倉持が俺達の前から姿を消して早1ヶ月。
年明けに俺の実家を訪れて親父とも話をして、俺達はアメリカのマンションに帰ってきていた。

「家建てねーのかって周りによく言われたけどさ…結果的にマンション暮らしでよかったな」

キッチンに立つ光の隣へ行って野菜の皮むきを手伝いながら言うと、光は少し笑った。

「なんだかんだ、引っ越しも多かったもんね。家建てると管理が大変だし…マンションはほとんど、管理会社がやってくれるからいいよね。管理人を雇うとなると、それはそれで人を探すのも大変だし…」
「そうだな〜…」

あの大きな実家を持つ光ならではの観点…。俺は光のストーカー事件から、家を特定されてもすぐ引っ越せるように、くらいしか考えてなかった。
光は切った具材をプレートに並べて香草と調味料を振るい、オーブンに入れた。それからすぐに、様々な薬味や調味料をブレンダーに目分量で入れていき、混ぜはじめる。ソースか…。
鮮やかな手際に感心しながら野菜の端材を片付けていると、光がふと手を止めた。

「あーあ…。」

突然物憂げにそう溜息をつくものだから、何事かと驚いた。

「どしたの?急に」
「うん…」

光は口をとがらせて、出来上がったソースをソースパンに移し入れる。温めるらしい。

「王室に入ったら…もうこんなふうにご飯作れないのかなぁって…」
「……。」

その顔があまりにも悲しそうで、俺はしばらくぽかんと見つめてしまった。

「そうだなぁ〜…俺も光の手料理が食えなくなるのは寂しいなぁ」
「本当に思ってる?」
「何で疑うんだよ(笑)世界一美味いと思ってんのに」
「何か言い方が安っぽい。」
「ええ〜〜…どうしろって言うのさ。本音なのにな〜」
「ふふふ。」
「それにさ…こうやって一緒に料理する時間も、好きだし…」

つい恥ずかしい本音がぽろっとこぼれて、にわかに顔を熱くした時、光は微笑んで俺を見上げた。

「…うん。私も。」



***



【驚報】御幸光、アンクレー王室の申出を承諾

政府によると、ハリウッド女優の御幸光さんが、アンクレー王国の王族として帰化することに承諾したことが明らかになった。来年末を持って女優を引退し、正式に王族となるとの事。
夫でメジャーリーガーの御幸一也選手も光さんと共に帰化するとのことで、それと合わせて来シーズン限りでメジャーリーグを引退する。
今後夫婦に男児が生まれれば、アンクレー王国の王位継承権第1位の王子となる。なお、御幸光さんは現在妊娠していないとの事。


001:御幸光ロス

002:結婚したときより悲しい

003:引退も悲しいけど日本から居なくなるのも悲しい。もうアメリカに住んでるけど

004:完全にメディアで見れなくなっちゃうな

005:俺も移住したい

006:御幸も引退とか……

007:倉持は行かないのか?

008:>007追いかけていきそう

009:>008アンクレー王国は観光目的の渡航禁止

010:倉持もここまでか…

011:でもこれで御幸光は重婚できるようになるんだろ?

012:倉持これが最後のチャンスだぞ!!!!!!!!!!!

013:このスレ倉持好きすぎだろ

014:一途な恋は応援したいじゃん?

015:>014不倫だけどな

016:実際御幸光って倉持のことどう思ってんの?仲良くはしてるんだろ?

017:嫌いな男には完全無視らしいから、倉持は嫌いではないのかもな

018:御幸一也が前テレビかなんかでガチで嫁を取り合ったって言ってたことあるから、結構いい雰囲気ではあったのかもな

019:倉持って意外とモテるんだな

020:>019面倒見良いし、ヤンチャそうなとこがいいのかもな




「ただいまー」

ジムから帰ると、マンションに光がいなかった。あれ、と思いながら着替え、一通り部屋を見て回って、光の名前を呼んでみたり、スマホの着信を確認してみたり…やっぱりいない。連絡も来てない。
祖父や父親のことが心配だから、俺がいない間は必ず周防がいるはずなんだけど…今日も周防が来てから俺は出かけたし、光は出かけるときは必ず俺にメールを入れる。もちろん周防も同行する。
光に電話をかけて見たけど出ないから、俺は周防に電話をかけた。

『はい。周防です』

相変わらず事務的な挨拶。

「俺だけど…今光と出かけてる?」

そう尋ねながら、向こうから流れてくる音楽に聞き覚えがあるな、と思った。

『はい。今グリーンマートにいます。』
「ああ、ならいいんだけど。光が電話がつながらなかったから…、まぁいいや。わかった。」

そうか。スーパーの店内BGMだ、これ。夕食の買い物かな。

『…少々お待ちください。』

光に代わってくれるのだろうか。別に用があるわけじゃなくて、無事を確認しただけだからいいのに…と思いながら待っていると、電話の向こうで光がちょっと慌てた声がして、すぐに電話口に出た。

