278
周防君は近くのビジネスホテルで待機してますと言って帰って行き、光臣も一旦家に帰った。
私は部屋のティーセットで紅茶を淹れ、ソファで落ち込んでいる光に歩み寄った。
「はい」
「…ありがとう」
光は掠れた声で言って、だけどカップに手は伸ばさずに、紅い液体をじっと見つめた。
「それで…電話ではなんて言ってたの?」
「……。」
やっと渇きはじめていた青い瞳に、思い出したように、じわりと涙が滲んだ。
「……愛してる…って」
「御幸さんが?」
こくん、と光は頷いて、ハンカチで顔を覆った。
「光の事じゃないの?」
「……。…そのあと尚さんが…私も…って言ったの…」
「……。」
御幸さん…それはアウトです…。
…あの人何考えてんの!?光にベタ惚れかと思ったら、裏ではそんなことしてたわけ!?野球選手は遊んでるって聞くけど…あの人と倉持さんは例外だと思ってたのに!
「…身も蓋もないこと聞くけどさぁ…」
「……。」
「その武藤尚って女……美人?」
「……。」
光はハンカチを離し、泣いているけど泣き出しそうな顔で私をじっと見て、俯いた。…そうか〜、美人か…。
「…でも光より美人だとは思えない。」
「そんなの関係ない…。」
「いや。御幸さんは絶対面食いだと思うのよね私。」
「……。」
光は涙が滲む顔で、ちょっとだけ笑った。私の下らない言葉に呆れたのだ。
「玉城光の男に手を出すなんて、図太い女じゃないの…。」
「……。」
「…で、でもほら、まだわからないもんね…?」
「……。」
「御幸さんモテるから、変な女が寄ってくるんだよ〜…。」
「……。」
「私も光臣の元カノに、いきなり水ぶっかけられたことがあってさ〜!あはは!」
「…え!?何それ?」
「…あ!いやいやそれは、あの、全然、もう笑い話だから…。」
もうかなり前だし、っていうか付き合う前だし、と言い訳すると、光は渋々矛先を収めた。危ない危ない。
「それで…どうする?周防君は光がそうしたいなら仕事キャンセルしてアメリカに帰ってもいいって言ってるけど…」
「……。ううん。仕事はちゃんとする。」
「そう?本当に大丈夫?」
「…うん。それに、土曜日はえみちゃんと約束もあるし…」
「えみちゃんと?」
「相談したいことがあるって言うから…」
「えぇ〜、人の相談載ってる場合?光無理しすぎだよ。」
大丈夫、と光は呟いて、ティーカップに手を伸ばした。相変わらず強がりなんだから〜…。心配だなぁ…。
「……。」
「ねぇ光。もう一回スマホ貸して。」
「…また電話するの?」
「当然。出るまで掛ける。で、どういうことなのか説明させる!」
光のスマホから御幸さんに電話をかけた。しかしやっぱり出ない。待てども待てども出ない。今向こうは深夜だ。もう寝てしまったのか、それとも……。
「……。……もういいよ、司。」
光はそう呟いて、スマホを私の手から奪うと、発信を中断して御幸さんの番号を着信拒否にした。
「…えっ」
そのあまりにも躊躇いのない操作に、私は小さく声をこぼした。
「仕事が終わるまで考えたくないから。」
光はそう言って、スマホを充電器に戻し、ソファに戻ってきて、開き直り気味に紅茶を飲み始めた。
***
「じゃ…光、私帰るけど…。」
光がもう大丈夫だというから、光臣に連絡をして迎えに来てもらい、光臣からもうすぐ着く、と連絡が来たため私は帰ることにした。
「うん。ありがとう。」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「ほんとに〜?光、無茶するからなぁ。私今日ここに泊まるつもりだったのに。」
「無茶なんて…」
「過労で倒れて入院した人は誰だっけ?」
「……。」
光はばつがわるそうに苦笑した。
「またいつでも呼んでね?夜でも気にしないで電話してね?」
「大丈夫だって。」
「光の大丈夫は信用できないの!」
「え〜…」
光は困ったように笑いながら私を部屋のドアまで見送りに来て、それから柔らかく微笑んだ。
「…本当にありがとう、司…。」
その微笑みを見て、ひとまず大丈夫かなと、納得することにした。
