そろそろ切り上げるか。
家に帰るのはすごく嬉しい。光に会えるし、幸せを感じる。
最近はすごく順調だ。野球は相変わらず楽しくて仕方ないし、自分自身の調子もいい。光ともうまくいってるし、倉持をはじめとするしつこい野郎どもも最近は大人しい。
もうオフに入るから、またゆっくり光と過ごせるし…。旅行でも誘ってみるかな。
まあでもその前に…。光も明日は休みだって言ってたし、今夜はゆっくり…なんて。

「おい、何ニヤついてんだよ。気持ちわりい」
「…別に。」

倉持の悪態で少々現実に引き戻されたが、それでも帰る悦びは変わらない。

「じゃあな」
「おー」

倉持に手をあげて、お互い隣に停めた車に近寄る。その時俺のスマホが鳴って、ポケットから取り出すと、光からの電話だった。

「もしもし光?」

自分でもわかるほど声が弾んでいて、倉持があからさまにうざそうに俺を見て舌打ちをした。

『あ、すみません、私牧瀬ですけど…』
「え…牧瀬?」

俺の声を聞いて、倉持も不思議そうに足を止めた。牧瀬が光の携帯からかけてくるとは珍しい。

「何かあったの?」
『それが…今日、セットの大道具が倒れてきて…ちょうど光にぶつかって』
「…え!?無事なのか!?今どこだよ!?」
『あ、あの、無事です!無事!今病院ですけど、怪我もたんこぶだけで、検査も異常はないって』
「…そうか…、…それで、光は?」
『意識ははっきりしてるんですけど…なんかちょっと…』
「なんだよ?」
『う〜ん…なんか…変っていうか…』
「え?」
『うまく説明できないんで、今から病院に来られません?』
「あ、ああ、行くよ。」
『それじゃ、待ってますね。』

なんだか焦ったような感じで電話が切れる。異常はないって言ってたけど…不安が胸をよぎった。

「光、どうかしたのか?」

倉持が帰宅を思い留まるように車に手をかけたまま尋ねてきた。俺は今牧瀬から聞いたことを説明した。

「ふうん…」

倉持は不思議そうにそう相槌を打った後、車のドアを開けた。

「俺も行く。」

…言うと思った。
俺たちはそれぞれ車に乗り込んで、病院へ向かった。



***



病院につき、ナースステーションを覗くと、すぐに病室を指示された。言われた病室の前まで来ると、そこに光臣が立っていた。

「お…。お前も来てたのか。」
「ちょうど司を迎えに行ってたんだ」

へえ…。結構恋人らしいことしてんのか。
ちょっと感心しつつ病室のドアに手をかける。

「……。」
「…お前何で入らねえの?」

じっとそこに佇む光臣に声をかけると、光臣はばつが悪そうにちょっと顔を背けた。

「…行けばわかる。」
「?」

なんだか落ち込んでいるようにも見える光臣に疑問符を浮かべながら、倉持と病室に入った。
まず目に入ったのはベッドに腰掛ける光。見たところ、確かにけがなどは見当たらない。澄み切った大きな瞳で俺をじっと見つめる表情は、なぜか驚いた顔にも見える。ベッドの傍に立っている牧瀬は、俺と倉持を見るとちょっと安堵したような顔になった。

