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学生の頃は、幼稚な理由で御幸を羨んでいた。あんな可愛い子から好意を寄せられていることだとか、デートしたり、手を繋いだり、キスをしたり…そういうことで。いや、今も羨ましくないわけじゃないけど…でも、それよりも。
「ただいまー」
玄関から柔らかな声が響いてくる。御幸が立ち上がって、リビングのドアを開けると、大荷物の光が嬉しそうに御幸を見上げる。
「おかえり。すげー荷物だね」
「今日クランクアップで、色々貰ったの」
「そっか、おつかれさん。」
そんな会話を交わしながら自然と抱擁する。御幸が荷物を持って部屋に運び入れ、光も大きな花束をリビングに運んできた。
「あ、倉持さんこんばんは。」
「おう…手伝うよ」
「大丈夫ですよ。」
手をちょっと上げて座っているように促す光の後ろで御幸が声をかける。
「荷物これで全部?」
「まだ車のトランクにある…」
「はっはっは、すげーなぁ」
御幸が軽い足取りでガレージへ向かう。俺は客扱い…か。なんだかちょっと、寂しい。
荷物をすべて運び終えると、たくさんある大きな花束を丁寧に解体して花瓶に飾りはじめる光。御幸は紅茶を淹れはじめる。カップは3つ用意してるけど、光の為だろう。
高校時代の評判がアレだったから、嫁にベタ惚れすぎ、って御幸は飲み会でよくからかわれてるけど…そうしたくなるのもわかる。だって…自分の所に光が毎日帰ってくるなんて…すげー幸せじゃん。
花瓶を玄関や寝室やダイニングに置いて、片づけをすると、光は寝室に入って行った。
「紅茶置いとくぞー」
「はーい」
御幸の声に、寝室から返事が返ってくる。こういう日常の他愛もないやりとりが、今はすごく…羨ましい。
ソファに戻ってきた御幸は、俺と自分の分のマグカップもテーブルに置いて、また雑誌を開いた。
「…さんきゅ」
「ん」
マグカップを傾けながら時計を見上げ、そろそろ帰るか、と考える。明日は朝から集合かかってるし…。
『さて!今週の映画注目度ランキング、3位の発表です!』
テーレッテレーン、とお茶らけた効果音と共に、ナレーションの弾んだ声がテレビから流れてきた。
『今週の3位はこちら!玉城光さん主演の、“エンドレスホール”。先週に引き続き、5週連続で上位にランクインしています!』
御幸が雑誌から顔を上げ、テレビを見た。…わかりやすい奴。
画面には映画の映像が流れている。はっと息をのんで顔を上げ、ぽろ、と涙を零す光。…綺麗だな。
「…なあこれ、ほんとに泣いてんの?」
泣く演技とか…難しいと思うんだけど。
「…あ?あぁ、そうなんじゃない?」
御幸は映像が完全に終わってから、我に返ったようにそう言って、また雑誌に視線を戻した。そうなんじゃない?って…。お前、あんなふうに自然に涙出せんのかよ。
すると寝室から、カジュアルな服に着替えた光がやってきて御幸の隣に座り、マグカップを手にホッと一息ついた。
「なあ光、泣く演技ってホントに泣いてんの?」
「え…、ふふ」
光はちょっと笑って頷いた。
「それ、よく聞かれるんですけど…ほんとに泣いてますよ。」
「え〜…すげえな。どうやって涙出してんの?」
「え…。えっと…。…な、内緒…」
顔を赤くしてはぐらかす光。…え、めっちゃ気になる…。
「怖いこと想像してるとか?」
「いえ…」
「何か悲しい想像してるとか?」
「……。」
お…図星か?
