298
朝食の最中、見慣れない番号から電話がかかってきた。
「…はい。」
『あ…倉持だけど。周防護?』
倉持?倉持洋一?
『光臣から番号聞いたんだけど…』
その言葉を聞いて腑に落ちたが、何の用なのかはさっぱり見当がつかない。
「俺に何か御用ですか?」
『ああ。伝えておいた方が良いと思って』
「何でしょうか」
『昨日俺…偶然光の父親に会ったんだ』
父親…あの、少し問題のありそうな。
光さんは、会うのを避けているようだし、ご主人からは父親や祖父に会いに来られても光さんとは会わせないように言われている。
『町で偶然、呼び止められてさ。御幸達のマンションがある隣町の…駅前のあたりで。光を探してた。マンションまで案内しろって言われたから、御幸達に気をつけろって伝えてくれ。』
「…それで俺に連絡を?」
倉持洋一は御幸一也とも光さんとも懇意にしている。俺を通さずとも、御幸一也に直接言えばいいのに。
『…今ちょっと…あいつらと訳ありで』
「……。」
光さん関係でこじれているのだろうか。倉持洋一の横恋慕は有名だ。
「…承知しました」
『頼んだぜ。じゃあ』
用件だけ言って、倉持洋一は電話を切った。
……まだアメリカに滞在してるのか…。
***
「おはようございます。」
「おはよう。」
光さんをマンションまで迎えに行くと、ご主人の御幸一也も玄関まで見送りに来た。これは大体いつもだ。
「気をつけろよー。」
「うん。行ってきます」
「その前に、よろしいですか。」
俺が口を挟むと、二人は意外そうに目を丸めて俺を振り返った。
「今朝、倉持さんから俺に電話が来て…昨日、隣町で光さんの御父上に会ったと。」
「…え!?」
御主人が驚き、光さんも息をのんで目を丸くした。
「…なんで周防の所に電話したの?あいつ」
「今はお二人と訳ありだと」
「……。」
本当に何かがあったらしい。ふたりは意味深に視線を交わした。
「光さんを探しておられて、マンションの場所を聞かれたので、気を付けるようにと仰っていました。」
「…そうか、わかった。」
ありがとう、とご主人は言って、心配そうに光さんを見た。
「今日はSPも下に待たせています。」
しかし俺がそう言うと、ご主人は少し安堵したように笑って、「さすが」と呟いた。
「じゃ…気を付けてな。本当に」
「うん。トレーニングのあとは、すぐ帰るから」
ふたりは先ほどよりも心をこめてそう言葉を交わし、腕に触れあって、別れた。
***
「…光!」
トレーニング終了後。稽古場から出てすぐ前に停めていた車へ向かっていた瞬間、道の向こうから駆け寄ってくる男がいた。
「すぐに乗ってください。」
「う、うん」
それが光さんの実父だとすぐに気づき、俺はまず光さんを車に乗せ、SPが助手席に、俺が運転席へ乗り込む。
「出して、すぐ」
「はい。」
「光!おい!ちょっと待てって!」
すぐさまエンジンをかけ、車の前に飛び出しかねない勢いで駆け寄ってくる男を避けて発進した。
「……。」
光さんは窓の外を見つめ、何度も後ろを振り返る。男は路上駐車をしていたタクシーに乗り込み、おそらくこの車を追うように運転手に告げた。タクシーが後を追ってきて、光さんは、うそ、と愕然と呟いた。
「周防君…」
「大丈夫です。タクシーですから、見失えば追跡も諦めるでしょう」
短く答えて黄色信号に滑り込む。撒いたかと思えば、タクシーも同じく滑り込んできた。
父親がここまで光さんを追う理由が何なのか、俺は知らないし聞くつもりもない。
住宅街の迷路のような道に入り込み、運転しながら、ルームミラー越しに後ろを見る。なかなかしつこい。
「光さん、ご主人に迎えを頼めますか」
「え?」
「車を乗り換えて撒くんです。俺が囮になりますから」
「だめ、一也さん、今頃練習中だから」
連絡がつかないか。それなら…
「光臣は?」
「光臣達は今イタリアにいる。」
倉持さんは、と名前を出しそうになって、思いとどまった。呼ぶわけないか…こんな時に。
「俺が降りて捕まえましょうか?」
しつこいファンだと思ったのか、助手席のSPがそう申し出た。
「いや。手を出すのはまずい」
「どうしてです?」
「父親だから」
SPは息をのんで口を閉ざした。近親者なら確かに、警察沙汰にしてもうやむやにされてしまう可能性があるし、むしろこちらから手を出したことを責められかねない。
「…どうする?」
「…大丈夫です。なんとか撒きます」
ルームミラー越しに不安そうな顔の光さんを見て、俺はアクセルを踏み込んだ。
***
「ただいま…」
夕方ご主人が帰宅し、リビングにいた光さんと俺を見て気が付いたように神妙な顔になった。
「何かあったの?」
「今日、光さんの御父上に追われました。」
「え…」
光さんの無事を確認するように彼女を見て、御幸一也は事情を尋ねるようにまた俺を見た。
「1時間ほど車をタクシーでつけられました。なんとか撒いて、マンションの場所はばれていないはずですが」
「…そうか」
「念のため、明日からは別の車で送迎します。」
ありがとう、と不安の拭いきれない様子で御幸一也は呟いた。
「…はい。」
『あ…倉持だけど。周防護?』
倉持?倉持洋一?
