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『今日は久々の日本に来ています。』
ハリウッド女優・玉城光の朝の過ごし方、という女性ファッション誌の会社が発信している動画。この、有名なモデルや女優がどんな朝のルーティンをこなしているのかを発信する動画シリーズは特にアメリカやイギリスでも注目を集めていて、それに今回光が選ばれたのだと、えみが興奮気味に見せてきた。
えみは光に憧れていて、よくこうやって光が出ている番組やネット動画、雑誌などを俺に見せてくる。
『今は朝の6時。いつもはもうちょっとのんびり起きるんですけど…今日はお仕事なので早起きです。外はまだ朝焼けで、こんな絶景です。』
はい、と光がカメラを誘導し、部屋の大きな窓の外を映しだす。窓からは東京湾らしき海が広々と見渡せて、それは朝焼けで薄い紫色にキラキラ光っていた。
その景色と近くのビルを見て、もしかしてあそこのホテルかな、なんてぼんやり考える。えみによると、これはつい昨日撮った動画らしい。ということは、今週光はこのホテルに滞在するのだろう。さすがハリウッド女優、豪華なスイートルームだ。
『えーと、起きたらまず、シャワーを浴びます。』
カメラの前ではにかんでそう説明し、ちょっと恥ずかしそうにシャワーを浴びてきてドレッサーの前に戻ってくる光。寝起きだというのにいつもの天使のような微笑みは健在で、ちょっと乱れた髪があどけなく、神秘的な雰囲気さえ醸し出しているのだから驚きだ。
『それから化粧水…。最近はこれを使ってます。』
これ、と光は薄いブルーのボトルを翳して見せた。
『頂き物です。』
そうにっこり微笑んで、はにかみながら透明な液体を顔につけ始める。
「あ、これ、ラルコムの…。」
「え?」
「フランスの会社の、ラルコムの新作ローションです。すごく高いんですよ。光先輩、今季のイメージモデルだから…すごいなぁ〜…。トップモデルって…。」
はあぁ、と感心しきりで動画に食い入るえみ。へー、やっぱ光ってすげえんだな。
『それから乳液をつけて…。メイクはあとでメイクさんが来てからやってもらいます。』
はにかんで両頬を両手で包む光。か、可愛い……、…って!隣にえみがいんのに!
「えぇ〜…すっぴんでこんなにキレイ…。すごい…。」
……えみのほうが見惚れてるし。
『朝食は温かいものを食べるようにしていて、あと水分ですね。お白湯と、野菜のスープをいただきます。今日はルームサービスです。』
「なるほど…。」
「……。」
えみはなんだか色々参考にしているようだ。
『食事は重要?』
『もちろんです。甘いものなんて絶対駄目ですよ。私は野菜と水しか口にしません。』
え?
『…信じました?そんなわけないじゃないですか。ふふふ』
だ、だよな。よくチョコとか食べてたような。
つーか……、か…、可愛い……。
『日本に来たときによく行く場所は?』
『司の家。…というか、従弟の家?えへ、一応私の実家ですけど。司に会いに行くから、司の家が一番正しいかな。あとは、東京に住んでた頃によく行ってたパン屋さん。それと…お義父さんのところ。アメリカに行ってからますます会えないので、日本に来たら必ず。』
『今日の予定は?』
『CMの撮影とインタビューです。何のインタビューかはまだ聞いてません。』
『今日の衣装は?』
『?まだ届いてません。メイクさんと一緒に来るかな。』
光はそう笑って、届いたスープを口に運んだ。
朝食のあとはメイクスタッフや衣装スタッフが部屋に来て、準備を始める。ここで支度を整え、直接撮影場所に向かうらしい。
『メイクをしてもらって着替えました。今日のCM撮影の衣装です。』
じゃん、とカメラの前で立ち、くるりと回って見せる光。白いドレスだ。ウエディングドレスみたいな…。
『じゃあ、行ってきます。』
ひらひらとカメラに手を振って、光が部屋を出ていって、画面が暗転して動画が終わった。はあ〜、と感嘆のため息を吐きながら、えみはソファに背を持たれて、思い出したようにスマホを手に取った。
「……。」
えみが不思議そうに首を傾げてスマホを置いた。
「どうかしたのか?」
