玉城の第一印象は、「うわ、すげえ美人」。
それから時々見かけるたびに、そのイメージは増えていった。澄ましているくせにからかうとすぐムキになる、とか、拗ねると文字通り口をムッととがらせる癖がある、とか、いつも背筋が伸びていて姿勢がいい、とか…。それから、普段あまり笑わないけど時々笑うと言葉を失うくらい可愛いこととか、近くで見るとめちゃくちゃ睫長いし、肌も綺麗で思わず見入ってしまうこととか、手足や腰はほっせえのに意外と胸がデカいこととか、陽の光を受けると目の色が波打つ水面みたいにキラキラして綺麗なこととか…。
気が付けば気になる存在になっていた。玉城の名前が聞こえてくると耳を澄ましてしまうし、恋人の有無の話題で勝手に一喜一憂したりもした。
女に縁のない野球部では、毎日のように玉城の話があがっていて、皆、少しでも近づくチャンスがないかといつも期待していた。

「やっぱ巨乳だろ巨乳!」

監督やマネたちが見えなくなるといつも調子に乗るやつがいる。大声で下ネタを話し始めた奴らを背に、俺は頬杖をついてスコアブックを捲った。野球部の日常だ。

「やっぱDはないとな〜!」
「お前Dがどんくらいか知ってんのかよ?」
「このグラビアアイドルDカップだってよ」
「こんなの信じるなよ。本当はDって結構小さいらしいぜ」
「うちのクラスで言うと誰?」
「増田結構デカくね?」
「バッカ 痩せてて巨乳じゃなきゃ巨乳とは言えねーよ」
「痩せてて巨乳とかグラビアアイドルだけだろ…」
「玉城さんがいるじゃん」

ピクリ。ページをめくる手が震えた。

「あ〜…結構でかいよな…。」
「…Dくらいかな?」
「いやだから、Dって男が思ってるより小さいんだって。玉城さんは…Eくらいあるんじゃね?」
「鈴木が玉城さんはEカップだって言ってた」
「なんで鈴木が知ってるんだよ」
「あいつ、女のカップ数言い合てんの特技なんだよ」
「なんだそれ…。」

テレビのリモコンを引っ掴んで、音量のプラスボタンを長押しした。急にでかくなるテレビの音。喋っていた奴らが迷惑そうに俺を振り返る。

「おい…御幸、音うるせーよ」

そのうちの一人が苛立ったように、けれど遠慮がちに言う。

「あぁワリ、うるさくてテレビが聞こえねーからさ」

素っ気なくそう言うと、そいつらは気分を害したように顔を見合わせて食堂を出て行った。俺は音量を元に戻し、スコアブックに目を落とす。玉城のああいう話聞いてると…イライラしてくる。

「御幸先輩!なんなんすか!ご機嫌ななめっすか!?」
「…もっとうるせーやつが来た」

俺の前の席にどっかと座る沢村。後からついてくる降谷、小湊。

「栄純君、先輩の邪魔しちゃだめだよ…」
「いいから春っち!さっきの雑誌貸してくれ!」
「え!?…いいけど…」

小湊が雑誌を沢村に手渡した。沢村は雑誌のページをめくり、何かを探し始める。

「…おい、なんなんだよ。俺忙しいからどっか行ってくんない?」
「あった!これこれ!」

沢村は俺の言葉を無視し、雑誌を開いてテーブルに置いた。

「御幸先輩の誕生日はいつですか!?」
「…11月17日だけど」
「血液型は!?」
「…Bだけど」
「えーと…つまり…ふむふむ…」
「…何なの?占い?俺そういうの信じないけど」
「いいからちょっと黙っててください!」

何で俺が怒られてんだ。ホント自由だなこいつは。

「あった!11月17日生まれ、B型のあなたは…牛!」
「誰が牛だコラ」
「明日の運勢は超ラッキー!思わぬ幸運の連続で、気になる人との仲が急接近!?ラッキーアイテムはこんにゃく!…だそうです!」
「…で?」
「よかったっすね!明日の文化祭、友達がいない御幸先輩も楽しく過ごせるみたいっすよ!だからもうご機嫌を直して!文化祭楽しみましょう!」
「さらっとディスってんじゃねーよ」

栄純君もう行くよ、と小湊が沢村を急かす。1年の入浴時間なのだ。すみませんでしたと頭を下げて去っていく小湊、悪びれない沢村、ただくっついてるだけの降谷…。やれやれ、と頭を掻いて、スコアブックを閉じた。
文化祭…か。特に見たいもんもねーし…適当に抜け出してくるつもりだ。あ…でも、玉城のクラスだけちょっと様子見に行こうかな…。確か、チュロス売るって東条が言ってたっけ。

文化祭前夜は寮の中もどこかそわそわしていて、落ち着かない空気のまま夜は更けていった。


***


文化祭当日。倉持とチュロス屋の前を通りかかると、教室の前で看板を持って立っている玉城と大声で客引きをする牧瀬を見つけた。…って…なんで玉城だけメイド服みたいなの着てるんだ…!?か、可愛いけど…。似合いすぎ…。

「あ…。」

看板を持ってぼーっと立っているだけの玉城がこちらに気付いて呟き、なぜかそのまま視線を前に逸らした。

「おい!目が合ったのに無視すんな!」
「うるさいですね…」
「お前それでも客引きか!?」

牧瀬がこっちに気が付いて、あっ、と声を上げて駆け寄ってくる。

「御幸先輩!倉持先輩!チュロス食べていきませんか〜?」
「いや俺甘いもん苦手」
「…じゃあ何しに来たんですか?」

ちくりと棘のある言葉を吐き、俺を睨む玉城。…お前を見に来たなんてとても言えない。

「あっ、もしかして光のこと見に来たんですか〜!?」
「い、いや、違うって」
「……。」

俺を睨む玉城が、さらに目を細めて睨んでくる。

「おい…客引きならもっと愛想よくしろ。」
「客じゃない人に言われたくありません」
「つーかなんでお前そんなカッコしてんの?牧瀬はTシャツなのに」
「…クラスの皆に言われて…」

むすっ、と俯く玉城。まあ…なんとなく理由はわかるけど…。

「可愛いでしょ〜!?光目当てにいっぱいお客さん来てくれてるんですよ!」

牧瀬が玉城を抱きしめて言った。確かに、玉城を見て中に入って行く奴多いな…。教室の中、男の客ばっかじゃねーか。

「光はここに立ってるだけでいいんです!」
「私もう疲れた」
「お前立ってただけだろ?」

でも疲れたんです、と拗ねた子供のようにそっぽを向く玉城。その時廊下の向こうから、純さんたちが歩いてくるのが見えた。

「やべっ、ちょっと隠せ」
「えっ?ちょ…、」

俺は咄嗟に玉城の背に隠れた。直後、ドヤドヤと野郎どもの声が響いてきた。

「おっ!!倉持じゃねーか!お前ひとりで回ってんのか〜!?」
「え!?いや、俺…」
「ちょうどよかった、お前も手伝え!!俺らのクラス人足りねーんだわ」
「ええ!?ちょっと…待ってくださいよ!!」

倉持が引き摺られていく…。俺は玉城と、玉城が持っている看板の影に隠れて事なきを得た。

「あっぶねー…。さんきゅー玉城」
「……。」

俺を睨む玉城。

「あの人連れていかれちゃいましたよ」
「倉持?いいんだよアイツは。どうせもう寮に帰ろうと思ってたんだから」
「ええ!?まだ文化祭始まったばかりですよ!?」

牧瀬が目を丸くして叫び、玉城を見た。

「あっ!じゃあ光、御幸先輩とどっか回ってくれば?」
「…はぁ!?なんで私が…」
「はっはっは。コラ、傷つくだろーが」
「だってここずっと立ってて疲れたでしょ?」
「だ…大丈夫だもん」
「いいから行ってきなよ〜!午後は演劇部で忙しくなっちゃうしさ。…あっ!そうだ、コレあげる」

牧瀬はポケットから小さな紙を二枚取り出して玉城に手渡した。

「…何これ?」

紙には黒い星のマークが書かれているだけ。

「ふっふっふ。受付で先着50人だけゲットできる参加券だよ〜!」
「参加券って…何の?」
「それは行ってからのお楽しみ!第2体育館で11時から始まるからね!忘れずに行ってね!」
「……。…って、ちょっと、私まだ行くなんて…」
「御幸先輩、光のことお願いしま〜す!」

ぐい、と強引に背中を押されて俺の前に足を踏み出す玉城。ちょっと顔を赤くして、困ったように俺を見上げて…。…正直、ラッキー。昨日の沢村の占い、案外当たってるかも?

「しょうがねーな〜。お願いされてやろう!」
「されなくていいです」
「ちょ…、待てって!ごめんごめん!とりあえず何か食いに行こうぜ!」
「……。」

むっとしている玉城を引き留めて、何とか一緒に回れることになった。よっしゃ…。牧瀬、感謝するぜ。

「じゃあ…制服に着替えてきます」
「おう。」

玉城はいったん教室に戻って、少しすると制服姿で現れた。さっきの格好は俺も落ち着かなかったから助かる…。いや、似合ってたけど…。ただでさえ注目も浴びるし。

「いってらっしゃ〜い」

牧瀬に見送られ、二人で歩き始めた。おお…、男どもが皆玉城を振り返る。さらに俺の顔を品定めるように凝視する。こんなに注目浴びるもんなのか、美人って。玉城はこれが日常なのか…。

「何食べるんですか?」
「え?」

隣の玉城が文化祭のパンフレットを捲りながら尋ねてきた。やべ、全然考えてなかった。

「あ〜…食いもん何がある?」
「えーと…からあげ、ホットドッグ、クレープ、ポップコーン、やきそば、フライドポテト…ですね。」
「ふーん…お前は?何か食いたいもんある?」
「…何でもいいです」
「じゃあ…ホットドッグは?」
「いいですよ。ホットドッグは…中庭のテントで売ってるみたいです」
「よし、行くか」

しかし…すげー人。廊下の人混みをかき分けて、これに乗じて手とか繋いでみたり…と想像するけど、俺はズボンのポケットに手を突っ込んだまま勇気が出ずに歩き続ける。だってそんなことしたら、好意がバレバレ…だし。

「あの、先輩。」

いつの間にかちょっと後ろを歩いていた玉城がちょこちょこと追いついてくる。あ…歩くの早かったか。

「あ…、ごめん。何?」

先に行ってしまったことを謝りながら振り向いた拍子に、肘にぽよん、と柔らかい感触を感じた。…え…今のって…。ま、間違いない。位置的にも距離的にも…。今の感触は、玉城の…胸…。

「歩くの早いです。」
「……。」
「…どうしたんですか?」

な…なにも動じてない。気づかなかったとか?いやまさか…。けっこうがっつりぶつかったぞ。まだ肘に、感触がはっきりと残ってるし…。

「…いや…」

だけど、本人が気にしてないなら、俺も気づかなかったフリしたほうがいい…よな。うん。

「……。」
「……。」

なんとなく気まずくなったように感じながら、中庭に出た。いや…気まずいとかはきっと気のせいだ。玉城は元々、あんま喋らねーし…。そう、もともとだ、もともと。

「あ…、ホットドッグ、あそこですよ。」

くい、と俺の袖を引っ張って玉城が言う。びっ…くりした〜…。祖で引っ張られただけでこんなに緊張するとは…。もう、何しても玉城が可愛く見えて胸が苦しい…。俺、今日無事に過ごせるのかな…。
けど玉城は特に意識した感じはないし…。まぁこいつ、普段東条のことも引っ張ったり触ったりしてるからな〜…。無意識なのか?ったく、そのせいで男がどれだけ意識すると思ってんだ…。

…って、ちょっと待て…。この店…。

「わあ…トッピング色々ある…。先輩何にします?」

列に並び、玉城がメニューを見て呟く。けど俺はそれどころではなかった。このホットドッグの店…純さんたちのクラスの店じゃねーか!純さんと倉持が客引きしてるし…うわ、中に亮さんもいる。

「先輩、聞いてます?」
「え、あ…わりい」
「どうかしたんですか?」

玉城は前の方を覗き込んで、そこに倉持を見つけたようだった。

「あ…先輩のお友達いますよ」

友達じゃねー。…とか言ってる場合じゃない。

「あ…。やっぱり、お友達と回ります?」

気を遣ったようにそう言って少し身を引く玉城。俺は慌ててその腕を掴む。

「いや!いやいや…!あいつはいいんだって、ほんと。」
「でも…」
「いいんだよ!俺はお前と周りた…」
「……。」

…あっ…。お、俺何言ってんだ…!!玉城の顔が赤く…いや、俺の顔も赤い…。絶対赤い…!

「えっと…そうじゃなくて、ここ、先輩のクラスの店だからさ…」
「…え?」
「だから…えーと…」

…からかわれる。絶対にからかわれる。そして野球部中に噂をばらまかれて、俺は片身狭く過ごす羽目になるんだ…。

「…私、一緒にいない方がいいですか?」
「え…。」

…クソ!俺は玉城になんてこと言わせてんだ…。からかわれるくらいなんだよ!そのくらい…。今玉城と一緒に居られることに比べたら…!