「あ〜よかった、早かったですね。」
「もう帰るとこだったからな。」
「倉持さんも来たんですか?」
「悪いかよ。」
「いいえ〜別に。」

いつもの調子で軽口を交わす俺たちを、光は不思議そうに見つめている。

「怪我はここにおっきなたんこぶができちゃったんですけど…」
「どれ?」

ここ、と牧瀬が触れた光の頭に触れた。さらさらの髪が指の先をくすぐる。

「お〜ホントだ、でっかいたんこぶ」

からかうように言って、光の奴ちょっとムッとするかな、なんて思った時、パチン、と手が弾かれた。

「触らないでください。」
「…え?」
「セクハラです。」

…え。光が…い、今、なんて言った?
つんとそっぽを向いて怒る光。思わず一瞬放心したが、ぎりぎりのところで我に返る。

「あ〜、御幸さんでもダメかぁ」
「は?」

落胆したような牧瀬の言葉。それどういう意味だよ…。

「さっきも光臣に、触るなって怒っちゃって。大変だったんですよ。」
「…なんで?」
「それがわからなくて…。検査結果は異状もないから、今日は帰っていいってお医者さんには言われたんですけど。相手によって態度が違うのは、多分、一時的に混乱してるんじゃないかって…。」
「一時的って…い、いつまでこうなんだよ?」
「わからないけど、2〜3日も経てば治ることがほとんどだそうですよ。」
「2〜3日…。」

「それより…なんで御幸先輩が来るんですか?」

ちょっと怒ったような声で光が言って、俺たちは口を噤んで顔を見合わせた。

「…先輩?」
「先輩って言ったな。」
「…ってことは…」

牧瀬がそっと光の顔を覗き込む。

「光。今何歳?」
「え?」

何でそんなことを聞くのか、というような訝しむ顔。

「…15歳でしょ?」
「……。」
「……。」
「……。」

言葉を失った俺たちを見渡し、急に不安げな顔になる光。

「な…何?」
「…わかりました。つまり…光は今、高校1年生の頃の記憶に戻っちゃってるんですよ。」
「そ…そんなことあるか?漫画かよ。」
「でも実際そうじゃないですか!御幸さんへの態度から察するに、多分まだ付き合う前ですね。」
「え…」

そ、そんな…。その頃の光って、俺への態度がかなりきつかったような…。

「…っていうか、御幸先輩…」

ふと、俺をまじまじと見つめる光。

「なんか…老けましたね。」
「……。」

ぶふっ、と後ろで倉持が噴き出した。

「あのね、光。」

牧瀬が光の隣に腰かけて、優しく諭すように話しかける。

「光は今日、頭を強く打ったでしょ?」
「…?うん」
「それで、記憶がちょっと混乱してるらしくてね。」
「…?」
「落ち着いて聞いてね。」
「…何?」
「光は今、23歳なの。」
「……。」

ぱちくり、と大きな瞳が瞬いた。

「…何言ってんの?司。」

…うん、まあ、そうだよな。

「本当の事なの。お医者さんは2〜3日もすれば治るだろうって言ってるけど…。」
「…もー、わかったから。変な冗談やめてよ。」
「だから、冗談じゃないんだってば。光はね、もう高校を卒業して、今はモデルをやってて、それで…」
「俺と結婚したんだよ。」

真ん丸の瞳が俺を見上げた。じわじわと紅くなる顔を見つめる。

「な…何言ってるんですか?冗談でもやめてください。」
「だからほんとだって。ほら結婚指輪。」
「…もう!こんな手の込んだ悪戯…。司まで先輩に協力してるの?」

光は結婚指輪を外して俺に押し付けた。

「違うの光!本当なの!」
「そんなわけないじゃん!御幸先輩と結婚とか…ありえないから!」

ガーン…、と頭の奥で鐘が鳴るような低い音がこだまする。
あ…ありえない…のか。俺やっぱ嫌われてたのか?光は一目惚れだった、って言ってくれたけど…。

「ヒャハハハ。そうだよな〜光、こんな性悪メガネは嫌だよな!」
「……。」

上機嫌に笑い出す倉持を不思議そうに見上げる光。

「……。」
「……。」
「……あの、俺、倉持だけど…」
「…え?…くら…もち?」

名前を聞いてもピンと来ていない光に、今度は俺が噴き出した。

「倉持クンどんま〜い。まあお前は所詮、当時はその程度の認識だったってことだな!」
「うるせーよ!クソメガネ」

「それで…どうします?」

牧瀬の声で、一度落ち着いた。

「どうするって…まあ、もう遅いし…帰るしかないけど…」

ちらり、と光を見る。…睨まれた。
こんな状態の光、2人っきりの家に連れて帰ってもいいんだろうか。認識は高校1年の、まだ出会ったばかりの頃だし…つーかそもそも俺と来てくれんのかな。

