256
ついに…この時が来た。
薄暗い部屋、ワイングラスを見つめる木崎さん。その潤んだ瞳が、控えめに俺を見あげる。
「…倉持さん…。」
ゆっくりと手を伸ばして、俺の腕に触れる。ここで…ここでまた断ったら、さすがにもう終わりだ。俺は光じゃなく、この子を大切にしていくって決めたんだ。光のためにも、この子の為にも、…自分の為にも。
ゆっくりと顔を近づけて、唇が触れた。軽く触れただけのキス。すると木崎さんがまた身を乗り出して、自分から唇を重ねてくる。小さな舌が俺の唇の間を滑る。その隙間から侵入して、俺を求めるように舌を絡めてくる。
「ん…。」
木崎さんは吐息を零し、ゆっくりと唇を離した。俺はその華奢な肩を押し、ベッドの上に倒した。
「木崎さん…」
その目を見つめると、木崎さんは愛おし気に目を細めた。
「…えみって、呼んで…。」
戸惑いながら彼女の首筋にキスをする。
「…えみ。」
はあ、と彼女の熱い吐息が耳元で響く。こんなに俺を求めてる…。光を抱いたときは…ただ必死に、御幸を忘れようとしているように見えて、こっちまで辛かった。だけど…。
えみの胸に触れ、鎖骨を舐める。くぐもった声が漏れ、俺の服にしがみつくえみ。
「胸…、小さいから、恥ずかしい…です」
確かに、スレンダーな彼女の胸は控えめだ。だけどそこはしっかり柔らかくて、どこもかしこも細くて、すべすべしていて…すごく色っぽい。
「…綺麗だよ。」
カッコつけてそんなことを言うと、えみはまた嬉しそうに涙ぐむ。ゆっくりと服を脱がせて、下着も外して、焦らず愛撫して…俺も服を脱いだ、けど。
「んっ…。…倉持さん…。」
「……。」
「…倉持さん…?」
彼女の身体を弄って、自分でもソコを弄ってみたりもした。なのに…どうしてだ、全然…勃たない。
「……。」
えみは起き上がって、気遣うように俺を見る。
「あの…ごめんなさい。私が…。」
「いや、違う、俺が…俺が悪い。」
気まずいまま沈黙が降りる。…わかっている。原因は…どうしても、光のことを考えてしまうこと。
「……ごめんなさい……。」
えみのか細い声が震えた。
「私が…もっと、綺麗で…素敵な女性だったら…。」
「な…何言ってるんだよ。」
「……。」
えみはぽろぽろと涙をこぼし、うわごとのように悲痛な顔で呟いた。
「…光先輩になりたい…。」
「……。」
…もう、だめなのかもしれない。俺たちは…。必死に光という存在から目を背けて、お互いに誤魔化すように愛を語って。そのたびに違和感を感じてた。日向から日陰に逃げ込んで、太陽から目を背けるみたいに。
「…別れよう。」
その言葉を呟くと、俺まで泣きそうな気持になった。
「…いや…です」
えみは首を横に振って俺の腕に触れる。俺はその手を取って、えみの泣き顔を見つめた。
「俺…お前のこと、泣かせてばかりだ」
「……。」
「…幸せにする自信がない。」
きっと、目の前で光とえみが助けを求めていたら…俺は光を選ぶ。彼女に御幸がいたとしても。
「…う…。」
えみは静かに泣き始めた。その肩に服をかけて、俺も服を着た。
「ごめん…。」
それ以上何を言ったらいいかわからなくて、最低だけど、俺は泣いているえみをおいてマンションを出た。
***
「倉持!」
空港の入国ゲートをくぐると、懐かしい声がした。そこには御幸が立っていて、軽く手を挙げて俺を手招きする。オフの最後の1か月を利用してアメリカに来た俺は、御幸のマンションに泊めてもらうことになった。
「よー、久しぶり。」
「お前変わんねえな〜」
「お前もな」
御幸の車に乗り、まずはマンションへ向かう。
「沢村が寂しがってるぜ〜。たまには連絡してやれよ。」
「あ〜気が向いたらな。」
「うわ、ぜってー向かねえだろ」
「つーかお前は急にどうしたんだよ。わざわざアメリカにまで遊びに来るなんて。友達がいるわけでもないし」
「うるせーな」
「木崎さんは?1か月も離れていいのか?」
「もう別れたから」
「…は!?」
「おい、前見て運転しろ」
御幸はハンドルを持ち直して、少しの間言葉を失っていた。
「え…なんで別れたの?順調だったじゃん」
「お前も身に覚えがあると思うけど」
「は?俺に何の関係があるんだよ。」
「関係はないけど…」
俺は腕を組み、車窓から外の無機質なビル群を見つめた。
