乗り換えの駅に着くと、人々はどっと電車から流れ出た。大型駅だからだろう。俺たちははぐれないように腕を組んでホームの階段を上がり、少し人混みが薄れたところで腕を離した。

「えぇーーーっ!!一也が女連れてる!!!」

そんなとき、騒がしい大声が響いたのだった。逃げたくなりながら振り返り、後悔する。

「うわっ!!しかも超可愛い子じゃん!!一也のくせに生意気!!」
「声でけーよ…」

そこにいたのは稲実の成宮、神谷、白川。よくもまあぞろぞろと…。

「まさか彼女!?」
「先越されちゃったな、鳴。」
「ハァ!?俺はあえて作ってないだけだし!!」
「試合前にデートなんて…自覚が足りないんじゃない?」

う…うるせえな〜…面倒臭い奴らに会っちまった。
立ち去るタイミングをうかがっていると、あの…、と光が俺のコートを引っ張る。

「お友達ですか?」
「いや友達っつーか…シニアの時からの知り合い」
「へぇ…先輩にお友達がいたなんて」

おい。なんか引っかかる言い方だな…
早速鳴は噴出してるし…。

「はじめまして。」

光が挨拶すると、3人…特に鳴が興味津々に身を乗り出してきた。

「初めまして!俺成宮鳴!知ってるでしょ?稲実のエース!」
「はあ」
「ねえそっちは?名前なんていうの?」
「玉城光です」
「光ちゃんか〜。すっげえ美人だね!何年?」
「2年ですけど…」
「1個下なの?最高!ねえ一也なんてやめてさぁ、俺に乗り換えない?」

「おい」

さらりと俺の前でナンパする鳴を小突き、光を救助する。

「変な事吹き込むなよ。わりーけど俺ら急いでるから。じゃあな」
「ハァー!?なにそれ!俺よりその子の方が大事なんだ!!?」
「何言ってんだお前」
「ひっでー!俺との事は遊びだったんだ!!」
「はぁ…?」

相変わらずの傍若無人っぷりに辟易するが、神谷も白川もどこ吹く風。こいつら慣れてやがる…。完全に他人事だ。

「鳴さーん!!」

と、そこへ救いの手がやってきた。
息を切らして走ってきたのは、確か稲実2年の捕手、多田野樹。

「場所わかりましたよ!南口から出るのが一番近いみたいです!こっちです!」
「あぁもー樹!タイミング悪すぎ!いいとこだったのに!」
「は…!?」

言い争っているうちに、俺は光の肩を押す。

「じゃあな〜」
「あっ!一也が逃げた!!」
「ほらほら俺らももう行こうぜ。腹減ったし」
「樹、どこ?」
「こ…こっちです!」

仲間たちに連行されていく鳴を尻目に俺たちは駅の奥へと進む。

「あの人…」
「ん?」

乗り換えのホームに着き、電車を待っていると、光が口を開いた。

「一也先輩の元カレなんですか?」
「…は!!?」

何を言い出すんだ…って、さっきの鳴の変な冗談のことか。

「なんちゃって。えへへ」

…そんな冗談を言って悪戯っぽく笑う光は珍しくて、可愛くて、突っ込みを入れる気にもなれない。つられて笑っているうちに、電車がホームに滑り込んできたのだった。


***


正月ぶりの実家。親父はまだ帰ってきてないみたいだ。
ポストから鍵をとってきて玄関を開ける。

「どーぞ。狭いけど」
「お邪魔します…。」

遠慮がちに玄関に入る光を、ひとまず居間に案内する。

「親父、帰るの5時頃になるって言ってたから…まだ時間あるな」
「あ、手伝います」
「いいから座ってろよ。客なんだから」

お湯を沸かし始めると光が駆け寄ってきたが、俺はそれを制して椅子に座らせる。
肩を竦めて居間の椅子に座っている光を横目で見ながら、俺は茶葉を探した。光が俺の家にいる。なんか変な感じだ。
これから親父が帰ってきたら、どんな反応するか…。くそ、緊張する。

「はい」

光の前にお茶を置く。

「あ…すみません。いただきます。」

光は礼儀正しく一礼する。俺しかいないんだから、そんなに固くならなくていいのに。なんだかおかしくて、少し笑えてくる。
俺も自分の茶碗を持って来て、一緒に居間に座った。光は遠慮がちに部屋の中を見つめている。

「ボロいだろ?」

少なくともあんな豪邸に住んでいる光にとってはそう見えるはずだ。光は、いえ…、と小さく呟いたきり、どこかを見つめていた。その視線を追って、気が付いた。そこには母親の遺影があった。