エレベーターでロビーに降りてきたとき、電話が鳴った。倉持さんだ。嫌な予感がしてつい顔を顰めたけど、仕方なく応答ボタンを押した。
「はーい?」
「牧瀬、光がいるホテルってオーシャンクロウホテルか!?」
「…は!?」
その通りだ、その通りだけど…
「な、何で!?」
「インタビューの動画で…この辺のホテルだと思って」
「いや怖っ!さすがに引きますよ倉持さん!」
「どうでもいいから光に会わせてくれ!」
「ちょっ…な、何言ってるかわかってます!?えみちゃんは!?」
「わかってる!」
「わかってませんよ!!会わせられるわけないでしょ!!」
「……。」
「大体会ってどうするつもりですか?光はもう結婚してるんですよ!倉持さんだって…」
「……御幸に言ったんだよ」
「な…何を?」
「光が好きなのは御幸だから…光の為に諦めるって」
「じゃあ…」
「でも…あいつが光を悲しませたら、話は別だって」
「……。」
「…牧瀬!」
電話の向こうではなく、すぐ近くから倉持さんの声がして顔を上げると、外から倉持さんがロビーに駆け込んできたところだった。ほ、ホントに来たよこの人…。
「光はここにいるんだな!?」
「ちょ、ちょっと、声が大きいですよ…。」
私がここにいるのだから言い逃れはできない。とにかく倉持さんを人目につかない通路に引っ張って行って、対峙した。
「光の部屋は?」
「い、言うわけないじゃないですか!」
「なんでだよ、お前だって光が御幸のせいで悲しんでるのは許せねえだろ!?」
「……。」
「…武藤さんと御幸が…何かあったんだろ。それで光が…」
「……。」
さ、さすが光のことになると鋭い…。
「で、でも…倉持さんが来たって、光は困るだけですよ…」
「それでもいい!」
「よくない!光がどんな気持ちで…」
「いいから教えてくれ!お前しかいねえんだよ!」
「ちょ、ちょっと…」
倉持さんは今まで見たことのないような剣幕で私の両肩を掴み、揺さぶった。
「司?」
通路に響く、聞きなれた声。振り向くと思った通り、光臣が不思議そうに立っていた。私がいつまでも来ないから様子を見に来たらしい。
「どうしたんだ?」
すごい剣幕の倉持さんに詰め寄られている私をきょとんと見つめる光臣。見てないで助けてよ…。
「倉持さんが、光に会いたいって…」
顔を顰めて困ったように訴えると、光臣はふうん、と倉持さんを見た。
「光なら最上階のスイートだ。」
「え……」
「ちょ…!何で言うの光臣!」
「なぜ隠す必要がある?」
「だって…!本気!?」
「言わなくたってこいつは全部屋見て回ると思うぞ。周りへの迷惑を避けただけだ。」
「恩に着るぜ光臣!」
倉持さんは走って行ってしまった。あああ、もう、どうすんの…。
「…光臣!!!」
「なんだ?早く帰ろう。」
「しんっじらんない!!どういう神経してんの!?」
「本当に迷惑なら、光が自分で拒絶するだろ。光に直接言われなきゃ、あいつは納得しない。」
「……。で、でも、えみちゃんが…。」
「…それは、あいつが光の為にここまで来た時点で、答えは出ている。」
「……。」
それは…そうかもしれないけど…。
「帰るぞ。俺たちにできることはない。」
「……なんかムカつく!」
光臣に八つ当たりして背中を叩いてさっさとホテルを出たけれど、光臣ははいはいと呟いて、私の後を悠々と歩いてきた。
私は部屋のティーセットで紅茶を淹れ、ソファで落ち込んでいる光に歩み寄った。
「はい」
「…ありがとう」
光は掠れた声で言って、だけどカップに手は伸ばさずに、紅い液体をじっと見つめた。
「それで…電話ではなんて言ってたの?」
「……。」
やっと渇きはじめていた青い瞳に、思い出したように、じわりと涙が滲んだ。
「……愛してる…って」
「御幸さんが?」
こくん、と光は頷いて、ハンカチで顔を覆った。
「光の事じゃないの?」
「……。…そのあと尚さんが…私も…って言ったの…」
「……。」
御幸さん…それはアウトです…。
…あの人何考えてんの!?光にベタ惚れかと思ったら、裏ではそんなことしてたわけ!?野球選手は遊んでるって聞くけど…あの人と倉持さんは例外だと思ってたのに!