「…勃たなかった。」
「……。」
御幸はまた言葉を失って、ちらちらと俺を見た。
「えっと…それは…つまり…。…全面的に不能になったってこと?それとも…」
「多分、…光でしか無理」
「……。」
御幸は引きつった顔のまま沈黙した。
「…勘弁しろよ…嘘だろ?」
「マジだよ。こんな嘘吐くか」
「え…じゃあ今日来たのって…光に会うため?」
「そりゃ会いたかったけど、俺はもうフラれてるし。」
「……。」
「えみと距離を置こうと思って。それに、お前とも話したかった」
「……。」
ハァー…、と御幸は深いため息をついた。
「…ほんっと…諦めの悪い奴」
車はマンションのガレージに滑り込む。
「着いたぞ。」
「おう…」
「…なんだよ?」
「いや、てっきり今からでもホテル行けとか言われると思ってたから」
えみと別れてまたひとり身になった俺を光に会わせたくはないだろうし。
「別に…光は忙しくてほとんど出かけてるから。」
「…ふうん」
そうか…ハリウッド女優、だもんな。
御幸に連れられてマンションに入り、エレベーターで高層階へ行く。
「おい…何階に住んでんだよ。」
「53階。」
「お前…日本にいた頃と同じようなマンションだっつってたよな?」
「警備の厳重さで選んだからな。」
「お前の価値観どうなってんだよ!超高級マンションじゃねーかここ!」
「警備員24時間駐在、屋内防犯カメラあり、フロアごとにロックされてるって条件で予算通りの部屋がここだけだったんだよ。俺と光の通勤時間も考えないといけないし」
「…あっそ」
「できれば高層階には住みたくなかったんだけどなー」
「……。」
…ここの家賃、俺のマンションの何十倍だろう。くそ…やっぱメジャーリーガーは違うな。
ようやくエレベーターが停まり、扉が開く。すると目の前に、一瞬で目を奪うほど綺麗な…、…綺麗な光が立っていた。
「あれ…一也さんに…倉持さん。」
光は俺たちを見て眩しいほどの笑顔を浮かべた。…懐かしい。やっぱ…綺麗だな。
「光、出かけるのか?」
「これから撮影なの。行ってくるね。」
「そっか、気をつけてな。」
光は俺に視線を移す。
「お久しぶりです。」
「あぁ…久しぶり。」
それから俺たちと入れ違いに、男二人とエレベーターに乗って行った。
「…今のやつらは?」
「マネージャーとボディーガードだよ。」
「ボディーガード!?」
「野次馬とかファンとか、詰めかけてくる奴がいるんだよ、たまに。」
「へ〜…」
すげえな、なんか映画みたいだ。本当…別世界だな。
御幸の後について行って、玄関に入り、広々としたリビングルームに通される。
「ここ、客室だから自由に使って。」
「すげーな…客室なんてあるのかよ」
「こっちはどのマンションも広くて部屋数が多いんだよ。掃除が大変」
「あっそ…。」
部屋に荷物を置いてリビングに戻ると、御幸がコーヒーを淹れてくれていた。俺は部屋の中を見渡し、コーヒーに砂糖を入れる。
「…使用人は?」
「もう辞めたよ」
「え?なんで?」
「合わなかった」
「……。」
なんか…機嫌悪くね?こいつ…。
「来週から光臣の紹介で別の人が来てくれるけどな。」
「ふーん…」
御幸の態度を不思議に思いながら、深く聞かない方がいい気がして適当に相槌を打った。
「それで?」
「え?」
御幸はソファに座り、俺もソファに促して、マグカップを片手に話し込む体制になった。
「木崎さんのことだよ。勃たなかったってことは、寝るとこまではいったんだろ?」
「まあ…」
「お前から誘ったの?」
「…いや、なんとなくそういう雰囲気になって…」
「でも、興奮しなかった?」
「…可愛いとは思ったよ、けど…ダメだった」
「全然、全く?」
「全く…ピクリとも」
「うわ〜…」
「…なんだよ!その目は!!」
憐れむような目をしやがる御幸を睨んだ。他人事だと思いやがって。まあ他人事か。
「お前さ、前にエロ本で勃たなくなったみたいなこと言ってたじゃん。その時はどうしたんだよ?」
「あ〜…アレね…」
御幸はコーヒーを一口飲み、ぼそりと言う。
「あの時は俺も、光でしか反応しなくなって…」
「それで…どうしたんだよ?」
「どうって…光としてたけど」
「……。」
クッソ、全然参考にならねぇ。