「…お母さんですか?」
「うん」

母親が亡くなったことは話していなかった。だが、あれを見れば嫌でも気づくだろう。光はしばらく黙っていたが、やがて、意を決したように俺を見た。

「あの…お線香をあげてもいいですか?」
「え…ああ、もちろん、いいけど…」

意外な申出に驚きながら、2人で遺影の前に立つ。まず光が線香をあげ、手を合わせた。…随分長い。声をかけようか迷い始めた時、光はやっと顔を上げた。

「ありがとうございます。」

それはこっちのセリフなんだけど…。
なんとなく落ち着かない気持ちになりながら、俺も線香に火をうつす。

「綺麗な方ですね。」

そうしみじみと呟く光の綺麗な横顔を、俺は手を合わせながら、こっそりと見つめた。
そのとき、玄関が開く音がした。親父が帰ってきたんだ。

「ただいま…」

玄関の、おれの物にしては小さなローファーを見たのだろう。どこか周りを窺うようにして居間に入ってきた親父は、光を見て立ち止まった。…固まってる。

「お、お邪魔してます。」

光は慌てて頭を下げた。俺も緊張をはぐらかすように笑みをつくる。

「えっと…昨日言ってた…彼女。」
「は…初めまして。玉城光です。…あっ、これ、よかったら…。」

おずおずと手土産を差し出され、親父はあっけにとられながらそれを受け取る。

「ど…どうもご丁寧に。…一也の父です。」

そう会釈すると、ぽかんとした顔のまま俺を見た。なんだか気恥ずかしい。

「…えらい美人だな。」
「…親父。」

感想がそれかよ。しかし光の緊張はいくらかほぐれた様子で、少し笑みをこぼしている。

「それより、書類。サイン欲しいんだけど。」
「あ…あぁ、そうだったな。」

約束通り書類に目を通してもらい、サインをもらう。よし。やっと肩の荷が下りた。

「…一也、光ちゃんを連れてくるんだったら、前もって言ってくれれば」
「しょうがないだろ、急に誘ったんだよ」
「それにしたって…俺は今日はまたすぐに戻らないといけないし、ちゃんと話もできないだろ」
「いいって、そんなの。そんな畏まった感じじゃないから、ほんと。」
「お前なぁ…」

親父はブツブツ言いながら、本当に忙しいようで、いくつか荷物を取ると急いで家を出て行った。

「大したお構いもできなくて、ごめんね。ゆっくりしていってね」
「いえ、こちらこそ突然お邪魔して、すみませんでした。」
「いやいや、光ちゃんさえよければ、またいつでも来てください」
「はい、ぜひ…」

…なんかこっぱずかしい。こういうの苦手なんだよな、俺…。

「あ、それから、一也。」
「?」

親父は急に声をひそめ、俺に近づく。

「…暗くなる前に、家まで送るんだぞ。」
「わ、わかってるよ」

変な含みもたせやがって…!

去っていく親父が見えなくなると、光と共に家の中へ戻る。そしてお茶を飲みながら談笑した。…すげえ健全。
そりゃ、そういうことしたいのはやまやまだけど、親父の言う通り暗くなる前には光を家へ届けなければならないし、親父にくぎを刺された手前、手を出しづらい…。

「7時頃になったら出るか。」

名残惜しいが、そう切り出す。

「はい。」

と、光も寂しげに頷いた。
その時、俺の携帯が鳴った。画面には沢村の文字。珍しいな…

「沢村だ。わり、ちょっと出るわ」

そうつぶやいて通話ボタンを押すと、光も興味を示して俺を見守る。

「もしもし?」
『あ、御幸か?』

しかしその返ってきた声は、沢村ではなかった。

「倉持?なんで沢村の携帯…」
『ちょっと借りててよ。それよりお前、帰り大丈夫か?』
「え?」
『台風が来てるだろ』

俺は立ち上がり、窓に駆け寄る。外は今にも降り出しそうな黒雲が広がり、湿った空気が窓越しに伝わってきた。

「あー…降りそう」
『こっちはもう降り始めてるぜ。今夜通過するってよ。電車も止まるみてーだけど…お前今どこ?』
「え…マジで?」

まずい。それはまずい。俺はこっそりと光を振り返る。

「俺まだ実家で…」
『ヒャハハ、じゃあ今日は帰れねーな。監督には言っとくわ』
「…ああ、さんきゅ」
『なんだよ、もっと喜ぶかと思ったぜ』

そう暢気でいられるかよ…。

「いや…まぁ、とりあえずそっちは頼むわ。明日の朝戻るから」
『おう。じゃあ』

携帯を閉じ、光を振り返る。光はきょとんとしている。

「…倉持からだった。」
「どうかしたんですか?」

純粋な視線が返ってくる。俺は邪な思いがぬぐえないというのに。

「…台風が来てるって。電車も止まるから…今日は帰れない。」

光は動かない。

「…どうする?」

雨が降り出した。風も唸り声をあげ、窓を激しく揺らす。遠くで雷も聞こえる。本格的になってきたみたいだ。
どうするもなにも、この家で一晩、台風が過ぎるまで過ごすしかない。握りしめている携帯が、いやに熱く感じた。

 


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