「……。か…」
「か?」
「一也さんに……振られたときのこと…」
「…え!?」
声を上げたのは御幸だ。真っ青な顔をしている。
「え…なにそれ!?そんなことあるわけねーじゃん」
「一也さんが高校卒業したとき、あったじゃん…」
「え…アレのこと!?そ…、…あ〜もう!!」
御幸は雑誌を放り出して光を抱きしめた。
「一生かけて償う…悲しませてゴメン…」
「あ…あはは…。」
「…おい、人前でイチャつくな。」
ふたりはやっと離れて、ソファの背もたれにもたれた。
「つかおまえはどうなんだよ。」
「何が。」
「木崎さんだよ。次のデートは?」
「……。」
またその話かよ。あー、煩わしい。俺は荷物を持って立ち上がった。
「うるせーなぁ…俺もう帰る」
「え、何だよ急に」
「別に。明日早いし」
「もしかしてフラれた?」
……マジでムカつくなこいつ。
「それはないよ、えみちゃん倉持さんにほんとに憧れてるんだから…」
「マジで?なんでまた倉持に。」
「おい…どういう意味だよ」
クソ眼鏡、好き勝手言いやがって。それに…光。ほんとに俺のことなんて、もう何とも思ってなさそうな…。
「あんまり人のことに口出さないの。」
「だってこいつ、俺が言わなきゃ女の子をカフェにも誘えないんだぞ。」
「御幸テメー…後で覚えとけよ」
「一也さんが助言してあげてるってこと?」
「そーだよ。じゃなきゃこいつ、何も知らな…」
「一也さんは何でそんなに女の子のことに詳しいの?」
「え…」
固まる御幸。あいつ墓穴掘ったな。いや、あいつも光としか付き合ったことないのは、俺も知ってるけど…。笑えるからだまっとこ。
「ちょ…光、何か勘違いしてるって…」
「何が?」
「…俺はお前としか付き合ったことないから!マジで!!」
「でもデートの経験は豊富なんだ。」
「違うって!なぁマジで頼むから…変な勘違いしないで光」
「……。」
御幸がどんどん狼狽えていく。光が無視モードに入ったら長引くからだ。いい気味だ。
「じゃあ俺帰るわ〜」
「ちょ…倉持!誤解といてくれ!」
「いや俺女の子のこととかよくわかんねーからさ〜」
「てめ…」
御幸を放置してマンションを出る。少しは痛い目見やがれってんだ。
***
「あ〜…御幸の奴…」
クラスメイト達が廊下の窓から外の渡り廊下を眺めている。ちらりと覗き見てみると、そこには御幸と、玉城さんがいた。渡り廊下の横の木の下で、微妙な距離を保って向かい合って立ち、ふたりとも俯き加減で、甘酸っぱい空気がここまで伝わってくる。
「いつのまに玉城さんと付き合ってんだよ〜…」
「女に興味ねーみたいなこと言っといて…」
ほんとだよ。…いつの間に。俺なんてまだ、話したこともないのに…。
「俺なんて御幸に玉城さんのメアド聞いたのに、知らねーって言われたんだぜ。ズルくねぇ?」
「それは薄情者だな〜」
「それでちゃっかり自分は告ってるんだもんなぁ」
…それはなんか、違うだろ、と思った。御幸は人に頼らず、自分からいったわけで…それが上手くいっただけだ。そう考えて、そうか、と自分でも納得した。御幸のこと、抜け駆けしやがって…みたいに思ってたけど…あいつはあいつで行動してたんだ。俺みたいなやつらが、ただ眺めている間に…。
御幸がつっと手をあげて、玉城さんの髪を撫でた。どうやら、髪についた桜の花びらを取ってあげたようだった。
「お…キスするんじゃね?」
「うわ〜〜やめろ〜〜」
「カメラカメラ!」
野次馬の盛り上がりを余所に、2人は笑い合ったように見えて、御幸が腕時計を見て、2人で校舎に入って行った。…そろそろ予鈴か。
「あ〜、なんだ、しなかった。」
「玉城さんが御幸に汚される〜…」
「やめろよ、考えたくない」
***
「倉持〜〜…!!」
「おー、おはよーさん」
俺を見つけるなり詰め寄る御幸を見て朝から気分が良い。昨日は光の機嫌を直すために相当苦労したんじゃないだろうか。もしかしたらまだ許してもらってないかも。
「…まあ、いーけどさ。」
「え?」
いーけどさ…?呆気なくそういう御幸に眉をひそめる。いいわけねーだろ、もっと焦れよ。
「光の機嫌は直ったのかよ?」
「はっはっはっは。心配ご無用〜」
「……?」
「からかわれたんだよ。お前が帰った後すぐ、冗談だよって言われてさ〜」
「はあ?」
なんだそれ…面白くねぇ〜!!