「まあなんとかなりますよね!それじゃ御幸さん、あとよろしくお願いしまーす!」
「え?おい、急に適当だな…」
「だって夫婦じゃないですか。大丈夫、なんとかなりますよ。」

…そうかぁ?俺は不安でいっぱいだけど。

「それじゃ私たち、帰りますね。」
「じゃーな御幸、光」
「え!?ちょ…そんなあっけなく去るの!?お前ら」

パタン、とドアが閉まる。光を振り返ると、光も戸惑った目で俺を見上げた。

「…帰ります。」

光が呟き、立ち上がってバッグを肩に提げる。

「待てよ。お前が帰るのはマンションだから。一緒に帰るぞ」
「…まだその設定続くんですか?いい加減にしてください。面白くないですよ。」
「だから設定とかじゃねーって。疑うなら駐車場まで一緒に来いよ。」
「嫌です。帰ります」
「そうはいってもお前、ここがどこかもわかんねーだろ。いいから、騙されたと思って一緒に来い。」
「……。」
「ほら」

腕を掴んで軽く引っ張ると、意外にも振りほどかれず、光はそのまま俺のあとを歩いた。病院を出て駐車場に入り、自分の車のロックを解除して助手席のドアを開ける。

「ほら。」
「……。」

光はちょっと迷って、俺を見て、車を見て、渋々乗り込んだ。ドアを閉め、俺も運転席へ座る。エンジンをかける俺を、光はぎょっとして見つめていた。いよいよ車が動き出すと、その表情はもう驚きと戸惑いに支配されていて。ようやく、俺たちの話を少しだけ信じたようだった。



***



マンションにつくと、警備員の慣れた様子の一例を受け、ガレージに車を入れた。車を降り、玄関の鍵を開ける。ドアを開いて光を振り返ると、その表情には戸惑いが溢れていた。

「入れよ。お前の家だぞ。」
「……。」

何も言わず、おそるおそる部屋に入る光。ドアが閉まると、少し怯えるように肩を竦めた。そういや…こいつ、男苦手だったな。そう思いだして、今の自分がどれほど彼女にとって特別な存在になったのかを実感し、嬉しくなる。早く治ってほしい…けど、昔の光もなんだか懐かしい。
俺は先に靴を脱いで部屋に入った。まだ戸惑っている光を急かさないように、程よい距離感を保つことにした。
部屋のクローゼットを開け、何か使えるものはないか探す。大人になった証拠とか…ここが光の家だと証明するもの。それに、俺たちが夫婦だという証拠も。

いくつかの者を取り出してリビングのソファに座ると、光がおそるおそるやって来た。

「光、来いよ。コレ見てみろ」
「え…?」

少しずつ俺に近づいてきた光に、アルバムを差し出す。

「ほら。高校の卒アル。」
「……。」

光は青い皮の冊子を受け取り、開いた。光の高校の卒業アルバム。ここに引っ越してから、叔母さんに送ってもらったものだ。それを見ると、光は驚いたように息をのんだ。

「それから…これ。」

写真立てを差し出す。

「結婚式の写真。」
「……。」

ウエディングドレス姿の光と、タキシード姿の俺。光は言葉を失ってしばらく写真を眺めていた。

「信じたか?」
「……。」

ま…頭では理解できても、そんな簡単に心は追いつかないよな。

「まあ、座って少し休んでろよ。夕食作るから」
「え…。」

俺がキッチンに入ると、光はしばらく迷うように立っていたが、ようやくソファに遠慮がちに座った。
それからすっかり大人しくなってしまった光と食事をした。…ちらちらと視線を感じる。めちゃくちゃ警戒されてんなー…。
ちら、と視線を向けると、目が合って、光は逃げるように目を逸らした。
静かな食事を終え、俺は食器を片づけ始める。

