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「……。」
「……?」
昨日から、光臣は珍しく眉間にしわを寄せて、難しそうな顔をして何かを考え込んでいる。こんな彼は珍しい。いつも飄々として、ポーカーフェイスで、不敵に微笑んでいるのに。
「どーかしたの?」
「あぁ…。」
仕事関係だろうし、どうせはぐらかされるだろうと思いつつ何気なく尋ねてみると、思いの外光臣は軽く口を開いた。
「妙なんだ。」
「何が?」
「今になって、お爺様が和解しようと打診してきた…」
和解。今光臣は、祖父が所有する玉城グループの資産を買収するために動いている。祖父は一貫して頑なに買収を拒んでいたけど、今光臣に反旗を翻されグループから独立されると、光臣を追放するどころか、玉城グループの資産をほとんどすべて失ってしまう事になる。だから話し合いを引き延ばしてきたのだけど、今になって、急に話し合いを持ちたいと打診してきたのだと言う。
「なんで?」
「それがわからない。買収を避ける手があるわけでもなさそうだし」
「諦めたんじゃない?」
「それは絶対にありえない。鋼よりかたい脳みその持ち主だぞ」
「……。」
私が口を噤むと、光臣はまたああでもないこうでもないと考え始めた。コーヒーが冷めてしまう。
「光臣様。」
と、そこへ、使用人が今朝の郵便物を仕分けたものをトレーに乗せてやって来た。
「お手紙が届いております。」
「置いてくれ。」
使用人は丁寧に封筒を数枚テーブルの端に置くと、お辞儀をして部屋を出て行った。光臣は封筒の差出人を見流しながら、ふと一枚の封筒に目を留めた。
「……アンクレー王国?」
「え?何?」
聞き慣れない言葉に目を瞬いて、私は席を立って光臣の隣に行った。光臣が訝しげに見つめる、淡いブルーの高級感漂う封筒には、濃紺の封蝋がされていて、盾のような形を模した紋章が刻まれている。
「これはアンクレー王国の王室の紋章だ」
「どこ?」
「スイスの南にある小さな国だ。国王君主制で、人口も面積も東京都にも及ばない…だが、四方を山岳地帯に囲まれ、それが自然の要塞となり戦争の歴史がなく、豊かな資源と穏やかな国民性のおかげで高いGDPを誇る裕福な国だ。ヨーロッパ中で一番犯罪が少ない国とも言われている。今でも閉鎖的な国で、観光客もあまり呼びこまれていない。そのせいか日本ではあまり知られていないな。」
「へ〜……」
「俺も行ったことはない。イギリス短期留学中に噂を聞いた程度だ。自然が豊かで中世後期の建築様式が色濃く残る、美しい国だそうだ。」
「ふーん……」
「公用語はイタリア語。通貨もユーロだ。1度だけ滞在したことのある知り合いによれば、夢のような場所だったそうだ。一度行ってみたいが、外国人の入国は厳しい国でな…」
「…で、何の手紙なの?」
「ああ…そうだな」
思いの外その国について語りだして止まらなくなった光臣に開封を促した。ホント、こんな光臣は珍しい。
深海のような鮮やかな濃紺の封蝋を剥がし、中の綺麗な便箋を取り出して広げると、そこには見慣れない言語がずらりと並んでいた。
「……。」
「イタリア語だな。」
「なんて書いてあるの?」
「これは国王から直々に届いた手紙のようだな。」
「え!?」
それから光臣は文章に目を通し始めた。私は光臣が翻訳してくれるのを待って、隣でその様子を眺めていた。
「……。」
ぽかん、と光臣の口が小さく開いた。光臣が。あの光臣が…ぽかんとしてる…!?
