつも。

「憧れ…ますよね。あんな、素敵な夫婦…。」
「…まあな。」
「私…。…いつか、あんな…素敵な結婚を、したいなって…思ってるんです…。」
「…そうだな。」
「……。」
「……。」

…なんだ?急に静かになって…。
ちらりと助手席を見る。街灯に照らされた木崎さんは、恥ずかしそうに俯いて、もじもじしていて。…あ、なんかさっきの俺の言葉…まるで自分たちのことみたいな…。くそ、ミスった…!

「……。」
「……。」
「…駅、南口だっけ」
「…あ…。はい…。そこの…橋の向こうの信号を…左に…」
「了解」
「……あ、そこの…白いマンション…です…。」
「前停めて平気?」
「は、はい…。」

車が停止する。木崎さんはちょっと俺の方を見て、ぺこりと会釈する。

「あの…。ありがとうございました…。」
「いや、別に…。じゃあ、おやすみ。」
「あ…。…おやすみなさい…。」

助手席のドアを開けて、コツ、とヒールがアスファルトに降りた音がする。

「……。」

木崎さんはそこでちょっと考えるように固まった。そして、ちらりと俺を振り向いて、ためらいながら、もじもじと口ごもった。

「……あの…。」
「…何?」
「……。…あ、いえ、あの…。…お、おやすみなさい。」
「お、おう…。」

2回言った…。
木崎さんはドアを閉め、またぺこりとお辞儀をしてマンションに入っていく。
…もしかして…今、部屋に誘われるとこだった?…いや、まさかな…。まだ会って3回目、デートもしてないのに。

車を発進させ、自分のマンションへ向かう。
なんだか…この感じ、初めてだな。今までずっと、光のことばかり考えてたから…。いつも御幸の存在がちらついて、どうしたらあいつに勝てるのか…どうしたら振り向いてもらえるのか…もがいてばかりだった。だから、こんな…純粋に真っすぐに、こっちが戸惑うくらい、好意をあからさまに向けられるのは…落ち着かない。何も邪魔するものがなくて、俺と木崎さんだけのシンプルな関係。多分…俺が付き合おうって言ったら、木崎さんは…頷くんだろうな。
…念願の彼女ができるんだぞ。なのに…

「あ〜…めんどくせえ…」

なんか…すっきりしねえ…。



***



「おはようございます。」
「お…、おはよ。」

朝から眩しい光の笑顔…。懲りずに御幸家に休日の朝からお邪魔した俺は、リビングで新聞を読んでいる御幸のはす向かいに座る。…親父くせえな。

「倉持さん、レモネード作ったんですけど、飲みますか?」
「おう!飲む飲む」

うきうきと返事をすると、光は笑いながら冷蔵庫からボトルを取り出す。いつ来ても手作りの美味しい料理があって…しかも健康のことまで考えてくれてて…ほんとここ、天国だな。光は可愛いし…。

「倉持、木崎さんのこと誘ったのかよ?」
「は?」

こいつ…俺の平穏に水を差しやがって。

「デートに誘うって言ってたじゃん」
「言ってねえよ」
「え、じゃあ誘わないの?」
「……まだよく知らねーし」
「知らねーから会ってみろって言ってんだよ。」
「……。」

くそうぜえ…。

「どうぞ。」

そのとき光が俺の前にグラスを置いた。氷が涼しげな音を立て、レモンの果肉が入った、金色の爽やかな飲み物が揺れて、見ているだけで喉が渇く。美味そう…。見た目がキレーなのもそうだけど、光の手作りって言うのが、やっぱ…いいな。

「光、俺おかわり」
「はーい」

御幸め、贅沢な野郎だ。

「倉持。」
「あ?」
「デート。どうすんだよ。」
「…うるせえなあ」
「木崎さんが行きたいとことか聞いてねーの?」

こいつ…やけに推してくるじゃねーか。いつもはこんなに人のことに構わないくせに。

「おい?」
「…休みの日は…よく美術館とか行くって」
「へー、美術館。いいじゃん、一緒に行って来いよ」
「お前な…俺が美術館とか行くように見えるか?」
「行ってみれば楽しいかもよ。」

「美術館ですか?」

カラン、と氷の涼やかな音と共に光がやって来た。

「今、市立美術館で海の絵画展やってますよね。」
「へー、どんなの?」
「ちょっと待って。」

スマホで検索を始める光。それを覗き込む御幸。…何で人の話題でこんなにいちゃつけるんだ。

「ほら、これ。」
「おー綺麗じゃん。ほら倉持。結構面白そうだぞ」
「……。」

…確かに、そんな悪くねえかも…。

「お、そんな悪くねーって顔してんじゃんお前」
「俺は別に…」
「まさか光が言ったから気が変わったんじゃねーだろうな?」
「ち、ちげえよ」

多分…。

「でもこれホントに結構面白そう。俺らも行く?」
「いいね。来月までやってるみたいだし、今度のお休みとか…」
「チケット、期間中いつでも使えるのか。ネットで買っとくか」
「そうだね。えーと一般…」

こ、こいつら…自分たちのデートの予定立て始めやがった…。

「倉持。お前らの分もチケット申し込もうか?」
「あ?いいよ俺のは…」
「欲しいって。」
「おい!」

ふふふ、と苦笑いしながら、光はスマホを操作してチケットを購入したようだった。

「届いたら連絡するわ」
「…あっそ」
「あっ、でもお前毎週うちにくるから普通に渡せるな。はっはっはっは」
「……。」

クソメガネ…。
あ〜、デートか…気が重い…。でも、どうしてこんなに気が重いんだろう。あんな可愛い子に好意を持たれて、デートに誘うなんて…高校の頃の自分だったら、きっと小躍りするほど舞い上がってた。
俺は沈んだ気分で、だけど、きっと、相手が光だったら…また違う気分だったんだろうな、と思った。

 


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