翌日、昼前に光は周防の車でランチへ出かけていって、俺はエレナと日本食材を多く取り扱う食料品店へ行った。

「ここ、店長さん日本人。お客さんも日本人ばかりです。この辺りで、納豆売ってるのはこのお店だけです。」
「へー。じゃあ、買っとくかな…。」
「はい!あ…奥様に頼まれてた、鰹節と昆布、こっちです。」
「あぁ、行こう」

カゴの中身が見慣れた物で埋まっていく。ここだけ見ればまるで日本にいるような錯覚が起きそうなほど。

「お、みりんに…醤油の種類もいろいろあるな。」
「このお店、本格的で有名です。遠くからもお客さん来ます。」
「へー、そうなんだ。」

そんな店を知っているエレナにも感心する。この子を雇ってよかったかもしれないな…。光とも仲良くなったみたいだし、いい子そうだ。

「あ…これ。煮物にはこのお醤油がいいです。しっかり味がつくし、どのだしとも合います。」
「じゃあそれにするよ。」
「はい!それから…。あ、このお酢は別のスーパーの方が安いです。私、今度買います。」
「え、いいよ、そのくらい…」
「だめです!私、大切なお金預かってる。無駄にはできないです!」

エレナはそう言って、食費だと光から渡された財布を大切そうに胸に抱きしめた。しっかり者だというのは、わかったけど…ちょっと変わったやつだな。面白い奴だ。

「はは、そっか。じゃあ頼むよ」
「はい!」

普通は面倒くさがるのに、エレナはどこか誇らしげに頷いた。

「それにしても…色々詳しいな。料理好きなのか?」
「料理、好きです。母から教わりました。」
「お母さん…日本人なんだっけ?」
「はい。父と出会って、結婚してアメリカに来ました。今は日本語の先生です。」
「へー、じゃあエレナはお母さんから料理も日本語も教わったわけだ?」
「はい。母は尊敬する先生です。」
「仲良いんだな。」
「母は大親友でもあります。」

嬉しそうに母親の話をするエレナになんだか癒される。本当に純粋で素朴な女の子だ。

「そういや…歳結構近そうだけど、エレナは何歳なんだ?」
「23歳です。」
「お、じゃあ光の一つ下か。」
「はい。でも私、子供っぽいです。時々、ハイスクールの生徒と思われます。」
「ははは。それにしちゃしっかりしてるけどな。」
「うふふ。」

エレナの邪気のない笑顔は相手の気分を明るくする。俺は久々に純粋に、そして単純に、たわいのない会話を楽しんだ。



***



夜になってエレナが帰ってから、光は帰ってきた。

「お帰り、遅かったな。」
「うん…ごめんね」

監督との話が弾み、夕食もぜひと言われた…、という連絡は、周防から俺の携帯に来ていたから、さほど心配というわけではなかったけど。すまなさそうに、少し疲れた顔で寝室に行く光を見ると、やはり気が引かれる。俺は寝室へ行って、髪を解いて梳かす光に声をかけた。

「今日、頼まれたもん買って来たぞ。」
「あ…。ありがとう。」
「店の場所もわかったからさ、今度は一緒に行こうな。」
「うん。」

光の表情に少し明るさが戻る。自分が彼女の元気の源になれているんだと思うと、嬉しい。

「監督との話はどうだった?」
「うん…楽しかったよ。いろいろ勉強になったし…」
「そっか。疲れただろ、もう寝る?」
「うーん…お風呂入りたいけど…」

光は眠たげに目をこする。

「眠そうだな。」
「うん…」
「俺が洗ってあげようか?」
「ん…。ふふ、もう、バカ。…シャワーだけ浴びてくる。」
「ちぇ、ざーんねん。」

冗談ぽく言うと、光ははにかみながら俺をちょっと睨んで、バスルームへ行った。



***



今度一緒に行こう、とは言ったものの、それから光は稽古や打ち合わせで忙しく、そのうちに俺もチームの練習が始まって、会えるのはほとんど夜だけになってしまった。光は朝早く出て行くから、俺が起きた時にはもう隣に光はいない。リビングへ行くとエレナが来ていて、朝食を用意しながら光が出かけた時の様子を教えてくれる。