「…そんなわけねーだろ!」
「でも先輩…」
「いいから気にすんな。それで?どれにするか決めた?」
「……。」

玉城は口を噤み、前を向いた。

「…マスタードにシナモンとキャラメスソーストッピングにします」
「…お前ホント変なモン好きだな」
「御幸先輩は?」
「俺は普通にケチャップとマスタード」
「つまんない…」
「面白くしてどうすんだよ」

列が進み、いよいよ俺たちの番…。接客の亮さんがいち早く気づき、ニヤー、と笑う。

「あれ?あれれ?御幸…。」

俺と玉城を交互に見てニヤニヤと口元を押さえる亮さん。

「へーえ。ふーん。やっぱりお前…」
「…もういいでしょ…注文していいすか?」
「ああどうぞ。ちなみにカップル割引でトッピングひとつ無料だよ。」
「なっ…!ち、ちが…!」
「へぇ〜、無料なんてラッキーですね、先輩。」

玉城が無邪気に言って俺は固まった。カップル割引だぞ!?聞いてたのかコイツ!?なんで全然動じてねーんだよ!

「…じゃあそれで」
「プッ…はーい、カップル割引入りま〜す」

亮さんがテント内のクラスメイト達に声をかけ、まばらな笑い声が響いた。

「ちょ…それ絶対毎回やってないですよね!?」
「いやいや、1万円で支払われたときとカップル割引使うときは確認する決まりだから。」
「……。」

「あっ!?オイ御幸じゃねーか!!」

ゲッ…。騒ぎを聞きつけてやって来た純さんに顔が引きつる。

「…ケチャップとマスタードひとつと、マスタードにシナモンとキャラメルソースのやつひとつお願いします」
「おい!テメー先輩を無視するとはいい度胸じゃねーか!お前もここ手伝え!その根性叩き直してや…」

怒鳴り声をあげていた純さんが、急にぴたりと押し黙る。その視線の先には、びっくりしたように肩を竦めて純さんを見る玉城がいた。

「…御幸ゴルアァ!!テメー女子と文化祭回るなんて…リア充かコラ!!!」
「…声デカイっす…」
「純、玉城さん怯えてるよ。」
「あっ…!!す、すんません…」
「い、いえ…。」

「はいおまちどーさま。ふたつで500円ね」
「はい」

すかさず支払うと、玉城がえっ、と声を上げる。

「じゃあ先輩、これ…」
「いいよこのくらい。」
「だめですよ」
「いーから、ほらお前の」
「……。」
「……。」

ニヤニヤと見つめてくる亮さんと純さん…。視線がうるせえ…!

「…なんなんすか…その目は…」
「え?別に何も言ってないじゃん。なぁ純?」
「そうだそうだ。御幸も人並みにカッコつけるんだなぁとか思ってねーぞ。」
「…ほっといてください!」

行こうぜ、と玉城の手を引いて踵を返すと、亮さんたちのひゅーひゅーとからかう声が背中を追いかけてきて、やっと手を掴んでいることに気づいた。しまった、咄嗟に…!慌てて離して玉城を振り返る。

「あ…!ごめん」
「え…?」

玉城は俺を見上げ、ちょっと顔を赤くした。

「いえ…別に…」

別に…って何だ!?嫌ではない…のか?もしかして…。……。くそ、今さらまた繋ぐなんてできない…!

「えーと…どっか座って食べるか」
「はい…」

ちょっと周りを見渡して、花壇の傍のベンチに行くことにした。ちょっと混んでいるが座れないほどではない。まだ時間が早いからかもしれない。

「大丈夫か?」
「大丈夫です。」

とはいえ人混みが良く前を横切るから、俺は時々玉城を振り向きながら歩いた。するとその時騒がしい集団が突然目の前を横切った。

「…っと、ちょいストップ」

俺は咄嗟に左手で玉城を庇うように伸ばした。…瞬間、ものすごく柔らかい何かが、手の甲にぶつかって…。反射的に振り向くと、ちょうど手の甲が玉城の胸に当たって、玉城が身を引いた瞬間だった。

「うわ…!ご、ごめん!」

咄嗟に口にして、しまった、と思う。さっきのことがあるんだから、気付かないふりで澄ましてた方がよかったんじゃ…。しかし後悔してももう遅い。胸に触ったことに気付いてること…玉城にバレた。

「え?」

しかし玉城はきょとんと俺を見上げた。

「何がですか?」
「…え?いや、今、手が…。」

胸に当たったから…。という言葉は飲み込んだ。そんなの、本人が一番わかってるはず…。

「別に…ちょっとぶつかったくらいで、そこまで慌てなくても。」
「…え…。」

ちょっと…!?いや、ちょっとだけどさ!!ぶつかったとこが問題だろ…!!

「…? 早く行きません?」
「あ…、ああ…。」

どうなってるんだ…。普段の玉城の態度から考えて、最低、とか、変態…くらいは言われると思ってたぞ。
その後は何事もなくベンチに座ってホットドッグを食べた。そういえば…沢村の占い、思わぬ幸運の連続…って言ってたっけ。…って、思わぬ幸運って…玉城の胸にぶつかることかよ!?なんつー安直な…。…いやいや、あんなの信じるのは馬鹿だな。たまたまだ、たまたま…。

「…どっか見たいとこある?」
「ん…?」

玉城を見て尋ねると、玉城はホットドッグを頬張りながら俺を見上げた。…やっぱかわいいなコイツ…。玉城はパンフレットを開き、ページをめくる。

「ん〜…あ、そろそろ11時ですよ。」
「ん?ああ、牧瀬が言ってたやつか。よくわかんねーけど…行ってみるか」
「はい。」

俺たちは立ち上がり、第2体育館へ向かった。

「わ、結構人いっぱいいますね。」
「先着50人…って言ってたもんな。でも、何するんだか…」

体育館の入り口は黒幕で覆われていて中は見えない。その手前の受付では、生徒会の生徒たちが参加券を回収していた。

「は〜い!先着50名限定、巨大迷路お化け屋敷の受付はこちらで〜す!優勝者ペアには豪華商品も用意してあります!」
「巨大迷路お化け屋敷…?」

玉城が呟いた。

「何、怖いの苦手?」
「別に…平気です」

むっとして答える玉城。お…まさか、本当に苦手だったりして。だとしたら、ベタだけど…暗闇で二人っきり、怯える玉城が抱き着いてきたり…とか。…いいかも…。

「先輩こそお化け大丈夫なんですか?」
「え?俺?コワ〜イ玉城守って〜!なんつって!はっはっはっは!」
「……。」
「おい引きすぎ!冗談だろ!」
「優勝の豪華賞品って何ですかね?」
「スルーするなよ…。…賞品はヒミツだってさ。」

ほら、と案内札を指さすと、玉城はほんとだ、と呟いた。

「じゃあせっかくだしやりましょうか。」
「そうだな〜、せっかくだし…。」

言い訳のように呟いて、内心ガッツポーズをする。玉城…ほんとに怖いの平気なのかな?ちょっと怖がったりとか…。なんて期待をしながら、案内に従って入り口の列に並ぶ。

「は〜い!それでは、巨大迷路お化け屋敷のルールを説明します!参加者は50人、25組のペアで、どのペアが一番最初にゴールにたどり着けるかを競っていただきます!先着3組までのペアには賞品を用意してあります!仲はたいへん暗くなっておりますので足元にご注意ください!そして、中は迷路だけではなく、いくつか謎解き要素も含まれていますので、ただやみくもに進むだけでは勝てません!途中、様々な仕掛けやホラー要素がありますので、途中棄権したくなった場合はお近くのお化け役の運営委員にお伝えください!」

「すげー本格的だな。」

こくり、と玉城が頷く。もう真剣な顔してるし。負けず嫌いだもんなー、こいつ。

「それでは…中へどうぞ!」

一気に列が暗幕の中へと流れ込む。中に一歩足を踏み入れると、真っ暗で一瞬何も見えなかった。やべ…、玉城どこだ?

「先輩?」

くい、と腕のあたりの袖を何かが引っ張った。

「これ、御幸先輩ですか?」

くいくい、とまた袖が引っ張られる。

「そーだけど…コレとはなんだ、コレとは。」
「確認しただけです。」
「俺じゃなかったらどうするんだよ。」
「御幸先輩だったからいいじゃないですか。」
「お前な〜…。」

言い返しながら、掴まれた腕にドキドキする。やっぱ…ここ来て正解だったかも…。

「…皆、もう奥に行ったんですかね?」

暗闇の中、玉城の声が聞こえる。確かに近くに人の気配はない。

「そうかもな。」
「どうします?」
「うーん…何も見えねーな〜…。」
「あ…。あそこ、明かりがありますよ。」

腕が引っ張られ、辺りを見渡すと、確かに遠くの方に緑色の明かりが見えた。まずはあそこを目指せという事かもしれない。

「行ってみるか…。」
「はい…。…あっ」

ぎゅっ、と腕が締め付けられ、柔らかい感触が押し付けられる…。…え!?

「何だろう、今何か踏んだかも…。すみません、引っ張っちゃって。」
「いや…、平気だけど…。」

胸が…胸が当たってるんですけど!!玉城…本当に無意識なのか!?

「グオオオォォォ」

「えっ…。」
「……。」

びっ…くりした…。突然横から飛び出してきたお化け役の生徒。貞子みたいな風貌で、顔をしたからライトで照らしている。反応の薄い俺たちに戸惑ったような様子で、彼はそっと暗幕の中に消えていった。

「ふう…びっくりした」

そう呟く玉城。…いや、反応薄っ!今のは平気なのかよ。ちょっと残念…。
遠くの方からは悲鳴が聞こえ始める。もう結構奥の方まで進んでるペアがいるんだな。

「先輩、私たちももっと急ぎましょう」
「え〜…いいじゃん別に」

玉城に腕を組まれているこの状況…急いでしまうなんてもったいない。

「だめです!優勝狙ってるんですから」
「俺は別に狙ってない。」
「狙ってください!」

ぐい、と引っ張られる腕に、また柔らかい感触…。あ…ちょっとヤバイかも。ちょっと他のこと考えよう…。えーと…今日の夕食のメニューは何だっけ。

「うひゃ…っ」

……え?

「ぷ…っ!玉城、今の声なんだよ」
「う…うるさいです!びっくりしただけ…!」
「はっはっはっは!もう一回、もう一回言って!」
「もう!先輩こそ…!」

ぺしゃ、と顔面に冷たくてプルプルしたものがぶつかった。

「げっ…!?うわなんだこれ!気持ちわりい!!」
「だから言ったのに…」
「いやマジで何!?これ…」

手探りでそれを掴むと、どうやらそれは天井からぶら下がっているものらしかった。

「多分…こんにゃくじゃないですか?」
「こんにゃく?…あぁ、なるほど…」

その時沢村の言葉が蘇った。ラッキーアイテムはこんにゃく…。…いや、まさかな。

「ベタだな〜!お化け屋敷にこんにゃくって!」
「…びびってたくせに」
「驚いただけだって!それにお前こそ…」

言いかけた瞬間、ぐにゃ、と柔らかい何かを踏んづけて、俺はバランスを崩した。

「うわっ…!?」
「きゃ…!?」

そしてそのまま玉城を巻き込んで転倒してしまった。やべえ…幸いどこも痛めてないけど…玉城は!?

