「光、どうしたの?」

下駄箱を開けた光が一瞬止まったので、私は駆け寄って中を覗き込む。

「うわ!何それ?ゴミ?」

光の下駄箱には丸めた紙クズが入っていた。光はため息を吐いてそれを取り出すと、そのままゴミ箱に放り込んだ。

「くだらない。」

そう吐き捨てて上靴に履き替え、さっさと教室に向かう光。私は慌てて後を追う。

「ねぇ、誰か先生に相談した方がよくない?さっきみたいなの、最近いつもじゃん。」
「そのうち飽きるよ。」
「でも…!放っておくとエスカレートするかもじゃん!」
「別に…」

じわり、と光から静かな熱が伝わってきた。

「やれるものなら、やってみろって感じ。」
「……。」

…そうだった。この子負けず嫌いなんだよね…。
まぁ何かあったとしても、私は助けるつもりだけど…だけど。いまひとつ、犯人の狙いがわからないんだよねぇ…。
それに、心配なのはそれだけじゃない。

「ねぇ光。」

廊下を進みながら、隣にいる光に声をかける。

「御幸先輩とは仲直りしたの?」
「……。」

黙り込む光。まだなのか…。
最近なぜか、御幸先輩が光を避けまくる。連絡もあまりとってないみたいだし、以前のように昼休みにこっそり会う事もない。極めつけは、この間出たスポーツ誌の、高校野球の特集ページ。御幸先輩のインタビューが載っているページには、「イケメン天才捕手は現在彼女募集中」の見出し。
秘密にしようとは言ったけど…募集中とまで言わなくていいでしょ。と、低い声で呟いたきり、光は不機嫌なままだ。

と、そのとき、廊下の向こうから歩いてくる御幸先輩が見えた。倉持先輩も一緒だ。一応顔を知っている間なので、すれ違いざまに会釈をする。倉持先輩は会釈を返してくれたが、御幸先輩は光を見て、ばつがわるそうに目を逸らし、そのまま行ってしまった。
…あ、光…怒ってる。
小さな背中から炎が上がっているような錯覚が起こる。光、一旦怒ると尾を引くし、めちゃくちゃ怖いんだよなぁ…。
それにしても御幸先輩、どういうつもりなんだろう。何の説明もなく、突然光を避けはじめて。ただ単に忙しいからというわけではなさそうだし。全く…自分の彼女が大変な時なのに。

「…光。」

私は一つ決意して、口を開く。光はまだ不機嫌そうな顔のまま、私を振り返る。

「私、御幸先輩に抗議してくる!」
「……なんで?」

不機嫌から面倒臭そうな顔になって光は呟いた。

「だって何も言わずあんな態度、酷いよ!我慢できない!」
「…何か理由があるんでしょ。」
「それならそう言えばいいじゃん!何も言ってくれないんでしょ?」
「言えない理由があるんでしょ。」
「なにそれ、そんなのないよ、光本当にそれでいいの?」
「よくない」

はっきりと言った光に、私は少し怯んだ。

「でも…私が我慢してるんだから、司も我慢して。」

…そんな風に言われたら何も言い返せない。
元気のない光の背中を、私はもどかしい気持ちで見つめた。



***



…それなら光に内緒でやっちゃうもんね!!

「失礼します!!御幸先輩はいますか!?」

3年の教室前で出くわした倉持先輩に元気よく声をかける。

「何だあの後輩…迷わず倉持に声かけに言ったぞ…」
「他にもいっぱい人いるのになぜ倉持…勇者だ…」
「怖くないのかな…」

外野は無視!目つきの悪い倉持先輩をまっすぐに見つめ返していると、倉持先輩は面倒臭そうに答えた。

「お前…2年の牧瀬…だっけ?…御幸は監督に呼ばれてて今はいねーよ。」

なんと…。タイミングの悪い。

「じゃあ倉持先輩でいいのでちょっと来てもらえますか!?」
「でいい、って何だよ…」

不満そうに突っ込みながらも承諾してくれた倉持先輩。この人見かけによらず結構優しいよね。

「…で、なんだよ?」

中庭に呼び出して、向かい合わせに立つ。

「倉持先輩は、御幸先輩と光のこと、知ってますよね?」
「…まあ。」
「ですよね、御幸先輩と仲良いですもんね。」
「それは違う」

何か言ってるけど無視無視。いつも一緒にいるくせに。

「…最近、御幸先輩、光のこと何か言ってませんでした?」
「何かって?」
「たとえば…たとえば、ですけど。」

私は慎重に言葉を選び、倉持先輩を見つめる。

「…別れたい、とか」
「はぁ?」
「だから、たとえば、ですよ!」

倉持先輩は訝しげに私を見る。…何か誤解されてない?これ。

「……お前」
「あ!!変な誤解しないでくださいね。私、2人を応援してるんですから。それに私には、心に決めた人がいるので!」
「……別に何も聞いてねーけど」

倉持先輩の目が変な奴を見る目に変わったが、少し考え始めるように腕を組んだ。

「別れたいとか、何も言ってねーよ。つーか何かあっても、俺には言わないと思うけどな。」
「…そうですか」

期待外れ。それが思わず顔に出てしまったのだろう。倉持先輩はため息を吐く。

「何でそんなこと聞くんだよ?」
「…うーん。最近、光、元気なくて。話聞いたら、御幸先輩に避けられてるって言うんですよね。」
「はぁ…忙しいんじゃねーの?ただでさえあいつ、部活のことで今手一杯だし…」
「忙しいからって、廊下で会った時、無視しますかね?」
「……。」