「あいつ俺に悪戯するの好きだから…」
「うるせえドM野郎」
「はっはっは!可愛いだろ〜?」
御幸にいらいらしながら廊下を歩いていると、前方から東条が歩いてきたのが見えた。今は合同キャンプ中で、こいつとも時々顔を合わせる。
「あ…。お、お疲れ様です!」
「おう、お疲れ…」
「…おぉ」
立ち止まりかけた俺の横を、速度を落とさずにそのまま歩いて行く御幸。東条の顔を見もせずに、挨拶も素っ気ない。
「おい、御幸?…なんだあいつ。」
「……。」
なんだか東条もばつが悪い顔をしているし。
「何かあったのか?」
「…俺が悪いので…。…し、失礼します。」
「え?おい…」
…なんだ?喧嘩でもしてるのか?御幸と東条が?…珍しい。
「ただいまー」
玄関から柔らかな声が響いてくる。御幸が立ち上がって、リビングのドアを開けると、大荷物の光が嬉しそうに御幸を見上げる。
「おかえり。すげー荷物だね」
「今日クランクアップで、色々貰ったの」
「そっか、おつかれさん。」
そんな会話を交わしながら自然と抱擁する。御幸が荷物を持って部屋に運び入れ、光も大きな花束をリビングに運んできた。
「あ、倉持さんこんばんは。」
「おう…手伝うよ」
「大丈夫ですよ。」
手をちょっと上げて座っているように促す光の後ろで御幸が声をかける。
「荷物これで全部?」
「まだ車のトランクにある…」
「はっはっは、すげーなぁ」
御幸が軽い足取りでガレージへ向かう。俺は客扱い…か。なんだかちょっと、寂しい。
荷物をすべて運び終えると、たくさんある大きな花束を丁寧に解体して花瓶に飾りはじめる光。御幸は紅茶を淹れはじめる。カップは3つ用意してるけど、光の為だろう。
高校時代の評判がアレだったから、嫁にベタ惚れすぎ、って御幸は飲み会でよくからかわれてるけど…そうしたくなるのもわかる。だって…自分の所に光が毎日帰ってくるなんて…すげー幸せじゃん。
花瓶を玄関や寝室やダイニングに置いて、片づけをすると、光は寝室に入って行った。
「紅茶置いとくぞー」
「はーい」
御幸の声に、寝室から返事が返ってくる。こういう日常の他愛もないやりとりが、今はすごく…羨ましい。
ソファに戻ってきた御幸は、俺と自分の分のマグカップもテーブルに置いて、また雑誌を開いた。
「…さんきゅ」
「ん」
マグカップを傾けながら時計を見上げ、そろそろ帰るか、と考える。明日は朝から集合かかってるし…。
『さて!今週の映画注目度ランキング、3位の発表です!』
テーレッテレーン、とお茶らけた効果音と共に、ナレーションの弾んだ声がテレビから流れてきた。
『今週の3位はこちら!玉城光さん主演の、“エンドレスホール”。先週に引き続き、5週連続で上位にランクインしています!』
御幸が雑誌から顔を上げ、テレビを見た。…わかりやすい奴。
画面には映画の映像が流れている。はっと息をのんで顔を上げ、ぽろ、と涙を零す光。…綺麗だな。
「…なあこれ、ほんとに泣いてんの?」
泣く演技とか…難しいと思うんだけど。
「…あ?あぁ、そうなんじゃない?」
御幸は映像が完全に終わってから、我に返ったようにそう言って、また雑誌に視線を戻した。そうなんじゃない?って…。お前、あんなふうに自然に涙出せんのかよ。
すると寝室から、カジュアルな服に着替えた光がやってきて御幸の隣に座り、マグカップを手にホッと一息ついた。
「なあ光、泣く演技ってホントに泣いてんの?」
「え…、ふふ」
光はちょっと笑って頷いた。
「それ、よく聞かれるんですけど…ほんとに泣いてますよ。」
「え〜…すげえな。どうやって涙出してんの?」
「え…。えっと…。…な、内緒…」
顔を赤くしてはぐらかす光。…え、めっちゃ気になる…。
「怖いこと想像してるとか?」
「いえ…」
「何か悲しい想像してるとか?」
「……。」
お…図星か?