『もしもし。一也さん?ごめんね電話…』
「いや、どうしたのかと思っただけだから。誰かと話してた?」
『ううん、あの…。…着信拒否のままだったの』
「……。」
『ご、ごめんなさい。うっかり忘れてて』

結構ショックなんですけど…。電話する機会、確かになかったけどさ。

『ご…ごめんね?』

だけどこんなに申し訳なさそうに謝られると…ちょっと可笑しくなってくる。

「いや…気付いてくれてよかった」
『ごめん…』
「もういいって。じゃあ、気を付けてな。」
『うん。』

電話を切り、飲み物を持って来てニュースを読みながら飲んでいると、インターフォンが鳴った。
モニターを見に行くと、なんと光の祖父がSPを引き連れて立っていて、えっ、と声が出た。もうすぐ光帰ってくるけど、鉢合わせしたらまずいよな…。
子供が望めないと思い込んで光を見捨てたくせに、多分、結局帰化する話を聞いて、もしかしたらあれは嘘だったのかと見当つけたのだろうか。だとしたらやっぱりまずい。
俺はすぐに光に電話をかけた。

『もしもし?』

今度はすぐに出た。よかった…。

「光?あのさ、まだスーパーにいる?」
『今出たところだよ。マンションに向かってる。』

それはまずい…!

「ちょっと待って、まだ帰らない方が良い」
『え?』
「今お前のお祖父さんが来て…まだ応答してないけど、今来たら鉢合わせる。」
『え…。』
「適当に対応するから、どっかで時間つぶしてて。帰ったら連絡するから」
『わ、わかった…。ごめんね。』
「平気だよ。じゃあな」

電話を切り、またインターフォンが鳴って、俺は応答ボタンを押した。



***



「またお邪魔してすまないな。」

義祖父はSPをホールで待たせ、一人で部屋に上がり込んだ。

「せっかく来ていただいて悪いんですけど、ちょうど光は留守なんですよ。」
「いつ頃帰ってくるのかね?」
「ええと…実は仕事で遠方に出ていて。しばらく帰ってこないんです。」

そう言えば諦めて帰るかと思ったのに、義祖父はソファから立ち上がらずに笑みを浮かべた。

「そうか。まあいい、ちょうど良かった。」
「え?」

義祖父は俺が淹れたコーヒーを飲み、部屋に静寂が降りる。なんか、緊張するな…。そう言えばこの人と二人きりになるのって、初めてだし…。

「なぜ来たのかは見当が付いているだろう?」
「…ええ、まあ…」
「王室のことだ。君は察しが良いし、理性的な男だ。腹を割って話したほうが、理解が進むと思ってね。」
「……。」
「はっきり言うが、私は正直がっかりしたよ。」
「……。」
「子供が産めないというのは嘘だったんだね?」

やっぱりそこか…。しかし、こうもはっきり聞くかね、普通…。

「ええ。幸い、子供はまた望めると…医者からは言われました。」
「光がどうしてそんな嘘をついたのかはわかっている。だがね…」
「……。」
「私は試されるようなことは嫌いなんだよ。」

…好きか嫌いかなんて知るか。光がどういう気持ちでそんな嘘をついたか…まるで理解していないくせに。

「仮にも一国を背負う王族となる人間が、血を分けた家族と疎遠にしているなんて、あまり外聞が良くないんじゃないかね。」
「外聞?」
「下らないと思うかね?大事なのは自分たちの気持ちだけだと?権力を持つ人間は時として何かの象徴となることが求められる。ましてや一国の王族とはね、一点の曇りもあってはならないものなのだよ。その国のすべての国民の代表なのだからね。」
「つまり、どうされたいんです?」
「私の気持ちではない。君たちが困るだろうと言っているんだ。いくら王族として権力を持つと言っても、権力者ならば玉城グループとの亀裂がどれほど弊害となるかがわかるはず。今ではうちは日本とアメリカだけでなく、世界各国とのつながりがあるんだぞ。アンクレー王国の隣のイタリアとも強固な…」
「玉城グループとの亀裂?俺たちは光臣とは仲良くやってますよ。」
「……。」
「イタリアの件は光臣の手柄ですよね。全て聞いています。もともとあれは、光の母親の生家を守るために光臣がしたことですから」
「な…」
「今の玉城グループの実権を握っているのが誰なのかも、光臣と牧瀬との婚約を反対されていることも…全て聞いていますよ。腹を割って話すと仰いましたよね。いいですよ、正直に話しましょう。」
「……っ」

義祖父の顔に初めて焦りと悔しさが滲んだ。俺は済ました顔でコーヒーを飲み、光臣にでもなった気分でにやりと口角を上げた。

 


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