「な、何?どうしたの?」
こうなったら内容が気になり過ぎて、私は光臣の肩に触れて説明を促した。
「まさか……。」
「どうしたのってば、ねぇ!」
「……。」
ごくり、と息をのみ、光臣は呆然として、不意に呟いた。
「…そうか!」
「えっ?」
「お爺様が和解を打診してきた理由がわかった。これを知ったんだな…。」
「…もー!だから、なんて書いてあるの!?」
早く教えてよ、と腕を揺さぶると、光臣は興奮気味に私を振り返った。
「驚くなよ。」
「…何よ。」
「光は…」
「え?…光?」
「光は、アンクレー王国の…現国王の曾孫にあたるらしい。」
息がとまって、目の前がちかちかして、頭の中がぐるぐるして…光臣の興奮に強張る顔を、私は数秒間見つめた。
「……ええ!?はあ!?なに、どういうこと!?」
「光の母親が、今のアンクレー国王の孫娘…つまり王女だ。10歳の時に身分を隠してイタリアの親戚の屋敷に引き取られたらしい。」
「は…!?え…!?」
「おそらく玉城家との…光の父親との結婚の時にも身分を隠したのだろうな。お爺様も知ったのはつい最近なんだろう。」
「……。」
「じゃなければ、御幸一也との結婚は是が非でも反対していただろうからな。」
ちょっと待って…。と、言う事は……
「光は…王女様なの!?」
「王室に席を戻せばな。この手紙はその打診だ。」
「へえええ!?」
「現王子の体が弱く、病で倒れ、今はまだ未成年の王女がひとり…。王子妃に王位継承権はないしな。王室存続の危機で、王室の血を引く光に戻ってきてもらい、跡継ぎを生んでほしいってことなんだろう。」
「は、え…」
「光の事を調べたらしいな。配偶者も歓迎すると書いてある。アンクレー王国の王位継承権は、国王の血を引く者…つまり、光の子であれば父親がだれであろうと関係ないからな。悪い話じゃないな。」
「で、でも、御幸さんはバリバリのメジャーリーガーだし、…っていうか今はそれどころじゃなくない!?」
「それも解決するかもな。」
「…え、どういうこと?」
「アンクレー王国の王族は、重婚が認められている。」
「………えっ!!?」
「王室存続の為にな。これで解決じゃないか?」
「何が解決!?そういう問題じゃないでしょーが!」
「面白くなってきたな。」
「ふざけないでよ!」
光臣はいつの間にかいつもの笑みを浮かべ、冷めたコーヒーに少し口をつけると、顔を顰めて使用人を呼び、淹れなおせと命じた。
ど…どうなることやら……。
御幸さんの不倫疑惑でいっぱいいっぱいなのに…!
「それ…光にいつ話すの?」
「少し様子を見たほうが良いな。」
「当たり前だよ!今こんな問題まで持ち込んだら、また光倒れちゃうよ!」
それに、女優の仕事だって…。
…大変なことになった…!!
「ところで、昨日から御幸一也からの電話がしつこいんだが」
「出なくていいよ!出ちゃダメ!」
「…と君が言うから、出ていない。」
「どうせ私に光の様子を訊こうとしてるんだよ。ちょっとくらい慌てさせた方が良い薬になるって!」
「まあそうだろうな。薬になるかどうかは知らんが」
「本当信じらんない。武藤尚って人と浮気して、その現場を光に電話で聞かせるなんてさ…」
「……。」
「どうせその武藤尚って人が御幸さんを奪おうとして、わざと光にこっそり電話かけたんだよ!御幸さんのスマホで!」
「……。」
「でも御幸さんも御幸さんだよ!そんな女と不倫するなんてさ…!光が仕事で留守だからって、調子に乗って…」
「……。」
「あーっマジムカついてきた!!アメリカまで殴りに行ってやる!!」
「落ち着け。司が殴ったところで何も変わらない。」
「そうだけど!!」