「先に風呂入ってこいよ。」
「え…、…。」
「風呂はそこ。着替えはそっちの寝室のクローゼット。」
「……。」

戸惑いながら寝室に入って、しばらくして着替えを持ってきた光は、まるで忍ぶように脱衣所に入って行った。そんな、お化け屋敷みたいに入って行かなくても。なんだか新鮮な彼女の様子に、悪いと思ったけど、やっぱりちょっと笑ってしまう。
洗い物を終えて、ベランダで素振りをしていると、30分ほどで光がリビングに戻ってきたのが見えて、俺も部屋に入った。光は俺の様子を一瞬窺って、居心地悪そうに身を竦める。ここまでくると、さすがに冗談ではなさそうだと理解してきたらしく、別の混乱が起き始めているらしい。

「んな警戒すんなって。もっとくつろいでていいよ、家なんだから。」
「……。」
「ほら、ソファ座ってテレビでも見れば?眠かったらそこの寝室で寝ろよ。」
「……。」

小さく頷いて、光はひとまずソファに座った。テレビはつけず、所在なさげに俯いて、手持ち無沙汰にスマホを手に取った。

「俺も風呂入ってくるから。」
「…はい。」

まあ…普通に考えて、今の光にとって俺は『学校で時々会う馴れ馴れしい男の先輩』なわけで。いきなりそんな奴に君は俺と結婚してますとか言われて、マンションの部屋で二人っきりとか…あれ、俺かなりヤバくね?怖がられても仕方ない…。つーか通報されてないのが奇跡だな。まあ、車運転してたり、写真やら見せたり…あとは牧瀬がいたのも大きいな。だけど…あーあ、早く元に戻ってくれないかな。久々だから、あの態度はキツイ…。学生の頃の俺、よくあんな嫌悪感丸出しの光相手に諦めずアプローチ続けたな〜…。よく頑張った、俺。
そんなことを考えながら風呂から出て、いつも通りパンツとズボンだけ履いて髪を拭きながらリビングへ戻る。ドアの音で、光が身を竦めて振り返った。そしてぎょっと目を丸くして、顔を赤くして、顔を背けた。…あ、俺上半身裸だった。いつもの癖で…。

「はっはっはっは!照れてんのか?」
「…違います。」

その反応が新鮮でなんだか懐かしくて、ますます彼女が可愛く思えてしまう。

「そんなに照れなくても。」
「うるさい変態。」
「変態ってなんだよ〜。俺たち結婚してんだぞ?もうとっくにあんなことやそんなことも…」

パチン、と頬が弾かれた。後からじんじんと痛みが広がってくる。…うん、今のは俺が悪かった。
光は怒った様子で寝室に逃げ込んだ。…あーあ、こりゃ長引くな。あいつの性格的に。

「光〜」

寝室のドアを開けると、ベッドに入った光がぎょっと俺を見る。

「何なんですか…呼び捨てやめてください」
「いつもそう呼んでんだよ。俺のことも一也さんって呼んでくれていんだぞ〜」
「呼びません。」
「いつもそう呼んでるのに。」
「…知らないし。…って、ちょっと…」

ベッドに入りかけた俺を、光は戸惑った目で見る。身を竦めて、少しずつ青ざめる顔で。

「あ…そっか、ごめん。」
「え…」
「俺リビングで寝るよ。じゃあおやすみ」
「……。」

ちょっと驚いた眼で俺を見つめる光。少しは見直してくれたかなー。やっぱり一緒でいいです、とか言ってくれたり…なんてことはなく、俺は寝室を出てドアを閉めた。やっぱり…俺、初めはそんなに好かれてなかったんじゃ…。つーか嫌われてた?警戒対象?傷つくなー。
ま…そんなことを考えてもしょうがない。まだまだ暑い夜でよかった、とソファに向かおうとすると、寝室のドアの向こうから、かすかに足音が聞こえた。え…光、ドアに近づいてる?もしかして…やっぱり、一緒のベッドで寝よう、とか…。