「あ、でもお前はそれやっちゃだめだからな。」
「わかってるっつの!つーかできねーよ」
いくらしたくたって、光から拒否されるに決まってるし…おかずにしようにも御幸の顔がチラつく。
「…じゃあ今は?一人ですることもあるだろ?」
「まあ…たまに」
「そういう時はどうしてるんだよ。今はAVとかでもヌけんの?」
「さあ?」
「…さあ?」
「試したことない。」
「…じゃあ何でしてんだよ」
「…記憶?」
「……。」
コイツ…とんでもない変態野郎だ。
「それで…木崎さんは?」
「…謝られた。俺が悪いのによ」
「は〜。ほんといい子だなぁあの子。可哀そうに」
「…うるせーな、わかってるよ」
俺のことなんか…好きにならなきゃよかったんだ。
…光先輩になりたい。そう呟いた彼女の声が今も耳の奥に残っている。けど…姿かたちだけじゃない。今まで光と過ごしてきた時間…俺が光を見ていた時間…。彼女を守り、救われ、かけがえのないものを貰った事実。それはもう、何があっても覆らないし、なくならない。
「で…光でしかできなくなったってことは、試してみたんだ?」
「……。」
まあ…そうだ。家で一人、思い出しながら…妄想しながら。だけど考えてみれば、あのときからずっと、一人でするときは光を思い出しながらしていた。…口が裂けても御幸には言えねえけど。
「はー…モテるのは仕方ないにしても、なんでこうもしつこい男ばっかなんだろうなぁ…」
「あ?」
「…それで?お前はどうすんの?光を手放すつもりはないけど。」
「俺だって…奪うつもりはない。」
「奪うつもりはない〜?」
御幸は馬鹿にするように俺を睨んだ。
「奪えるとでも思ってんのかよ。悪いけど俺ら、超ラブラブだから」
「キメーこと言ってんじゃねーよ。聞いてねーし」
「はっはっは。まあうちに泊まってたらすぐわかるよ!」
「……。」
ウザい御幸をひと睨みし、コーヒーを飲み干した。わかってる。もうとっくに。光は御幸のことを、この上なく愛しているという事。もうずっと…高校生の頃から、ずっと。
「つーか飯は?腹減った」
「…図々しい客だな」
御幸は苦笑して、やれやれとキッチンへ行った。
薄暗い部屋、ワイングラスを見つめる木崎さん。その潤んだ瞳が、控えめに俺を見あげる。
「…倉持さん…。」
ゆっくりと手を伸ばして、俺の腕に触れる。ここで…ここでまた断ったら、さすがにもう終わりだ。俺は光じゃなく、この子を大切にしていくって決めたんだ。光のためにも、この子の為にも、…自分の為にも。
ゆっくりと顔を近づけて、唇が触れた。軽く触れただけのキス。すると木崎さんがまた身を乗り出して、自分から唇を重ねてくる。小さな舌が俺の唇の間を滑る。その隙間から侵入して、俺を求めるように舌を絡めてくる。
「ん…。」
木崎さんは吐息を零し、ゆっくりと唇を離した。俺はその華奢な肩を押し、ベッドの上に倒した。
「木崎さん…」
その目を見つめると、木崎さんは愛おし気に目を細めた。
「…えみって、呼んで…。」
戸惑いながら彼女の首筋にキスをする。
「…えみ。」
はあ、と彼女の熱い吐息が耳元で響く。こんなに俺を求めてる…。光を抱いたときは…ただ必死に、御幸を忘れようとしているように見えて、こっちまで辛かった。だけど…。
えみの胸に触れ、鎖骨を舐める。くぐもった声が漏れ、俺の服にしがみつくえみ。
「胸…、小さいから、恥ずかしい…です」
確かに、スレンダーな彼女の胸は控えめだ。だけどそこはしっかり柔らかくて、どこもかしこも細くて、すべすべしていて…すごく色っぽい。
「…綺麗だよ。」
カッコつけてそんなことを言うと、えみはまた嬉しそうに涙ぐむ。ゆっくりと服を脱がせて、下着も外して、焦らず愛撫して…俺も服を脱いだ、けど。
「んっ…。…倉持さん…。」
「……。」
「…倉持さん…?」
彼女の身体を弄って、自分でもソコを弄ってみたりもした。なのに…どうしてだ、全然…勃たない。
「……。」
えみは起き上がって、気遣うように俺を見る。
「あの…ごめんなさい。私が…。」
「いや、違う、俺が…俺が悪い。」
気まずいまま沈黙が降りる。…わかっている。原因は…どうしても、光のことを考えてしまうこと。
「……ごめんなさい……。」
えみのか細い声が震えた。
「私が…もっと、綺麗で…素敵な女性だったら…。」