「ごめん玉城!大丈夫か!?」
「大丈夫です、ここ、下がマットで…」

その声がする方に手を伸ばした。

「ホントごめん、マットがあってよかった…」

そう言いかけた時。伸ばした手のひらに、柔らかくて丸いものがフィットした。

「…あれ、何だこれ…」

ちょっと力を入れると、ムニムニと柔らかい感触が伝わってくる。俺の片手に収まるかどうかほどの大きさで、柔らかくて、あたたかくて……。…えっと…。もしかして…。…いや、まさかそんな…バカな。
ガシッ、と俺の手首を玉城の手らしきものが掴んだ。

「…行きましょう」
「え?あ…うん」

あれ…?何も言わない…。もしかして今のは、玉城の…胸?…かと思ったんだけど。もしそうなら、きっと玉城はキレてきそうだし…。何も反応なしってことは、違うのかな。うーんでも、あの感触は…。

「あ…見えてきましたよ」

玉城はもう真剣に戻っている。やっぱ俺の気のせいか…?
緑色のライトに照らされた区画に出ると、そこには俺たちの他にもペアが数組いた。ようやく追いついたようだ。

「先輩、あれ…」
「ん…?」

あれ、と玉城が指さしたのは、正面に書かれた案内図。その両側には扉が二つ。どちらかの道を選べということらしい。

「えっと…。『地獄か天国か。ただし、神の国への門は狭きものである』…。」
「謎解きか。何かヒントねーのかな。」
「そうですね…。」

俺たちは改めて二つの扉を見た。一つは綺麗に造花で飾られた扉。もう一つはおどろおどろしい血糊や傷がつけられた扉だ。

「すげーあからさまに天国と地獄っぽいけど…それじゃなぞ解きにならないよな?」
「うーん…。そうですね、それに…神の国への門は狭きもの…っていう文章の意味は…。」

玉城は区画の中を見渡して、ふと目を止めた。

「あ…。先輩、あれ…。」
「え?」

あれ、と玉城が指さしたのは、暗幕と暗幕の間。ちょうど人ひとりがぎりぎり通れるかというほどの隙間で、一見たまたま隙間が空いてしまっているだけのようにも見える。

「もしかして…あそこですかね?」
「え〜…ただの隙間じゃねーの?」

そう言いながら近づいてみる。ふたりで隙間を覗くと、そこは案外すっきりとした通路が伸びていて、俺たちは顔を見合わせた。

「…行ってみるか?」
「はい…。」

体を横にして隙間に滑り込ませる。狭いけど…何とか通れそうだ。少し進むと先がだんだん見えてきて、そこはまた広い空間になっているようだった。

「お…どこかに続いてるぞ。やっぱこっちが正解なんじゃね?」
「あ…本当ですか?」
「うん。すげーなお前、良く気づいたな」

玉城が小さく笑ったのが分かった。ちょっといい雰囲気かも…。

「うわ…、狭い」
「はい…」

通路はだんだんとさらにせまくなってきた。やべ…ちょっとケツつっかえそう。

「…あっ、ちょっと…待って」
「玉城?」

振り向くと、玉城がちょっと困ったようにもぞもぞと動いていた。…胸が…壁に押し付けられてて…ヤベえ。

「ど…どうしよう」
「え…どした?」
「何かが…引っかかってて…でも、届かない…。」

玉城は腕を曲げてあげようとするが、通路が狭くてうまくいかないようだった。

「とってやるよ。どこ?」
「え…。」

ちょっと迷うように口ごもる玉城。

「…何?」
「いえ、えっと…。」
「早く言えって。」
「……。」

玉城は口ごもり、そしてとうとう、口を開いた。

「…胸の…あ、間…」

……。…え!?

「……。」
「……えーと…。」
「……。」
「……取れないの?自分で…」
「腕が、曲がらなくて…」
「あー…そうなんだ…」
「……。」
「……お前がいいなら…俺、取るけど…」
「……じゃあ…お願いします」

え…。ま、マジで…!?胸の間…って…。そんなところに、手ぇ突っ込むなんて…。

「…いいんだな?本当に?」
「…早くしてください」
「え!?いやお前な…」
「引っかかって進めないんです…取るしかないでしょ」

それはそうだけど…。

「…じゃあ、い、いくぞ」
「……。」
「…いくぞ!?」
「だから、いいって言ってるじゃないですか…」

おそるおそる、手を伸ばした。玉城の胸元…壁と胸の間に、手のひらを壁に沿わせて手を差し入れる…。う、うわ、手の甲にダイレクトに柔らかい感触が…!

「……。」
「……。」

き…気まずい…。それに…やばい。ちょっと勃った…。…いやいや!考えるな…!
もぞもぞと手を侵入させていくと、玉城が言った通りちょうど胸の間のあたりに壁の出っ張りがあった。手のひらでそれを押してみるが、硬くてどうにもならない。俺はそのでっぱりを手で抑えた。

「ここになんかあるな…。」
「何ですか?」
「何か出っ張りみたいな…取れねぇな。」

となると…仕方ない…。

「…抑えてるから、その間に進んで。」
「…わかりました」

玉城がちょっとずつ進む。手の甲に胸が擦れていく…。ううっ…考えるな…!考えるな…!!や、やばい…!

「…通れました」
「あ…、あぁ。」

手を引き抜いて、息を吐く。あ〜…なんつーラッキースケベ…。まだ手の甲に感触が残ってる…。
通路はようやく途切れ、俺たちは少し広い空間に出た。

「お…やっぱこっちで正解みたいだな。」

そこには保健室にあるようなベッドが一つ置いてあって、傍には点滴の道具と白い造花が活けられた花瓶が置いてあった。また悪趣味な…。

「……。」

玉城がこころなしか顔をこわばらせて黙り込む。お…ようやく怖がってきたか?
ベッドには明らかに誰かが寝ていて、俺たちが見ていると、その人物はゆっくりと起き上がった。

「お〜…ベタな…。」

俺は呟いてそのお化け役の生徒の渾身の演技を眺める。彼女はゆっくりと身を起こすと、ベッドから降りて床に倒れ、呻きながらはいつくばってにじり寄ってきた。そのわき腹にはべっとりと血糊が付いていて、小道具の包丁が突き刺さってみえるようにくっついている。
これならこの間亮さんに見せられたホラー映画の方が怖かったな、と思っていると、突然ぎゅっと腕が締め付けられた。

「きゃああ!!」

えっ…玉城?俺の腕にしがみついて、怯えたように震えている。む…胸が…。っていうか、さっきの貞子は全然平気だったのに…これはそんなに怖いのか?

「お…おい、大丈夫か?」

ぶんぶん、と俺の背中に縋りつく小さな頭が横に振られる。俺が願った通りの展開…だけど、なんかここまで怖がってるとちょっとかわいそうだな〜…。

「落ち着けよ、ただの文化祭実行委員だぞ」
「……。」

うめき声をあげてにじり寄ってくる女生徒が気まずそうに口を噤む。

「だめ…、やだ…!」

声を震わせて俺にしがみつき、必死に見ないようにしている玉城。可哀そうだけど…可愛い。やっぱ来てよかった…。

「そ…そっか、じゃあ…先進むか。」

こくこく、と頷く玉城を連れて次の通路に入る。玉城…ああいうのは苦手なのか。血が苦手とか…?あ、グロいのが苦手なのかな。けどそれにしては、怖がりすぎな気も…。
通路を進み始めると、玉城がちょっと鼻を啜った。…え…な、泣いてる!?まさか…嘘だろ!?

「…玉城?大丈夫…?」
「……。大丈夫…です」

いや…涙声じゃん…。うわ〜、どうしよ…女子が泣くとかどうしたらいいかわかんねーよ…。

「…棄権するか?」
「…大丈夫です!」

そう言い張るものの、玉城は俺の腕にしっかりとしがみつき、時々思い出したように震えた。

「…さっきのそんな怖かった?」
「……。」

玉城はちょっと黙って、ぽつりと呟いた。

「…あれだけは…だめ…」

…か…。…かわいい…。なんか素直で…初めて弱味を見せてくれたって言うか…可愛い。すげー可愛い。

「ま…まあ、誰でも苦手なモンはあるしな…。」
「……。」

咄嗟にとはいえ、俺に抱き着いてくれたことも嬉しい。今も…腕につかまったままだし。俺、案外嫌われてはないのかも…。

「…御幸先輩にフォローされるなんて…。」
「…おい、どういう意味だコラ」

ったく、最後はやっぱり素直じゃねー奴。でも…腕にはしっかりとつかまったままで。離されたくなくて、それはからかわないでおく。…やっぱ可愛いな。

「お…。」

ふと、分かれ道に行き当たった。そういえば迷路だっけ、これ。

「どっち行く?」
「先輩はどっちが正解だと思います?」
「え?そうだな…。」

どっちが正解か…なんてわかんねーけど…。

「うーん…右かな」
「じゃあ左にしましょう」
「おい!ならなんで聞いたんだよ」
「先輩ってなんか悪運強そうだし…逆を選べば正解かなって思って」
「……。」

あながち否定できない。
結局左の道を選び、進み始める。すると通路の突き当りに影が見えた。何かが置いてあるような…いや、あれは人か?誰かが座り込んでいる…?

「誰かいますよ…。」

玉城が呟いた。やっぱり人だ。近づくと、その人物はランドセルを背負ってこちらに背中を向けて体育すわりをしていた。…気味が悪い。

「…もういいかーい…。」

その女生徒がか細く呟いた。うへ〜…今までのお化け役でこれが一番苦手かも。気味が悪いものは嫌だ。

「…もういいかー…い…。」
「…何がですか?」

ぶっ、と噴出した俺を、玉城が不思議そうに見上げた。

「お前っ…はははは!何大真面目に聞いてんだよ!」
「え…。だって、もういいかいって…」
「いや普通に考えてかくれんぼだろ!」
「…かくれんぼ?」
「…えっ、お前かくれんぼしらねえの?」

そんなことある?誰でも知ってるだろ、かくれんぼなんて…。

「……なんですか?それ」
「…ええぇ!?お前マジでかくれんぼ知らねえの?」
「…悪いですか?」
「いや悪いって言うか…知らない奴とかいるんだ…」
「馬鹿にしてます?」
「いや違うって!マジで驚いてんだよ。かくれんぼはな、えーと…鬼を決めて、鬼が数えてる間に他の奴らが隠れて、鬼が隠れた奴らを探すっていう…小学生とかでみんなやる遊びだよ。」
「……。」
「むしろお前小学生の時何して遊んでたの?」
「…小学生までは外国にいたんです」
「え…マジ?あぁ、でも…なるほど。外国ってどこ?」
「…もういいじゃないですか。先進みましょう」
「え〜いいじゃん教えてよ」
「いやです」
「なんで?」
「いやです」
「返事雑だな!」

「……。」

ランドセルを背負った女生徒は、いつのまにか黙り込んでいた。
更に通路を進んでいくと、アーチがかけられた入り口を見つけた。看板がかかっており、そこには赤い文字が書かれている。

「えっと…。『ラビリンス』…って書いてありますよ。」
「ラビリンス?」
「ギリシャ神話のラビリンスですかね。」

さらりと呟いた玉城に目を瞬く。

「…ギリシャ神話のラビリンスって?」
「知りませんか?ホラー小説のモデルとかにもなってますけど。」
「知らない」
「怪物ミノタウロスを閉じ込めた迷宮のことです。」
「へー…。」
「その通り…」
「!?」

ふっと俺の肩を掴んだ冷たい手に思わず悲鳴を挙げそうになった。振り向くと、そこには実行委員であろう古ぼけた衣装を着た女生徒が立っていた。け、気配消すなよ…!

「ここ、ラビリンスには、それはそれは恐ろしい怪物、ミノタウロスが幽閉されています…。」
「……。」
「……。」
「あなたたちにはここに隠された鍵を取ってきていただきたいのです…。」
「……。」
「……。」
「見事鍵を手に入れ、ここまで無事に戻ってくることができたら…私がこの扉を開け、次の道へとお連れしましょう…。」

この扉、と女生徒は背後の張りぼての扉を指した。申し訳程度に作り物の南京錠がかけられている。鍵なんかかかってねーじゃんか。

「ただし、このラビリンスはまさに迷宮。一度入ったら二度と出ることはできないと言われております。そこで…あなた方にはこの中から一つだけ、道具をお貸しします。」

女生徒は足元の箱を持ち上げてみせた。中には懐中電灯、毛糸、クレヨン、ぬいぐるみが入っている。…なんでぬいぐるみ?

「どれを選びますか?」

女生徒に箱をさしだされて、玉城は俺を見上げた。

「神話の通りなら、毛糸ですけど…どうしますか?」
「え、そうなの?」
「はい。ミノタウロスを退治しにラビリンスに入った英雄は、王様の娘から毛糸玉をもらっていて、帰りはその糸を辿って、ラビリンスから生きて出られたんです。」
「なるほど…。じゃあ、その通りにしてみるか。」
「そうですね。」

玉城は頷いて、毛糸を取り出した。

「それでよろしいのですね。それでは…お気をつけて。」

女生徒に見送られ、俺たちはアーチをくぐる。入口に毛糸の端を縛り付けて、玉を解きながら、俺たちはゆっくりと進んだ。

「中、結構狭いし入り組んでるな。毛糸で正解だったんじゃね?」
「そうですね…ここまで入り組んでるとは思わなかったから、懐中電灯でもいいかなって思ったんですけど…毛糸でよかったかも…。」

進んでいくと、不意に玉城が立ち止まる。

「? どした…」

スッと、人差し指を口元にあてる玉城。耳を澄ませということらしい。
…カツン、カツン、と硬いものを叩くような音がした。息をひそめていると、目の前の通路を、左から右へ、牛の被り物をかぶった背の高い男が横切って行った。手には、作り物だろうがやけにリアルな斧を持っていて、その柄で床を叩きながら歩いて行ったのだ。お、思ってたより本格的だったな…。

「…今のがミノタウロスですね。」

玉城がひそひそと言う。

「見つかったら追いかけてくんのかな?」
「多分…。」
「見つからない方がよさそうだな…。」

こくこく、と玉城は頷く。
するとその時、横の通路が急に明るくなった。

「あれ〜!?もしかしてこっちって入口?ねえまた戻ってきちゃったよ!」
「やっぱさっきの道、右だったんじゃないの〜?」
「戻ろ戻ろ!つーか鍵なんてどこにあるの?」
「も〜この迷路難しすぎ…棄権する?」
「えーでもせっかくここまで来たしさ…。」

どうやら、懐中電灯を選んだペアらしい。女性と二人組のそのペアは、にぎやかにおしゃべりしながら来た道を戻っていく。

「っていうか、賞品ってなんだろ〜。」
「あたしネズミーランドのペアチケットがいいな〜。」
「え〜さすがにそんなに豪華じゃないでしょ〜」
「わかんないよ〜、このお化け屋敷だってかなり本格的だしさ…、」

するとそこへ、また、カツン…カツン…と音が近づいてくる。

「玉城…、」

ちょっと振り返ると、玉城は頷いて、俺たちは通路の角に身をひそめた。その直後、手前の角から現れたミノタウロスが立ち止まり、ゆっくりと光っている方を見る。

「つかミノタウロスって何?」
「お化けでしょ」
「いないじゃん」
「もっと奥にいるんじゃないの?」

「ウオオォォォォ!!!」

ミノタウロスが雄たけびを上げ、女生徒たちに迫っていく。

「えっ何…きゃああああ!!!」
「いやあああああ!!!」

女生徒たちは絶叫して走って逃げて行った。それをミノタウロスが追いかけていき、辺りは急に静かになる。

「…懐中電灯にしなくてよかったみたいだな…。」
「…はい…。」

明かりでバレることもあるのか…。胸をなでおろすと、玉城は俺の腕につかまったまま、頷いた。
気を取り直してさらに奥へと進む。するとまた、カツン…カツン…と音がした。さっきの女生徒たちは捕まったのだろうか。

「玉城…こっち」

通路の狭いくぼみに慌てて入った。玉城を背に、じっと身を潜める。音が近づいて来て、すぐそこまで来ているようだった。思わず息を止めて耳を澄ませた。そのとき、背中に柔らかい感触を感じた。
……。……いや…、…いやいやいや。これはアレだ…玉城の胸とかじゃない。きっと違う。違うだろ、うん。えーと…だから…。…胸としか考えられない…けど、考えちゃだめだ。ああもう、意識が背中に…!!つーか…どんどん押し付けられて…!

