246
空港に降り立つと、秋めいた爽やかな風を感じた。俺と光はいよいよ今日、アメリカにやって来た。
「もう荷物届いてるだろうし、まずはマンションに行くか。」
「うん。」
タクシーに乗り、住所を告げる。ここから1時間かからないくらいで着くはずだ。
「業者ももう来るはずだよな。」
「うん。午後にはお手伝いさんも来てくれるはず。それから、新しいマネージャーさんが夕方来るみたいなの。」
「牧瀬の後釜か。女の人?」
「ううん、男の人だって。」
…なんだと?
「あとね、日本人なんだって。しかも同い年なの。」
「ふーん…」
…なんかモヤモヤする。
「あ…やきもち妬いてる?」
にこにこ、光が俺の顔を覗き込んでくる。
「喜ぶな。」
「む…」
小さな鼻をつまんでやると、光も負けじとやり返してきた。ハッハッハッハ!と運転手が急に笑い出す。気づけば、ルームミラーで一部始終を見られていたのだった。俺たちは苦笑して手を離し、座りなおした。
***
マンションに着くともう業者が揃って待っていて、さっそく荷解きを開始した。荷物はあまり多くないし、これなら大体は今日中にかたづきそうだ。ほとんどの指示を伝えて、順調に進む作業を確認しながら小物を片付けていると、光がバッグを持ってやって来た。
「一也さん、キッチン回りが整ったから、ちょっと食材買いに行きたいんだけど…」
「あ、そうだな。行こう」
あとは業者に任せ、二人で近所のスーパーに行くことにした。当面の食材を買い揃え、車に積んでマンションへ戻る。
「こっちはなにもかも規模が違うな。」
「お肉安かったね。フルーツも…」
話しながら部屋に入ると、見慣れない女性が立っていた。小麦色の肌に艶のある黒髪の、素朴な雰囲気の優しそうな女性だ。
「あ…!」
俺と光を見つけて笑顔を浮かべた女性。年も近そうで、笑顔が無邪気な、愛嬌のある美人だ。
「御幸様ですか?」
少し独特のなまりがある日本語。外国人特有のイントネーションだ。はい、と頷くと、女性は安堵した笑顔になってお辞儀をした。
「エレナです。エレナ・メッツです。」
「あ…お手伝いさんの。」
「そうです。」
こくこく、と頷いて、エレナは頬を紅潮させる。
「日本語お上手ですね。」
「あ…、ええと、ありがとうございます。私、母が日本人です。」
「あぁ、そうなんですか。」
確かにそう言われてみると、顔立ちにも日本人らしさがあるかもしれない。
「何かお手伝いしますか?」
エレナはまだ梱包材が散らかっている部屋の中を見渡してうきうきするような態度で言った。なんだか、いるだけで活気が生まれる明るい子だ。
「じゃあ…」
「手伝ってもらおうか。」
「はい、ぜひ。」
頷き合って、エレナにはまず食材を仕舞ってもらうことにした。光も着いて行って、話し合いながら冷蔵庫を開ける。
「これは今夜仕込んで明日グリルで焼こうと思ってるの。」
「わかりました。これはどうしますか?」
「お浸しにしてもいいし、煮てもおいしいかと思ったんだけど…」
「いいですね。それから、これはレモンと蜂蜜で漬けておくと長持ちします。冷蔵庫で1か月くらい。」
「そうなんだ…じゃあ、半分つけておこうかな。」
「私、やります。あ、あとこれも、燻製にするとおいしいです。何か月も持つし」
「燻製はやったことなくて…道具もないし」
「私出来ます。道具もすぐ揃いますよ。」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろんです。それが私の仕事。」
ふふふ、と笑い合う二人。なんだか仲良くなれそうで良かった。
「おふたりの、好きな食べ物何ですか?」
「私は甘いものが好きだけど、一也さんは甘いものは苦手で…でも、そうだなぁ、和食が好きかな。」
「わかりました。和食、得意です。母から教わりました。」
「ふふ、楽しみ。」
「だしは、これですか?」
「あ、うん、本当は昆布と鰹節があればよかったんだけど…スーパーに売ってなくて。」
「それなら、日本食の食材扱ってるお店知ってます。ここから車で10分くらい。」
「えっ、ほんとに?」
「はい。今度私、買ってきますね。」
「ううん、一緒に行きたい。そうだ、明日行こう?」
「わかりました。」
ふたりが意気投合して盛り上がるのを背中で聞きながら、リビングの棚の整理が終わろうとしていた時。インターフォンが鳴った。
「俺が出るよ。」
顔を上げた光に声をかけてモニターを見る。そこには、どこか陰のある、しかし洗練されたスーツ姿の男が立っていた。
『はい。』
英語はまだ慣れない。しかし男はごく普通に返事を返してきた。
『玉城光さんはこちらですか?』
『どちら様?』
『失礼いたしました。僕は周防護と申します。新しく玉城さんのマネージャーを務めさせていただくことになり、ご挨拶に伺いました。』
この男が…。け…結構イケメンじゃねーの。で、でも、光は俺一筋だし…!
