237
「光達って、同棲始めて大変なこととかなかった?」
午後の御幸家に、御幸を訪ねてきた俺と光を訪ねてきた牧瀬。いつもの4人が揃うと、牧瀬はそんなことを聞いた。
「大変って?」
光がアイスティーを飲みながら聞き返す。
「ほらよくあるじゃん、家事の分担とか〜、服脱ぎっぱなしとか〜。相手にイライラしたり喧嘩になったりさぁ」
光と御幸は顔を見合わせた。
「そう言うのは特に…」
「なかったな。」
「え〜本当!?最初にルールとか決めたりしたの?どっちが洗濯するとか、料理するとか…」
「特に決めてないけど…」
「大体一緒にやってたしな。でも最近は光がほとんどやってくれてるよな。」
「私は仕事減らしたから。それに一也さんがいつも手伝ってくれるし、そんなに変わらないでしょ」
「いやいや、気付いたら光がやってくれてた、ってことかなりあるよ。料理はもう完全に光担当になっちゃってるし」
「一也さんの方が忙しいんだから、私がやって当たり前だよ。それに料理は好きでやってるんだし…」
「ちょ、ちょっと待って」
牧瀬が手を挙げてふたりの会話を遮る。
「ふたりとも…なんか軽く言ってるけど、家事めんどくさいとか思わないの?」
「家事は好きだよ。」
「俺も嫌いじゃねーな」
「ええええ…奇特な夫婦…」
「まあ、家事って言うか…」
ふたりはなんだか目を見くばせ、頬を赤く染める。
「…相手のため…って思うと、楽しいから…」
「…そうだな」
「……。」
「……。」
唐突にすげえ惚気られたな…今。
「は〜〜…」
牧瀬は感動したようなため息をついた。
「理想の夫婦って感じだねぇ…」
「大げさだよ…」
「いやいや、みんなそういう風にやりたいけどなかなかそうもいかないんだよ!」
「なんかお前主観的だな。実体験か?」
「だまらっしゃい。」
牧瀬に水を差したらつんとそっぽを向かれた。あの酷い元恋人のことかな、とこっそり考える。
「もしかして光臣のこと?」
光が心配そうに尋ねると、ううん、と牧瀬はかぶりを振る。
「光臣はね、さすがというか…」
「?」
「金持ち喧嘩せず、ってこういうことなのかなって…」
「え?」
「家事も何もかも、全部使用人さんがやってくれちゃうんだもん…私こんな贅沢してていいのかな…なんか罪悪感が…」
「気にしすぎだよ…」
「それより俺、ずっと思ってたんだけどよ」
話を切り替えると、3人が俺を振り向く。
「光、いつのまにか御幸に敬語使わなくなったよな。」
あ、と牧瀬が気がついて、光もぽかんと開けた口に手を当てた。
「俺は気づいてたけど。」
御幸がニコニコしながら言うと、光はえっと声を上げて御幸を見た。
「気づいてたならなんで言ってくれなかったの…」
恥ずかしがるようにちょっと赤くなって言う光に、御幸は嬉しそうに言う。
「言ったらまた敬語に戻っちゃうかと思って。」
「……。」
そうかもしれない、と思ったのか、光は沈黙する。
「ていうか、付き合って結構経ってますけど…付き合い始めの頃に敬語やめたりしなかったんですか?」
「俺は敬語じゃなくていいって言ったんだけど…」
御幸はちょっと懐かしむように話し始めた。
「一也先輩のクラスって、英語は高島先生でしたっけ?」
「ああ…うん」
隣を歩く光に相槌を打って、ずっと思っていたことを思い切って打ち明ける。
「あのさ…その、敬語。使わなくていいよ。」
「え…でも、先輩だし…」
「でも彼氏じゃん。なんか他人行儀だしさ、せめてふたりのときは普通に話そうぜ。」
「……。」
微妙な顔をして黙り込む光。そ…そんなに嫌なのか?