「…おい、ちょっと…あんま押さないで」
「だ、だって…」

 玉城はぎゅっと俺の背中に体をくっつけてくる。な、なんでこんなに密着して…!!わざとか…!?わざとなのか!?

「後ろ…からも、来てます…」
「…え!?」

息を飲んで後ろを振り返る。すると後ろの通路を、牛の頭をかぶった人物が、やっぱり作り物の斧で床を叩きながらゆっくりと横切って行った。…ミノタウロス役、一人じゃねーのかよ!え〜…じゃあ…いなくなるまで俺たちこのまま…!?やばい…胸が…背中に当たって…。そろそろマジで勃っちゃいそう…。俺はお年頃の男子高校生なんだぞ…勘弁してくれ。

「あ、先輩…こっち」

ふっと玉城が離れて、俺の服をついっと引っ張る。…これはこれでちょっと残念…なんて。
迷路を進んでいくと、周りがうすぼんやりと明るくなってきた。

「あ、ここ窓ですよ」

玉城が言って、壁の暗幕を少し捲る。すると確かにそこは窓があって、外の平凡なグラウンドの風景が見えた。

「お〜…一気に日常感…」
「早く行きましょ」

俺の腕を引っ張る玉城。…暗闇で掴まってないとはぐれてしまうためずっと掴まっていたからか、やたら距離感が近くなってる気が…。これがお化け屋敷効果か…。
進んでいくと、今度は壁に突き当たった。

「あれ?行き止まり…」
「あ、違う。足元」
「え?」

俺が指さしたのは小さなトンネル。上部には『迷宮最深部入口・頭上注意』と書いてある。

「ここに入るんですか…?」
「みたいだな…。」
「……。」
「……。」
「先輩先に行ってくださいよ。」
「ですよね〜…」

まあ、普通に考えてそうだよな…玉城はスカートだし。
四つん這いの格好でトンネルに入る。中は真っ暗で何も見えない。

「うわ、せまっ」
「大丈夫ですか…?」
「なんとか…」

少し進むと、玉城も後をついてきたようだった。四つん這いの俺の後ろを、玉城が…。…逆だったらな〜、なんて。何考えてんだろ俺。先進も…。

「あ、出口…」

そう言いかけて、危うく立ち止まる。あの音が聞こえてきたのだ。

「…ひゃ!」
「うわっ!?」

え!?今…ケツに何か当たった…

「今の何!?今当たったの何!?」
「……最悪」
「いやだから何だよ!?」
「……。」

ま…まさか玉城、顔面ぶつけた…?俺のケツに?こういうのって普通逆だろ!…ってそれはガチで気まずくなりそうだから嫌だな…。

「急に止まらないでくださいよ…」
「いやミノタウロスが来たんだよ」
「……。」

背後から不機嫌なオーラが…。

「…行ったみたい。出るぞ」
「…はい」

何とかトンネルを抜けると、玉城は俺を睨んだ。

「なんだよ。人のお尻触っといて。玉城のエッチ〜」
「……。」

無言で叩かれた…。

「…あ、何か書いてるぞ。」

仕切りなおすように傍の看板を指さすと、玉城も隣にやって来る。

「『この先には多くのミノタウロスが徘徊している…身の危険を感じたら身を隠せ。奴らの視界は狭いため、足元やカモフラージュには気づかない』…?」
「ここからは隠れる場所があるみたいですね。」
「本格的だな〜。ゲームみたい」
「行きましょう」

腕を絡ませる玉城。やっぱ距離感近くなってる…。意識してんの俺だけなのかな〜…。

「あ…!」

角を曲がると玉城が立ち止まり、耳を澄ませると、さっそくカツカツと音がした。

「ま…前から来る!」
「隠れる場所は…」
「あ、先輩、そこ!下!」

玉城が指さしたのは、長机の舌がぽっかりと空けられた、あからさまに「ここに隠れろ」と言わんばかりのスペース。

「お、おう」
「ちょっと、もっと詰めてください」
「え…、ちょ、ちょっと待て」
「早く!来ちゃいます!」

玉城が入ってきて、気が付けば、仰向けの俺の上に玉城が四つん這いで跨っていて…ち、近い!色々際どい!

「ちょっ……玉城さん、まずくないですかこれ…?」
「しっ。静かに!」
「……。」

玉城は真剣だ。まじかよ〜…やばいんですけど…。
カツン、カツン、と柄で床を叩きながら、歩いていく足が机の横を通り過ぎる…。玉城は身をかがめて息をひそめる。ちょ…、胸が…!!胸が腹に押し付けられて…!!

「た…、玉城、…苦しい」
「えっ?私どこか踏みました?」

…全面的に乗っかられてるけど…。

「いやそーじゃなくて…腹、苦しい」
「え?あ…」

ちょっと身を起こして位置をずらす玉城。…って今度はもっと際どい…!ちょうど股間の上に、玉城がのっかって…!うわああもうダメだ!

「ちょ、ちょっといいから、一体出よう!出て!」
「ダメです!また来ました」
「もういいから!逃げればいいから!」
「先輩静かにして!」

口を塞がれて息を飲む。う、嘘だろ…うわあ…手、柔らけえ…なんかすげーいいニオイする…。

「…行ったかな…。」

玉城が呟いて、のそり、と身を起こす。がつん、と硬い音が響いた。

「…った…」
「だ…大丈夫か?」

俺の胸の上でうつぶせる玉城。机に頭をぶつけたらしい。

「いた〜…」
「……。」

そこ…頭付けてるとこ、俺の胸なんですけど…。こんなに密着してんのに何も感じねーのかこいつは…。

「もう…狭くて出られない…。」
「…っえ、ちょ…」

ゆっくり体を動かして、慎重に体をずらす玉城。…眼前に胸があるんですけど…。も、もうちょっとで触れそう…。

「…っと…、はあ、やっと出られた…」
「……。」

当たらなかった…。けど…あ〜…色々ヤバかった…。思わず深いため息を吐く。

「鍵、どこにあるんですかね…。」
「え?」
「…え?鍵ですよ。」
「…あ、あぁ、鍵な…。」

そうだった。俺たち鍵を探してるんだっけ。

「…あ!また来た…」
「え…」
「先輩こっち!」

玉城に押されて垂れ幕の裏に押しやられる。ここは…ロッカーの中…みたいだな。

「ちょっと、詰めてください」
「こ、これ以上無理だって」

玉城も入ってきて、ロッカーの中はぎゅうぎゅうだ。う…玉城の顔が、こんな近くに…。胸も…くっついて…。しかも、足が…足の間に…!
カツン、カツン、という音が近づいてくる…。玉城は息をひそめ、俺の胸元に顔を寄せる…。心臓の音が…聞こえてくるみたいだ。俺の音も多分、聞こえてる。やばい…心臓がうるさくて、息苦しい…。

「…ひゃ…!?」
「な、何!?」

密着している玉城の身体がビクリと震えた。玉城は俺にしがみついて来て、自らスカートを捲って…え!?何してんの玉城!?

「何してんのお前…!?」
「な、なんか…足に何かついた…!」
「な、何かって何だよ…」
「わかんない!わかんないけど…!…ひゃあ!?ま、また…!何か触ってくる!」
「え…!?お、俺じゃないぞ」
「ちが…!む、虫みたいな…!」

…虫ぃ!?

「先輩とって!」
「え…。」
「やだ気持ち悪い…!早くとって!」
「わ、わかった、わかったから…どこ?」
「わかんない、足…右足の、上の方…!」
「う、上の方…?」

手探りで玉城の足を撫でる。うわ〜…もう…拷問かよ…。めっちゃくちゃすべすべで…柔らかい…。あぁもう…あぁもう…!!何だこの手触り!?吸い付くような…綺麗な肌…。

「…きゃ!?ちょっと!どこ触って…!」
「暗くて見えねーんだよ…!」
「そ、そこじゃな…、な、撫ですぎ!」
「無茶言うな!じゃあどこだよ…、あれ?」

ふと指先に当たるふさふさした感触。いくつもの太いひも状の…え〜なんだこれ…芋虫じゃねーだろうな…。あ、違う、これは…。

「…もしかしてこれ?」
「そ、それ…。」
「これ…モップじゃね?」
「え…?」

玉城の手が俺の手の中のふさふさを確かめる。

「モップ…。な、なんだ…」

玉城は安堵の息を吐き出して俺の胸にもたれた。だから…もう…俺、限界なんだけど…。

「…もう行った?」
「あ、はい、多分…。」

玉城は外の様子を確認して、ロッカーから出た。…あ〜…俺…玉城の太ももを撫でまわしてしまった…。か、感触が手に…。

「あ!先輩!先輩!」
「こ、今度は何…」
「あれ!鍵じゃないですか?」
「え…」

あれ、と玉城が指した先には、あからさまに物々しい台座と箱があった。近づいてみると、おもちゃの宝箱が置いてある。玉城はその蓋を開けた。中には厚紙と段ボールで作られた鍵が入っていた。

「…やっぱり!鍵ですよ!」
「おぉ、ほんとだ」
「やったあ!」

ぎゅっ、と俺の腕に抱き着いて喜ぶ玉城…。ほ、本当に玉城か!?この暗闇で別人と入れ替わったんじゃ…。

「先輩、戻りましょう!」
「お、おう」

毛糸玉を持ち上げて、くるくると巻き取りながらもと来た道を戻る。玉城、楽しそうだな〜…。激レア…。
その玉城が、はっ、と息を飲んで立ち止まった。耳を澄ますと聞こえてくる、あの音…。

「…先輩こっち!」

玉城に引っ張られ、隠れ場所を探す。玉城が駆け込んだのは…さっき俺たちが隠れた長机の下。先に玉城が入り、俺は立ち竦んだ。

「…ちょっと、何してるんですか?早く隠れてください!」

玉城が顔を出して俺を見上げる。…別の場所ねーかな…。ねぇな…。し、仕方ない…。
身をかがめて机の下にもぐると、玉城が俺の制服を引っ張る。

「もっとちゃんと入って!」
「え、…うわ、」

辛うじて手をついたのは…玉城の顔の横。仰向けに寝そべる玉城は、じっと通路を窺っていて、ふと、上を見て俺と目が合った。

「……。」
「……。」

な…なんか、俺が押し倒したしたみてーじゃねーか…!

「……。」

玉城が俺を見つめる…。こいつ…やっと意識したのかな、この状況…。……。…って、あれ?なんか…俺、睨まれてるんだけど…。

「…何睨んでんだよ」
「先輩が睨むから」
「睨んでねーよ。つーかなんだその理論。ヤンキーかお前は」

そこまで言ったところで、すぐ横をミノタウロスが過ぎていき、俺たちは同時に口を噤む。

「…行きました?」
「多分…、」
「あ、先輩…」

ガツン。後頭部に衝撃が走る。

「…危ないって言おうとしたのに」
「いっ…てぇ〜…」

さっきの玉城と同じミスを…。くっ…油断してたから思い切りいっちまった…。後頭部をおさえ、悶えて蹲る。すると、顔面に柔らかい感触がぶつかった。…!!!こ、これ、玉城の胸…!!

