「明日の予定は以上です。」
「わかった。」

リビングに入ると、ダイニングテーブルで光と周防が向かい合わせに座って手帳を開き、予定の確認をしていた。

「おかえりなさい。」
「ただいま。」

俺に気が付いた光が立ち上がると、周防も立ち上がって俺に会釈をし、上着を手にした。

「では…」

周防が立ち去ろうとした時、インターフォンが鳴った。

「あ、来たかな。」

今日は牧瀬と光臣がうちに夕食を食べにくることになっている。光はふたりだろうと考え、嬉しそうに玄関に向かった。

「おじゃましま〜す!」

予想通り、牧瀬の元気な声が響いてきた。相変わらず騒がしいなぁと苦笑する俺の隣で、帰るタイミングを逃した周防が居心地悪そうに肩を竦めた。

「あ〜周防君じゃん!仕事中だったの?」
「ううん、終わったとこ。」
「俺はもう帰りますから。」

周防は遠慮気味に颯爽と部屋を出て行こうとして、牧瀬のあとから部屋に入ってきた光臣と鉢合わせた。

「……。」
「……ん?」

立ち止まって、互いの顔をじろじろと見つめる二人。なんだなんだとその様子を見守っていると、光臣がはっと口を開いた。

「護か?」
「…光臣。」

「え?知り合い?」

牧瀬が目を丸くすると、光臣はニヤニヤしながら、周防はちょっと鬱陶しそうに顔を顰めながら、振り向いた。

「大学の同期だ。」
「えー!?そうだったの!?」
「…お前は飛び級したから、1年だけだろ…。」
「ふっ…まだ根に持ってるのか?」
「……。」
「…何かあったの?」

きょとん、と光が訊ねると、光臣はちょっと慌てたような顔をし、それを横目に周防が告げ口のように口を開いた。

「光臣とは1期生の時、学生寮でルームシェアをしてたんですが…」
「護。…婚約者がいるんだが。」
「……。」

しかし光臣にそう制されて、周防は渋々口を閉ざした。

「えー!?何、何?気になるんだけど!」
「…私は何となくわかった。」
「ひ、光…。」

光が呟くと、光臣は身を竦めながら情けを求めるように呟いた。多分、光の想像が当たってるんだろう。…女関係だろうなぁ。

「え〜私にも教えてよぉ」
「あとでね。」
「光…」
「……。」

青ざめていく光臣を見て、周防がちょっと気が晴れたように口元を緩めた。何気に初めて笑顔を見たかもしれない。
けど…そうか。忘れてたけど、周防も光臣も光たちと同級生…。この中で俺だけ一つ年上なのか。な〜んか疎外感…。

「…では、俺はそろそろ失礼します。」

周防は急にいつもの仕事モードに戻ってキリリと引き締まった顔になり、踵を返した。

「え?そう?周防君も食べていかない?」
「いえ、今日は…」
「おっ?もしかして恋人か〜!?」
「……。」

からかう牧瀬に鬱陶しそうな一瞥をやり、周防は失礼します、と帰って行った。

「周防君て彼女いるのかな〜!?どんな子と付き合うんだろ〜!?」
「もー、司…。」
「だって興味ない!?あの周防君が好きになるのってどんな子なのかさ〜。…あっでも女の子とは限らないか…!?」
「食事並べるの手伝って。」
「光〜聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる」

光は牧瀬をあまり相手にせず、料理の盛付を始めた。牧瀬はそれを手伝いながら、まだ周防の話を続けている。

「あいつは変わってるからな…。」

ぽつり、と光臣が呟いた。

「…お前が変わってるって言うなんてよっぽど変人って感じだけど」
「褒めてるのか?」
「……。言っとくけど俺の周りで一番変わってんのはお前だからな。」
「光栄だ。」

ほら、そーいうトコだよ…。という言葉を飲みこみ、俺は質問した。

「…で、何が変わってんの?周防の」

俺のイメージでは、あいつは真面目で誠実な仕事人間だ。よくいる光にあわよくばお近づきになろうとする男共のような下心も感じないし、安心して光を任せている。しっかりしているし、あまり丈夫ではない光の体調も気遣って仕事を調整してくれるし。牧瀬がマネージャーをしていた頃は、牧瀬以上に頼れるマネージャーは他にいないだろうと思っていたけど、周防は負けず劣らずよくやってくれていると思う。光も馬が合うようだし…。