「今日もお帰りは11時頃だと仰っていました。」
「そっか…。」

呟いた声が沈んでいるように聞こえたのだろうか。エレナはコーヒーを置くとにっこりと微笑んだ。

「せっかくアメリカへ来たのに、奥様と過ごせなくて残念ですね。」
「まあ…忙しくなるのは承知だったから。」
「おふたりとも、ものすごいスターですものね。アメリカでももうとっても話題です。私なんかが務められて光栄です。」
「大袈裟だよ。」

でも、まあ…光はそうかもしれない。

「奥様、旦那様の朝食作れないのを残念がっていました。とても愛されてますね。」
「え…、あぁ…ははは。」

気恥ずかしいけど、嬉しくなる。光が俺のことを気にかけてくれているという事だけで。

「旦那様は、今日はお帰りは何時ごろですか?」
「いつもと同じくらいかな。」
「わかりました。では、鍵は警備に預けておきます。」
「うん、ありがとう。」

朝食を食べ終え、コーヒーも飲み、身支度を整えて玄関へ向かう。

「じゃあ、行ってくるよ。」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて。」

エレナの元気な声に見送られ、俺はマンションを出た。



***



『で、どうだよ?そっちの生活は。』

電話口の倉持の声に、急に懐かしい気持ちが沸き起こってきた。

「別に普通かな。」
『つまんねー返事。家は?どんな感じ?』
「普通のマンションだよ。そっちにいた頃と同じような」
『はあ?お前、メジャーリーガーが賃貸住まいかよ。どうせなら豪邸買え、豪邸。ハリウッド女優は豪邸に住んでるもんだろ』
「何だと思ってんだよ…。いいんだよ、俺らはこれで。ふたりっきりでバカでかい家に住んだって掃除が大変なだけだろ。」
『は〜…夢のない奴。使用人雇えば良いじゃん、光の実家みたいにさ』
「お手伝いさんなら一人雇ってるよ。」
『おっ!マジ?すげー、金持ちっぽいじゃん』
「はっはっは、お前は馬鹿っぽいぞ」
『うるせえ。で…お手伝いさんって?どんな感じ?』
「光の一つ下の女の子で、地元に詳しい子だよ。料理も上手いし…俺も光もあまり家に居られないから、掃除とか食事とか、買い物を頼んでる。」
『へ〜。可愛い?』
「あ?まあ…普通に。」
『ふ〜〜ん』
「なんだよ…うぜえ声出して」
『別に?まさかとは思うけど、手ぇ出すなよ?』
「出すわけねーだろ。」
『ヒャハハ。だってよくあるじゃん、映画とかで…』
「映画の見すぎ。じゃ、休憩終わるから。」
『へいへい』

電話を切り、スマホをバッグに放り込む。…ったく、あいつ、相変わらず下らねーことを…。
ああ、それよりも…光に会いたい。ここのところずっと、夜帰ってきたときに少し顔を合わせても、おやすみと言葉を交わすだけだし、俺が寝てから帰ってくることも少なくない。朝は毎日俺が起きるよりも早く家を出るし…もうずっと、キスもあまりしていない。…光を抱きたい。
ため息をつきながらバットを持ち、俺は邪念を振り払うようにスイングした。



***



夜マンションに帰ると、すでにエレナは帰った後だった。いつも通りだ。用意されていた食事をとり、軽く体を動かして風呂を済ませ、ベッドに入る。少し期待していたけど、俺がベッドに入っても、光は帰ってこなかった。
寂しさを感じる自分に驚いた。こんなに誰かを求めるのは…なぜだか懐かしい気持ちにもなる。…ああそうだ、昔…母親を亡くしたとき。あの頃は、家族がいなくなるなんて…二度と会えなくなるなんて、想像もできなかった。あれから何度も別れを経験して、辛い別れもあったけど…俺が今一番失いたくないのは、光だ。