「…えっ、うわっ!ごめ…!!」

ガツン。

「〜〜〜…っっ!!!」
「…頭大丈夫ですか?」
「どっちの意味だ…それは…」

いってぇ…マジでいてぇ。けど必死に蹲るのを堪える。だってそうしたらまた玉城の胸に顔面ダイブ…。って、そういえばなんで玉城は無反応なんだ…俺ばっか慌ててバカみてーじゃねーか。

「っていうか、はやく出てください」
「はいはい…」

よいしょ、と体をずらすと、突然、本当に突然、股間に衝撃がヒットして、俺は飛び上がった。そして案の定また後頭部を机にぶつけ、溜まらず悶絶する。

「………ッッ」
「…何してるんですか?」

玉城の呆れた声に返事もできない。上も下も大惨事だ…俺が一体何をしたと言うんだ。今日の運勢は超ラッキーなんじゃなかったのかよ。悶絶して蹲り、その直後、思い出したようにヤバイと思ったのもつかの間…顔面に柔らかい衝撃がぶつかる。

「あっ…!!」
「ちょ…っ、先輩!」

また起き上がった瞬間、玉城が俺の頭を抱きかかえるようにして押さえつける。お…、押さえつけられて…む、畝が顔に当たったままなんだけど…!!

「何回繰り返すつもりですか…落ち着いてください。」
「ちょ…っ、む…、た、玉城…、」
「このまま横にずれて…私、足攣りそう」

玉城に押しのけられるようにして、ようやく上半身だけ机の下から這い出た。て…天国なんだか地獄なんだか、よくわからなかった…。…もし、俺たちが付き合ってたら…もっと堂々といろいろできたのに…。もったいねー…。

「いたた…足が…」
「っ!?」

突然の股間への衝撃で俺は再び悶絶し、床に倒れる。さっきのも…玉城の足だったのか…。膝でがつんとやられたんだな…くっ…こ、これは天罰なのか…?玉城にセクハラまがいのラッキースケベを繰り返したことへの…。

「だ…大丈夫ですか?」

金的の痛みなど知る由もない女である玉城は、なぜ俺が悶絶しているのかもわからない様子で戸惑っている。

「またどこかぶつけたんですか?」
「……。」

チンコ…なんて言えない。

「あの…大丈夫ですか?棄権します?」
「いや…、平気…、だから、ちょっと…待って」

深呼吸し、痛みを誤魔化して、俺は何とか復活した。

「大丈夫ですか…?本当に…」
「へ…へーきへーき…。」

心配そうに俺を見る玉城が可愛いからつい強がってしまう。あ〜…いてえ…ちょっと涙目…。けど、これで暫く勃起の心配はないと思うと少し気が楽だ…。何か今日はやたら青年誌みたいなハプニングがあるからな…。
また毛糸を辿って、トンネルの前まで戻ってきた。玉城は先に進み、トンネルの前にかがみこむ。

「ちょっと待て玉城」
「…何ですか?」
「お前先行く気か?」
「……。」

玉城はちょっと考えて、ふと思い出したように立ち上がった。

「…先輩先行って」

だろうな。こいつ…多分すっかり忘れてたな…。…黙ってればよかったかな〜。いやいや、駄目だ。軽蔑されるぞ。
何事もなくトンネルをくぐり、最初の迷路も戻って、入口までたどり着くと、先ほどの女生徒が俺たちを待っていた。

「おお…よくぞ無事に戻られました。この迷路を制したのは、あなたたちで5組目です。」
「…他にもいるのかよ」

一度入ったら出てこられないとか言ってなかったか?

「では、鍵をお渡しください。」
「はい…」

玉城がカギを渡すと、女生徒はそれを受け取ってポケットにしまい、背後のドアの張りぼてを横にずらした。

「それでは奥へどうぞ…。」
「いや鍵使わねーのかよ!」

突っ込みどころが満載だ。クオリティが高いんだか低いんだかわからない。

「先輩、早く行きましょう。私たちの前に4組も先に行ってるんですよ!」
「はいはい…」

玉城は負けず嫌いだな〜ホント…。

先に進んでいくと、すぐに3つ目のアトラクションの入り口が見えてきた。暗幕に段ボールで小さな入り口が作られていて、傍にはまた看板がある。

「今度はなんだ?」
「…。『ここから先は、パートナーと手を繋ぎ、何があっても決して離さないことを推奨します』…。」
「……。」

手…ねぇ…。ここまでも、腕掴まれてたし…散々密着してきたけど…。

「…じゃあ…はい」
「…はい。」

手を差し出すと、玉城の柔らかな手が掴み返してきた。うわ…、手、細いしちっちぇえな〜…柔らかくて…すべすべ…。

「じゃ…、行く?」
「あ、待ってください。まだ何か書いてあります。」
「え?」
「『ここがこの迷路の最後の試練です。パートナーと協力し、ゴールを目指してください。最後は、二人の絆が試されます』…。…だって」
「やっと最後か。早く行こうぜ」
「はい…」

二人の絆…ねぇ。随分大袈裟な書き方…。いったい何があるって言うんだ?通路は今までと同じ、狭くて暗い暗幕に覆われた道。だけど…腕を掴まれてるより、手を繋いでる方が…なんか、緊張するかも…。

「…ひゃ!?」
「な、何だよ!?」

玉城が驚いた声を上げ、ビクリと手が引っ張られた衝撃で立ち止まった。

「…何するんですか!」
「は!?何が…」
「ひゃっ…ちょっと!やめてください!」
「だから何が!」
「…っ、お…お尻!触らないでよ!変態!」
「は…!?」

ばっ、と手が振りほどかれ、暗闇の中で玉城を見失う。

「あっ、おい、離したらはぐれるだろ!」
「きゃ!?」

あっ…手が柔らかいものに当たった…

「っ…また触ったでしょ!わざとだったんですか!?」
「ち、違うって!マジで違う!」
「最低…変態」
「本当に違う!お尻は違う!」
「お尻はってなんですか!…きゃあ!ま、また…!」
「え、今は本当に違う!ほら、俺の手ココ!両手あるぞ、ほら!」
「っ…もう、いい…」
「よくない!信じろって、ほら!」

暗闇に伸ばした両手が、探るようにさ迷ってきた柔らかな手に掴まれ、探るようにペタペタと撫でられる。

「…え?あれ…?」
「ほら、俺じゃねーだろ」
「え?…え?じゃあ…今の…。…きゃ!?」
「えっ、今!?今触ってんの!?」
「やだっ…何!?誰!?」
「た、玉城!」

手探りで玉城を抱き寄せ、背中から腰に掛けて払うように手を振り回す。するとお尻のあたりで硬いものにぶつかり、俺はそれを掴み上げた。なんだこれ…手!?

「これ…マネキンの手、みたいだな」
「え…!?」

長い棒が付いている。おそらく、暗幕の影から脅かし役がこれで突っついて来ていたのだ。

「……。」
「…なんだ…マネキン…。」
「玉城、俺には?」
「え…。」

ちゃっかりまだ密着したままからかうように尋ねると、玉城がぽつりとつぶやいた。

「…ごめんなさい」
「はっはっは!許してやろう。ほら手。」
「……。」

また手を繋いで歩き出す。壁に手をついて、手探りで。何も見えない暗闇で、玉城と手を繋いで歩いていると、まるでこの世界で二人だけのような気分になった。

「…うわ!?」
「!?」

そんなセンチメンタルな気分に浸っていると、突然懐中電灯に照らされて俺たちは立ち止まった。気が付けば、ランタンが置かれた薄明るい空間にたどり着いていたのだった。そこには白装束を着た運営委員が二人いて、俺たちを楽しそうに出迎えた。

「いらっしゃ〜い。最後の難関、二人の絆を確かめるドキドキプリズンブレイクへようこそ〜」

おどろおどろしい見かけに反して随分と陽気なお化け役だな…。

「ドキドキプリズンブレイク?」

玉城が呟き、部屋のセットを見渡す。確かにここには牢屋のようなものが二つ作られている。何かをしてここから脱出しろという事なのだろうか。

「はい!まずはおふたりとも、それぞれこちらの牢屋に入っていただきます。」
「そして5問のクイズに見事正解できれば、釈放です!」

「なんだ、簡単そうじゃん」

「ただし!クイズの回答は…お互いに相手になったつもりで回答し、さらに自分の回答も記入してください!」

「え?」

つまり…相手の回答と自分の回答が同じでなければならないってことか…。

「…なるほど、だから絆を確かめる、ってことか…。」
「そのとおり!まあ、ここまでしっかりと手を繋いでこられたあなたたちなら心配はありませんよね?」
「あ…。」

指摘されると急に恥ずかしくなって、俺たちはどちらからともなく手を離した。

「さあさあ!こちらの牢屋にお入りください!」

俺と玉城はそれぞれ狭い牢屋に一人で入れられる。

「解答ミスはそれぞれ1問までです!二問以上間違えたら、その時は…」
「その時は…?」
「お二人ともこの牢屋で死ぬまで過ごしていただきます。一生顔を合わせることもなく…。」
「……。」

急に演技入って来たな…。

「それでは!クイズを始めま〜す!回答は牢屋の中にあるスケッチブックにお書きください!声を発してはいけませんよ!」

言われた通り、足元に置かれたスケッチブックとサインペンを拾い上げた。さて…クイズって何だろう。

「さて!第1問!…好きな色は何色ですか!?」
「……。」
「上の枠に相手が好きだと思う色、下の枠には自分の好きな色をお書きくださいね〜!」

し…しょうもねー…。クイズって言うか…ほんとに相性診断みたいなもんなんだな。さて…好きな色か。玉城の好きな色…。知らねーな〜…。普段何色のもの持ってるっけ?うーん…わかんねーな…。けど…なんか目の色とかキレーなイメージだし、青が似合うイメージだから…青にするか。で、俺の好きな色か…まあ、青道だし…青かな。

「かけましたか〜?」

頷くと、玉城も頷いたのか、生徒がうんうんと頷いた。

「それでは回答をお見せください!……。おお〜…!なるほどなるほど。……はい!それでは次のクイズに移ります!あ、正解してても間違ってても、クイズは最後までやりますからね〜!何問正解していたのかは、5問すべて終わってからのお楽しみです!」

生徒のテンションが高すぎてホラー要素がどこかへ行ってしまっている。

「それでは第2問!ずばり、大親友は誰!?」

大親友…?玉城の大親友って…牧瀬だよな、うん。俺は…大親友というほどの奴はいねーな。いない、と…。

「それでは回答をお見せください!…ほっほーう…はい!それでは第3問!」

…いちいち反応がウザい。

「第3問は…ずばり!ファーストキスは何歳のとき?」

…は!?

「はいはい早く回答をお書きくださいね!」

ふぁ…ファーストキスう?玉城の…なんて、知るわけねーだろ…!あいつ、モテるし…もうキスしたことあんのかな…。うわぁぁ考えたくない。けど、中学の時とか彼氏がいたとしても、おかしくはないし…。も…もしかしたら、東条とか…。…いやいや!それはない!きっと…ない。…くそ!こうなったら願望だ…。…まだ!まだしてない!よし!これでいこう。俺もまだだから…なし、と書いて…。

「書けましたか?それでは回答をお見せください!」
「……。」
「……。」
「…ほ〜〜〜…なるほどなるほど…。フフッ…」

な…なんなんだ…!!

「それでは第4問〜。ズバリ…あなたの好きな人は誰!?」

はあ…!?ど…どんどんぶっこんで来るな…。そ、そんなの…言えるわけない…。いや、でも…玉城にはこの回答は見えないんだし…正直に書くのが一番いい。…はず。けど、玉城の好きな人は…誰だろう…。…東条?それとも、俺の知らない相手?けど、もし、玉城が俺の名前を書いていたら…。…そうだ、このクイズ、ミスは1問まで。俺が自分の名前を書いて、もしこのクイズをクリア出来たら…高確率で、玉城の好きな相手は俺…。
…よし。

「書けましたか〜?はい!それでは回答をお見せください!私にしか見えませんからね〜。安心してくださいね!」

…なんか腹立つ…。玉城…なんて書いたんだろう…。

「はは〜〜…。……なるほど!では、最後の問題に参りましょう!」

そのリアクション、いらねぇって…。

「それでは第5問!お二人はここまでのアトラクションをクリアしてここへ辿り着いたわけですが…どうですか、お二人の距離は縮まったと思いますか?」

な、なんだその質問…。だけど…まあ、うん…そうだな…。

「書けましたね?それでは回答をお見せください!」

スケッチブックを前へ翳す。それを見た生徒が、うん、と大きく頷いた。

「…お見事!大せいか〜い!お二人とも、見事クイズをクリアいたしました!」
「え…。」

そ…それで、問題のミスは…あったのか?

「おふたりのため、回答は私の胸に秘めておきましょう…。それでは釈放いたします!後はゴールへ一直線!いってらっしゃ〜い!」
「……。」
「……。」

テンションたけえな〜…。しかし…クリアできたってことは、5分の1の確率で、玉城は俺のことが好き…!