「な…何言ってるんだよ。」
「……。」
えみはぽろぽろと涙をこぼし、うわごとのように悲痛な顔で呟いた。
「…光先輩になりたい…。」
「……。」
…もう、だめなのかもしれない。俺たちは…。必死に光という存在から目を背けて、お互いに誤魔化すように愛を語って。そのたびに違和感を感じてた。日向から日陰に逃げ込んで、太陽から目を背けるみたいに。
「…別れよう。」
その言葉を呟くと、俺まで泣きそうな気持になった。
「…いや…です」
えみは首を横に振って俺の腕に触れる。俺はその手を取って、えみの泣き顔を見つめた。
「俺…お前のこと、泣かせてばかりだ」
「……。」
「…幸せにする自信がない。」
きっと、目の前で光とえみが助けを求めていたら…俺は光を選ぶ。彼女に御幸がいたとしても。
「…う…。」
えみは静かに泣き始めた。その肩に服をかけて、俺も服を着た。
「ごめん…。」
それ以上何を言ったらいいかわからなくて、最低だけど、俺は泣いているえみをおいてマンションを出た。
***
「倉持!」
空港の入国ゲートをくぐると、懐かしい声がした。そこには御幸が立っていて、軽く手を挙げて俺を手招きする。オフの最後の1か月を利用してアメリカに来た俺は、御幸のマンションに泊めてもらうことになった。
「よー、久しぶり。」
「お前変わんねえな〜」
「お前もな」
御幸の車に乗り、まずはマンションへ向かう。
「沢村が寂しがってるぜ〜。たまには連絡してやれよ。」
「あ〜気が向いたらな。」
「うわ、ぜってー向かねえだろ」
「つーかお前は急にどうしたんだよ。わざわざアメリカにまで遊びに来るなんて。友達がいるわけでもないし」
「うるせーな」
「木崎さんは?1か月も離れていいのか?」
「もう別れたから」
「…は!?」
「おい、前見て運転しろ」
御幸はハンドルを持ち直して、少しの間言葉を失っていた。
「え…なんで別れたの?順調だったじゃん」
「お前も身に覚えがあると思うけど」
「は?俺に何の関係があるんだよ。」
「関係はないけど…」
俺は腕を組み、車窓から外の無機質なビル群を見つめた。
「…勃たなかった。」
「……。」
御幸はまた言葉を失って、ちらちらと俺を見た。
「えっと…それは…つまり…。…全面的に不能になったってこと?それとも…」
「多分、…光でしか無理」
「……。」
御幸は引きつった顔のまま沈黙した。
「…勘弁しろよ…嘘だろ?」
「マジだよ。こんな嘘吐くか」
「え…じゃあ今日来たのって…光に会うため?」
「そりゃ会いたかったけど、俺はもうフラれてるし。」
「……。」
「えみと距離を置こうと思って。それに、お前とも話したかった」
「……。」
ハァー…、と御幸は深いため息をついた。
「…ほんっと…諦めの悪い奴」
車はマンションのガレージに滑り込む。
「着いたぞ。」
「おう…」
「…なんだよ?」
「いや、てっきり今からでもホテル行けとか言われると思ってたから」
えみと別れてまたひとり身になった俺を光に会わせたくはないだろうし。
「別に…光は忙しくてほとんど出かけてるから。」
「…ふうん」
そうか…ハリウッド女優、だもんな。
御幸に連れられてマンションに入り、エレベーターで高層階へ行く。
「おい…何階に住んでんだよ。」
「53階。」
「お前…日本にいた頃と同じようなマンションだっつってたよな?」
「警備の厳重さで選んだからな。」
「お前の価値観どうなってんだよ!超高級マンションじゃねーかここ!」
「警備員24時間駐在、屋内防犯カメラあり、フロアごとにロックされてるって条件で予算通りの部屋がここだけだったんだよ。俺と光の通勤時間も考えないといけないし」
「…あっそ」
「できれば高層階には住みたくなかったんだけどなー」
「……。」
…ここの家賃、俺のマンションの何十倍だろう。くそ…やっぱメジャーリーガーは違うな。
ようやくエレベーターが停まり、扉が開く。すると目の前に、一瞬で目を奪うほど綺麗な…、…綺麗な光が立っていた。
「あれ…一也さんに…倉持さん。」
光は俺たちを見て眩しいほどの笑顔を浮かべた。…懐かしい。やっぱ…綺麗だな。
「光、出かけるのか?」
「これから撮影なの。行ってくるね。」
「そっか、気をつけてな。」
