アンクレー王国へ行ってみる…と言う光臣の提案を光に伝えてみると、予想してたよりも簡単に、「そうだね」と肯定を貰った。そういうわけで、俺たちは今日から1週間、アンクレー王国へ旅行する。

「よお。」
「あっ、光〜!」

昼前にイタリア・ミラノの空港に着いた俺と光と倉持は、日本から別の飛行機でイタリア入りしていた光臣と牧瀬と合流した。ふたりはVIP専用ラウンジで悠々自適に過ごしていて、俺たちが現れても光臣はのんびりとワイングラスを傾けた。

「私たち昨日着いたからちょっと観光してきたんだ〜。はいこれ、光好きなんだって?」
「あ…。オランジェット…。」

光は大好きなチョコレート菓子を牧瀬から土産にもらい嬉しそうに頬を紅潮させた。

「ありがとう。」
「いいえ〜。えへへへえ」
「何デレデレしてんだよ。」
「だって光可愛いんですもん」
「お前ホントぶれないな…」

倉持さんにだけは言われたくないなぁ〜、と牧瀬に嫌味を返されてうっと言葉に詰まる倉持。
その隣で、光臣は革のケースから紙きれを数枚取り出した。

「出国審査と入国審査の際に、パスポートと一緒にこれを提示してくれ。これは…倉持洋一の分。こっちが御幸一也。これは光だ。」
「何だこれ?」

細長い厚紙には綺麗な模様の型押しがされ、王室の紋章が刻まれていて、イタリア語で何かが書かれ、誰かの署名されている。

「入国許可証だ。」
「へー…物々しいな」
「一人一人あるのか」
「ああ。今回、俺たちは光の同行者という事で入国が許可されているからな。」
「ふうん」
「俺は光の従弟。司は俺の婚約者。御幸一也は光の配偶者。倉持洋一は、二人目の配偶者候補という事で許可を」
「ちょっと待って」

光が光臣を睨んだ。倉持はまんざらでもない顔をしていて、俺も光臣を睨んだ。

「二人目の配偶者って何よ。」
「そーだよ、配偶者は俺だけだっつの」
「だから、候補だと言ってるだろ。」
「候補でもない!」
「でもそういうことにでもしないと、入国許可が下りないからな。」
「……。」
「……。」

ムッと口を噤んだ光。倉持はそわそわと浮かれた調子で…

「言っとくけど建前だしあくまでお前は2番目だから。」
「…いちいちうるせえよ」

堪らずくぎを刺した。なんでこんなことになるんだか…。

「……。じゃあ、時間まで私たちもラウンジにいるから。」

光は渋々と言った様子で受け入れて、俺の腕に掴まった。

「行こう一也さん。」
「うん。」

光の夫は俺。その事実は揺るがない。光もこうして、俺を優先してくれてるわけだし…。
光と専用ラウンジに向かいつつ、俺は倉持を振り返って、べーと舌を出した。倉持は恐ろしい剣幕で中指を立てた。



***



ここからは光臣の自家用機に乗り、アンクレー王国を目指した。国に空港という施設はなく、入国者は全員、国王が住む城の敷地内にある滑走路を利用するのだそうだ。
イタリアの北西、フランスとスイスの境目辺りにあるアンクレー王国は、飛行機で1時間もかからない。飛行機が離陸して30分ほどで、光臣がおっと声を上げた。

「見えてきたぞ。」
「えっ、どこどこ!?」
「あそこの、山に丸く囲まれている内側が、全てアンクレー王国領だ。」

光臣が指し示した景色を、俺たちも皆窓にへばりつくようにして見下ろした。

「うわ、すげえ…」
「すごーい、綺麗!」

倉持と牧瀬が感嘆の声を上げる。それもそのはずで、山に囲まれた緑豊かな土地には、ここからでも見えるほど色鮮やかな花が咲き誇り、中心には大きな青い湖があって、白い建物が点々と見え、まるでおとぎ話に出てくる妖精の国のようだった。

「キャー楽しみ〜」
「…そういやここってイタリア語?」
「公用語はイタリア語、フランス語、ロマンシュ語だが、英語も多少通じると思うぞ。」
「……。」
「無駄無駄、倉持は日本語以外喋れないから。」
「う…うるせぇよこの!」