「先輩…、行きましょ」

俺の手を取って歩き出す玉城。これは…。これはかなりいい雰囲気なのでは…!?
跡はゴールまで一直線…か。ここまで、色々あったけど…いや〜ほんと色々あったな…。俺、玉城の胸…とか、太腿…とか、触ってしまった…。いや、でも、不可抗力だ、うん。玉城も怒ってないし…。……。なんだか、この迷路を出るのが惜しい…。…なーんて…。

「御幸先輩…。」
「…えっ?何?」

玉城の声がして、俺はにわかに緊張した。何も言わずとも…なんとなく、今、同じことを考えている気がしていたから…。

「あの…。」
「…何?」
「…クイズ…。…なんて答えたんですか?」

ぎくりとした。やっぱり…同じことを考えてた。

「…どのクイズ?」
「…一問目は?」
「一問目…あー、好きな色だっけ…。どっちも青って書いた。」
「……。どうしてそう思ったんですか?」
「なんとなく…玉城って青が似合う気がして」
「……。」

静かな玉城…。なんか…緊張する。

「じゃあ…二問目は?」
「え、その前にお前はなんて書いたんだよ。」
「…同じです」
「え!すげえな俺ら。なんで青だと思った?」
「なんとなく…イメージで…」
「へえ〜〜?」
「…二問目は!?」
「怒んなって。二問目って何だっけ。」
「大親友ですよ。」
「あ〜。そりゃ牧瀬って書いたけど。当たりだろ?」
「まぁ…」
「俺のはなんて書いたの?」
「それはもちろん…」

玉城が言いかけた時、突然冷たいものが降り注いできた。ぼとぼとと肌にぶつかる不気味な感触、生臭いようなにおい…。

「うわ!?」
「きゃ!?」

同時に悲鳴を上げ、手を離す。摘まみ上げたそれは…ブニブニとした感触で、力を入れて摘まんだら簡単にちぎれてしまいそうなほど柔らかく、まるで芋虫のような形…。さっきのモップとは違う、完全に芋虫のようなしっとり感と生臭さ…!
ぞわぞわと鳥肌が立ち、慌てて払いのける。その一方で、頭の片隅ではまさかさすがに本物の芋虫を仕掛けに使うなんてありえない、という冷静な考えも浮かんだ。しかしそのにじみ出た理性は、玉城の叫びによって完全に破壊された。

「いや…っ!服の中に入った!」
「…え!?」

ふ…服の中!?服の中って……服の中!?って、何を言ってるんだ俺は…!つまり…玉城の服の中に…この物体が…。

「やっ、やだ…!気持ち悪い!…先輩!」
「お、俺!?」
「だっ…出して!出して!」
「む…むりだって…」

服の中のものはさすがに無理…!

「いやあぁ!ぬるぬるしてる…!」
「……。」

半泣きで縋りついてくる玉城…。なんか…本人には悪いけど…エロい…。

「せ…せんぱいぃ…」
「わ、わかった…わかったから…どこに入った?」
「せ…せなか…。」

背中か…まあ…前よりはよかった…かな。

「じゃあ後ろ向いて…」
「うっ…うぅぅ…」

えーと…どうしよ。

「…裾引っ張るぞ?」
「はい…」

なんとかしてほしさに恥ずかしさとかすっ飛んでるみたいだな、これは…。
俺は玉城のブラウスを上から引っ張り、スカートから抜き取ると、ぱたぱたと揺さぶった。

「とれた?」
「……っ!せ、背中…!上の方、くっついてる…!」
「えぇ…」

ブラウスの上から背中をポンポンと手探りで叩いてみると、中ほどの所で、玉城が肩を竦めて震えた。

「ひゃあぁそこ!そこにいます!」
「…あ〜これか」
「ちょ…っ、押し付けないで!気持ち悪いぃ…」

そこには確かにブニブニとした感触の塊がある。玉城は完全に虫の類だと思っているみたいだ。けど…これ、取るには服の中に手を入れないと…。

「…玉城」
「な…なんですか…。早く取ってください」
「取るけどさ。取るためにちょっと…」
「なんですか!」
「…服の中…手ぇ入れるけど…いいの?」
「そんなのいいから早くして!」

そ、そんなのって…。つーかここに入ってからちょいちょい取り乱して敬語じゃなくなってるの、面白いな。

「じゃ…ちょっとごめん」
「……っ」

なるべく肌に触れないように…ブラウス沿いに塊を目指す。だけど、服の中は狭い。ちょっと手のひらが背中の上を滑って、玉城がびくりと震えた。

「ひゃ!?な、なに!?」
「ごめん俺の手」
「……。」

こつ、と指先が硬いものに触れた。…ん?なんだこれ…ざらざらして硬い…複雑な構造の…。…あ、やべ、これブラのホックじゃん…。

「……先輩」
「ごめんって!わざとじゃない!」

うへぇ〜拷問だろこんなの…。さらに上の方へ手を滑らせ、ようやく物体を摘まみ上げた。

「…よし!取れた」
「……ううぅ」

玉城は身震いして腕をさすった。

「何なんですかそれ…。」
「さあ?スライムとか?…それにしちゃ弾力があるか」
「気持ち悪い…。虫じゃないですよね?」
「本物の虫は仕掛けには使わないだろ。」
「あ…そっか…。」

玉城は呟いて、ブラウスの裾をまとめ始め、ふと俺を睨む。

「…あっち向いててくれません?」
「え?…ああごめん」

チャックを下ろす音が聞こえる…。ブラウスの裾をスカートに仕舞っているんだろう。なんか…やましい気分に…。

「もうゴールまで何もないですよね。」
「さあな…」

そしてごく自然に俺の腕につかまって歩き出す玉城に、俺はまたドキドキしてしまう。

「うぅ…もうほんと、やだ…」

先ほどの感触を思い出したのか、身震いして俺の腕を抱きしめる玉城。押し付けられる胸の感触…。やっぱ今日、総合的には超ラッキーだな〜…。

「ウオオォォォ!!!」
「きゃあああ!?もうやだ!!」

最後のダメ押しとばかりに飛び出してきたお化け役の生徒に、玉城は油断していたのか飛び上がるほど驚いて俺に抱き着いてくる。俺のこと…結構頼りにしてくれてるんだなあ…。

「…先輩先行って」
「お前先輩使い荒いな〜」

俺を盾のようにして背中にくっついて歩く玉城。これは…頼りというより囮かもしれない…。

「ひゃ…っ」

玉城はもう怯えモードのスイッチが入ってしまったらしく、ちょっとした物音がするたびに俺にギュッとしがみつく。役得だけど…ちょっともう、ヤバイかな。

「…玉城」
「なんですか…」
「あのさ…ちょっと離れてくんない?」
「ま、待って、出口見えるまで…」
「え〜…」
「わ、私だって好きでくっついてるわけじゃないもん…!」
「いやー、嫌ってわけじゃないんだけど…」
「…じゃあ何ですか?」
「さっきから…つーか…割と最初から…」
「…?」
「…ずっと当たってるんだけど」
「何が?」

そういう間にも背中に感じる、柔らかなこの感触…

「…お前の…胸」
「……。」

スッ、と背中の感触があっけなく離れた。助かった、と思う反面、恥ずかしさやら気まずさに襲われる。

「玉城?どこ行った?」
「…ここにいます」
「無言で離れるなよ。まだ暗くて見えないんだから、はぐれるだろ」
「……。」

ちょっと俺の服の裾がつままれた。…まあいいけどさ、これで。
そのまま進んでいくと、ようやく光が漏れる暗幕が見えてきた。

「おっ、あそこ出口じゃね?」
「あ…ほんとだ」

暗幕を捲ると、直後にパンパン!と爆発音が響き、拍手に包まれた。

「おめでとうございま〜〜す!!1位でゴール!!優勝です!!」
「参加者中で一番絆が深くて相性ばっちりのカップルで〜す!!」

「おっ!俺ら優勝だってさ、玉城!」
「…触らないでください、変態…」
「ごめんって!機嫌直せよ、優勝だぞ?」

「…ほんとにこの人たち1位?」
「喧嘩してるぞ…」

運営委員たちに取り囲まれ、手作りのメダルやら花やらを飾られる。

「優勝者のインタビューにご協力をお願いしまーす!」
「えぇ…は〜い」
「……。」
「ズバリ!お兄さんとお姉さんは恋人同士ですか?」
「違います」
「はっはっは!即答だな!」
「違うんですか?じゃあ友達以上恋人未満ってことですね!?」
「友達未満です」
「ひっでぇ〜」
「え…?えっと、じゃあ…なぜこのイベントに参加しようと?」
「参加券を貰ったからかな…」
「…そうですね」
「そ、そうですか…。…インタビューは以上で〜す!」

インタビュアーは無理やりテンションを上げてインタビューを締めくくった。入れ替わりに別の生徒がやって来る。

「優勝おめでとうございます!優勝賞品はこちらです!」

そう言って差し出されたのは、小さい紙の切れ端。

「…何?コレ」
「……?」

ふたりで覗き込むと、そこには手書きの文字で、『後夜祭フォークダンスペア参加券』と書かれていた。

「明日の後夜祭の、フォークダンスの参加券です!」
「フォークダンスって…参加自由じゃん」
「そうですが、ダンスの相手はトレードなので選べませんよね?でもこのチケットを持っていけば…相手のチェンジがナシの、内側の輪でずっと同じお相手と踊れるんです!」
「……。」

内側の輪って…たしか、事前に委員会に申し出たカップルとか、ミスコンの優勝者たちが躍るグループ…。

「…御幸先輩と?」

あからさまに嫌な顔をする玉城。…いやわかってたけどさ。

「先輩にあげます。私踊りたくないし」
「俺だっていらねーよ」
「お友達と踊ればいいじゃないですか。」
「なんでだよ。それならお前こそ…」

牧瀬とか……。…東条、とか。踊る相手、いるじゃん。

「いりません。大親友の倉持先輩と踊ればいいじゃないですか」
「何が悲しくて男、しかも倉持なんかと…」

…ん?いいかけて、ふと疑問を抱く。

「…大親友?」
「…仲良いでしょ?いつも一緒にいるじゃないですか」
「お前もしかして…さっきのクイズ、倉持って書いた?」
「え…?」

顔を見合わせ、玉城の顔がだんだんと赤くなっていく。

「…だったら…何なんですか」
「いや俺特になしって書いたから。それがミス回答だとしたら…」
「……。」
「……。」

残り3問は、正解ってことだから…。

「…玉城、お前…」
「う…うるさい!変態!」
「な、何も言ってねーだろ!」
「触らないでよ!」
「触るなって…さっきまでお前の方から抱き着いてきた癖に〜」
「…っ!」

「あれ?玉城…」

そこへ通りかかる東条と金丸。東条は俺と玉城を見比べ、はっと苦笑した。

「えっと…ふたりで…?お化け屋敷…参加したんですか?」
「そーだけど?なー玉城〜」
「触らないでってば!」

肩を叩いたところ、あっけなく振り払われた。玉城は東条の方に駆け寄って、その腕につかまる。

「えっ、玉城…」

東条が顔を赤くし、金丸も目を丸くして言葉を失う。玉城はそんなことには気づかず、俺を睨みつけた。

「御幸先輩の変態!」
「え…」
「…変態?」

俺を疑惑の目で見る二人の後輩たち…。

「いやいや…違うから」
「セクハラしたくせに」
「してないだろ!」
「しました」
「…もうそれでいいから、東条を離せよ」
「なんでそんなこと、御幸先輩に言われなきゃならないんですか」

…だから…胸が当たってんだよ…!!

「もう…行こ、東条!金丸君!」
「え、う、うん…」
「は、はい…」

あ…あいつら〜!!先輩の俺よりも玉城に味方するとは…。部活の時覚えてろよ…。
しかし…。
俺は手の中のペアチケットを見た。フォークダンス…か。玉城と踊れたら…そりゃ、嬉しいけど…。あの様子じゃ無理だな。それに、玉城以外の奴と踊りたくはないし…これは使わねーな。
俺はチケットをそのままポケットに突っ込んだ。


***


文化祭二日目。今日の後夜祭までに玉城と仲直り…は、無理だな、きっと。
だけどやっぱり気になって、玉城の教室の前を通りかかった。玉城…今日も看板持って立ってる。…あ!あの男…ナンパしてねーか!?

「あ、あの!このクラスの生徒ですか?」
「そうですけど…」
「…あ!俺、稲実の佐藤っていいます…!…一年生?」
「はい」
「あ、そうなんだ!俺、二年なんだ。…名前は?」

「玉城〜!」

俺は堪らずその間に割って入る。驚いたように俺を見上げる玉城の肩に腕を回し、わざと男に見せつけるようにして。

「今日も呼び込みしてんの?」
「御幸先輩…」

玉城の様子は…戸惑い半分、不機嫌半分…といったところか。

「え…み、御幸一也…」

俺を見た男は驚いたようにそう呟いた。…俺のこと知ってんのか?