「…あいつは結構、女からモテるんだが」
「ああうん、そうだろうな。」
「誰かと付き合った話は聞いたことが無い。」
「…へぇ?」
「それに女を振る理由が変な事ばかりだ。」
「どんな?」
「名前の画数がよくないとか。東洋学的に相性が悪いとか。パーソナルカラーが合わないとか。」
「……は?」
「変わってるだろ?」

確かに変わってる…。

「…変な奴ー…」
「あと、一度俺が部屋に女を呼んだら、『あの女が来ると部屋の風水が乱れるから二度とここには呼ぶな』と言われた。」
「はっはっは!なんだそれ。」

「どうしたの?」

サラダを運んできた光と、すぐ後からチキンを運んできた牧瀬がきょとんとした顔で尋ねてきた。

「なんでもない。」

光臣がそう言うと、聞いても答えてくれないだろうと思ったのか、ふたりは不満そうに口を尖らせて目配せをした。
テーブルに料理が並び、4人で席に着き、乾杯をすると、早速光が本題を切り出した。

「それで…叔父様達に会ってきたんだよね?」

牧瀬は不安げにちらりと光臣を見たが、光臣はさすが、飄々とした態度でワイングラスを傾けた。

「ああ。」
「それで…なんて?」
「お爺様には『結婚は許さない』と言われた。」

光が息をのんで言葉を失った。

「九条グループの次女と縁談を纏めるとも言われた。」
「九条って…栞ちゃん?」
「ああ」

知っている子なのだろうか。光は思い当たった顔で小さく頷いた。

「それで…?」
「もともと、許しを請うために会ったわけじゃない。」
「え?」
「司と結婚する。それを伝えに来ただけだ、と言った。」
「…そ、それで?」
「俺を玉城グループ日本支社会長から追放すると。」
「え…。」

光は青ざめて牧瀬と光臣を見たが、牧瀬はどこか苦笑いを浮かべ、光臣は自信満々に微笑んでいた。

「ど…どうするの?」
「玉城グループを買い取る。」
「……えっ?」
「そのための準備が忙しくて、しばらく会えなかったんだが…先日やっと話がまとまった。」
「ど、どういうこと?」
「以前、イタリアの一部地域を丸々買収しただろう。」
「…あぁ…うん…」
「アレを元手に新しい事業を立ち上げた。叔母にも協力してもらって、顧客のほとんどに話をつけてある。玉城グループの総取締役…お爺様は俺の傘下に入らなければ、資産と顧客のほとんど全てを失うことになる。」
「……。」
「下剋上だ。」

光臣はワイングラスを傾け、にやりと笑った。

「そ…そんなことしてたの?大丈夫なの?」
「お爺様は荒れるだろうけど、大丈夫だ。」
「…もしかして…叔母様の資産を私に譲りたいって言ったのも、そのため?」
「それもあったが、光に贈与したいのは本心だそうだ。」
「……。」
「いいんだよ。とっくに世代交代の時期だ。お爺様には退任していただいて、ゆっくり余生を過ごしてもらおう。」

…やっぱり光臣って末恐ろしい奴だな…。結婚を許されないからって、祖父の会社を事実上奪うとは…。舌を巻くぜ。

「いや〜なんとかするとは言ってたけど…まさかここまでするなんて普通思わないよねぇ〜…」

へへへ、と牧瀬は苦笑いを浮かべる。ほんと、スケールが違い過ぎる。

「まあ、この話はもうこのへんでいいだろ。それより、いつもいる奴が今日はいないんだな。」
「え?」
「倉持洋一。こっちに来てたんじゃなかったか?」

やっぱいつもいるイメージなんだ…。まぁ確かに、入り浸ってたよな〜。倉持は数週間前、突然落ち込んだ様子で「帰る」と言い出して、本当にそのまま帰って行った。そして何か吹っ切れたように木崎さんとの同棲をはじめ、そこそこ順調に過ごしているようだ。たまに愚痴の電話が来るけど。

「もう日本に帰ったよ。」
「そうなのか?オフシーズンなのに。」
「倉持さんも同棲はじめたしね〜。」
「同棲?誰と?」
「木崎えみちゃんだよ。私の後輩モデルの。」
「……。へぇ…。」

光臣は意外そうに目を丸くした。

「あいつも普通に恋人を作るんだな。」
「あはは!それどういう意味!」
「なんだかんだ、いつまでもこの家に入り浸っているような気がしていた。」
「光臣それ失礼だよー!あはははは!」
「司も笑いすぎ。」

 


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