「…光先輩から急にラインがこなくなって」
えみはそう言ってトーク画面を見せてきた。なんとなく後ろめたく思いつつも見せてもらうと、確かに不自然な会話の流れで光からの返信が途絶えていた。
『そうなんですか?行ってみたいです!』
『土曜日も開いてるか聞いてみるね。』
『えみちゃん苦手なものある?』
『辛い物はちょっと…。』
『苦手です』
『それなら大丈夫(笑)』
『そういえば司から聞いたんだけど』
『なんですか?』
「ね、変ですよね。」
えみは首を傾げ、スマホの画面を消した。
「お仕事かな。」
そう呟いて、射して気にした様子もなく、お茶でも淹れるのかキッチンに入って行った。
俺はちょっと気にかかりつつも、気にしてもしょうがないと思い、雑誌を広げた。…と、そのとき俺のスマホが鳴った。牧瀬だ。なんとなくえみの前で電話するのもなと思い、煙草を掴んでベランダに出た。
「へい。」
「へいじゃないですよ!」
…いきなりキレられた…。
「なんだよ。」
「あっ煙草吸ってますね!?今カチッて音聞こえましたよ!」
「カンケーないだろ、……。」
「あ〜煙吐いてる!それでもアスリートですか!?」
「うるせーなぁ…要件は何だよ。」
「あ、そうだった。」
相変わらず落ち着きのない奴…。呆れつつも、こいつのこのせわしない空気は何だか懐かしい。そういや、昔みたいに御幸の家で、御幸と光と牧瀬と俺、4人で集まる事ってもうしばらくしてないな…。当たり前か。
「武藤尚って女の人知ってます?」
「……。」
ぎくり…。な、なんで牧瀬がその名前を知ってんだ?
「…なんで?」
「あ、知ってるんですね?」
「たまに発揮されるその鋭さやめろ。こええよ」
「何でですか。何か後ろめたいことでもあるんですか?」
「ちげぇよ。」
「じゃあ誰なのか教えてくださいよ。」
「…御幸の幼馴染だろ?」
「やっぱり知ってるんですね。」
「…何で責められてんの俺?」
「そう感じるのは後ろめたいことがあるからじゃないですか?」
そんなばかな…。マジで俺は悪いことしてねーのに…。
「で…その人が何?」
「知ってる事を全部話してください。」
「何この尋問…」
「御幸さんとどういう関係なんですか?」
「だから幼馴染で…」
「で?」
「確か…御幸の今のチームの、トレーナー…らしい」
「…それで?」
「…一回御幸んちで食事したよ。俺と光もいて…4人で。」
「御幸さんの元カノじゃないですよね?」
「いやっ、それはねーと思うけど…」
「けど?」
「……。…あ〜…」
「何かあるんですか?はっきり言ってください!」
もうだめだ…すまん御幸。
「……御幸に気がある…っぽい」
「……。」
「…かな〜…とは…思う」
「なんでですか?」
「え…、…えーと…」
「何かあったんですね?」
「……。御幸が言うには」
「はい」
「……キスされたって」
「は!?」
響いてきた怒声に、情けなくも煙草を落としそうになった。
「何それ!?光は知ってるんですか!?」
「や、たぶん、知らねーと思う…」
「御幸はあくまで予想外だったみてーで…」
「待ってください、まさかキスしたあとに皆で食事したわけじゃないですよね?」
「ち、違う!食事はその前!さすがに御幸もそんなことされたら気まずいだろ、それから避けてたみてーだし…」
「……。でもそれからも仕事で会ってたんですよね?」
「そりゃ…、チームのトレーナーだしなぁ…」
「私よくわからないんですけど、トレーナーって選手とよく会うものなんですか?」
「…まー、ほぼ毎日…」
「……。」
「いやでも、御幸はそういうつもりはないって。それは断言できる。不倫とかする奴じゃねーよ、あいつは…」
「……。」
神妙に黙り込んでしまった牧瀬。その沈黙に、俺はにわかに嫌な予感がした。
「え…何かあったの?」
「…いえ。ありがとうございました。じゃ…」
「おいちょっと待てよ。俺だけ答えてなんでそっちは…」
ぶつん。切られた。そんなことをされたら余計に気になる。
俺はすぐに牧瀬に電話をかけ直した。
「…なんですか!」
「なんですかじゃねーよ。何かあったのかって聞いてんだろ!」
「別に何もないですけど。」
「なんだよそれ。じゃあなんで武藤さんのことお前が知ってんだよ。」