「…いい?」
「えっ、あ…、は、はい…」
「いやだから…敬語。」
「あ…、は……。…う、うん…。」
「……。」
めちゃくちゃ言いづらそうだな〜。
「で…なんだっけ。英語?」
「あ…はい。…じゃなくて…あの…そ、そう。高島先生が…」
「……。」
ま…無理させることもないか。
「…あのさ、言いづらいなら無理しなくていいよ。言いやすい方で…」
「あ…。す、すみません…。」
いつか…もっと心を開いてくれたら、敬語も取れてくるのかな。名前も気安く読んでくれるようになるのかな。
…それまでは…のんびり待つことにするか。
「…つーわけで、長い道のりだったけど…やっと自然体で話してくれるようになったわけよ。」
「感動ですね〜〜」
「……。」
光は顔を赤くして御幸を睨んでいる。
「まぁ次は名前呼び捨てを頑張ってもらうかな〜」
「……。」
「本人いやそうな顔してますけど。」
「なんでだよ〜哲さんのことてっちゃんって呼んでるじゃん!」
「それは…子供のころから知ってるから…」
「なんだよそれ〜俺たち夫婦なんだぞ〜」
「え?でも前、御幸のことかずくんって呼…」
…!!光に睨まれた…
「え!?倉持さん、その話詳しく」
「も、もう呼ばない!」
「あー!ほらもう倉持のせいだぞ!」
「知らねーよ…」
バカップルに付き合ってられるか。
「いや〜…でも、昔はあんなに喧嘩ばっかりしてたふたりが、こんなラブラブ夫婦になるとはね〜」
「喧嘩っつーか、御幸が怒られてただけだな。」
「御幸さん、よく光の教室まで謝りに来てましたよね。」
「そういうことは覚えてなくてよろしい。」
御幸がぴしゃりと言って、光も同意するように頷いた。
***
光と牧瀬が出かけたので、俺と御幸は光臣の家のトレーニングルームに行くことにした。一通り筋トレメニューをこなして汗を流したところでベンチに座り、水分補給をする。
「それでお前…」
「あ?」
「木崎さんとはどうなったんだよ。」
「……。」
こいつもしつこいヤローだ…。
「…もう終わったよ。」
「は?なんで?」
「あのあと…」
俺は牧瀬に話したことと同じことを御幸に話した。
「それ断るって…倉持クンサイテー」
「知ってるよ」
「その後連絡とってないの?」
「とるわけねーだろ」
気まずすぎるだろ。俺は、木崎さんの気持ちには応えられないし…。
「そもそも趣味も気も合わないし、あの子も俺なんてすぐ飽きるって」
「美術館楽しくなかった?」
「…ああいうのはよくわかんねー。つーかお前もだろ、美術館なんて普段行かないくせに。光の前だからカッコつけてんのか?」
「俺は楽しかったけど?」
御幸は気取らない態度で答えた。
「光が好きなもんは俺も興味あるし。」
「……。」
「確かに一人じゃ美術館なんて普段行かねーけど…光と過ごす場所としては俺は好き」
「お前…かなり恥ずかしいこと言ってんぞ。大丈夫か?」
「だって、そういうもんだろ、好きな相手って」
「……。」
「好きな子のことは興味あるし、もっと知りたくなるだろ。興味なかったものでも相手が好きだと興味出てくるし、それで成長できたりする。趣味なら俺と光も結構違うけど、むしろそのおかげで自分の世界が広がってるよ。」
「……。」
そりゃ…。いいよな、お前は。本当に好きな子と、一緒になれたんだから…。
「お前、それなら自分だって光なら…って思ってるだろ。」
「…悪いかよ」
「お前が光のことそう思ってんのは知ってるけどさ。でも…俺らも光のこと、最初から付き合いたいとか結婚したいとか、具体的に思ってたわけじゃないだろ。」
「……。」
「最初は気になる子だったのが、一緒に過ごすうちに…知っていくうちに、だんだんそうなったわけで。気持ちはある日突然変われるわけねーんだから。」
「……。」
「だから木崎さんともっと知り合えって言ってんだよ。そのうち大切な存在になるかもしれねーぞ。」