…いつの間にか、眠っていたらしい。ぼんやりとねぼけた耳に、かすかに誰かの声を感じた。

「…さ、……起きて」
「…ん…?」

重たい瞼を開くと、薄暗い月あかりの中、光が俺を覗き込んでいた。

「光…、おかえり。どした?」

あくびを噛み殺しながら身を起こす。まだ夜中だ。

「…あの、…」
「…ん?」

もじ…、と足の間でキャミソールの裾をおさえる光。…もしかして…、

「えっち…したい…。」
「……え…」
「ご…ごめんね、疲れてるのに…。」
「……。」
「…だ…だめ…かな…。」

…めちゃくちゃ頭が冴えた。

「…ん…」

光の唇を塞ぎ、そのまま押し倒した。やばい…、息切れしそうなほど興奮してる。久しぶりだし、こんな風に強請られたら…もう、頭が真っ白だ。
久々のキスを堪能し、胸を揉んでキャミソールを捲り上げた。

「…俺もずっとしたかった。」
「え…?」
「したいって言ってくれて、嬉しい」
「あっ…。」

胸の蕾を優しく転がす。さっきからずっと、光はもじもじと足の間をおさえている。

「ね…ねえ、もう…」
「…ん?」
「…はやく…挿れて…」

…はちきれそう。
心配はよぎったが、下着を脱がすともうそこはぐっしょりと濡れていて、少しきついものの、肉棒はゆっくりと沈みこんだ。

「あ…!」

光は震えながらソレを迎え入れる。中も震え、俺をぎゅうぎゅうと締め付ける。

「一也さん…」
「…ん?」
「…一也さ…、あっ…」

うわごとのように俺の名前を繰り返し呟く光。胸の奥から愛おしさが溢れだす。
光がしがみつくように俺を抱きしめ、俺も彼女を抱きしめた。本当にこの子が愛おしい。他に何もいらないなんて言ってしまいそうなほど…。


汗ばむ肌をくっつけて、すっかり熱を吐き出しきって、俺たちは布団の中で抱きしめあっていた。もう夜が明ける。今日の練習はきついだろうけど…そんなことはどうでもよくなるくらい、胸の中は幸福感でいっぱいだった。

「一也さん…。」
「ん?」

腕の中で光が独り言のように呟いて、俺を見上げた。薄明るくなってきた青い光の中で、俺はその目を見つめ、柔らかな髪を撫でた。

「…一也さんに会いたい。」
「今、会ってるじゃん。」

からかうように頬を撫でたけど、その気持ちはよく分かった。

「…でも…会いたい」

俺の胸に顔を埋めて、甘えるように頬ずりする。ずっとこうしていたい…。そう呟きそうになったのを堪えた。言ったら、本当に寂しくて耐えられなくなる気がした。代わりに彼女を抱きしめた。こめかみにキスをして、顔を上げた彼女の赤い唇にまたキスをした。どんなにしても足りなかった。苦しくなるほど好き…なんて、陳腐な歌詞みたいだけど、本当にその通りだった。

「…ずっとお前のこと考えてる。」

そう呟くと、光は嬉しそうに頬を染めた。

「…どんなこと考えてるの?」
「んー…」

ちょっと口元を緩ませながら、布団の中で彼女の肌を撫でた。

「こういうことしてえなーって」
「ひゃ…っ!…くすぐったいってば」

光は俺の手をつかまえてはにかんだ。そんな光が可愛くて可愛くて、堪らずまたキスをする。ちらりと時計を見るともう4時前だ。

「なあ…もう、今から寝ても意味ないよな」
「…あ…。」

耳元で囁きながら、手探りで胸を撫でて、つぼみを探し当てる。親指で軽く触れる程度にふにふにと押すと、それはだんだん固くなってきた。

「もう一回して…そしたら起きて、シャワー浴びるか。」
「…ん…。」

光は目を閉じて、心地よさそうに吐息を零し、快楽を求めるように胸を突き出す。俺は堅くなったふたつの蕾を弾くように転がした。

「あっ…、う…。」

気持ちよさそうな声、表情。腹の底がムズムズしてくる。指の動きを止めると、光は俺を見上げて、俺の手を胸へと導いた。

「もっと…して」
「こう?」

蕾を指先で撫でる。光はぞくぞくと腰を震わせる。

「ん…っ、…うん…。」

呟いて、光はまた目を閉じた。

「…気持ち…いい…。」

恍惚とこぼされた言葉。こんなに夢中になって…可愛いな。胸の愛撫をしながら、俺はまた、彼女の中に自身を沈みこませた。

 


ALICE+