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「ただいまー…」
夕方御幸達のマンションに戻ってきて、エレベーターから部屋に入り、俺は硬直した。
「あ」
ソファに座る御幸がちょっと焦ったように俺を見て、その上に跨って御幸の頬に手を添えている光は、たいして気にした様子もなくちらりと俺を見た。
こ…こんな時間からヤろうとしてたのかよ!!しかも、光の方から積極的に…!?
「あーあ、帰ってきちゃった」
そう笑いながら言う御幸の言葉は、いつもの軽口だったけど…
「…悪かったな」
俺にはそう返すのが精いっぱいで、すぐに二人から目を逸らして部屋に入った。
なんか…昨日から思ってたけど、光…まるで俺に当てつけるように…見せつけるように、俺の前で御幸とイチャついてる気がする。やっぱ迷惑だから近づくなっつー意図…なんだよな、これは…。
今まで倉持さん倉持さんとほほ笑んでくれていたし、それなりに好意を抱かれていると思っていたから、きつい…。
「いや〜久々の和食嬉しいなー」
ニコニコニヤニヤ、御幸のヤローは超が付くほどの上機嫌で食卓に着いた。
「お代わりいっぱいあるからね。」
「わーい」
「……。」
なにがわーい、だ…。猫被りやがって。
そう心の中で悪態づきながら、久々に飲んだ味噌汁の美味さに感動して、つい腹の底が震えた。やっぱ料理上手だな〜…、光は…。
「倉持、妙に静かだな。」
御幸の言葉で顔を上げた。
「…今日亮さんから電話があってよ」
「え?うん」
「来週…誘われたから、近いうち日本に帰るわ」
「え?」
御幸はちょっと光と不思議そうに顔を見合わせた。
「あ…そう。」
なんだか拍子抜けしたようにそう頷いて、御幸は大根と茄子の煮びたしに箸を伸ばす。
「あ〜…美味い…幸せ」
「ふふふ。」
ほわほわ緩みきった顔で呟く御幸を幸せそうに見つめる光。たしかに…ここに俺の居場所なんて、初めからなかったんだ、と思った。
***
夜が更けて、俺はベッドの上でぼーっと過ごしていた。眠れなかったのだ。
昼間の事を思い出して、漠然と嫉妬する。
…今ごろあいつら、部屋でヤッてんのかな…なんて。
この客室は広いリビングとキッチンを挟んで寝室とは向かいにあるから、間違っても声がここまで響いてくることはない、けど…。
カチャン、とドアの外から音がした。俺は身を起こして、しばらく迷った後、ドアを開けてリビングに入った。
「……。」
キッチンでグラスに水を注いでいた光は、ちらりと俺を見て、グラスに口をつけて傾けた。
白い喉。細い首筋。少しはだけた襟元から覗く鎖骨と、胸の谷間…。
ごくり、と自分の喉が鳴った。
コツン、とグラスが置かれた音で、俺は我に返った。
「光…。」
「……。」
光は暗闇の中でじっとしている。
「……。…好きだ」
縋るように、これが最後という気持ちで呟いた。
光の細い肩から金色の髪がひと房、はらりと落ちた。
「…やめてください」
そのか細い声は俺を強く打ちのめした。
「迷惑なんです…言いましたよね。」
「……。…教えてくれ、光。どうして急に…」
「前から思ってたんですけど」
俺の声を遮るように、光は言った。
「光って…呼ばないでくれませんか。」
「……。」
ここまで…嫌われてるっていうのか?嘘だろ?そんなの…だってついこの間までは、光は…
「家族以外の男の人に…そう呼ばれたくないんです」
「……。」
「今までお世話になってたから言えなかったけど…もう限界です」
「……。」
「私…倉持さんのこと、本当は…嫌いなんです」
…嫌い…?