「……。」
「自分のことを…そんなふうに特別に思ってくれる子、大切に想えないわけねーよ」
御幸のくせに…。そんな、聖人みたいなセリフ。腹立つ…。
「だからもう一回くらい会ってみれば?」
「…会ってどーすんだよ」
「せめて蟠り解消しとけ。お前メンタルすぐ響くんだから」
「お前ほどじゃねーわ」
午後の御幸家に、御幸を訪ねてきた俺と光を訪ねてきた牧瀬。いつもの4人が揃うと、牧瀬はそんなことを聞いた。
「大変って?」
光がアイスティーを飲みながら聞き返す。
「ほらよくあるじゃん、家事の分担とか〜、服脱ぎっぱなしとか〜。相手にイライラしたり喧嘩になったりさぁ」
光と御幸は顔を見合わせた。
「そう言うのは特に…」
「なかったな。」
「え〜本当!?最初にルールとか決めたりしたの?どっちが洗濯するとか、料理するとか…」
「特に決めてないけど…」
「大体一緒にやってたしな。でも最近は光がほとんどやってくれてるよな。」
「私は仕事減らしたから。それに一也さんがいつも手伝ってくれるし、そんなに変わらないでしょ」
「いやいや、気付いたら光がやってくれてた、ってことかなりあるよ。料理はもう完全に光担当になっちゃってるし」
「一也さんの方が忙しいんだから、私がやって当たり前だよ。それに料理は好きでやってるんだし…」
「ちょ、ちょっと待って」
牧瀬が手を挙げてふたりの会話を遮る。
「ふたりとも…なんか軽く言ってるけど、家事めんどくさいとか思わないの?」
「家事は好きだよ。」
「俺も嫌いじゃねーな」
「ええええ…奇特な夫婦…」
「まあ、家事って言うか…」
ふたりはなんだか目を見くばせ、頬を赤く染める。
「…相手のため…って思うと、楽しいから…」
「…そうだな」
「……。」
「……。」
唐突にすげえ惚気られたな…今。
「は〜〜…」
牧瀬は感動したようなため息をついた。
「理想の夫婦って感じだねぇ…」
「大げさだよ…」
「いやいや、みんなそういう風にやりたいけどなかなかそうもいかないんだよ!」
「なんかお前主観的だな。実体験か?」
「だまらっしゃい。」
牧瀬に水を差したらつんとそっぽを向かれた。あの酷い元恋人のことかな、とこっそり考える。
「もしかして光臣のこと?」
光が心配そうに尋ねると、ううん、と牧瀬はかぶりを振る。
「光臣はね、さすがというか…」
「?」
「金持ち喧嘩せず、ってこういうことなのかなって…」
「え?」
「家事も何もかも、全部使用人さんがやってくれちゃうんだもん…私こんな贅沢してていいのかな…なんか罪悪感が…」
「気にしすぎだよ…」
「それより俺、ずっと思ってたんだけどよ」
話を切り替えると、3人が俺を振り向く。
「光、いつのまにか御幸に敬語使わなくなったよな。」
あ、と牧瀬が気がついて、光もぽかんと開けた口に手を当てた。
「俺は気づいてたけど。」
御幸がニコニコしながら言うと、光はえっと声を上げて御幸を見た。
「気づいてたならなんで言ってくれなかったの…」
恥ずかしがるようにちょっと赤くなって言う光に、御幸は嬉しそうに言う。
「言ったらまた敬語に戻っちゃうかと思って。」
「……。」
そうかもしれない、と思ったのか、光は沈黙する。
「ていうか、付き合って結構経ってますけど…付き合い始めの頃に敬語やめたりしなかったんですか?」
「俺は敬語じゃなくていいって言ったんだけど…」
御幸はちょっと懐かしむように話し始めた。
「一也先輩のクラスって、英語は高島先生でしたっけ?」
「ああ…うん」
隣を歩く光に相槌を打って、ずっと思っていたことを思い切って打ち明ける。
「あのさ…その、敬語。使わなくていいよ。」
「え…でも、先輩だし…」
「でも彼氏じゃん。なんか他人行儀だしさ、せめてふたりのときは普通に話そうぜ。」
「……。」
微妙な顔をして黙り込む光。そ…そんなに嫌なのか?