光臣に座るよう促されて、私は鼻息荒く椅子にどかっと腰を下ろした。
「……。」
「ちょっと、まさか本当に面白がってないでしょうね?」
光臣が口元を隠してにやついているのを見つけて睨むと、光臣は苦笑して肩を竦めた。
「……?」
昨日から、光臣は珍しく眉間にしわを寄せて、難しそうな顔をして何かを考え込んでいる。こんな彼は珍しい。いつも飄々として、ポーカーフェイスで、不敵に微笑んでいるのに。
「どーかしたの?」
「あぁ…。」
仕事関係だろうし、どうせはぐらかされるだろうと思いつつ何気なく尋ねてみると、思いの外光臣は軽く口を開いた。
「妙なんだ。」
「何が?」
「今になって、お爺様が和解しようと打診してきた…」
和解。今光臣は、祖父が所有する玉城グループの資産を買収するために動いている。祖父は一貫して頑なに買収を拒んでいたけど、今光臣に反旗を翻されグループから独立されると、光臣を追放するどころか、玉城グループの資産をほとんどすべて失ってしまう事になる。だから話し合いを引き延ばしてきたのだけど、今になって、急に話し合いを持ちたいと打診してきたのだと言う。
「なんで?」
「それがわからない。買収を避ける手があるわけでもなさそうだし」
「諦めたんじゃない?」
「それは絶対にありえない。鋼よりかたい脳みその持ち主だぞ」
「……。」
私が口を噤むと、光臣はまたああでもないこうでもないと考え始めた。コーヒーが冷めてしまう。
「光臣様。」
と、そこへ、使用人が今朝の郵便物を仕分けたものをトレーに乗せてやって来た。
「お手紙が届いております。」
「置いてくれ。」
使用人は丁寧に封筒を数枚テーブルの端に置くと、お辞儀をして部屋を出て行った。光臣は封筒の差出人を見流しながら、ふと一枚の封筒に目を留めた。
「……アンクレー王国?」
「え?何?」
聞き慣れない言葉に目を瞬いて、私は席を立って光臣の隣に行った。光臣が訝しげに見つめる、淡いブルーの高級感漂う封筒には、濃紺の封蝋がされていて、盾のような形を模した紋章が刻まれている。
「これはアンクレー王国の王室の紋章だ」
「どこ?」
「スイスの南にある小さな国だ。国王君主制で、人口も面積も東京都にも及ばない…だが、四方を山岳地帯に囲まれ、それが自然の要塞となり戦争の歴史がなく、豊かな資源と穏やかな国民性のおかげで高いGDPを誇る裕福な国だ。ヨーロッパ中で一番犯罪が少ない国とも言われている。今でも閉鎖的な国で、観光客もあまり呼びこまれていない。そのせいか日本ではあまり知られていないな。」
「へ〜……」
「俺も行ったことはない。イギリス短期留学中に噂を聞いた程度だ。自然が豊かで中世後期の建築様式が色濃く残る、美しい国だそうだ。」
「ふーん……」
「公用語はイタリア語。通貨もユーロだ。1度だけ滞在したことのある知り合いによれば、夢のような場所だったそうだ。一度行ってみたいが、外国人の入国は厳しい国でな…」
「…で、何の手紙なの?」
「ああ…そうだな」
思いの外その国について語りだして止まらなくなった光臣に開封を促した。ホント、こんな光臣は珍しい。
深海のような鮮やかな濃紺の封蝋を剥がし、中の綺麗な便箋を取り出して広げると、そこには見慣れない言語がずらりと並んでいた。
「……。」
「イタリア語だな。」
「なんて書いてあるの?」
「これは国王から直々に届いた手紙のようだな。」
「え!?」
それから光臣は文章に目を通し始めた。私は光臣が翻訳してくれるのを待って、隣でその様子を眺めていた。
「……。」
ぽかん、と光臣の口が小さく開いた。光臣が。あの光臣が…ぽかんとしてる…!?
