「お、何だあの人だかり」

倉持が立ち止まって見た先には、確かに異様な人だかりができていた。まるで大会前の野球部の野次馬並みだ。
確かあそこはテニスコート。見てみようぜ、と走り出す倉持をのんびり追いかける。

パコン、と気持ちのいい音が響いた。

テニスコートでは2年の女子がテニスをしていた。ちょうど真ん中のコートにいるのは、光。牧瀬と対戦している。気持ちのいいラリーが続いているところを見ると、勝負というより練習っぽいけど。

「なんだ、玉城さんの野次馬か…相変わらずすげえな」

倉持は少し消沈したように呟いた。機嫌が悪く見える。そういえば最近、時々おとなしくなるな、こいつ。

それにしても、たしかに、すごい野次馬の数だ。教師まで見に来てんじゃねーか…と思ったけど、あれは運動部の顧問たちだから、多分牧瀬の勧誘目当てかな。
しかし集まっている生徒のほとんどは男だ。俺、ここにいたら刺されそう。

「おい倉持…」

小声で倉持を呼ぶが、なんだか真剣な顔でコートを眺めていることに気づき、思わず口を噤む。なんだよ、そんな思いつめた顔して…。

「マジで可愛いな、玉城さん。」

ふと、野次馬の会話が聞こえてきた。その気がなくても、つい耳を澄ましてしまう。

「付き合ってる奴とかいんのかな?」
「やめろ、考えたくない」
「うわ!こいつ涙目じゃん」
「お前ガチ恋かよ〜」

…まじかよ。
俺は居心地が悪くなって、倉持の肩に手を置く。

「おい…、俺、先戻ってるからな」
「…あ?…いや、俺も行くけど」

え?そうなの?
当然のように踵を返して歩き出した倉持の背中を追う。こいつが見てたのって…多分…光だろうなぁ…。今までそんなそぶりなかったけど…いや、まさかな。
なんとなく煮え切らないまま、俺たちは無言で校舎に戻るのだった。



***



もうすっかり慣れたインタビュー。親善試合の代表メンバーに選ばれたことで、なんか数増えてるけど。
いつも通りありふれた質問にそつなく答え、愛想笑いを振りまく。ったく、くだらねー質問ばっかしやがって。さっさと部活に行かせてくれよ。

「…それじゃあ、最後に…」

やっと最後か。

「現在、付き合っている人はいますか?」

は?

「御幸君、格好いいし、学校でもモテるんじゃないですか?」
「選び放題でしょう。」

…ったく、何しに来てんだこのおっさんら…。

「…はは。そんなことないですよ。全然モテません。」

にっこりと、愛想笑いを浮かべて頭を振る。

「じゃあ、今は恋人募集中?」
「いえ、今は野球が恋人ですね。」
「ははは、なるほど。でも、恋人がいないとなると、全国の女性ファンが喜ぶんじゃないですか?」
「さあ…、それよりも自分は、プレーで応援してくれる方々を喜ばせたいと思っています。」

ほお…、と記者のおっさんが感嘆のため息を吐く。俺はこっそりと部屋の入り口に立つ礼ちゃんを見る。礼ちゃんは、まぁ、及第点、とでも言うような微笑を返してきた。はあ、やっと終わる。
記者たちと挨拶を交わし、応接室を後にする。するとちょうどそこへ、光が牧瀬と二人で歩いてきた。偶然の出会いに喜びそうになりつつ、後ろからドヤドヤと出てくる記者陣の存在を思い出す。
ヤベェ…こんな形でバレたら、光にも迷惑がかかる。
当たり障りなくすれ違うしかない。俺はこっそりと光を見た。光は隣の牧瀬と喋っていたが、騒がしいおっさんたちの声に気付き、前を見て、俺に気付いた。ちらり、と状況を見渡して、大体の察しがついた様子で、ごく自然に前を向いたまま通り過ぎる。助かった…。
それでも記者たちは、すれ違いざまの光に目を奪われたように言葉を失って、その姿を目で追っていた。やがて光たちが角を曲がって見えなくなると、おっさんたちはわっと盛り上がった。

「いや〜綺麗な子がいるんですねぇ!」
「芸能人かと思いましたよ。」
「御幸君、今の子は?知り合い?」
「すごい美人だったけど、御幸君だったら付き合えるんじゃないの?」

あーー、うぜえ!

「…さあ。他学年ですし、よく知りません。」

俺がそう答えると、おっさんらはあきらかに面白くないといった様子で落胆した。

「御幸君、投手陣の調子を見てあげて。」

礼ちゃんが切り替えるように声をかけてきた。

「はい。」

助かった。失礼します、と記者のおっさんらに頭を下げ、急ぎ足で校舎を出る。ったく、主将で、正捕手で、春大前で、日本代表で…楽じゃねーぜ。
…そうだ、練習行く前に、ちょっと光に声かけて行こう。確かこっちに…。

廊下の角を曲がる。こっちには図書室しかないから、きっと図書室へ行ったんだろう。うきうきしながら渡り廊下を歩いて行くと、その柱の所に、3人の女子がたむろしていた。何気なく上靴の色を見る。2年。光の同級生か。

「…ねぇ、さっきの見た?」
「澄ましちゃって。エラソーなんだよね。」
「偉いと思ってんじゃない?確かに顔は良いけどさぁ…。」

なんだか不穏な空気を感じて、俺は通り過ぎた先の角で立ち止まり、耳を澄ませる。

「男もバカだよね。顔に騙されて。あんな性悪女にさぁ…」
「男って顔しか見てないんだよ。ぶりっ子とか、気付かないじゃない?」
「言えてる〜。ほんとうざいわ、玉城光。」

光?

「なんかさー、前噂あったじゃん。東条君と付き合ってるって。」
「聞いた聞いた。1年の時でしょ?」
「いっつも一緒にいてベタベタしてたもんね。」
「あれもさー、騙されてたよね、東条君。」
「かわいそ〜。」
「最近は1年とも噂あるじゃん。マジ尻軽だよ、あの女。」
「1年?マジ?手出すの早くね?」
「マジマジ。野球部の結城将司って子と、奥村光舟って子だよ。」
「え〜。奥村君可愛いと思ってたのに、ショック〜。」
「つーか、それよりさ。」

「御幸先輩と付き合ってるって噂。マジだったら、あたし、絶対許せないんだけど。」

――は?
俺は思わず息を止め、ゆっくりと吐いた。

「なにそれ、マジ?」
「なんか去年誰かが言ってたらしいよ。」
「うわ、それはないわ。最悪。」
「もし噂が本当だったらさ、どうする?」

静まり返った廊下。時間が止まっているようだ。俺は息をするのも慎重になって、壁に背を持たれていた。

「…シメるでしょ、やっぱ」

その言葉を聞いて、クスクスと響く笑い声を背に、俺はその場を去った。

 


ALICE+