「…いい?」
「えっ、あ…、は、はい…」
「いやだから…敬語。」
「あ…、は……。…う、うん…。」
「……。」
めちゃくちゃ言いづらそうだな〜。
「で…なんだっけ。英語?」
「あ…はい。…じゃなくて…あの…そ、そう。高島先生が…」
「……。」
ま…無理させることもないか。
「…あのさ、言いづらいなら無理しなくていいよ。言いやすい方で…」
「あ…。す、すみません…。」
いつか…もっと心を開いてくれたら、敬語も取れてくるのかな。名前も気安く読んでくれるようになるのかな。
…それまでは…のんびり待つことにするか。
「…つーわけで、長い道のりだったけど…やっと自然体で話してくれるようになったわけよ。」
「感動ですね〜〜」
「……。」
光は顔を赤くして御幸を睨んでいる。
「まぁ次は名前呼び捨てを頑張ってもらうかな〜」
「……。」
「本人いやそうな顔してますけど。」
「なんでだよ〜哲さんのことてっちゃんって呼んでるじゃん!」
「それは…子供のころから知ってるから…」
「なんだよそれ〜俺たち夫婦なんだぞ〜」
「え?でも前、御幸のことかずくんって呼…」
…!!光に睨まれた…
「え!?倉持さん、その話詳しく」
「も、もう呼ばない!」
「あー!ほらもう倉持のせいだぞ!」
「知らねーよ…」
バカップルに付き合ってられるか。
「いや〜…でも、昔はあんなに喧嘩ばっかりしてたふたりが、こんなラブラブ夫婦になるとはね〜」
「喧嘩っつーか、御幸が怒られてただけだな。」
「御幸さん、よく光の教室まで謝りに来てましたよね。」
「そういうことは覚えてなくてよろしい。」
御幸がぴしゃりと言って、光も同意するように頷いた。
***
光と牧瀬が出かけたので、俺と御幸は光臣の家のトレーニングルームに行くことにした。一通り筋トレメニューをこなして汗を流したところでベンチに座り、水分補給をする。
「それでお前…」
「あ?」
「木崎さんとはどうなったんだよ。」
「……。」
こいつもしつこいヤローだ…。
「…もう終わったよ。」
「は?なんで?」
「あのあと…」
俺は牧瀬に話したことと同じことを御幸に話した。
「それ断るって…倉持クンサイテー」
「知ってるよ」
「その後連絡とってないの?」
「とるわけねーだろ」
気まずすぎるだろ。俺は、木崎さんの気持ちには応えられないし…。
「そもそも趣味も気も合わないし、あの子も俺なんてすぐ飽きるって」
「美術館楽しくなかった?」
「…ああいうのはよくわかんねー。つーかお前もだろ、美術館なんて普段行かないくせに。光の前だからカッコつけてんのか?」
「俺は楽しかったけど?」
御幸は気取らない態度で答えた。
「光が好きなもんは俺も興味あるし。」
「……。」
「確かに一人じゃ美術館なんて普段行かねーけど…光と過ごす場所としては俺は好き」
「お前…かなり恥ずかしいこと言ってんぞ。大丈夫か?」
「だって、そういうもんだろ、好きな相手って」
「……。」
「好きな子のことは興味あるし、もっと知りたくなるだろ。興味なかったものでも相手が好きだと興味出てくるし、それで成長できたりする。趣味なら俺と光も結構違うけど、むしろそのおかげで自分の世界が広がってるよ。」
「……。」
そりゃ…。いいよな、お前は。本当に好きな子と、一緒になれたんだから…。
「お前、それなら自分だって光なら…って思ってるだろ。」
「…悪いかよ」
「お前が光のことそう思ってんのは知ってるけどさ。でも…俺らも光のこと、最初から付き合いたいとか結婚したいとか、具体的に思ってたわけじゃないだろ。」
「……。」
「最初は気になる子だったのが、一緒に過ごすうちに…知っていくうちに、だんだんそうなったわけで。気持ちはある日突然変われるわけねーんだから。」
「……。」
「だから木崎さんともっと知り合えって言ってんだよ。そのうち大切な存在になるかもしれねーぞ。」
「……。」
「自分のことを…そんなふうに特別に思ってくれる子、大切に想えないわけねーよ」
御幸のくせに…。そんな、聖人みたいなセリフ。腹立つ…。
「だからもう一回くらい会ってみれば?」
「…会ってどーすんだよ」
「せめて蟠り解消しとけ。お前メンタルすぐ響くんだから」
「お前ほどじゃねーわ」