「光!」

屋敷を出たところで光を呼び止めた。光は車の前で立ち止まって、俺を振り返る。

「……あのさ…本当に、ごめん…。」

結局それしか言えなくて、自分は卑怯だと思った。謝るってことは、許されたいと思ってるってことだ。光は痛みを飲み込んで、「忘れる」と言ってくれたのに…。

「…謝らないで。」

光がそう言って、俺はばつがわるくなったけど、思った通りだとも思った。

「『何もなかった』って顔しててよ…。」

そして悲しそうな顔で光がそう言って、謝ったことをまた後悔した。そうだよ…今俺にできるのは、本当にそれだけ…。

「…ごめん…。」
「……。」

ああもう、俺、バカだ。

「…今日アメリカに戻るんでしょ?」
「あ…、ああ。うん…夜10時発の便で…」
「…気を付けて。体にも。」

明日のことを気遣ってくれる光。なるべくいつも通り振舞おうとしてくれる光…。

「…じゃあね。」

光は周防のエスコートで車に乗り込もうとした。

「…光!!」

しかし遠くから呼ぶ声でそれをやめた。振り向いた光の見た先にいたのは――、どこか見覚えのある、歳にしては若く見えそうな、涼しい顔立ちの中年の男。あれ…誰だっけ?

「えっ……。」

光が動揺して後ずさり、周防は状況を把握しようとするように光と男を見比べた。

「お…お父さん……。」
「え?」

あの周防も動揺して声を出すほど、その場に緊張感が降りた。
そうだ…あの人、昔、一度だけ見たことがある……。光の、実の父親……。
光の父親はずかずかと大股で近づいてきて、まだ戸惑って迷いのある表情の周防に立ちはだかられた。

「誰だお前は。」
「…光さんのマネージャーを務めさせていただいている、周防と申します。」

ふん、と父親は嘲笑うように鼻を鳴らし、俺を見た。

「お前が御幸一也だな。」
「…は、はい。」

一体どんな顔をすればいいのかわからないまま、しかし光の父親だと思うと背筋を伸ばさずにはいられなかった。

「メジャーリーガーか…。」
「……。」
「どこの馬の骨かもわからん男と駆け落ちしようとしていた高校生の頃よりは、男を見る目が養われたんだな。」
「え…?」
「……。」

俺と光はつい顔を見合わせた。それって……もしかして。

「あの…、それ……その時の男って、俺です。」
「は?」
「……。」

素っ頓狂な声を上げた光の父親は、ぐるりと光を振り返り、光が小さく何度か頷くと、悔しそうに閉口した。

「お父さん…、どうしてここに…。」

そうだ。光の父親は、光とも、実家とも、縁を切ったと聞いていた。実際ここ数年姿を見ることも話を聞くこともなかった。どこで何をしているかも、まったくわからなかったのだ。

「娘に会いたいと思うのはおかしいか?」
「……。」
「テレビで、お前を見てな…。今日本にいると知って、会いに来たんだ。」
「……今まで……一度も会いに来なかったのに?」

光の言う通りだ。その言葉で、光の父親はまた悔しそうに閉口した。多分、違う目的があるんだろう。

「あれ?」

ちょうど屋敷から出てきた倉持が、俺と光がまだここにいたことに気付いて目を瞬く後ろで、見送りにでも来たのか後をついてきた光臣が、光の父親に気付いて眉根を寄せた。

「光臣…どういうこと?」

父親がここにいることを、光は光臣に問いただした。光臣は難しい顔をして、手をあげて使用人を呼んだ。

「なぜ入れた?」
「も…申し訳ございません…」

「え?何?…誰?」

ただ事ではない様子を悟った倉持が苦笑いを浮かべて光臣を見る。

「俺が許可した客以外は入れるなと言ったはずだぞ。たとえおじい様でも」
「承知しております。」
「だったらさっさと屋敷から追い出せ。」
「おいおい光臣…、何を偉そうに言ってる?」

光の父親が光臣に突っかかったのを、そうだとは知らない倉持は目を見張って見て、俺に何事かと目配せをしてきた。

「この屋敷の今の主人は俺だ。おじい様の資産を買収する話が片付けば、正式に玉城家の当主になる。」
「買収!?…お前が?」

光の父親はしばらく光臣を上から下まで無遠慮に眺め、はっ、と嘲笑を零した。

「お前も偉くなったもんだな…」
「……。」
「俺がこの家を離れている間に…いろいろ事情が変わったようじゃないか?」
「……。」

ようやくこの男が玉城家の関係者だと気づいた倉持は、息を飲んで口を噤んだ。

「…早く追い出せ。」

光臣が使用人に命じると、警備員が数人近づいてきた。光の父親は両手を挙げて大丈夫だというように警備員に距離を取り、自ら踵を返した。

「光。また話そう。」
「……。」

最後に光にそう声をかけて。光は嫌そうに目を逸らした。しかし光の父親はニヤニヤ笑いを浮かべ、屋敷の敷地から出て行った。

「今のって…。」
「光の父親で、俺の叔父だ。」
「えっ!」

倉持がようやくその正体を知って、光の様子を窺うように見た。

「…周防君、行こう。」
「はい。」

光は表情を曇らせたまま車に乗り、周防が運転して二人も帰っていく。

「思った通りだ。」
「え?」

光臣は車が去っていくのを見つめながら呟いた。

「おそらく、光がアンクレー王国の王族の血を引くと知って、それを利用するために来たんだろう。王女の父親として王室入りすれば、莫大な資産が手に入る。それこそ、玉城家の資産など比べ物にならないほどのな。」
「……。」
「気をつけろよ。父親だけでなく、おじい様も同じことをお考えかもしれない。」
「え…。」

光臣は俺と倉持を見て念を押し、踵を返して屋敷に戻って行った。
また…光が危ない。
ぴりりと空気が張り詰めるのを感じて、俺は倉持を見た。倉持も俺を睨んでいた。

 


ALICE+