倉持先輩は少し迷惑そうに、ため息交じりに口を開く。

「…何か理由があるんじゃねーの?」
「…光もそう言ってました」
「じゃあ、ほっとけよ。当人たちの問題だろ。俺らが首突っ込んでもいいことねーよ。」

それはそうかもしれないけど…。

「気ィ済んだか?俺教室戻るけど。」
「うぅ…」

気は済んでない。けど、これ以上どうしようもないのかな…。

「…司?」

ふと、背中から声がかかって、振り返ってぎくりとした。そこにいたのは光で、私と倉持先輩を見て、何をしていたか大体察したような顔で、私を睨んだ。

「…何話してたの?」
「え!?いや別に…!」

慌てて弁明しようとしたが、それより前に、光の手を見て驚き、言葉を飲みこんだ。

「…その手どうしたの!?」

光は右手首に包帯を巻いていた。今朝はそんなのなかったはず。慌てる私に対し、光は落ち着いた様子で手首を見て、ああ、と呟いた。

「さっき転んで…捻挫した。」
「転んだ!?どこで!?」
「……廊下で」

その言い方に、私は疑問を抱いた。

「…もしかして…誰かにやられたの?」

え?と、倉持先輩が息をのむ。光は少し間をおいて、ため息を吐いた。

「別に…大したことじゃない。」
「何言ってるの!誰にやられたの!?私がついてれば…!」
「おい、ちょっと待てよ。」

言葉を挟んだのは倉持先輩だった。

「誰かに…ってどういうことだよ。」
「……。」

光は言うつもりがなさそうで、私は煮え切らず、代わりに口を開く。

「…最近、嫌がらせしてくる奴がいるんです。下駄箱にゴミ入れたり、体操着を隠したり…幼稚なことばかりだったから、黙ってたけど…こんな、怪我までさせるなんて、許せない…」
「嫌がらせって…なんで…心当たりはあるのか?」
「……。」

正直、犯人は見当もつかない。私が黙り込むと、光が口を開いた。

「犯人なら分かってます。」
「!」
「光、本当!?誰なの!?」
「司には言わない。」
「!!?な、なんで!?」
「言ったら、司、私の代わりにやり返そうとするでしょ。」
「だ…だめなの?」

はぁ、と光はため息を吐く。

「絶対駄目。仕返しは…」

フッ、と光の纏う空気が変わり、ピリピリと張りつめた。お…怒ってる。

「…私が自分でするから。」

さすがの倉持先輩も息をのんで光を見ている。この状態の光を見るの、初めてなんじゃないかな…びっくりするよね、色々…。
でも、さすが光。本当に負けず嫌い。そこが、心配でもあるんだけど…。

「お、いたいた倉持〜」

渡り廊下から声が響いて来て、私たちは一斉に振り向いた。そこでノートをひらひらさせながら歩いてきた御幸先輩が、光の姿を見て、ぴたりと止まった。

「何だよ?」

倉持先輩が返事をすると、御幸先輩は無言で歩いて来て、光のことは見ようともせず、倉持先輩にノートを差し出す。

「コレ監督から。読んだらゾノに渡して、ゾノには読んだら監督に戻すよう伝えといて。」
「…?おう」

野球部の何かの連絡事項だろう。倉持先輩がノートを受け取ると、御幸先輩は踵を返して行ってしまう。
…待ってよ。光に何か言っていきなさいよ。挨拶くらい、したっていいじゃん。どうして…

私が光を見ると、光は御幸先輩の背中を見つめていた。睨んでいるような、悲しんでいるような、見たこともない顔で。思わず見入ってしまうその横顔に、スッと、静かに涙がこぼれて、私は息が止まった。

「…おい、みゆ…」

倉持先輩が何か言いかけたけど、私は構わずに御幸先輩に駆け寄り、肩を掴んで振り向かせ、平手で頬を打った。

静まり返る中庭。…や、やっちゃった。
手のひらがじんじんと痛い。御幸先輩の驚いた顔の左ほほが赤くなっていく。

「……え?」
「何光のこと泣かしてんのよ!!」

そう怒鳴りつけると、御幸先輩はようやく光を見た。私も光を振り返る。光は頬にひとすじ涙の痕を作って、うるんだ瞳でぽかんと私たちを見ていた。

「…お前」

御幸先輩は光に歩み寄り、右手を持ち上げた。

「これ…どうしたんだよ」

ただごとじゃない様子で聞く御幸先輩。まるで、この怪我がただの事故ではないと知っているかのように。光は黙り込んでいるから、私が答えを言い放つ。

「嫌がらせされてるんですよ。…もう、冗談じゃ済まなくなってます。」
「嫌がらせ…?」

御幸先輩は光の顔を覗き込んだ。

「誰にやられた?」
「……。」
「知ってる奴か?」
「……。」
「……二年の女子か?」
「…え?」

驚いて顔を上げる光。どうして知ってるの、と言いたげに御幸先輩を見つめ返す。

「おい御幸、お前、犯人知ってるのかよ」
「……。」

待ってよ。どういうこと?

「おい、御幸!」

光の腕を掴んだまま校舎へ向かう御幸先輩。わけがわからないまま、私と倉持先輩は後を追いかけた。

 


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