「…誰?」
「え…、…去年、練習試合で会った…稲実の佐藤だけど」

ってことは…野球部か。

「ふーん…わりーけど覚えてねーわ。つーか、稲実の野球部って暇なんだな。他校の文化祭に遊びに来れるなんて」
「は…!?」
「で?なんか用?」

佐藤は俺と俺に抱き寄せられても抵抗していない玉城とを交互に見て、悔しさをにじませて踵を返した。

「いや…、何も…。…じゃあ」
「お〜、じゃあな」
「……。」

佐藤が去っていくと、玉城は俺の腕から逃れた。

「…先輩こそ何の用ですか?」
「え?別に、通りかかっただけだけど」
「……。」

玉城が俺を睨んだ時、バタバタと女子の集団が集まってきて、玉城を取り囲んだ。

「いたいた!玉城さん!まだここにいたの!?もう始まっちゃうよ!」
「え、何が…?」
「ミスコン!もうすぐ出番だよ!早く行こ!」
「えっ!?私、知らない…」
「早く早く!」

女子たちに引っ張られて連れていかれる玉城。おおかた誰かが勝手にエントリーしたんだろう。面白そうだから見に行こっと。
るんるんとミスコン開催場所である中庭に向かっていると、ふと思い出した。そういえば…ミスコンの優勝者の男子と女子って、フォークダンスでペアを組まされて踊るんだっけ…。玉城…まさか優勝しないだろうな。本人にやる気はなさそうだけど、この学校での玉城の人気は伝説級だ。多分突っ立ってるだけでもかなりの票を獲得する…。
玉城が他の男と踊るなんて…いやだな…。ふと足が止まったけど、もうステージは目の前だった。大勢の生徒たちが集まり、賑わっている。…やっぱり俺、もう寮に戻ろうかな〜…。

「あっ!御幸来た!」
「おい御幸!こっちだぞ!」
「え?」

気付けば、ステージ横でクラスメイト達が手招きしている。のそのそと近づくと、皆なんだかとても慌てていた。

「何?」
「何?じゃねーよ!もう始まるっての!」
「はぁ?」
「ミスターコン!うちのクラスの代表お前だから!」
「…はぁ!?俺聞いてない…」
「お前ほとんど文化祭の準備手伝わなかったじゃん。それで女子が勝手に申し込んだんだよ」
「なんだよそれ!?…俺帰る」
「ダメだ」

むんず、と首根っこを引っ掴まれる。

「少しはクラスに貢献しろ!優勝者のクラスには賞品が贈呈されるんだぞ!」
「何だよ賞品って…」
「リンゴジュース」
「くだらねー…そんなもののために売られたの?俺…」
「いいから行け!」

テントに押し込まれ、辟易する。マジかよ…。…いやまてよ、ってことは…もし玉城と俺が優勝したら…いやがおうにもフォークダンスで一緒に踊ることになる…。……。…でも俺が参加してる時点で、全力で落選しようとしそうだな、あいつは…。

「参加者の男子〜!こっちに並んでくださ〜い!女子の紹介が終わったら出番ですよ〜!」

実行委員会に案内され、ナンバープレートをつけられて並ばされた。

「あれ?御幸じゃん」
「え…」

そう声をかけてきた隣の男子は…楠先輩…。この人イケメンだしな〜…。

「珍しいな、御幸がこういうのに出るなんて」
「いや…知らないうちにこういうことに…」
「あぁなんだ、なるほど。じゃあ俺と一緒だな」
「え…楠先輩も?」
「うん。亮介がさ、勝手にね。」
「あ〜…。」

亮さんならやりそう…。

「まあ…あいつなりの優しさって言うか…最後の文化祭、思い出作れってことなんだと思うよ。」
「…そうですかねぇ…」
「たぶんね。」

軽く笑う楠先輩は、あまり本気度が高いわけではなさそう…。ま、俺も軽〜くやるか。

「でも…やるからには優勝狙いたいよね。」
「え…そうですか?」
「うん。だって…フォークダンスの相手が見つかるし。最高の思い出じゃない?」
「……。」
「それに…女子の優勝者は、多分…」

『続いてエントリーナンバー10番!1年A組演劇部!玉城光さんでーす!!』

うおおおおお!!と、野太い歓声が轟き空気が震えたかと思うほどだった。楠先輩も肩を竦め、ちょっと苦笑いを浮かべる。

「うわ〜…すごいな、玉城さん。」
「…そっすね…」
「やっぱ…優勝は彼女かな。」

え…。…それって、つまり…楠先輩、玉城と踊りたいってこと?

『それでは続いてミスターコン参加者の紹介です!エントリーナンバー1…』

「あ、俺の番だ。」

楠先輩が階段を上がっていく。俺はその背中を見上げた。

『3年A組野球部、楠文哉君!』

声援と拍手が聞こえる。楠先輩が頭を掻き、はは、もう引退してるけど…、と苦笑したのがわかった。

『続いてエントリーナンバー2!』
「御幸君、行って!」

実行委員の生徒に背中を押され、階段を上がった。

『2年B組!野球部主将!御幸一也君!』

湧き上がる歓声…それに交じる黄色い声と…ブーイング。野球部の奴らだ。
ちらりとステージ上を見渡すと、玉城がぽかんと俺を見ていた。目が合うとちょっと睨み、フン、とそっぽを向かれる。昨日はあんなにくっついてきたくせに…。
全員の紹介が終わり、俺たちはいったんテントに戻った。

『それでは参加者の皆さんに特技を披露していただきます!まずは女子の方から…』

特技だとぉ?披露するようなもんはねーぞ…。

「御幸、何か考えてきた?」
「いえ…全く」

だよね、と苦笑する楠先輩。適当そうに見えて、結構真面目に考えてそうだ。優勝狙うって言ってたし…。俺は…どうするかな…。玉城が優勝じゃないなら、俺は別に後のことはどうでもいいけど…玉城はどうするんだろう。俺を見たから棄権したがってたりして。玉城が棄権してたら俺も棄権するかな〜…。

『それでは女子の参加者最後の、エントリーナンバー10!玉城さんお願いしまーす!』

野太い歓声が湧きたった。棄権はさすがにしなかったか…できなかったのかも。舞台袖からそっとステージを覗いた。…俺以外のミスターコン参加者も全員。こ…こいつら、まさか全員玉城目当てなんじゃ…。
けど…玉城特技って何するんだろ…。
玉城はステージに上がり、端に立った。…なんだ?あんな端っこの方に立って…助走をつけて…。

タタン、と軽やかな音がして、玉城が側転からのバク宙をして、スカートが翻る。白く細い脚…俺たちが息を飲んでいる間に、しなやかにバク転へと繋げ、綺麗に着地をして両手を挙げて見せた。
び…びびった〜…!なんだ、中に体操着のハーフパンツ履いてるじゃん…。…って、当たり前か。

おおおおお!!!と大歓声と拍手喝さいが沸き起こった。はっ…そうだ!玉城、なんであんな本気度の高い特技を披露したんだ…!?このままじゃ優勝しちまうじゃねーか!!

『玉城さん、ありがとうございましたー!お見事でしたね!!さて、それではいよいよ男子の特技披露へと参りたいと思います!』

「うわ〜、あの後じゃやりづらいなぁ。どうしよ。」

楠先輩が頭を掻いて立ち上がった。そ、そうだ、俺も何か考えないと…。このままじゃ、玉城が他の男と踊ることに…。

『エントリーナンバー1!楠君、お願いしま〜す!』
「え〜と…じゃあ…歌いまーす!」

楠先輩は良く通る声で校歌を歌った。クラスメイトらしき女子たちからの声援が響く。あの人モテるな〜…。

「はは…ありがとうございました!」
『楠君、ありがとうございました〜!爽やかな歌声、とっても素敵でしたね!』

礼儀正しく一礼してステージを降りる楠先輩。結構評判良さそうだな…やばいかも。

『それではエントリーナンバー2!御幸君、お願いしま〜す!』

考えがまとまらないままステージへ上がると、さっそく野球部の奴らがブーイングをし始めた。…そうだ。

「野球部員〜〜!!」

声を張り上げると、奴らは脊椎反射のように表情を固めた。せっかくやたら人数はいるんだ、利用しよう。
少し中腰になって膝に手を置き、右手で左胸をトントンと叩く。それだけで野球部の奴らは皆表情を引き締めた。どんな時でも…うちの野球部員なら、これをやられて黙っていられるわけがない。

「俺たちは誰だ!」
「「「王者 青道!!」」」

気持ちのいい掛け声が返って来る。部外の人間たちは何事かと目を丸くした。

「誰よりも汗を流したのは!」
「「「青道!!!」」」
「誰よりも涙を流したのは!」
「「「青道!!!」」」
「誰よりも野球を愛しているのは!」
「「「青道!!!」」」

よし…調子出てきたぜ。

「戦う準備はできているか!?」
「「「おぉお!!!」」」
「わが校の誇りを胸に、狙うはただ一つ――全国制覇のみ!!いくぞぉ!!!」
「「「おおおぉぉぉおお!!!!」」」

これ以上ない大きな掛け声が響き渡った後、会場は静まり返った。ミスコンの会場外にいた人たちも、何事かと集まってくるほどだ。

『すっ…すごい迫力でしたね!さすが野球部主将、御幸君!ありがとうございました!』

ふー、とりあえず…インパクトは与えたな。
テントに戻ると、楠先輩が笑いながら出迎えた。

「さすがだな御幸、もう主将が板についてる。」
「いや〜…今日は皆テンション上がってますし」
「はは、かもな。けど…今のを特技で披露するのは、ちょっとズルいんじゃないか?」
「……。」

楠先輩…急に攻撃的になった。あぁ…そうか。俺に対抗意識燃やしてんのか。玉城と踊るために…。

「はっはっは…そうかもしれませんね。でも…やれることは全部やります。」
「……。」

俺がそう答えると、楠先輩は小さく苦笑した。

『は〜い!それでは最終審査!これからミス・ミスターの参加者の皆さんに、特別な衣装に着替えて登場していただきます!観客の皆様は、先ほどの特技審査と合わせた合計点数を、最高10点として投票用紙に記入し、投票箱へ入れてください!』

実行委員に渡された衣装に急いで着替えた。くそ…窮屈だ。

「あ、御幸君!眼鏡外してくれる?」
「いや…何も見えなくなるから…」

まあコンタクトは持ってるけど…。

「へえ…やれることは全部やるんじゃなかったの?」

楠先輩…。…コンタクトひとつで何が変わるとも思えねーけど…。でもまぁ、挑発に乗ったつもりもないけど、確かにその通りだ。

「……。」

眼鏡をはずし、コンタクトレンズを嵌めた。うう…落ち着かない。

「あ、御幸君…」

俺を呼び止めた実行委員の女子が、はっとして言葉を詰まらせる。

「…何?」
「…あ!ご、ごめん…ナンバーが曲がってるから…。」
「あぁ…」

名札を直し、ふと、にこにこ俺を見つめている楠先輩に気付いた。

「…なんすか?」
「いや、やっぱ御幸ってイケメンだよな。」
「は…?いや…先輩ですよ、それは」
「はは、気ィ使わなくていいって。」

別にそういうつもりじゃないけど…。

「ま…俺も、最後のチャンスだし…」
「…え?」
「お互い頑張ろうぜ。」

…なんだ?最後のチャンスって?…最後の文化祭だから…ってことか?よくわかんねー…。

『さあ!それではミスター候補者の方々から登場していただきましょう!…どうぞー!』

俺たちはゾロゾロと並んでステージに上がった。楠先輩は白衣に黒縁伊達眼鏡、俺は執事のような燕尾服のコスチューム…。は、恥ずかしい…。それに、女子の悲鳴がうるせえ…。

『イケメンぞろいですね〜!皆さん投票用紙のご記入をお忘れなく!それでは…ミス候補者の皆さんの登場です!どうぞ〜!』

全員が女子の舞台袖に注目した。ナース服、セーラー服、チャイナ服、浴衣、天使の羽根つきコスチューム…。実行委員の趣味が謎すぎる。そして、いよいよ…玉城がステージに現れた。
黒いリボンのヘッドドレスに黒い膝下丈のお嬢様風ドレス…。白い首筋にくっきりと映える黒いレースのチョーカー、そして色気のある赤いリップ。…ゴスロリ?に、似合いすぎ…。どちらかというと玉城は白っぽいドレスのイメージだけど、こういうのもギャップがあって逆にいいかも…。
野太い大歓声を、玉城はまるで他人事のように聞いている。まさか本当に自覚してないわけじゃ…ないよな?