『光臣から番号聞いたんだけど…』
その言葉を聞いて腑に落ちたが、何の用なのかはさっぱり見当がつかない。
「俺に何か御用ですか?」
『ああ。伝えておいた方が良いと思って』
「何でしょうか」
『昨日俺…偶然光の父親に会ったんだ』
父親…あの、少し問題のありそうな。
光さんは、会うのを避けているようだし、ご主人からは父親や祖父に会いに来られても光さんとは会わせないように言われている。
『町で偶然、呼び止められてさ。御幸達のマンションがある隣町の…駅前のあたりで。光を探してた。マンションまで案内しろって言われたから、御幸達に気をつけろって伝えてくれ。』
「…それで俺に連絡を?」
倉持洋一は御幸一也とも光さんとも懇意にしている。俺を通さずとも、御幸一也に直接言えばいいのに。
『…今ちょっと…あいつらと訳ありで』
「……。」
光さん関係でこじれているのだろうか。倉持洋一の横恋慕は有名だ。
「…承知しました」
『頼んだぜ。じゃあ』
用件だけ言って、倉持洋一は電話を切った。
……まだアメリカに滞在してるのか…。
***
「おはようございます。」
「おはよう。」
光さんをマンションまで迎えに行くと、ご主人の御幸一也も玄関まで見送りに来た。これは大体いつもだ。
「気をつけろよー。」
「うん。行ってきます」
「その前に、よろしいですか。」
俺が口を挟むと、二人は意外そうに目を丸めて俺を振り返った。
「今朝、倉持さんから俺に電話が来て…昨日、隣町で光さんの御父上に会ったと。」
「…え!?」
御主人が驚き、光さんも息をのんで目を丸くした。
「…なんで周防の所に電話したの?あいつ」
「今はお二人と訳ありだと」
「……。」
本当に何かがあったらしい。ふたりは意味深に視線を交わした。
「光さんを探しておられて、マンションの場所を聞かれたので、気を付けるようにと仰っていました。」
「…そうか、わかった。」
ありがとう、とご主人は言って、心配そうに光さんを見た。
「今日はSPも下に待たせています。」
しかし俺がそう言うと、ご主人は少し安堵したように笑って、「さすが」と呟いた。
「じゃ…気を付けてな。本当に」
「うん。トレーニングのあとは、すぐ帰るから」
ふたりは先ほどよりも心をこめてそう言葉を交わし、腕に触れあって、別れた。
***
「…光!」
トレーニング終了後。稽古場から出てすぐ前に停めていた車へ向かっていた瞬間、道の向こうから駆け寄ってくる男がいた。
「すぐに乗ってください。」
「う、うん」
それが光さんの実父だとすぐに気づき、俺はまず光さんを車に乗せ、SPが助手席に、俺が運転席へ乗り込む。
「出して、すぐ」
「はい。」
「光!おい!ちょっと待てって!」
すぐさまエンジンをかけ、車の前に飛び出しかねない勢いで駆け寄ってくる男を避けて発進した。
「……。」
光さんは窓の外を見つめ、何度も後ろを振り返る。男は路上駐車をしていたタクシーに乗り込み、おそらくこの車を追うように運転手に告げた。タクシーが後を追ってきて、光さんは、うそ、と愕然と呟いた。
「周防君…」
「大丈夫です。タクシーですから、見失えば追跡も諦めるでしょう」
短く答えて黄色信号に滑り込む。撒いたかと思えば、タクシーも同じく滑り込んできた。
父親がここまで光さんを追う理由が何なのか、俺は知らないし聞くつもりもない。
住宅街の迷路のような道に入り込み、運転しながら、ルームミラー越しに後ろを見る。なかなかしつこい。
「光さん、ご主人に迎えを頼めますか」
「え?」
「車を乗り換えて撒くんです。俺が囮になりますから」
「だめ、一也さん、今頃練習中だから」
連絡がつかないか。それなら…
「光臣は?」
「光臣達は今イタリアにいる。」
倉持さんは、と名前を出しそうになって、思いとどまった。呼ぶわけないか…こんな時に。
「俺が降りて捕まえましょうか?」
しつこいファンだと思ったのか、助手席のSPがそう申し出た。
「いや。手を出すのはまずい」
「どうしてです?」
「父親だから」
SPは息をのんで口を閉ざした。近親者なら確かに、警察沙汰にしてもうやむやにされてしまう可能性があるし、むしろこちらから手を出したことを責められかねない。
「…どうする?」
「…大丈夫です。なんとか撒きます」
ルームミラー越しに不安そうな顔の光さんを見て、俺はアクセルを踏み込んだ。
***
「ただいま…」
夕方ご主人が帰宅し、リビングにいた光さんと俺を見て気が付いたように神妙な顔になった。
「何かあったの?」
「今日、光さんの御父上に追われました。」
「え…」
光さんの無事を確認するように彼女を見て、御幸一也は事情を尋ねるようにまた俺を見た。
「1時間ほど車をタクシーでつけられました。なんとか撒いて、マンションの場所はばれていないはずですが」
「…そうか」
「念のため、明日からは別の車で送迎します。」
ありがとう、と不安の拭いきれない様子で御幸一也は呟いた。