「…倉持さんには言えません。」
「は?なんでだよ。」
嫌な予感がじわじわと胸をむしばんだ。まさか光に…何かあったんじゃないかって。
「…光に何かあったのか?」
はあ、と嘆くようなため息が返ってきた。
「そうですよ。だから倉持さんには言えません。」
「…なんでだよ」
「えみちゃんがいるから」
「……。」
「確かに今倉持さんがフリーだったら、私迷わず倉持さんを頼ってます。でも、今はもう違うじゃないですか。」
「……。」
「わかりますよね。光もそんなこと、望んでませんよ。」
「……。」
「じゃあ、もう切りますから」
…電話が切れた。俺は灰が伸びた煙草を灰皿に押し付けて、部屋に戻った。
「あ。お茶入ってますよ。」
にこにこと紅茶を淹れているえみ。俺はぎこちなく笑みを返して、やるせなくソファに座った。
「洋一さん、ほらこれ、土曜日に光先輩と行くカフェなんですけど…。」
…やめろ。
「プリンがすごく美味しいらしいんです。光先輩、昔御幸さんと一緒に行って、甘いものが苦手な御幸さんも美味しいって言ってたって。」
やめろ、考えるな…光の事なんか…。
「すごく綺麗なお店で…郊外にあって、結構穴場なんですけど。高校卒業後、初めて御幸さんとちゃんとデートで出かけた場所らしくて」
俺に何ができるっていうんだ…。光は俺の事なんて、何とも思ってないんだぞ。
「そういうの、素敵ですよね。」
「……ごめん、えみ」
気が付けば俺は立ち上がっていた。え?と俺を見上げるえみに、俺は何も考えがまとまらないまま、勝手に口が動いていた。
「ちょっと、出てくる」
「え?どこに…」
「すぐ帰る。」
いつものボディバッグと上着を引っ掴んで、バイクの鍵を持って、俺は部屋を飛び出した。
何してんだ俺…。何をするつもりだ?バカじゃねぇの…アホだ、俺…。なのに…わかってるのに、体が勝手に動いちまう。
光……。
バイクのエンジンを蒸かして、俺は胸にこみあげる熱に懐かしさと苦しさを覚えながら、それに追い立てられるように、ガレージから飛び出した。
ハリウッド女優・玉城光の朝の過ごし方、という女性ファッション誌の会社が発信している動画。この、有名なモデルや女優がどんな朝のルーティンをこなしているのかを発信する動画シリーズは特にアメリカやイギリスでも注目を集めていて、それに今回光が選ばれたのだと、えみが興奮気味に見せてきた。
えみは光に憧れていて、よくこうやって光が出ている番組やネット動画、雑誌などを俺に見せてくる。
『今は朝の6時。いつもはもうちょっとのんびり起きるんですけど…今日はお仕事なので早起きです。外はまだ朝焼けで、こんな絶景です。』
はい、と光がカメラを誘導し、部屋の大きな窓の外を映しだす。窓からは東京湾らしき海が広々と見渡せて、それは朝焼けで薄い紫色にキラキラ光っていた。
その景色と近くのビルを見て、もしかしてあそこのホテルかな、なんてぼんやり考える。えみによると、これはつい昨日撮った動画らしい。ということは、今週光はこのホテルに滞在するのだろう。さすがハリウッド女優、豪華なスイートルームだ。
『えーと、起きたらまず、シャワーを浴びます。』
カメラの前ではにかんでそう説明し、ちょっと恥ずかしそうにシャワーを浴びてきてドレッサーの前に戻ってくる光。寝起きだというのにいつもの天使のような微笑みは健在で、ちょっと乱れた髪があどけなく、神秘的な雰囲気さえ醸し出しているのだから驚きだ。
『それから化粧水…。最近はこれを使ってます。』
これ、と光は薄いブルーのボトルを翳して見せた。
『頂き物です。』
そうにっこり微笑んで、はにかみながら透明な液体を顔につけ始める。
「あ、これ、ラルコムの…。」
「え?」
「フランスの会社の、ラルコムの新作ローションです。すごく高いんですよ。光先輩、今季のイメージモデルだから…すごいなぁ〜…。トップモデルって…。」
はあぁ、と感心しきりで動画に食い入るえみ。へー、やっぱ光ってすげえんだな。
『それから乳液をつけて…。メイクはあとでメイクさんが来てからやってもらいます。』
はにかんで両頬を両手で包む光。か、可愛い……、…って!隣にえみがいんのに!