「…身も蓋もないこと聞くけどさぁ…」
「……。」
「その武藤尚って女……美人?」
「……。」
光はハンカチを離し、泣いているけど泣き出しそうな顔で私をじっと見て、俯いた。…そうか〜、美人か…。
「…でも光より美人だとは思えない。」
「そんなの関係ない…。」
「いや。御幸さんは絶対面食いだと思うのよね私。」
「……。」
光は涙が滲む顔で、ちょっとだけ笑った。私の下らない言葉に呆れたのだ。
「玉城光の男に手を出すなんて、図太い女じゃないの…。」
「……。」
「…で、でもほら、まだわからないもんね…?」
「……。」
「御幸さんモテるから、変な女が寄ってくるんだよ〜…。」
「……。」
「私も光臣の元カノに、いきなり水ぶっかけられたことがあってさ〜!あはは!」
「…え!?何それ?」
「…あ!いやいやそれは、あの、全然、もう笑い話だから…。」
もうかなり前だし、っていうか付き合う前だし、と言い訳すると、光は渋々矛先を収めた。危ない危ない。
「それで…どうする?周防君は光がそうしたいなら仕事キャンセルしてアメリカに帰ってもいいって言ってるけど…」
「……。ううん。仕事はちゃんとする。」
「そう?本当に大丈夫?」
「…うん。それに、土曜日はえみちゃんと約束もあるし…」
「えみちゃんと?」
「相談したいことがあるって言うから…」
「えぇ〜、人の相談載ってる場合?光無理しすぎだよ。」
大丈夫、と光は呟いて、ティーカップに手を伸ばした。相変わらず強がりなんだから〜…。心配だなぁ…。
「……。」
「ねぇ光。もう一回スマホ貸して。」
「…また電話するの?」
「当然。出るまで掛ける。で、どういうことなのか説明させる!」
光のスマホから御幸さんに電話をかけた。しかしやっぱり出ない。待てども待てども出ない。今向こうは深夜だ。もう寝てしまったのか、それとも……。
「……。……もういいよ、司。」
光はそう呟いて、スマホを私の手から奪うと、発信を中断して御幸さんの番号を着信拒否にした。
「…えっ」
そのあまりにも躊躇いのない操作に、私は小さく声をこぼした。
「仕事が終わるまで考えたくないから。」
光はそう言って、スマホを充電器に戻し、ソファに戻ってきて、開き直り気味に紅茶を飲み始めた。
***
「じゃ…光、私帰るけど…。」
光がもう大丈夫だというから、光臣に連絡をして迎えに来てもらい、光臣からもうすぐ着く、と連絡が来たため私は帰ることにした。
「うん。ありがとう。」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「ほんとに〜?光、無茶するからなぁ。私今日ここに泊まるつもりだったのに。」
「無茶なんて…」
「過労で倒れて入院した人は誰だっけ?」
「……。」
光はばつがわるそうに苦笑した。
「またいつでも呼んでね?夜でも気にしないで電話してね?」
「大丈夫だって。」
「光の大丈夫は信用できないの!」
「え〜…」
光は困ったように笑いながら私を部屋のドアまで見送りに来て、それから柔らかく微笑んだ。
「…本当にありがとう、司…。」
その微笑みを見て、ひとまず大丈夫かなと、納得することにした。
エレベーターでロビーに降りてきたとき、電話が鳴った。倉持さんだ。嫌な予感がしてつい顔を顰めたけど、仕方なく応答ボタンを押した。