『皆さん美しいですね〜!さあさあ!投票用紙のご記入をお願いしている間に、順番にお話を伺っていきたいと思います!』

司会者で進行役の生徒がマイクを持って楠先輩に歩み寄る。

『こんにちは〜!楠文哉さん!文化祭楽しんでますか〜!?』
「はい!」
『今日はなぜミスターコンに参加することにしたんですか?』
「友達に申し込まれてて…そのことも今日知りました!」
『それはそれは!びっくりしましたね!でもきっと楠さんがイケメンだからお友達も申し込んじゃったんですよ!』
「ははは…。」
『ちなみに現在お付き合いしている人はいますか?』
「いませんいません。」
『…だそうです!観客席の女性の皆さん!…あ!でも、好きな子はいたり…?』
「好きな子…っていうか…ははは。最近失恋したとこです。」
『なんと…!それはご愁傷さまでした…。今日新しい恋が始まるといいですね!』

司会者はマイクを持って俺に近づいてくる。

『続きまして御幸一也君!こんにちは〜!』
「こんちは〜…」
『あれ!さっきの特技で披露してくれたあの大声はどこへ行ったんですか?』
「はっはっは…」
『御幸君は今日なぜこのミスターコンに参加したんでしょうか?』
「勝手にエントリーされて…」
『なんだと〜!?男子は立候補者が少ないようです!いけませんね!もっと積極的にいきましょう!』
「はあ…」
『では、御幸君は現在彼女はいるんですか?』
「ま…恋人は…野球ですね」
『…なるほどなるほど!!その答えは却下です!人間の話でお願いしま〜す!』
「……。いません」
『はいよくわかりました!見栄は張らずにおきましょうね!』
「……。」

俺を散々弄り、司会者は次の男たちに似たような質問をして、続いて女子への質問に移った。

『さて!皆さんお待ちかね!ミス候補者最後のひとり…玉城光さん!こんにちは〜!』
「こんにちは…」

会場が静まり返った。玉城の注目度…半端ねぇ…。

『玉城さんの今日の参加については…実行委員からこんな情報が届いています!』

…なんだ?司会者が小さな紙を取り出した。

『えー…なんとこのミスコンの開催を発表した直後から、玉城さんの出場を願う署名運動がされ、全校生徒の3分の1以上の数を集めた署名が実行委員あてに届いたとか!玉城さん、ご存じでしたか?』
「…知らなかったです」
『本人の知らないところで大騒動が起きていたんですね〜!というわけで、玉城さんは今回のミスコンの注目度ナンバーワンです!噂通りの美女で、わたくしも少々緊張しております…。』
「……。」
『それでは皆さんが気になっている質問をさせていただきます…。玉城さん、ずばり…現在お付き合いしている人はいるんですか!?』
「いません…」
『おおっ…!そ…、それでは…気になる異性はいますか?』
「……。」

ごくり…。うるさいほどの静寂が降りる…。…いないって即答すると思ってたのに…、まさか…玉城…。

「それは…。」
『…それは…!?』
「……いないということに、しておいてください。」

ニコ…、と微笑んだ玉城。司会者すらも息を飲み、一瞬言葉を忘れたように黙り込んだ。

『…わたくし、女なのに恋に落ちてしまいそうです…。』

ふう、と司会者の女子生徒が額の汗を拭う仕草をした。玉城…思わせぶりなこと言って…また悪い虫が増えるだろーが…!!

『さて…!投票が終わったようですね!結果発表は今日の午後2時!こちらのステージにて貼り出したいと思います!お楽しみに〜!!』

やっと終わった…。撤収を急かされ、制服に着替える間もないまま外へ出ると、待っていたかのように牧瀬が立っていた。

「お、牧瀬…」
「御幸先輩!よかった!」
「え?」

なにが?

「あのお、私これからちょっと生徒会の方に行かなきゃいけなくて…。光のことお願いしてもいいですか?」
「え?玉城どうかしたの?」

つーかなんで俺?

「あの通りなんですよ。」

牧瀬が指さす先には女子のミスコン候補者たちがいるテントがあった。その入り口は男共に囲まれて見えなくなってしまっている。

「…何あれ?」
「光の出待ちです。連れ出してあげてくれませんか?」
「え…俺?」
「お願いしますね!私ホントにもう行かなきゃいけないので!」
「えっ、ちょ…牧瀬」

行ってしまった…。連れ出せって言われてもな〜。今玉城不機嫌だし。いや、いつもか…。俺に対してだけ。
のそのそと女子のテントに近づいていくと、途中で女子たちに取り囲まれた。

「御幸く〜ん!私たち御幸君最高点で投票したからね!」
「ねぇ一緒に写真撮って〜!」
「このあとあたしたちと一緒にどこか行こうよ〜」

ゲッ…。…だからこういうのに参加したくねーんだよ。
ふと女子テントを見ると、そこに近づいていく楠先輩の背中が見えた。直後、どっと歓声が湧き、テントから玉城が出てきたのも見えた。男たちに取り囲まれる中、楠先輩に声をかけられ振り向く玉城…。

「悪いけど…」

女子たちの輪から抜け、男たちの群れに飛び込んだ。

「玉城!」

玉城がびっくりして周りを見渡す。

「玉城!こっち!」

もう一度手を挙げて呼ぶと、玉城が俺を見つけてぽかんとした。

「行くぞ!」

手を差し出すと、玉城は――俺の手を取った。
注目を浴びながら、人混みから玉城を連れ出す。

「おい御幸!なんで…」
「はっはっは〜俺執事だから!」

玉城と衣装の系統が被っていてよかった。冗談交じりにそう返すと、俺を呼び止めたクラスメイトの男はうっと言葉に詰まった。

「はいはいお嬢様行きますよ〜!」
「…はぁ?」

鬱陶しそうに呟きながら、玉城はちゃんと俺の手を握ってついてくる。ただ素直じゃないだけなのかな…だって、昨日のクイズでは…好きな人の欄に、俺の名前を書いたはずだろ。

一般開放していない、部外者立ち入り禁止の特別教室棟へ行くと、さすがに人の気配は全くなかった。皆文化祭で盛り上がっているから…
階段に座り、一息つく。膝に両肘をついて頬杖をつき、ふう、と物憂げに吐息を零した玉城を、ついじろじろと観察して口元がにやけた。

「…何ですか、ニヤニヤして…」
「いや…お前、似合いすぎだろそれ。」
「うるさいな…」

ツンとそっぽを向く玉城。

「そっちこそ、眼鏡なくて…」
「何?イケメン?」
「…変」
「へ…」

がっくり。

「誰かと思ったし…」
「はは…」

なんか…眼鏡してないの、急に恥ずかしくなってきた…。

「今眼鏡ないんですか?」
「え?あるけど…」

ポケットから眼鏡を取り出すと、玉城は目を細めて俺を睨み、またそっぽを向いた。

「かけたほうがいいですよ。」
「そうか〜玉城は眼鏡フェチか!」
「……。」
「はい無視!」

……。だめだ。玉城、冷たい…。何考えてるのか全然わかんねー。俺のこと、好きなのかも、って思うこともあるけど…やっぱり嫌われてるんじゃ、とも思う。俺はコンタクトを外し、眼鏡をかけた。…はあ…落ち着く。

「…なあ…昨日の話だけどさ」
「……?」

ちらり、と玉城が俺を振り向いた。…可愛いな…。玉城が、もし本当に、俺のことが好きなら…いいのに…。

「あのクイズ…」
「……。」

ぎくり、と玉城の表情が固まる。

「…2問目、倉持って書いたんだろ?」
「……。」

唇を噛んで、俯いて黙り込む玉城。だんだんと顔を赤くして、何とか誤魔化そうとしている顔…。だって、この問題を間違えていたのだとしたら、残り3問は同じ答えを書いたことになる。ファーストキスの年齢と、好きな相手と、昨日…距離が縮まったと思ったこと。

「…ということは…さ」
「……。」
「お前の好きな相手って…」
「わ…わざと!」
「え?」
「わざと…です!正解するために、先輩も…そう書くと思ったから…!」
「……。」
「だ、だって、お互いしか…書きようがないじゃないですか!好きな人なんて…知らないし…!」

…なんだ…そうなのか。俺…舞い上がってたな…

「ふーん…」
「……。」
「…ま、そうだよな。」
「え…」

玉城は…東条の前では、ちゃんと笑うし。俺のことは…やっぱり、好きじゃ…ないんだな。

「…まー安心しろよ、もし俺がミスターコン優勝しても、ダンスは断るから…」
「…え?」
「代わりに誰か誘っとけよ。女子はどうせ、お前が優勝だろ。」
「……。」

玉城は動揺のにじむバツの悪そうな表情で俺を見つめる。別に気ぃつかわなくていいのに。

「東条でも誘えば?」
「…なんで、東条…」
「仲良いじゃん。あいつ多分喜ぶよ。」
「……。」

先ほどまでの不機嫌な顔とは一転、なぜか悲しそうに俯く玉城。…?…東条はもう、ほかの奴と約束してるとか?

「…なんでですか」
「え、だって…俺と踊るの嫌だろ?」
「……。」

振り向いた玉城は、なんでか泣きそうな顔で…俺は動揺した。

「え…な、何…?」
「意味わかんない…」
「え?」
「…優勝したら…ちゃんとダンスも出てください。逃げるなんて、ずるいですよ」
「いや、逃げるわけじゃ…」

玉城が分からない…。ダンスを罰ゲームか何かだとでも思ってるのか?まあ、注目浴びるのは俺も嫌だけどさ…。

「…逃げたら許しませんから」
「わ、わかったよ…」
「……優勝するかわかんないけど」
「おい!…まーそうだけどさ」

玉城が立ち上がった。俺もつられて立ち上がる。

「どした?」
「…教室に戻ります」
「ふーん、じゃ俺も」
「……。」

並んで歩きだし、玉城を教室まで送って、俺もクラスの出し物に向かった。客引きをさせられながら、ミスコンの結果発表を待ち。胸の奥はざわざわと落ち着かなかった。


***


「御幸君似合う〜!!」
「キャハハ!こっち向いて〜!!」

「……。」

ゆ…優勝してしまった。後夜祭の前に、俺は実行委員に連行され、どこぞの王子のような衣装に着替えさせられた。

「ねー本当に眼鏡外さないの?」
「外すともっとかっこいいのに〜!」
「いや、このままで…」

実行委員が不服そうに言うが、俺は首を横に振った。
…かけたほうがいいですよ。その玉城の言葉の方が、俺にとっては重要だった。それに…裸眼だとなんか落ち着かないし。

「御幸君準備できた?ステージに上がって!」

他の実行委員に呼ばれ、ステージに向かう。

『それでは…本日のミスターコン優勝者!2年B組御幸一也君で〜す!!』

歓声の中、恥ずかしさを堪えてステージに立つ。やっぱり歓声に交じって響くブーイング。…あいつら。

『続いて、ミスコン優勝者!1年A組、玉城光さんで〜す!!』

玉城…。舞台袖から現れる、薄いブルーのドレスを着た玉城。髪もハーフアップにまとめ、ティアラをつけて…本当にどこかの国のお姫様みたいな…。
グラウンド中に響く大歓声の中、肩を竦めて俺の隣にやってくる玉城。綺麗だな…本当に、綺麗だ。

『優勝者のおふたりには、この後のフォークダンスで一緒に踊っていただきますので、美男美女のダンスを皆さんもお楽しみに〜!!』

司会者が締めくくり、ダンスの準備が始まった。ダンスか…体育の授業で、練習だけはさせられたけど…どうせ踊らないと思って真面目にやらなかったからな〜…。
でも…玉城と踊れる。というより…玉城が別の男と踊るのを阻止できた、という方が心情的には正しいか。楠先輩が優勝してたら…俺、後夜祭には来なかったかも…。見たくねーもん。

「御幸君!準備して!」

実行委員に急かされて、ダンスの中央の輪に並ばされた。遅れて、玉城もやって来る。俺の前に立ち、背中を向けて、少しうつ向く。

「そこ、手繋いで準備して!」

実行委員に指摘されると、玉城が肩口に手を差し伸べた。その小さな手を握り返す。…緊張する。

『皆さん準備はできましたね?それでは、曲を流しますよ〜!』

ちゃんちゃんちゃん、と軽快な音楽が流れ始めた。輪が動き出す。玉城…、どんな顔してるんだろ。
曲が進み、くるりと回った玉城と向かい合った。玉城は…少し顔を赤くして、真っすぐに俺を見上げた。そんな顔で見られたら、期待してしまう。やっぱりあのクイズの回答は、本当に正解だったんじゃないかって…。
もしそうだとしたら…玉城はどうしたら素直になってくれるのか…。いつもこっちが一歩踏み込むと、拒絶するようにそっぽを向かれてしまう。

「なあ…、」

素直に、あのクイズは本心だったと…そう伝えたくなったけど、俺を見上げた玉城があまりに綺麗で…これが現実ではないような気分になって…。今それを伝えても、文化祭の熱に浮かされてしまった思い出のようになってしまう気がして、俺は思いとどまった。

「…何ですか?」

言葉に詰まった俺に玉城が尋ねて、またくるりと回って背中を向ける。その背中越しに、俺は精いっぱいの言葉を呟いた。

「…似合ってる」

呟いた後で急激に恥ずかしくなった。何を言ってるんだ、俺は…。

「……。」

玉城からの反応はない。次に振り向いたとき…睨まれるかも。そう身構えたけど、くるりと回った玉城は――真っ赤な顔で俯いていた。

「…玉城、顔…」
「う…うるさいな…」

そう呟いて、俯いたまま踊り続ける。

「……見すぎ…。」
「……。」

不機嫌そうに、だけど顔を真っ赤にして俯いてそう呟く玉城。繋いでいる手から心音が伝わってしまいそうで、俺も急に顔が熱くなって、横に顔を背けた。
玉城、照れてる…。可愛い…ドキドキして心臓が痛い。俺、ちゃんと踊れてる…よな。足元がふわふわする。だけど、もっと…玉城に触れたい。
だけど、この後夜祭が…このダンスが終わったら、もう、手を繋ぐ理由もなくなる。

俺の勘違いかもしれないけど、それから俺たちはまるでお互いの温度を確かめるように、この時間が終わるのを悲しむように――ずっと口を噤んだまま踊った。

 


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