「えぇ〜…すっぴんでこんなにキレイ…。すごい…。」
……えみのほうが見惚れてるし。
『朝食は温かいものを食べるようにしていて、あと水分ですね。お白湯と、野菜のスープをいただきます。今日はルームサービスです。』
「なるほど…。」
「……。」
えみはなんだか色々参考にしているようだ。
『食事は重要?』
『もちろんです。甘いものなんて絶対駄目ですよ。私は野菜と水しか口にしません。』
え?
『…信じました?そんなわけないじゃないですか。ふふふ』
だ、だよな。よくチョコとか食べてたような。
つーか……、か…、可愛い……。
『日本に来たときによく行く場所は?』
『司の家。…というか、従弟の家?えへ、一応私の実家ですけど。司に会いに行くから、司の家が一番正しいかな。あとは、東京に住んでた頃によく行ってたパン屋さん。それと…お義父さんのところ。アメリカに行ってからますます会えないので、日本に来たら必ず。』
『今日の予定は?』
『CMの撮影とインタビューです。何のインタビューかはまだ聞いてません。』
『今日の衣装は?』
『?まだ届いてません。メイクさんと一緒に来るかな。』
光はそう笑って、届いたスープを口に運んだ。
朝食のあとはメイクスタッフや衣装スタッフが部屋に来て、準備を始める。ここで支度を整え、直接撮影場所に向かうらしい。
『メイクをしてもらって着替えました。今日のCM撮影の衣装です。』
じゃん、とカメラの前で立ち、くるりと回って見せる光。白いドレスだ。ウエディングドレスみたいな…。
『じゃあ、行ってきます。』
ひらひらとカメラに手を振って、光が部屋を出ていって、画面が暗転して動画が終わった。はあ〜、と感嘆のため息を吐きながら、えみはソファに背を持たれて、思い出したようにスマホを手に取った。
「……。」
えみが不思議そうに首を傾げてスマホを置いた。
「どうかしたのか?」
「…光先輩から急にラインがこなくなって」
えみはそう言ってトーク画面を見せてきた。なんとなく後ろめたく思いつつも見せてもらうと、確かに不自然な会話の流れで光からの返信が途絶えていた。
『そうなんですか?行ってみたいです!』
『土曜日も開いてるか聞いてみるね。』
『えみちゃん苦手なものある?』
『辛い物はちょっと…。』
『苦手です』
『それなら大丈夫(笑)』
『そういえば司から聞いたんだけど』
『なんですか?』
「ね、変ですよね。」
えみは首を傾げ、スマホの画面を消した。
「お仕事かな。」
そう呟いて、射して気にした様子もなく、お茶でも淹れるのかキッチンに入って行った。
俺はちょっと気にかかりつつも、気にしてもしょうがないと思い、雑誌を広げた。…と、そのとき俺のスマホが鳴った。牧瀬だ。なんとなくえみの前で電話するのもなと思い、煙草を掴んでベランダに出た。
「へい。」
「へいじゃないですよ!」
…いきなりキレられた…。
「なんだよ。」
「あっ煙草吸ってますね!?今カチッて音聞こえましたよ!」
「カンケーないだろ、……。」
「あ〜煙吐いてる!それでもアスリートですか!?」
「うるせーなぁ…要件は何だよ。」
「あ、そうだった。」
相変わらず落ち着きのない奴…。呆れつつも、こいつのこのせわしない空気は何だか懐かしい。そういや、昔みたいに御幸の家で、御幸と光と牧瀬と俺、4人で集まる事ってもうしばらくしてないな…。当たり前か。
「武藤尚って女の人知ってます?」
「……。」
ぎくり…。な、なんで牧瀬がその名前を知ってんだ?