「……。か…」
「か?」
「一也さんに……振られたときのこと…」
「…え!?」
声を上げたのは御幸だ。真っ青な顔をしている。
「え…なにそれ!?そんなことあるわけねーじゃん」
「一也さんが高校卒業したとき、あったじゃん…」
「え…アレのこと!?そ…、…あ〜もう!!」
御幸は雑誌を放り出して光を抱きしめた。
「一生かけて償う…悲しませてゴメン…」
「あ…あはは…。」
「…おい、人前でイチャつくな。」
ふたりはやっと離れて、ソファの背もたれにもたれた。
「つかおまえはどうなんだよ。」
「何が。」
「木崎さんだよ。次のデートは?」
「……。」
またその話かよ。あー、煩わしい。俺は荷物を持って立ち上がった。
「うるせーなぁ…俺もう帰る」
「え、何だよ急に」
「別に。明日早いし」
「もしかしてフラれた?」
……マジでムカつくなこいつ。
「それはないよ、えみちゃん倉持さんにほんとに憧れてるんだから…」
「マジで?なんでまた倉持に。」
「おい…どういう意味だよ」
クソ眼鏡、好き勝手言いやがって。それに…光。ほんとに俺のことなんて、もう何とも思ってなさそうな…。
「あんまり人のことに口出さないの。」
「だってこいつ、俺が言わなきゃ女の子をカフェにも誘えないんだぞ。」
「御幸テメー…後で覚えとけよ」
「一也さんが助言してあげてるってこと?」
「そーだよ。じゃなきゃこいつ、何も知らな…」
「一也さんは何でそんなに女の子のことに詳しいの?」
「え…」
固まる御幸。あいつ墓穴掘ったな。いや、あいつも光としか付き合ったことないのは、俺も知ってるけど…。笑えるからだまっとこ。
「ちょ…光、何か勘違いしてるって…」
「何が?」
「…俺はお前としか付き合ったことないから!マジで!!」
「でもデートの経験は豊富なんだ。」
「違うって!なぁマジで頼むから…変な勘違いしないで光」
「……。」
御幸がどんどん狼狽えていく。光が無視モードに入ったら長引くからだ。いい気味だ。
「じゃあ俺帰るわ〜」
「ちょ…倉持!誤解といてくれ!」
「いや俺女の子のこととかよくわかんねーからさ〜」
「てめ…」
御幸を放置してマンションを出る。少しは痛い目見やがれってんだ。
***
「あ〜…御幸の奴…」
クラスメイト達が廊下の窓から外の渡り廊下を眺めている。ちらりと覗き見てみると、そこには御幸と、玉城さんがいた。渡り廊下の横の木の下で、微妙な距離を保って向かい合って立ち、ふたりとも俯き加減で、甘酸っぱい空気がここまで伝わってくる。
「いつのまに玉城さんと付き合ってんだよ〜…」
「女に興味ねーみたいなこと言っといて…」
ほんとだよ。…いつの間に。俺なんてまだ、話したこともないのに…。
「俺なんて御幸に玉城さんのメアド聞いたのに、知らねーって言われたんだぜ。ズルくねぇ?」
「それは薄情者だな〜」
「それでちゃっかり自分は告ってるんだもんなぁ」
…それはなんか、違うだろ、と思った。御幸は人に頼らず、自分からいったわけで…それが上手くいっただけだ。そう考えて、そうか、と自分でも納得した。御幸のこと、抜け駆けしやがって…みたいに思ってたけど…あいつはあいつで行動してたんだ。俺みたいなやつらが、ただ眺めている間に…。
御幸がつっと手をあげて、玉城さんの髪を撫でた。どうやら、髪についた桜の花びらを取ってあげたようだった。
「お…キスするんじゃね?」
「うわ〜〜やめろ〜〜」
「カメラカメラ!」
野次馬の盛り上がりを余所に、2人は笑い合ったように見えて、御幸が腕時計を見て、2人で校舎に入って行った。…そろそろ予鈴か。
「あ〜、なんだ、しなかった。」
「玉城さんが御幸に汚される〜…」
「やめろよ、考えたくない」
***
「倉持〜〜…!!」
「おー、おはよーさん」
俺を見つけるなり詰め寄る御幸を見て朝から気分が良い。昨日は光の機嫌を直すために相当苦労したんじゃないだろうか。もしかしたらまだ許してもらってないかも。
「…まあ、いーけどさ。」
「え?」
いーけどさ…?呆気なくそういう御幸に眉をひそめる。いいわけねーだろ、もっと焦れよ。
「光の機嫌は直ったのかよ?」
「はっはっはっは。心配ご無用〜」
「……?」
「からかわれたんだよ。お前が帰った後すぐ、冗談だよって言われてさ〜」
「はあ?」
なんだそれ…面白くねぇ〜!!
「あいつ俺に悪戯するの好きだから…」
「うるせえドM野郎」
「はっはっは!可愛いだろ〜?」
御幸にいらいらしながら廊下を歩いていると、前方から東条が歩いてきたのが見えた。今は合同キャンプ中で、こいつとも時々顔を合わせる。
「あ…。お、お疲れ様です!」
「おう、お疲れ…」
「…おぉ」
立ち止まりかけた俺の横を、速度を落とさずにそのまま歩いて行く御幸。東条の顔を見もせずに、挨拶も素っ気ない。
「おい、御幸?…なんだあいつ。」
「……。」
なんだか東条もばつが悪い顔をしているし。
「何かあったのか?」
「…俺が悪いので…。…し、失礼します。」
「え?おい…」
…なんだ?喧嘩でもしてるのか?御幸と東条が?…珍しい。