ガチャッ

無機質な音がして、足音はまた遠くなっていった。…か、鍵閉められた…。か…かなりショックだ…。俺ってそんなに信用されてなかったのか…当時。
あ〜…本当なら今頃、光とベッドであんなことやそんなことをしていたはずなのに。……。……寝るか。



***


……朝か。
薄明るくなってきたリビングで目が覚める。顔を洗い、静かなキッチンでコーヒーを淹れていると、ドアが開く音がした。ゆっくりとこちらに歩いてくる足音も。振り返ると、光がまだ眠たさを引き摺る顔で俺を見た。

「おはよ。」

そう言ってちょっと手を広げる。光はびくりと肩を竦ませて立ち止まり、大きな瞳で警戒する小動物のように俺を見た。…一晩経って、もしかしたら治ってるかも…と期待したけど…まだみたいだな。

「なんだよ〜いつもはおはようのチューするのになぁー」
「……。」
「はっはっは!めちゃ疑ってんな!」
「…そんなことしません」
「え〜ホントなのに〜」

光は俺を睨むと洗面所へ入っていった。やべえ…強がったけど普通に傷つく…。
…もし治らなかったら…ずっとこのままだったらどうしよう。俺はあいつのこと好きだけど…あいつに嫌われてたんじゃ、こんな生活はつづけられないし…。それに、俺を見つめて幸せそうに微笑んで、キスをねだってくる彼女は、もう戻ってこないのかと思うと…泣きそうになる。
コーヒーを淹れてリビングで飲んでいると、光が戻ってきた。

「お前のコーヒー、淹れてあるぞ」
「……。」

ちょっと迷ってから、そっと隣のスツールに座り、マグカップを手に取った。

「…いただきます」

そう言って、コーヒーをちょっと見つめてから少し飲んで、驚いたようにまたコーヒーを見つめる。

「どうした?」

尋ねると、光はいえ、と首を小さく振って、コーヒーを飲み始めた。

「…あの…」
「ん?」

雑誌を閉じて、何か話したそうにする光を見る。こいつの方から話しかけてくるのは進歩だ。

「…結婚…って…」
「本当だよ。」
「……。」
「からかってない。誓う。」
「……。」

真剣に答えると、光はようやくその表情から疑いを消した。

「なんで…結婚したんですか?私と…」
「えー、またそんなこと聞くのかよ。」
「また…?」
「付き合ってからも、結婚してからも…お前にはよくそう訊かれる。そんなの、好きだからに決まってんじゃん」
「……。」
「信じてねー顔だな。お前、自分のこと過小評価しすぎなんだよ」

光が俺を見る目には、先ほどまでのような怯えはなくなっていて、今は真剣に俺の話を聞いていた。

「お前は一生分傷ついただろ。」
「え…?」
「お腹の傷。」

は、と息を飲んだ光。

「…知ってるんですか?傷のこと…」
「お前から聞いた。それで…一生守りたいと思った。」
「……。」
「それだけ。」

ぽかんと俺を見つめる目が、だんだんとうるんで、頬に涙が伝った。

「泣くなって。ほら」

頬の涙を指で拭って、光の小さな手を引っ張って、隣に座らせた。その背中を撫でて落ち着かせ、肩を竦ませて涙を堪える小さな体を見つめる。

「抱きしめていい?」
「え…、」
「お前のこと大事だから…泣いてると抱きしめたくなる。」
「……。」

顔を赤くして、光はそっと俺の服の裾を掴んだ。俺はその体を優しく抱きしめた。

「一也先輩…」
「……。」
「……。」
「……えっ!?」

体を離し、細い両肩を掴んだまま光の顔を覗き込む。

「え…あれ?私…」
「何か思い出したのか?」
「…えっ…と…」
「…光、今いくつ?」
「え…」

迷うような瞳でちょっと考えて、自信なさげに呟く。

「…じ…16歳…?」
「…まだ高校か〜…」

これ…元に戻るまでどれくらいかかるんだ?

