「お前いつまでこっちにいんの?」

家族でアメリカに旅行に来たらしい亮さんが、「お前今こっちにいるんだろ」と俺を呼び出した。待ち合わせ場所に一人で来た亮さんは、久しぶりに見ても変わっていなくて、ちょっと笑ってしまって、「人の顔見て笑うな」とチョップを食らった。

「正月は実家に帰りましたよ。」
「そりゃそうだろ。光ちゃんたちも正月は御幸の実家に行ったんだろうし」
「いや別にあいつらを追いかけてるわけじゃ…」
「じゃあなんでアメリカにいんの?しかも一人で」
「…こっちのジムの方が合ってるんすよ。それに…」
「ああ、木崎さんと会わないように?」
「いや別にそーいうんじゃ…」
「木崎さんって今どうしてるの?」
「さあ…もう荷物は引き上げたって連絡は来ましたけど」
「え、それだけ?やけにあっさりしてるね」
「……。」

そうなのだ。あんなに追いすがられたのに、数週間後突然、「引っ越しました。マンションは洋一さんの物が残っていたのでそのままにしてあります。今までありがとうございました。さようなら」と、潔いメールが届いた。そのおかげでやたら、胸が痛くなったのだけど…。

「かわいそーに。初恋だったんじゃないの〜?」
「いや…元カレはいたらしいっすよ、何人か」
「え?そうなんだ。意外」
「別に…あんだけ可愛くて性格もよければ、普通じゃないっすかね」
「ふーん…まあそうだね。じゃあやっぱ光ちゃんって特殊な存在だよねぇ」
「……。」

やたら光を引き合いに出すのはわざとなのか…わざとなんだろうな。

「…そういや家族で来てるんすよね。春市は来ないんすか?」
「うん。父さんたち置いてくるのも心配だしね。大人の話をしてくるから留守番して親孝行してろって置いてきた。」
「…お、大人の話?」
「光ちゃんってさ」
「は、はい…また光の話ですか?」
「御幸としか付き合ったことないんだよね?」
「…そう聞いてますけど」
「それってマジなの?」

それは俺も考えたことあるけど……。

「牧瀬も言ってたしマジだと思いますよ。」
「ふーん…御幸のどこがそんなにいいのかねぇ…」
「女から見たらまた違うんじゃないっすかね。あいつ、顔はいいし…光には別人かってくらい優しいし」
「へぇ、認めてるんだ…ライバルのこと」
「いやライバルっつーか…普通に…」
「お前は?」
「え?」
「少しは脈がありそうだから、そんなにあきらめが悪いんだろ?」

脈…ねぇ。別に確信してるわけじゃない、けど…。

「…連絡先、渡したんです」
「え?」
「いつでも駆けつけるから、連絡してくれって」
「……。」
「俺にできるのは、それしかねぇから…」
「…何それ。じゃあいつ連絡が来てもいいように、いつまでもアメリカでダラダラしてるわけ?」
「……。」

口に出して言われると、確かに馬鹿馬鹿しいのかもしれないと自覚して、顔が熱くなった。

「…お前…正気?」
「ひ、引きますかね…やっぱ…」
「ドン引きだよ。多分光ちゃんはもうその連絡先とっくに捨ててると思うよ。」
「………。」

そうかもしれない。だけど…

「でも…連絡、来る気がするんス。なんとなく…」
「お前さ、どうなることを望んでるの?光ちゃん、王女になるんでしょ?御幸も一緒にあの国に行くんだろ?こうなったらもう、御幸と別れることは絶対にないと思うよ。」
「…はい。」
「はいって何?じゃあもし、お前を2番目の旦那にするって言われたらお前それで嬉しいわけ?」

あり得ないと思うけど、と付け足して亮さんは怒ったような口調で言う。

「これ言ったら多分誰も理解できねーと思うすんけど…」
「何?」
「俺…それでも嬉しいって思うと思います。2番目でもいいんです。正直、光が一番辛い時…他に味方がいなかったとき、一番近くにいたのは御幸だし…そこはもうひっくり返せない。俺はこれからできることをやるだけです。御幸の次でもいい。光が傍にいてくれんなら…」

亮さんの呆れたようなため息が響いた。




***




亮さんと別れ、ホテルに向かって歩いていると、向こうの方にいた男がふと俺を見て、顔を背け、また俺を振り返って目を丸くした。な…なんだ?知り合いだっけ?そういや、どっかで見覚えがある顔…。…誰だっけ?
そう考えているうちに、男が俺の前に駆け寄ってきた。…やっぱ知り合い?やべー、名前思い出せん。

「倉持洋一!倉持洋一だろ?」
「……はぁ、そっすけど」

いや違う、俺を知ってる野球ファンかな…?うーんでも、何となくどっかで見た気がするんだよなぁ…わりと最近。
きょとんとしている俺を見て、自分が忘れられているらしいと悟った笑顔で、男は言った。

「光の父親だけど。」
「へ…。……あッ!!」

そ、そうだ!!この間、光臣の屋敷で会った…なんとなく嫌な雰囲気の、光の父親!
そういや今思うと結婚式にも来てなくて、叔母?がバージンロードを歩いてたし…何か訳ありなのか?

「お、俺の事知ってるんスね…」
「娘のニュースはそれなりにチェックしてるんでね。」
「……。」

…て、ことは…俺がずっと無謀な片想いをしてる事を知ってんのか…。き、気まずっ…。

「今ひとり?」
「え…、まぁ…ハイ」
「何か予定あんの?」
「……。」

何か馴れ馴れしい奴だな…光とは似ても似つかない。顔も…二枚目だけど、光とはちょっと違う感じだなぁ…光は母親似らしいしな。

「ないならちょっと話さないか?」
「えっ?」

なんで?