「……。」

盛り上がる俺たちをよそに、光は静かに窓の外の景色を見つめていた。自分の母親が生まれた国…。知らなかった自分のもう一つの母国…。今、どんな思いでそれを見つめているんだろう。

「綺麗なところだな。」

光にそう声をかけると、光は俺を振り向き、微笑んだ。



***



「うわっ!すごいお城!!」

飛行機から降りるなり、牧瀬が驚きの声を上げた。あまりはしゃぐなよ…、と思いつつ俺も飛行機を降り、目の前に広がる広大な景色と聳え立つ荘厳で神秘的な真っ白なお城に言葉を失った。日本にある光の実家もすげえお屋敷だったけど…その比じゃねぇな。
牧瀬は魔法の国だのエルフの国だのと興奮気味で、光臣は微笑みながらそれを見守っている。

「……。」

光は神妙な面持ちでお城を見上げていた。
風邪は柔らかくて程よく涼しい。どこからか花の香りとみずみずしい爽やかさが風に乗って肌を撫でる。なるほど、地上の楽園というのもなんとなくわかった。空気がすごく綺麗で…呼吸するだけですっきりした気分になれる。

係の人が近づいてきて、俺たちの入国許可証とパスポートを確認すると、丁重な物腰で城へ案内された。まずはこちらへ、ということらしい。多分、王様に会わなきゃならないんだろうけど…、ということを懸念していた光は、さっそくその時が訪れたからか、緊張しているように唇を舐めた。
俺は彼女の隣にそっと並び、背中を抱くように手を添えた。光は俺を見上げ、強張った顔に小さな微笑みを浮かべた。

お城の中もおとぎ話から出てきたような美しさで、まるですべてがファンタジー映画の世界だった。美しい大理石の床に、ふかふかした濃紺の絨毯。柔らかな花柄の白い壁紙が張られた壁には、薄いブルーの旗がかかっている。
この国のシンボルカラーはこの淡いブルーらしい。光によく合う…光の瞳みたいな色だ。

『国王陛下がお待ちです。』
「え?ここに入んの?」

案内人によって大きな扉の前に立たされると、一番事態を理解していない倉持がちょっと慌てたように俺たちを見た。

「国王陛下に会うんだってさ。」
「え!?ここで?俺も?」
「騒ぐなよ。」

扉が開き、広々とした謁見室が目の前に広がった。
そこにいたのは、椅子に座ったかなり年配の男…身なりを見る限り、国王陛下だろう。その隣には中年の女性と、まだ未成年の少女。

「国王陛下と、王子妃と、その娘…第一王女だ。」

光臣が小声で説明し、光の顔が強張った。このうち二人は、光とも血のつながった人間…。

『光、よく来てくれたね。』

国王が穏やかな声で光を手招きした。光は戸惑いながらも近寄って行った。

『もっと近くへ来ておくれ。』
『…こ…国王陛下…』
『そんなことはしなくていい。私の曾孫なのだから』

膝を曲げてお辞儀をしようとした光を、国王陛下が阻んだ。光はどうすればいいのか困ったように佇んだ。

『…エリによく似ている』
『…エリ…』
『エラテシア。君の母親で…私の孫だよ。』
『……。』
『エリのことはどれくらい覚えているんだい?この爺様に教えておくれ。』
『……。…お母さんは…優しくて…』
『うん』
『…とても綺麗で…』
『愛していた?』
『……。』

光はこくこく、言葉も出ずに頷いた。国王陛下は優し気に目を細め、嬉しそうに微笑んだ。

『エリはいい母親だったんだね。』
『とても…。』
『ここにも君の家族がいる。』

国王陛下は手を広げ、傍らの女性と少女を示した。

『君の叔母のアンネと、その娘…従妹のイリシアだよ。』

光は二人と微笑みを交わしてお辞儀をした。和やかな空気が部屋に広がり始めると、国王陛下は光の手に触れた。

『さあ、では、君の家族を私に紹介しておくれ。』

光は俺たちを振り返った。その顔には、安堵と喜びが浮かんでいた。

 


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