「でも昨日のことは覚えてる…んだよな?」
「……。」

光はまたちょっと考えて、こくこくと小さく頷く。

「先輩と…」
「……。」
「…結婚…してるって…」
「そう!もう忘れんなよ?」
「…は、はい…」

顔を赤くして俯く光。…は〜、まあ、俺のことを嫌ってはない時期に来たから…まだマシだな。

「じゃあ…はい。」

テーブルに置いておいた結婚指輪をとり、光の左手の薬指に着ける。光はそれをじっと見つめた。

「それつっかえされたとき、まじで傷ついたからな?」
「ご…ごめんなさい」
「俺と結婚するなんてありえないとかいうしさ〜」
「…そ、それは……。…恥ずかしくて」
「はっはっは、知ってる!お前ツンデレだもんな〜」
「つ…つんでれ?」

きょとんと眼を瞬く光の髪を撫でる。

「ホントは俺のこと大好きなくせに、それと真逆の態度とっちゃうってこと。」
「……。」

光はますます顔を赤くして黙り込む。ほら、やっぱり図星だ。ということは…本当は、最初からそこまで嫌われてなかったのかも?

「…調子乗りすぎ」
「……。」

…多分。

「ま…少し思い出してくれてよかったよ。」
「……。」
「今日はどっか出かけるか。せっかく二人とも休みだし…朝食でも食べに行こうぜ。」
「はい…」

光は頷いて、コーヒーを飲み干した。



***


着替えてリビングにやって来た光を見て、頬が緩む。シンプルな白のシャツワンピースにデニムのジャケット。髪は軽くまとめて一つに縛っていて、ラフだけど清廉さのある装いは彼女の美貌をさらに際立たせ、無防備なあどけなさも醸し出している。

「…何か変ですか?」

見つめすぎただろうか。不安そうに言う光の頭を撫で、俺は棚の上の黒いキャップを手に取った。

「いや、似合ってるよ。可愛い。」
「……。」

ちょっとびっくりしたように俺を見つめる光に、ぽすん、とキャップを被せる。

「でもこれ被って。」
「…帽子?」
「お前今有名人なんだよ。顔出して歩いたら取り囲まれるぞ。」
「…何言ってるんですか?」
「いやマジで。ほら。」

そう言って俺は、本棚から雑誌を数冊取り出して見せる。光が表紙に乗ったファッション誌だ。

「超有名モデルだからな。俺も一応、プロ野球選手だし…」
「……。」
「まあ、有名人夫婦ってこと。」
「……。」

雑誌を捲りながら閉口する光。まるで未知のものを見つけたような顔で、そこに写る自分を見つめている。

「見惚れちゃうのはわかるけど、俺腹減ったからもう出ようぜ。」
「……。」

からかうように言って雑誌を取り上げると、光は少し俺を睨んで、はにかんだ。
マンションを出て、車で少し遠出しようかとも思ったけど、光はまだ戸惑っているし、近所を少し歩こうかと考える。それで、また少し思い出すかもしれないし…。

「行こう。」

手を取って繋ぐと、光は少し顔を赤くした。この初々しい感じ…懐かしいな。こっちまで照れてくる。
高校時代を思い出すような気持で、俺たちは手を繋いで歩き出した。



***



結局夜になって、俺たちはマンションに帰ってきた。こんな風に一日ゆっくりふたりきりで外出して過ごすなんて久しぶりだ。この一日で、光もかなり心を開いてくれたみたいだし…。なんだか、付き合い始めた頃を思い出す。
風呂に入って、すっかり夜が更けると、光は眠たそうにあくびを零した。

「もう寝ろよ。」

ちょっと口元が緩みながらそう促す。光は頷いて、立ち上がって、少しもじもじしながら俺を振り返った。

「…一也先輩は?」
「俺ももう寝るよ。」
「……。」

まだ何か言いたげな光。

「どした?」
「…ここで?」
「え?」
「ここで…寝るんですか?」

…それって…俺、ベッドに誘われてる?

