空港を出て指定された出口につけられた黒い車を見つけて、その傍に立っている男性の顔を見て思わず笑みがこぼれる。

「わ〜!!ほんとに周防君じゃん!!ひっさしぶり!」
「…お久しぶりです。」
「なになに〜!?澄ましちゃってぇ!!元クラスメイトの仲じゃあん!!」
「……。」

バシバシと彼の胸を得遠慮なく叩いて、あれ、と思う。

「…え〜〜周防君以外といい体してる〜!!鍛えてるの!?」
「車にお乗りください。」
「なによ〜つれないな〜」

周防君が後部座席のドアを開けて、私が中を覗くと…

「司!久しぶり!」

笑顔の光が待っていた。

「きゃ〜〜〜!光久しぶり〜〜!!」

すぐに中に乗り込んで光を抱きしめると、光は笑い声をあげる。

「も〜光がいなくなって寂しくて寂しくて…」
「あはは。私も私も。」
「…なんか心が籠ってないわね…」

そんなことないよ〜、とにこにこ笑う光。こういう本心が掴めない小悪魔なとこも、光の魅力ではあるけども。
車は静かに発進し、光のマンションへと向かう。

「光臣はいつこっちに来れるの?」
「来月頭にある視察が終わってからだから、再来週くらいになるかなー。」
「司、あの…おじい様のこと、言ってたでしょ?大丈夫なの?」
「ああ、ん〜…今のままじゃダメだろうね〜。」
「光臣はなんて言ってるの?」
「なんとかする、としか言わないの。」
「…大丈夫なの?」
「でもなんか楽しそうなんだよね〜。」

そうなんだ、と目を瞬いて、光はひとまず納得したようだった。あの光臣が何とかする、と言ったら、とりあえず何とかしてくれるんだろう、という謎の安心感があるのは、どうやら私だけじゃないらしい。

「で…そっちは?今倉持さんがまたお邪魔してるんでしょ?」
「…ん、ん〜…」

光は苦笑を浮かべて頷いた。何かあったなこりゃ。

「また迷惑かけてるのあの人?」
「め、迷惑ってわけじゃ…」
「えみちゃんと別れたって聞いたけど、まさかまた光のこと狙ってこっち来たの?」
「そ…そういうわけじゃ…ないと思う…けど」
「え〜〜、でも絶対下心あるよ。気を付けなよ?」
「うーん…」

煮え切らない返事。なんだかんだ、お世話になってるという思いがあるのか、光って倉持さんに甘いしなぁ。他の誰からアプローチを受けたって、いつもは毅然と…というか、冷酷なまでに徹底して完全無視なのに、倉持さんにだけは押しに弱いというか…。

「もうそろそろきっぱり突き放した方がいいんじゃない?このままじゃ倉持さんにとっても良くないでしょ。」
「うん…そうだよね…」

光は静かに、決意するように頷いて、私はちょっと、あれ?と思った。



***



光のマンションにお邪魔して過ごし、夕方になって夕食の準備を始める光を手伝う。

「偉いな〜光。毎日手作り?」
「朝と、遅くなる日の食事は、お手伝いさんを雇ってるけどね…料理は好きだから息抜きにもなるし、できるだけしたいの。」
「へぇ〜。嬉しいだろうなー御幸さん。愛する妻の美味しい手料理が食べられて。」
「料理は最初、一也さんに教わったんだけどね。」
「え!?ちょっと待ってそれ初めて聞いた!!御幸さんお料理上手なの!?」
「そうだよ。すごーく上手なの。」

光はどこか含んだ幸せそうな笑顔で頷く。きっと誰も知らない、ふたりだけのラブラブエピソードがあるんだろうなぁ〜…。

「司は普段料理はしないの?」
「できるわけないじゃん…光臣は普段から一流シェフが作ったごちそうを食べてるんだよ?」
「そんなこと気にしなくていいのに。」
「気にするって!!ただでさえ料理が得意なわけでもないしさ〜…」