ふたつの宝石みたいな目が俺を捉えた。あの目が…いつもきれいで…俺は…
「…おやすみなさい」
光はグラスを片付けて、寝室に戻って行った。
俺は、今起こったことが現実だと、にわかには信じられなくて…しばらく立ち尽くした。
***
「もう帰んの?」
翌朝早朝、ねぼけ眼の御幸に見送られてマンションを出る。
「おー…」
「昨日の今日でそんな急に。亮さんに急かされてんの?」
「おー…」
「飛行機のチケットとれたのかよ?」
「おー…」
「お前大丈夫?」
おう、とかすれた声で返事をして、荷物を持って玄関へと向かう。
「光まだ寝てるんだけど。おーい光…」
「いいって。起こさなくて」
寝室の方に向かって声をかけようとした御幸の声を遮った。御幸は目を丸くしたけど、俺は構わずキャリーバッグを引いてエレベーターに乗り込んだ。
「空港まで何で行くの?送ろうか?」
「いい。適当にタクシー拾う」
「そう…」
まるで逃げるように帰る俺を、御幸は不審に思っただろうか。けどもうそんなことはどうでもいい。今は一刻も早く一人になりたかった。
「…じゃあな」
「おー、気を付けて。」
ひらひら手を振る御幸を最後に、エレベーターの扉が閉まった。
運よくすぐの大通りでタクシーを拾い、空港まで、と告げてイヤホンを耳に突っ込んだ。ラジオでポップスを流して、ぼーっと窓の外を眺める。
ほんと…何してんだ俺。こんな異国の地にまで光を追っかけて…。
耳には陽気な曲が流れてくる。まだ簡単な言葉しかわからない自分の英語力でも、その歌詞の意味はぼんやりと脳に染みてきた。
こんな素敵な夜だから 僕らは何か下らない事をしようって
ねえベイビー 君と結婚したいんだ
君の瞳のせいなのかな それともこのお酒のせいなのかな
どっちでもいいか 君と結婚したいんだ…
素敵な夜、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、やっぱりあのクリスマスの夜のこと。
光を海へ連れて行って、そのあと…初めて光を抱いて…
あの日も、彼女の瞳は宝石みたいに…いや、それよりももっと綺麗で。
あの瞳にいつも見つめられる御幸が、羨ましくて仕方がなくて…いっそ恨めしかった。
…どうして御幸なんだ。
俺はこんなに苦しいくらい好きなのに、御幸はそれ以上だっていうのか?
光はいつだって、きれいで…優しくて…特別だった。
嫌われていたなんて。…いつから?なあ、教えてくれよ、光…。
彼女の為に涙を流すのは何度目だろう。何度も何度も…光には泣かされてきた。
そうだよ…光を想っていても苦しいことばかりだったじゃないか。それなのにまだ好きだなんて…バカか、俺は。
自分から傷つきに行って…それでも何度も何度も繰り返して…挙句の果てに嫌われて…
苦しい。それでも好きでいるなんて。胸の奥が痛い。
もう、光なんて、嫌いだ。
そう言い聞かせるように胸の奥で呟いたら、胸の痛みがほんの少しだけ、和らいだ気がした。
夕方御幸達のマンションに戻ってきて、エレベーターから部屋に入り、俺は硬直した。
「あ」
ソファに座る御幸がちょっと焦ったように俺を見て、その上に跨って御幸の頬に手を添えている光は、たいして気にした様子もなくちらりと俺を見た。
こ…こんな時間からヤろうとしてたのかよ!!しかも、光の方から積極的に…!?
「あーあ、帰ってきちゃった」
そう笑いながら言う御幸の言葉は、いつもの軽口だったけど…
「…悪かったな」
俺にはそう返すのが精いっぱいで、すぐに二人から目を逸らして部屋に入った。
なんか…昨日から思ってたけど、光…まるで俺に当てつけるように…見せつけるように、俺の前で御幸とイチャついてる気がする。やっぱ迷惑だから近づくなっつー意図…なんだよな、これは…。
今まで倉持さん倉持さんとほほ笑んでくれていたし、それなりに好意を抱かれていると思っていたから、きつい…。
「いや〜久々の和食嬉しいなー」
ニコニコニヤニヤ、御幸のヤローは超が付くほどの上機嫌で食卓に着いた。
「お代わりいっぱいあるからね。」
「わーい」
「……。」
なにがわーい、だ…。猫被りやがって。
そう心の中で悪態づきながら、久々に飲んだ味噌汁の美味さに感動して、つい腹の底が震えた。やっぱ料理上手だな〜…、光は…。
「倉持、妙に静かだな。」
御幸の言葉で顔を上げた。
「…今日亮さんから電話があってよ」
「え?うん」
「来週…誘われたから、近いうち日本に帰るわ」
「え?」
御幸はちょっと光と不思議そうに顔を見合わせた。
「あ…そう。」
なんだか拍子抜けしたようにそう頷いて、御幸は大根と茄子の煮びたしに箸を伸ばす。
「あ〜…美味い…幸せ」
「ふふふ。」