「一也さん?誰ですか?」
「え、ああ…新しいマネージャーの人だって。」
「あ、そうなんですか。」
光はエレナに作業を任せて玄関に向かう。俺も、別に心配はしていないが、その背中を追った。…別に心配はしていないが。
すぐに玄関のインターフォンが鳴り、光がドアを開ける。そしてそこに立っていた男を見るなり、あれ、と目を瞬いた。
「……。」
「……。」
しばらく無言で見つめ合う二人。
「おい…どした?」
「え、あ…。…あの、どこかで…。」
光の肩を叩くと、光は男の顔を窺うようにそう言った。え…知り合いか?男は上品な微笑を浮かべる。
「周防護です。」
「周防……。…って…」
「…高校の時、同じクラスでしたよね。」
「あ…!やっぱり、周防君?」
「はい。久しぶりですね。」
は…。ど、同級生!?こんなことあるかよ…。
「雰囲気変わったから、一瞬わからなかった。」
「はは。僕、目立たない奴でしたからね。」
「そんなことないよ。いつもテスト一番だったでしょ。」
「それしか取り柄がありませんから。」
お…おいおい、何か仲良くねーか?仲良い男子は東条だけじゃなかったのかよ…!
「ねえ、敬語なんて使わなくていいよ。同級生だし…」
「そういうわけには。僕はあくまで玉城さんのサポート役ですから。けじめのためにこのままやらせてください。」
「そう…?」
…ふーん。仕事は真面目にやる男みたいだな。
「玉城さん、早速ですが、明日のランチを是非一緒にとステイバーグ監督から招待されています。場所はレイクホテルのレストランです。」
「明日…?」
ちょっと顔を曇らせる光。ついさっきエレナと買い物に行く約束をしたばかりだからだろう。
「行って来いよ、断れないだろ?買い物は俺が行くから。店の場所も覚えてくるよ。」
そう言って背中に手を添えると、光は安堵したように微笑んだ。
「…では、11時にお迎えに上がります。では、今日はこれで失礼します。」
本当に真面目人間らしく、周防は用が済むとさっさと帰っていった。俺の取り越し苦労かな。光はモテるから、心配になるけど…周防は仕事とプライベートをきっちり分けるタイプらしいし、心配はいらないかもしれない。
「…どうしたの?」
光が俺の顔を覗き込む。
「あ…やきもち?」
「だから、喜ぶなって。」
抱き寄せて頭をくしゃくしゃに撫でると、光は楽しげに笑った。
「もう荷物届いてるだろうし、まずはマンションに行くか。」
「うん。」
タクシーに乗り、住所を告げる。ここから1時間かからないくらいで着くはずだ。
「業者ももう来るはずだよな。」
「うん。午後にはお手伝いさんも来てくれるはず。それから、新しいマネージャーさんが夕方来るみたいなの。」
「牧瀬の後釜か。女の人?」
「ううん、男の人だって。」
…なんだと?
「あとね、日本人なんだって。しかも同い年なの。」
「ふーん…」
…なんかモヤモヤする。
「あ…やきもち妬いてる?」
にこにこ、光が俺の顔を覗き込んでくる。
「喜ぶな。」
「む…」
小さな鼻をつまんでやると、光も負けじとやり返してきた。ハッハッハッハ!と運転手が急に笑い出す。気づけば、ルームミラーで一部始終を見られていたのだった。俺たちは苦笑して手を離し、座りなおした。
***
マンションに着くともう業者が揃って待っていて、さっそく荷解きを開始した。荷物はあまり多くないし、これなら大体は今日中にかたづきそうだ。ほとんどの指示を伝えて、順調に進む作業を確認しながら小物を片付けていると、光がバッグを持ってやって来た。
「一也さん、キッチン回りが整ったから、ちょっと食材買いに行きたいんだけど…」
「あ、そうだな。行こう」
あとは業者に任せ、二人で近所のスーパーに行くことにした。当面の食材を買い揃え、車に積んでマンションへ戻る。
「こっちはなにもかも規模が違うな。」
「お肉安かったね。フルーツも…」
話しながら部屋に入ると、見慣れない女性が立っていた。小麦色の肌に艶のある黒髪の、素朴な雰囲気の優しそうな女性だ。
「あ…!」
俺と光を見つけて笑顔を浮かべた女性。年も近そうで、笑顔が無邪気な、愛嬌のある美人だ。
「御幸様ですか?」
少し独特のなまりがある日本語。外国人特有のイントネーションだ。はい、と頷くと、女性は安堵した笑顔になってお辞儀をした。
「エレナです。エレナ・メッツです。」
「あ…お手伝いさんの。」
「そうです。」
こくこく、と頷いて、エレナは頬を紅潮させる。
「日本語お上手ですね。」
「あ…、ええと、ありがとうございます。私、母が日本人です。」
「あぁ、そうなんですか。」
確かにそう言われてみると、顔立ちにも日本人らしさがあるかもしれない。
「何かお手伝いしますか?」