光は俺に視線を移す。
「お久しぶりです。」
「あぁ…久しぶり。」
それから俺たちと入れ違いに、男二人とエレベーターに乗って行った。
「…今のやつらは?」
「マネージャーとボディーガードだよ。」
「ボディーガード!?」
「野次馬とかファンとか、詰めかけてくる奴がいるんだよ、たまに。」
「へ〜…」
すげえな、なんか映画みたいだ。本当…別世界だな。
御幸の後について行って、玄関に入り、広々としたリビングルームに通される。
「ここ、客室だから自由に使って。」
「すげーな…客室なんてあるのかよ」
「こっちはどのマンションも広くて部屋数が多いんだよ。掃除が大変」
「あっそ…。」
部屋に荷物を置いてリビングに戻ると、御幸がコーヒーを淹れてくれていた。俺は部屋の中を見渡し、コーヒーに砂糖を入れる。
「…使用人は?」
「もう辞めたよ」
「え?なんで?」
「合わなかった」
「……。」
なんか…機嫌悪くね?こいつ…。
「来週から光臣の紹介で別の人が来てくれるけどな。」
「ふーん…」
御幸の態度を不思議に思いながら、深く聞かない方がいい気がして適当に相槌を打った。
「それで?」
「え?」
御幸はソファに座り、俺もソファに促して、マグカップを片手に話し込む体制になった。
「木崎さんのことだよ。勃たなかったってことは、寝るとこまではいったんだろ?」
「まあ…」
「お前から誘ったの?」
「…いや、なんとなくそういう雰囲気になって…」
「でも、興奮しなかった?」
「…可愛いとは思ったよ、けど…ダメだった」
「全然、全く?」
「全く…ピクリとも」
「うわ〜…」
「…なんだよ!その目は!!」
憐れむような目をしやがる御幸を睨んだ。他人事だと思いやがって。まあ他人事か。
「お前さ、前にエロ本で勃たなくなったみたいなこと言ってたじゃん。その時はどうしたんだよ?」
「あ〜…アレね…」
御幸はコーヒーを一口飲み、ぼそりと言う。
「あの時は俺も、光でしか反応しなくなって…」
「それで…どうしたんだよ?」
「どうって…光としてたけど」
「……。」
クッソ、全然参考にならねぇ。
「あ、でもお前はそれやっちゃだめだからな。」
「わかってるっつの!つーかできねーよ」
いくらしたくたって、光から拒否されるに決まってるし…おかずにしようにも御幸の顔がチラつく。
「…じゃあ今は?一人ですることもあるだろ?」
「まあ…たまに」
「そういう時はどうしてるんだよ。今はAVとかでもヌけんの?」
「さあ?」
「…さあ?」
「試したことない。」
「…じゃあ何でしてんだよ」
「…記憶?」
「……。」
コイツ…とんでもない変態野郎だ。
「それで…木崎さんは?」
「…謝られた。俺が悪いのによ」
「は〜。ほんといい子だなぁあの子。可哀そうに」
「…うるせーな、わかってるよ」
俺のことなんか…好きにならなきゃよかったんだ。
…光先輩になりたい。そう呟いた彼女の声が今も耳の奥に残っている。けど…姿かたちだけじゃない。今まで光と過ごしてきた時間…俺が光を見ていた時間…。彼女を守り、救われ、かけがえのないものを貰った事実。それはもう、何があっても覆らないし、なくならない。
「で…光でしかできなくなったってことは、試してみたんだ?」
「……。」
まあ…そうだ。家で一人、思い出しながら…妄想しながら。だけど考えてみれば、あのときからずっと、一人でするときは光を思い出しながらしていた。…口が裂けても御幸には言えねえけど。
「はー…モテるのは仕方ないにしても、なんでこうもしつこい男ばっかなんだろうなぁ…」
「あ?」
「…それで?お前はどうすんの?光を手放すつもりはないけど。」
「俺だって…奪うつもりはない。」
「奪うつもりはない〜?」
御幸は馬鹿にするように俺を睨んだ。
「奪えるとでも思ってんのかよ。悪いけど俺ら、超ラブラブだから」
「キメーこと言ってんじゃねーよ。聞いてねーし」
「はっはっは。まあうちに泊まってたらすぐわかるよ!」
「……。」
ウザい御幸をひと睨みし、コーヒーを飲み干した。わかってる。もうとっくに。光は御幸のことを、この上なく愛しているという事。もうずっと…高校生の頃から、ずっと。
「つーか飯は?腹減った」
「…図々しい客だな」
御幸は苦笑して、やれやれとキッチンへ行った。