「…なんで?」
「あ、知ってるんですね?」
「たまに発揮されるその鋭さやめろ。こええよ」
「何でですか。何か後ろめたいことでもあるんですか?」
「ちげぇよ。」
「じゃあ誰なのか教えてくださいよ。」
「…御幸の幼馴染だろ?」
「やっぱり知ってるんですね。」
「…何で責められてんの俺?」
「そう感じるのは後ろめたいことがあるからじゃないですか?」
そんなばかな…。マジで俺は悪いことしてねーのに…。
「で…その人が何?」
「知ってる事を全部話してください。」
「何この尋問…」
「御幸さんとどういう関係なんですか?」
「だから幼馴染で…」
「で?」
「確か…御幸の今のチームの、トレーナー…らしい」
「…それで?」
「…一回御幸んちで食事したよ。俺と光もいて…4人で。」
「御幸さんの元カノじゃないですよね?」
「いやっ、それはねーと思うけど…」
「けど?」
「……。…あ〜…」
「何かあるんですか?はっきり言ってください!」
もうだめだ…すまん御幸。
「……御幸に気がある…っぽい」
「……。」
「…かな〜…とは…思う」
「なんでですか?」
「え…、…えーと…」
「何かあったんですね?」
「……。御幸が言うには」
「はい」
「……キスされたって」
「は!?」
響いてきた怒声に、情けなくも煙草を落としそうになった。
「何それ!?光は知ってるんですか!?」
「や、たぶん、知らねーと思う…」
「御幸はあくまで予想外だったみてーで…」
「待ってください、まさかキスしたあとに皆で食事したわけじゃないですよね?」
「ち、違う!食事はその前!さすがに御幸もそんなことされたら気まずいだろ、それから避けてたみてーだし…」
「……。でもそれからも仕事で会ってたんですよね?」
「そりゃ…、チームのトレーナーだしなぁ…」
「私よくわからないんですけど、トレーナーって選手とよく会うものなんですか?」
「…まー、ほぼ毎日…」
「……。」
「いやでも、御幸はそういうつもりはないって。それは断言できる。不倫とかする奴じゃねーよ、あいつは…」
「……。」
神妙に黙り込んでしまった牧瀬。その沈黙に、俺はにわかに嫌な予感がした。
「え…何かあったの?」
「…いえ。ありがとうございました。じゃ…」
「おいちょっと待てよ。俺だけ答えてなんでそっちは…」
ぶつん。切られた。そんなことをされたら余計に気になる。
俺はすぐに牧瀬に電話をかけ直した。
「…なんですか!」
「なんですかじゃねーよ。何かあったのかって聞いてんだろ!」
「別に何もないですけど。」
「なんだよそれ。じゃあなんで武藤さんのことお前が知ってんだよ。」
「…倉持さんには言えません。」
「は?なんでだよ。」
嫌な予感がじわじわと胸をむしばんだ。まさか光に…何かあったんじゃないかって。
「…光に何かあったのか?」
はあ、と嘆くようなため息が返ってきた。
「そうですよ。だから倉持さんには言えません。」
「…なんでだよ」
「えみちゃんがいるから」
「……。」
「確かに今倉持さんがフリーだったら、私迷わず倉持さんを頼ってます。でも、今はもう違うじゃないですか。」
「……。」
「わかりますよね。光もそんなこと、望んでませんよ。」
「……。」
「じゃあ、もう切りますから」
…電話が切れた。俺は灰が伸びた煙草を灰皿に押し付けて、部屋に戻った。
「あ。お茶入ってますよ。」
にこにこと紅茶を淹れているえみ。俺はぎこちなく笑みを返して、やるせなくソファに座った。
「洋一さん、ほらこれ、土曜日に光先輩と行くカフェなんですけど…。」
…やめろ。
「プリンがすごく美味しいらしいんです。光先輩、昔御幸さんと一緒に行って、甘いものが苦手な御幸さんも美味しいって言ってたって。」
やめろ、考えるな…光の事なんか…。
「すごく綺麗なお店で…郊外にあって、結構穴場なんですけど。高校卒業後、初めて御幸さんとちゃんとデートで出かけた場所らしくて」
俺に何ができるっていうんだ…。光は俺の事なんて、何とも思ってないんだぞ。
「そういうの、素敵ですよね。」
「……ごめん、えみ」
気が付けば俺は立ち上がっていた。え?と俺を見上げるえみに、俺は何も考えがまとまらないまま、勝手に口が動いていた。
「ちょっと、出てくる」
「え?どこに…」
「すぐ帰る。」
いつものボディバッグと上着を引っ掴んで、バイクの鍵を持って、俺は部屋を飛び出した。
何してんだ俺…。何をするつもりだ?バカじゃねぇの…アホだ、俺…。なのに…わかってるのに、体が勝手に動いちまう。
光……。
バイクのエンジンを蒸かして、俺は胸にこみあげる熱に懐かしさと苦しさを覚えながら、それに追い立てられるように、ガレージから飛び出した。