エレナはまだ梱包材が散らかっている部屋の中を見渡してうきうきするような態度で言った。なんだか、いるだけで活気が生まれる明るい子だ。
「じゃあ…」
「手伝ってもらおうか。」
「はい、ぜひ。」
頷き合って、エレナにはまず食材を仕舞ってもらうことにした。光も着いて行って、話し合いながら冷蔵庫を開ける。
「これは今夜仕込んで明日グリルで焼こうと思ってるの。」
「わかりました。これはどうしますか?」
「お浸しにしてもいいし、煮てもおいしいかと思ったんだけど…」
「いいですね。それから、これはレモンと蜂蜜で漬けておくと長持ちします。冷蔵庫で1か月くらい。」
「そうなんだ…じゃあ、半分つけておこうかな。」
「私、やります。あ、あとこれも、燻製にするとおいしいです。何か月も持つし」
「燻製はやったことなくて…道具もないし」
「私出来ます。道具もすぐ揃いますよ。」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろんです。それが私の仕事。」
ふふふ、と笑い合う二人。なんだか仲良くなれそうで良かった。
「おふたりの、好きな食べ物何ですか?」
「私は甘いものが好きだけど、一也さんは甘いものは苦手で…でも、そうだなぁ、和食が好きかな。」
「わかりました。和食、得意です。母から教わりました。」
「ふふ、楽しみ。」
「だしは、これですか?」
「あ、うん、本当は昆布と鰹節があればよかったんだけど…スーパーに売ってなくて。」
「それなら、日本食の食材扱ってるお店知ってます。ここから車で10分くらい。」
「えっ、ほんとに?」
「はい。今度私、買ってきますね。」
「ううん、一緒に行きたい。そうだ、明日行こう?」
「わかりました。」
ふたりが意気投合して盛り上がるのを背中で聞きながら、リビングの棚の整理が終わろうとしていた時。インターフォンが鳴った。
「俺が出るよ。」
顔を上げた光に声をかけてモニターを見る。そこには、どこか陰のある、しかし洗練されたスーツ姿の男が立っていた。
『はい。』
英語はまだ慣れない。しかし男はごく普通に返事を返してきた。
『玉城光さんはこちらですか?』
『どちら様?』
『失礼いたしました。僕は周防護と申します。新しく玉城さんのマネージャーを務めさせていただくことになり、ご挨拶に伺いました。』
この男が…。け…結構イケメンじゃねーの。で、でも、光は俺一筋だし…!
「一也さん?誰ですか?」
「え、ああ…新しいマネージャーの人だって。」
「あ、そうなんですか。」
光はエレナに作業を任せて玄関に向かう。俺も、別に心配はしていないが、その背中を追った。…別に心配はしていないが。
すぐに玄関のインターフォンが鳴り、光がドアを開ける。そしてそこに立っていた男を見るなり、あれ、と目を瞬いた。
「……。」
「……。」
しばらく無言で見つめ合う二人。
「おい…どした?」
「え、あ…。…あの、どこかで…。」
光の肩を叩くと、光は男の顔を窺うようにそう言った。え…知り合いか?男は上品な微笑を浮かべる。
「周防護です。」
「周防……。…って…」
「…高校の時、同じクラスでしたよね。」
「あ…!やっぱり、周防君?」
「はい。久しぶりですね。」
は…。ど、同級生!?こんなことあるかよ…。
「雰囲気変わったから、一瞬わからなかった。」
「はは。僕、目立たない奴でしたからね。」
「そんなことないよ。いつもテスト一番だったでしょ。」
「それしか取り柄がありませんから。」
お…おいおい、何か仲良くねーか?仲良い男子は東条だけじゃなかったのかよ…!
「ねえ、敬語なんて使わなくていいよ。同級生だし…」
「そういうわけには。僕はあくまで玉城さんのサポート役ですから。けじめのためにこのままやらせてください。」
「そう…?」
…ふーん。仕事は真面目にやる男みたいだな。
「玉城さん、早速ですが、明日のランチを是非一緒にとステイバーグ監督から招待されています。場所はレイクホテルのレストランです。」
「明日…?」
ちょっと顔を曇らせる光。ついさっきエレナと買い物に行く約束をしたばかりだからだろう。
「行って来いよ、断れないだろ?買い物は俺が行くから。店の場所も覚えてくるよ。」
そう言って背中に手を添えると、光は安堵したように微笑んだ。
「…では、11時にお迎えに上がります。では、今日はこれで失礼します。」
本当に真面目人間らしく、周防は用が済むとさっさと帰っていった。俺の取り越し苦労かな。光はモテるから、心配になるけど…周防は仕事とプライベートをきっちり分けるタイプらしいし、心配はいらないかもしれない。
「…どうしたの?」
光が俺の顔を覗き込む。
「あ…やきもち?」
「だから、喜ぶなって。」
抱き寄せて頭をくしゃくしゃに撫でると、光は楽しげに笑った。