「君も野球選手なんだって?話聞かせてくれよ。」
「あ…野球好きなんすか?」
「いや、よく知らないけど」

知らねーのかよ!よくわかんねぇ…何が狙いだ?
訝しみつつも、光の父親をむげにできるわけもなく、肩を組まれて近くの飲食店に連れ込まれたのだった。



***



「君…うちの娘が好きなんだろ?」
「……。」

コーヒーが運ばれてきて開口一番、光の父親は爆弾を投下した。

「10年くらいずっと片想いしてるんだってな。」
「…そ、それは…。」
「嬉しいね。自分の娘がこんなに大事に想われてるなんて」
「……。」
「あいつのそういうところは母親譲りだな。」
「…あぁ…すげえ母親そっくりだって…」
「ああ。顔も最近ますます似てきたけどな。男を何人も虜にして離さないところなんか、恐ろしいくらいそっくりだな。」
「え…?」
「いや…娘の方がその気が強いかもしれない。妻の…エリも、結婚してしばらくはいろんな奴に付きまとわれた。あいつもそうだろ?」
「……。」

高校生の頃のストーカー事件…共演俳優からの恐喝…他にもたくさん。俺は今までの事を走馬灯のように思い出した。

「血のせいか…男を狂わせるホルモンでも出てるのかもな。」
「……。」
「光が生まれてすぐにわかった。あいつは特別な子だって」
「……。」

親バカじゃないぞ、と光の父親はにやりと笑う。

「親父もすぐに気づいた。光は使い物になるってな。あいつは勝手に、自分の私腹を肥やすために、資産家の家に光を嫁がせる約束をした。光が10歳の時だ。」
「えっ…?」
「それまでも、色んな嫁ぎ先の候補があった。でも結局親父は、自分が一番得をする取引をしようとした。そんなの我慢ならないだろ?俺の娘なのに。」
「……。」
「だから俺は別の所に話をつけた。光が16歳になったら嫁にやるって、アメリカの企業家に。写真を見て一目で気に入っていたしな。俺は昔から親父とそりが合わなくてね。資産は弟が引き継ぐことになっていた。なのに光まで親父に言いように奪われて堪るかと思ってね。妻と娘を守るために、仕事も必要だった。光を嫁にやることで、俺達は親父にも劣らない資産を手にするはずだった。」
「……。」

何…言ってんだ?このクソジジイ…
光を道具としてしか見てねーじゃねえか…

「なのに…!」

光の父親は急に怒りをにじませた。

「エリが暴走した。光を失うくらいなら、光を殺して自分も死ぬと言ってね。光を刺して自分も自殺を図った。結局、死んだのはエリだけだったけどな。」
「……。」

そ……それって……。
もしかして、あの…光の傷の事か…?
母親に刺された傷?嘘だろ……光、そんなことが……
絶対に言いたくない、見られたくない、と泣いていた光。その傷を晒すことになっても、原因だけは堅く口を閉じて話さなかった。それがどれだけ、光の心の深い傷となったか…。まさか、実の親に殺されかけた傷だなんて…!

「でもそのせいで婚約の話は流れた。傷のある女はいらないと言われてな。光が使い物にならなくなったときはガッカリした…プライドを捨ててなんとか弟に頼み込んで、光臣と結婚させることで、俺の一応の資産は守れたと思ったけど…光臣も初めは、光を気に入らなくてな。あの傷は本当に災難だった…光もそれは隠したいらしいな。周りには交通事故だと言ってるんだろ?」
「……。」
「傷の原因を聞いたのは初めてだったか?でも、見たことあるんだろ?あのグラビア写真集で。」

ニヤニヤ笑っている男の顔を眺めながら、頭がだんだん真っ白になっていく感覚がした。なんだこれ……怒り?本当に目の前が真っ白になっていく。やべぇぞ、今このまま意識を放棄したら、俺、何するかわからねえ……

「せっかくいい体に育ったのに…あの傷のせいで台無しだ。あれさえなければ、他の富豪に嫁がせる手もあったのに…」

ぶつぶつと愚痴をごちる男に、いつ顔面をブチ殴ってやろうか、隙を窺っている自分に気づいてこっそりと深呼吸をした。さすがにそんなことをしたらまずい。だけど…クソ腹立つ…。

「まあ、光自身がこれだけ出世するとは嬉しい誤算だったけどな。旦那もメジャーリーガーだし…それなのに生活に困っている実の父親に何の援助もないのは親不孝だと思わないか?俺が家を失ったのだって、光がの傷が原因なのに。」
「……。」
「だけどアンクレー王国の王族とはな。やっぱりあいつは特別だった。俺への贈り物だよ。あいつが王女になれば、その実の父親を路頭に迷わせておくわけにはいかないだろ?王国からは何らかの援助があると思っていいだろう。」
「……。」
「だけど親父と光臣の手が届く場所での生活は厳しい。だから俺もあっちで生活したいんだよ。なのに光と連絡がとれないんだ。この辺りの町に住んでる事はわかってる。君、家に泊まるほどの仲なんだろ?マンションの場所わかるよな?」

案内してくれよ、と身を乗り出してくる男に、俺は怒りをこらえて立ち上がった。

「お、今から行くか?ちょっと待ってくれ、まだコーヒーが…」
「バカかテメェは!!案内するわけねェだろーが!!!」

殴るのを我慢した代わりに怒りが怒声に爆発してしまい、店の中の視線が一気に注目した。だけどそれも構わずに、ぽかんとする男を怒鳴りつけた。

「お前みてェなクソを光に近づけるかよ!!二度と顔見せんな!!光に!!」

乱暴に椅子を退かして踵を返し、俺は店を出た。

 


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