ほわほわ緩みきった顔で呟く御幸を幸せそうに見つめる光。たしかに…ここに俺の居場所なんて、初めからなかったんだ、と思った。
***
夜が更けて、俺はベッドの上でぼーっと過ごしていた。眠れなかったのだ。
昼間の事を思い出して、漠然と嫉妬する。
…今ごろあいつら、部屋でヤッてんのかな…なんて。
この客室は広いリビングとキッチンを挟んで寝室とは向かいにあるから、間違っても声がここまで響いてくることはない、けど…。
カチャン、とドアの外から音がした。俺は身を起こして、しばらく迷った後、ドアを開けてリビングに入った。
「……。」
キッチンでグラスに水を注いでいた光は、ちらりと俺を見て、グラスに口をつけて傾けた。
白い喉。細い首筋。少しはだけた襟元から覗く鎖骨と、胸の谷間…。
ごくり、と自分の喉が鳴った。
コツン、とグラスが置かれた音で、俺は我に返った。
「光…。」
「……。」
光は暗闇の中でじっとしている。
「……。…好きだ」
縋るように、これが最後という気持ちで呟いた。
光の細い肩から金色の髪がひと房、はらりと落ちた。
「…やめてください」
そのか細い声は俺を強く打ちのめした。
「迷惑なんです…言いましたよね。」
「……。…教えてくれ、光。どうして急に…」
「前から思ってたんですけど」
俺の声を遮るように、光は言った。
「光って…呼ばないでくれませんか。」
「……。」
ここまで…嫌われてるっていうのか?嘘だろ?そんなの…だってついこの間までは、光は…
「家族以外の男の人に…そう呼ばれたくないんです」
「……。」
「今までお世話になってたから言えなかったけど…もう限界です」
「……。」
「私…倉持さんのこと、本当は…嫌いなんです」
…嫌い…?
ふたつの宝石みたいな目が俺を捉えた。あの目が…いつもきれいで…俺は…
「…おやすみなさい」
光はグラスを片付けて、寝室に戻って行った。
俺は、今起こったことが現実だと、にわかには信じられなくて…しばらく立ち尽くした。
***
「もう帰んの?」
翌朝早朝、ねぼけ眼の御幸に見送られてマンションを出る。
「おー…」
「昨日の今日でそんな急に。亮さんに急かされてんの?」
「おー…」
「飛行機のチケットとれたのかよ?」
「おー…」
「お前大丈夫?」
おう、とかすれた声で返事をして、荷物を持って玄関へと向かう。
「光まだ寝てるんだけど。おーい光…」
「いいって。起こさなくて」
寝室の方に向かって声をかけようとした御幸の声を遮った。御幸は目を丸くしたけど、俺は構わずキャリーバッグを引いてエレベーターに乗り込んだ。
「空港まで何で行くの?送ろうか?」
「いい。適当にタクシー拾う」
「そう…」
まるで逃げるように帰る俺を、御幸は不審に思っただろうか。けどもうそんなことはどうでもいい。今は一刻も早く一人になりたかった。
「…じゃあな」
「おー、気を付けて。」
ひらひら手を振る御幸を最後に、エレベーターの扉が閉まった。
運よくすぐの大通りでタクシーを拾い、空港まで、と告げてイヤホンを耳に突っ込んだ。ラジオでポップスを流して、ぼーっと窓の外を眺める。
ほんと…何してんだ俺。こんな異国の地にまで光を追っかけて…。
耳には陽気な曲が流れてくる。まだ簡単な言葉しかわからない自分の英語力でも、その歌詞の意味はぼんやりと脳に染みてきた。
こんな素敵な夜だから 僕らは何か下らない事をしようって
ねえベイビー 君と結婚したいんだ
君の瞳のせいなのかな それともこのお酒のせいなのかな
どっちでもいいか 君と結婚したいんだ…
素敵な夜、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、やっぱりあのクリスマスの夜のこと。
光を海へ連れて行って、そのあと…初めて光を抱いて…
あの日も、彼女の瞳は宝石みたいに…いや、それよりももっと綺麗で。
あの瞳にいつも見つめられる御幸が、羨ましくて仕方がなくて…いっそ恨めしかった。
…どうして御幸なんだ。
俺はこんなに苦しいくらい好きなのに、御幸はそれ以上だっていうのか?
光はいつだって、きれいで…優しくて…特別だった。
嫌われていたなんて。…いつから?なあ、教えてくれよ、光…。
彼女の為に涙を流すのは何度目だろう。何度も何度も…光には泣かされてきた。
そうだよ…光を想っていても苦しいことばかりだったじゃないか。それなのにまだ好きだなんて…バカか、俺は。
自分から傷つきに行って…それでも何度も何度も繰り返して…挙句の果てに嫌われて…
苦しい。それでも好きでいるなんて。胸の奥が痛い。
もう、光なんて、嫌いだ。
そう言い聞かせるように胸の奥で呟いたら、胸の痛みがほんの少しだけ、和らいだ気がした。