「…一緒に寝る?」

勇気を出してそう訊いてみる。光は少し恥ずかしそうに目を逸らして、こくん、と頷いた。…か、可愛すぎる。

「じゃあ…寝るか。」

立ち上がって、一緒に寝室へ向かう。寝るか…とは言ったけど、これ…そういうことでいいんだよな?
ベッドに入り、電気を半分消して、光を見る。…顔を真っ赤にして俯いている。…そうそう、こいつ、こういうことに免疫がなくて…でも、一生懸命俺の要望に応えてくれたりして。昔から、ずっと…どうしようもなく可愛かった。

「…光。」

名前を呼ばれ、ぎゅっと覚悟するように目を瞑った彼女の、赤い唇にキスをした。

「…ん……は…、」

いつもよりぎこちない。けど…昔の彼女そのままだ。
唇を離すと、光は少し呆然と俺を見つめる。

「…どした?」
「……いつもより…気持ちよかった」

どうやら高校の頃の自分よりはキスが上達したらしい。俺はちょっと笑いを堪えながら、また彼女の唇を塞いだ。うっとりと抱き着いてくる彼女の服をはだけさせ、胸の蕾を愛撫する。

「ん…、あ…っ」

昔から弱いところは変わってない。だけど、昔の自分より、今の方が…どこをどんなふうに触れたら、彼女がどんな反応をするのか…全部わかっている。

「…あ…、…あ…っ」

もどかしそうに足を閉じる光。だけどまだ、胸の愛撫をやめない。

「んん…、…う…」

足の間でシャツをぎゅっと掴んで、物欲しそうに俺を見る。俺も見つめ返して、胸の蕾を口に含んだ。舌で愛撫すると、光は息を荒げて腰を浮かせる。ここ、そんなに気持ちいいんだ…。もっとしてもいいけど…そろそろかな。
口を離し、足を開かせる。もうそこがせつないのか、光は恥ずかしがるよりもされるがままになった。ぐっしょりと濡れた下着を脱がし、蜜に塗れるそこに舌を這わせ、蜜を吸い上げる。
じゅる…、と音がした。

「や…」

恥ずかしそうに零れた声も、荒い呼吸に交じって消える。俺は甘い蜜を舐めとり、小さな蕾を舐め始める。

「ん、ん…っ」

もじもじと柔らかな足が俺の頭を挟む。俺は構わずに蜜と蕾を舐め続けた。

「んん…う…。」

光は声を零し、腰を浮かせる。そろそろいいかなと、俺が顔を上げ、秘部に手を添えると、不安そうに俺を見た。…そういえば、昔…初めてした後しばらくは、中に指を入れるのも怖がった。今の記憶はその頃なのかもしれない。あの頃は、確か…ちょっとずつ慣らしたんだけど…。今の光ならちゃんと慣らせばモノを入れても痛くはないはず。最近ほぼ毎日していたし…。でもだからと言って、不安にさせたまま続ける気はない。まずは、少しずつ快楽を思い出させないと…。

「指、一本だけ入れるけど、慣れるまでは動かさないから。安心しな」
「…ん…」

まだ少し不安そうにしながら小さく頷く光。彼女の了承を確認して、指を一本だけ、中へと滑り込ませる。まだ少しきつい。根元まで入れて、俺はそのまま掌を彼女の秘部に押し当てた。

「…あ…、…んう…」

指を入れたまま、手の平の付け根のあたりで小さな蕾のあたりを弱く押して刺激する。時々中がきゅっと指を締め付ける。

「…っん…、…んん…」

気持ちいいみたいだな、よかった。このまま慣れてくれれば…。
俺は彼女に覆いかぶさって、胸の蕾の愛撫を再開した。

「は…っ、あっ」

途端に敏感に反応し、きゅんきゅんとうねって指を締め付ける彼女。ほんと、ここは敏感だな。また蜜が溢れてきた…。胸の蕾と、秘部の蕾。焦らず慌てず、ゆっくりと優しく、少しずつ刺激を与えていく。