「な、何?どうしたの?」
こうなったら内容が気になり過ぎて、私は光臣の肩に触れて説明を促した。
「まさか……。」
「どうしたのってば、ねぇ!」
「……。」
ごくり、と息をのみ、光臣は呆然として、不意に呟いた。
「…そうか!」
「えっ?」
「お爺様が和解を打診してきた理由がわかった。これを知ったんだな…。」
「…もー!だから、なんて書いてあるの!?」
早く教えてよ、と腕を揺さぶると、光臣は興奮気味に私を振り返った。
「驚くなよ。」
「…何よ。」
「光は…」
「え?…光?」
「光は、アンクレー王国の…現国王の曾孫にあたるらしい。」
息がとまって、目の前がちかちかして、頭の中がぐるぐるして…光臣の興奮に強張る顔を、私は数秒間見つめた。
「……ええ!?はあ!?なに、どういうこと!?」
「光の母親が、今のアンクレー国王の孫娘…つまり王女だ。10歳の時に身分を隠してイタリアの親戚の屋敷に引き取られたらしい。」
「は…!?え…!?」
「おそらく玉城家との…光の父親との結婚の時にも身分を隠したのだろうな。お爺様も知ったのはつい最近なんだろう。」
「……。」
「じゃなければ、御幸一也との結婚は是が非でも反対していただろうからな。」
ちょっと待って…。と、言う事は……
「光は…王女様なの!?」
「王室に席を戻せばな。この手紙はその打診だ。」
「へえええ!?」
「現王子の体が弱く、病で倒れ、今はまだ未成年の王女がひとり…。王子妃に王位継承権はないしな。王室存続の危機で、王室の血を引く光に戻ってきてもらい、跡継ぎを生んでほしいってことなんだろう。」
「は、え…」
「光の事を調べたらしいな。配偶者も歓迎すると書いてある。アンクレー王国の王位継承権は、国王の血を引く者…つまり、光の子であれば父親がだれであろうと関係ないからな。悪い話じゃないな。」
「で、でも、御幸さんはバリバリのメジャーリーガーだし、…っていうか今はそれどころじゃなくない!?」
「それも解決するかもな。」
「…え、どういうこと?」
「アンクレー王国の王族は、重婚が認められている。」
「………えっ!!?」
「王室存続の為にな。これで解決じゃないか?」
「何が解決!?そういう問題じゃないでしょーが!」
「面白くなってきたな。」
「ふざけないでよ!」
光臣はいつの間にかいつもの笑みを浮かべ、冷めたコーヒーに少し口をつけると、顔を顰めて使用人を呼び、淹れなおせと命じた。
ど…どうなることやら……。
御幸さんの不倫疑惑でいっぱいいっぱいなのに…!
「それ…光にいつ話すの?」
「少し様子を見たほうが良いな。」
「当たり前だよ!今こんな問題まで持ち込んだら、また光倒れちゃうよ!」
それに、女優の仕事だって…。
…大変なことになった…!!
「ところで、昨日から御幸一也からの電話がしつこいんだが」
「出なくていいよ!出ちゃダメ!」
「…と君が言うから、出ていない。」
「どうせ私に光の様子を訊こうとしてるんだよ。ちょっとくらい慌てさせた方が良い薬になるって!」
「まあそうだろうな。薬になるかどうかは知らんが」
「本当信じらんない。武藤尚って人と浮気して、その現場を光に電話で聞かせるなんてさ…」
「……。」
「どうせその武藤尚って人が御幸さんを奪おうとして、わざと光にこっそり電話かけたんだよ!御幸さんのスマホで!」
「……。」
「でも御幸さんも御幸さんだよ!そんな女と不倫するなんてさ…!光が仕事で留守だからって、調子に乗って…」
「……。」
「あーっマジムカついてきた!!アメリカまで殴りに行ってやる!!」
「落ち着け。司が殴ったところで何も変わらない。」
「そうだけど!!」
光臣に座るよう促されて、私は鼻息荒く椅子にどかっと腰を下ろした。
「……。」
「ちょっと、まさか本当に面白がってないでしょうね?」
光臣が口元を隠してにやついているのを見つけて睨むと、光臣は苦笑して肩を竦めた。