「はーい?」
「牧瀬、光がいるホテルってオーシャンクロウホテルか!?」
「…は!?」
その通りだ、その通りだけど…
「な、何で!?」
「インタビューの動画で…この辺のホテルだと思って」
「いや怖っ!さすがに引きますよ倉持さん!」
「どうでもいいから光に会わせてくれ!」
「ちょっ…な、何言ってるかわかってます!?えみちゃんは!?」
「わかってる!」
「わかってませんよ!!会わせられるわけないでしょ!!」
「……。」
「大体会ってどうするつもりですか?光はもう結婚してるんですよ!倉持さんだって…」
「……御幸に言ったんだよ」
「な…何を?」
「光が好きなのは御幸だから…光の為に諦めるって」
「じゃあ…」
「でも…あいつが光を悲しませたら、話は別だって」
「……。」
「…牧瀬!」
電話の向こうではなく、すぐ近くから倉持さんの声がして顔を上げると、外から倉持さんがロビーに駆け込んできたところだった。ほ、ホントに来たよこの人…。
「光はここにいるんだな!?」
「ちょ、ちょっと、声が大きいですよ…。」
私がここにいるのだから言い逃れはできない。とにかく倉持さんを人目につかない通路に引っ張って行って、対峙した。
「光の部屋は?」
「い、言うわけないじゃないですか!」
「なんでだよ、お前だって光が御幸のせいで悲しんでるのは許せねえだろ!?」
「……。」
「…武藤さんと御幸が…何かあったんだろ。それで光が…」
「……。」
さ、さすが光のことになると鋭い…。
「で、でも…倉持さんが来たって、光は困るだけですよ…」
「それでもいい!」
「よくない!光がどんな気持ちで…」
「いいから教えてくれ!お前しかいねえんだよ!」
「ちょ、ちょっと…」
倉持さんは今まで見たことのないような剣幕で私の両肩を掴み、揺さぶった。
「司?」
通路に響く、聞きなれた声。振り向くと思った通り、光臣が不思議そうに立っていた。私がいつまでも来ないから様子を見に来たらしい。
「どうしたんだ?」
すごい剣幕の倉持さんに詰め寄られている私をきょとんと見つめる光臣。見てないで助けてよ…。
「倉持さんが、光に会いたいって…」
顔を顰めて困ったように訴えると、光臣はふうん、と倉持さんを見た。
「光なら最上階のスイートだ。」
「え……」
「ちょ…!何で言うの光臣!」
「なぜ隠す必要がある?」
「だって…!本気!?」
「言わなくたってこいつは全部屋見て回ると思うぞ。周りへの迷惑を避けただけだ。」
「恩に着るぜ光臣!」
倉持さんは走って行ってしまった。あああ、もう、どうすんの…。
「…光臣!!!」
「なんだ?早く帰ろう。」
「しんっじらんない!!どういう神経してんの!?」
「本当に迷惑なら、光が自分で拒絶するだろ。光に直接言われなきゃ、あいつは納得しない。」
「……。で、でも、えみちゃんが…。」
「…それは、あいつが光の為にここまで来た時点で、答えは出ている。」
「……。」
それは…そうかもしれないけど…。
「帰るぞ。俺たちにできることはない。」
「……なんかムカつく!」
光臣に八つ当たりして背中を叩いてさっさとホテルを出たけれど、光臣ははいはいと呟いて、私の後を悠々と歩いてきた。