「あぅ…、んっ…んん…っ」

声が上ずってきた。そろそろだなと思った通り、腰が跳ねて、一層指が締め付けられた。そのうねりに従って、指の腹を内側の柔らかな壁に少し強く押し付ける。

「あ…っ」

最後にびくんと大きく腰が跳ねて、光はくたっと力を抜き、荒い呼吸のまま俺を見つめた。
もう中はほぐれ始めている。俺は指を少し動かした。

「痛くない?」
「…うん…」

ふるふると震えながら、ときどき、きゅん、と中が震え、俺の指を締め付けて、光は感じているらしかった。…もう、2本入るかな。宣言すると身を固くしてしまいそうだから、こっそりと指を増やすことにした。光に深いキスをしながら、ゆっくりと引き抜き、2本の指を滑り込ませる。キスに夢中になる光に胸の奥をくすぐられながら、2本の指で優しく中をほぐしていく。

「…光、2本入ってるの…わかる?」
「え…?」

光が少し身を起こした。

「痛くないだろ?」
「うん…。」

少し驚いたように俺を見つめ、一瞬つばを飲み込んだ。

「大丈夫だよ。」

その頬を撫で、また横たわらせる。光は微笑んで、俺に身を任せた。中がほぐれてきて、俺は指の角度を少し変え、指の付け根の腹あたりを使いつつ、小刻みにこすりつけるように刺激し始める。

「あぁ…っ、それ…、…ぁっ」
「…イイだろ?」

光の弱いところは知っている。光自身よりも。指が締め付けられ、光は腰を浮かして達した。ゆっくりとその動きに合わせて指を動かしながら引き抜き、俺は膨れ上がったモノを取り出す。光は息を飲んで一瞬それを見て、恥ずかしそうに目を逸らした。こんな反応、久々だな。昔を思い出す。可愛いな…。

「…大丈夫だよ、痛くないから…」
「…ん…」

足を開かせ、濡れた秘部をそれでなぞった。よく蜜を絡めるためと、光の心の準備のために。

「…ん…、…あ…」

もどかしそうに声を零し始める光。そろそろ大丈夫かな。こすりつけていた動きのまま、少し角度を落として、割れ目に自身を差し込んだ。ゆっくりと、ゆっくりと。

「…う…。」

少し身構えた光の手を取って繋ぎ、挿入を続ける。

「大丈夫。」
「……。」

唇を噛んで頷く光。その吐息が甘いことに安堵する。ちゃんと感じている。

「ほら、もう少し…」
「……っ」

根元まで押し込んで、俺は光に微笑んで、髪をくしゃくしゃにしながら頬を撫でた。

「全部入ったよ。痛いか?」

はにかんで首を横に振る光。

「頑張ったな。」

頬を撫でて、そのはにかむ唇にキスをした。いつだって、どんなにこわくたって、光は俺を求めてくれる。幸せな時も、辛い時も…いつも俺を求めている。
ゆっくりと引き、また深く挿入する。ゆっくりと…。

「あ……、…んん…」

光は目を瞑って悶える。足がピクリと閉じそうになる。その足をゆっくりとまた開かせて、繋がっているところから蜜が溢れてくるのを眺めながら、また引き抜き、深く、深く挿入する。

「は……、あぁ…っ」

少し律動の幅を狭め、光の感じるところにこすりつけるように動かす。優しく、だけど、深く。

「あっ、あっ…だめ、そこ…っ」
「いいよ…イッて」
「あっ…一也先輩…っ、せんぱ…っ」

一也先輩、って呼ばれんの…なんかいいかも。いけないことしてるみたいで…。

「一也先輩…っ、…はあ…っ、あっ…」

光が達して、俺は少し動きを止めて彼女の絶頂を見つめ、またすぐに動き始めた。

「あっ、あっ…!あぁ…っ」

 


ALICE+