喜ぶと思うけどなぁ、とどこか他人事のように呟いて、光はジャガイモの皮をむき始めた。

「ただいま…。うわ、」

玄関からやってきた倉持さんが、私の顔を見るなり顔を歪めた。

「ちょっと!うわ、ってなんですか失礼な!!」
「つい。」
「ひっどーい!どーせ光と二人っきりだと思ってウキウキ帰ってきたら邪魔者がいたからでしょ!」
「……。」

倉持さんはちょっと顔を赤くして部屋に引っ込んでいった。図星じゃん。
光は…、というと、静かにジャガイモを切り始めている。そう言えば今反応しなかったなあ…。

「光。」

部屋から戻ってきた倉持さんが声をかけてきた。

「シャワー借りてもいいか?」
「どうぞ。」

振り向きもせず短く答える光。さすがに異変に気付いたのか、倉持さんはちらりと私を見た。私は光の背中を一瞥し、首を傾げる。

「…じゃ、借りる」

触れない方がいいと思ったのか、倉持さんはそう言ってシャワールームに入って行った。

「光、どうかした?」

隣に並んでこっそりと聞いてみると、光はいつも通りの笑顔になっていた。

「なにが?」
「……。」

そうにこにこと首を傾げられると、面と向かって訊きづらい…。何か思惑があるのかなー…。倉持さんが何かしたとか?思い当たる節はなさそうだったけどな。まあ、今まで優しすぎたくらいだし、倉持さんにはこのくらいつれない態度でもいいと思うけどさ。じゃないと、またいつまでも付き纏いそうだし。

スープが出来上がるころ、倉持さんがシャワーから上がり、リビングにやってきて光の顔色を窺うようにそわそわとキッチンにやってくる。調理台にナイフを持って振り向いた光が府と倉持さんに気付くと、愛想のない愛想笑いを浮かべた。

「なんですか?」
「あ…、ちょっと、水を…」
「どうぞ。」

コン、とグラスを置かれ、倉持さんは目を白黒させながらグラスを手に、ミネラルウォーターを汲んでリビングに踵を返す。かなり困惑している様子だ。
そのとき、また玄関のドアが開いた。

「ただいまー。」

その声が聞こえた途端、光はナイフを置き、エプロンで手を拭きながらぱたぱたとドアに駆け寄って行った。そしてドアが開いて御幸さんが現れると、抱き着く勢いで肩に手を置き、笑顔で出迎えた。

「おかえり。」
「ただいま。」

御幸さんも光の笑顔を前に頬を緩め、二度目のただいまを言ってしまう。それからご機嫌な様子で部屋を見渡して、私に気が付いた。

「お、牧瀬。久しぶりだな。」
「お久しぶりです。お邪魔してまーす。」
「ゆっくりしてけよ。」
「もちろんです。」

大きく頷くと、言うまでもなかったか、と御幸さんは笑う。そして…

「あれ?倉持いたの?」
「……。」

本気か冗談かわからないことを言って倉持さんをイラつかせた。倉持さんは御幸さんを睨んで、しずかに水を飲んだ。

「夕ご飯もうすぐできるよ。先にお風呂入る?」
「いや、練習の後シャワー浴びてきたから大丈夫。」
「じゃあ準備するね。あとはお魚を焼くだけだから」

にこにこにこ。夫婦は見ている方が赤面しそうなほど幸せそうな笑顔を交わして、光はキッチンへ、御幸さんは寝室へと向かった。



「美味い。」
「ほんと?よかった。」

にこにこ、いちゃいちゃ。このふたりはこれがいつも通り…なんだけど。

「……。」

倉持さんはなんだか不服そうにふたりを見ている。しょーがないでしょうよ、夫婦なんだから。

「あ、さんきゅ。」

御幸さんのグラスが空きそうなのをみつけて、光が水を足すと、御幸さんがお礼を言って光はニコリと微笑んだ。ほーんと理想の夫婦って感じ…ときどきすごい喧嘩するけど。

「あ光、俺も…」
「どうぞ。」

ちゃっかりグラスを持って声をかけた倉持さんに、光は水の入った瓶をゴトンと置いて差し出した。倉持さんだけでなく御幸さんもきょとんとする。しかしフォークを取ってサラダを食べ始める光に、どうかしたのかと聞ける人はここにはいなかった。
やっぱなんかあったのかな。倉持さんに対してここまで素っ気なかったっけ?あとで光とふたりきりのときに聞いてみようかな。

 


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