『誰?』

倉持に俺の女装写真を送ったら、そうメールが返ってきた。

『誰だと思う?』

そう返事を返して丸一日。あー、これは鬱陶しいから無視しよう、なーんて思ってんだろうなアイツ…。
そう思って、俺は電話をかけてみた。数回のコールのあと、久しぶりに聞く面倒臭そうな倉持の声が聞こえてきた。

『何?』

鬱陶しさを隠そうともしない無愛想な声。

「写真、どう思った?」
『あ?…それでわざわざ電話してきたのかよ。暇人…』
「いいからなんか感想言ってよ。」
『知らねーよ…つか誰だよアレ。モデルか何か?』
「モデル!?!?いや〜照れるなぁ〜」
『は?何言って…、……え……ま、まさか……』
「アレ、お・れ♪」
『…嘘だろ!!?』
「はっはっは!光に化粧したいって言われてさ…、」
『……。』

光の名前が出ると、電話の向こうで倉持が口をつぐんだのがわかった。あの日、どういう気持ちで俺たちの前を去ったのか…。本当にあれ以来、ぱったりと連絡が無くなったし。

「最近音沙汰ねーけど、生きてたか?」
『んだソレ…。』
「だって毎日のようにうちに入り浸ってた奴が急に連絡も来なくなるとさ、普通心配じゃん?」
『…バカかテメー。俺は…』

少し間をおいて、倉持は言った。

『…知ってんだろ。俺はお前らが望むような関係のままでは一緒にいられねー。』
「……。」

友達として…光にとっては、夫の友達として。
倉持は光の事がずっと好きだし、そういう関係としての見返りも求めている。

「…今もアメリカにいるんだろ?」

先週倉持から周防に連絡がきたときは驚いた。

『ああ。でもただ休暇を過ごしてるだけだ。こっちにはリハビリで世話んなったトレーナーもいるし…』
「あぁ…」
『来週には日本に戻る。練習も始まるし』
「……。」

なんだろう…この張り合いがないと言うか、物足りない感じ…。

「…そう」
『じゃあ、出かけるから』

その言葉を最後に、電話は素っ気なく切れた。…いやいや…張り合いがないとか何考えてんだ俺。これでいいんだって。やっと光に手を出さなくなって安心じゃねーか。なんで電話なんかしてんだろ…
小さくため息をついて、俺はスマホをポケットに突っ込んだ。



***



「お疲れ。」
「ただいま。」

夕食を用意して待っていると、光は帰ってきて、笑顔で俺に抱き着いた。長かった映画の撮影が無事終わり、引退に向けて一番大きな仕事が一つ片付いて、ほっとしている様子だ。これから試写会やらプレミアでまた忙しくなるけど、女優としての演技の仕事はこれが最後になる。あとはショーの出演やモデルとしての撮影が主な仕事だ。

「美味しそう」

光は着替えて来て嬉しそうに食卓に着く。
料理を前に光は目を擦って瞬きをして、ふう、と小さく息を吐いた。

「疲れた?」
「うん、ちょっと…。」

目がかすむらしい。今日は早く寝よう、と声をかけて、夕食を食べた。
二人でいつもの夜を過ごした。
穏やかな日常を…。



***



朝、俺はいつものように目が覚めた。
隣には光がまだすやすやと寝息を立てている。今日は仕事何時からって言ったっけな…。
眼鏡をかけて時計を確認し、朝の7時だと知る。そろそろ起きるか。俺が身を起こすと、隣の光も身じろぎをした。

「おはよ。」
「おはよ……。」

光は目を擦り、瞼を開けて……

「あれ?」

当たりをきょろきょろと伺いだした。

「どした?」
「え?まだ夜…」
「え?」

何言ってるんだ?こんなに朝陽がさんさんと差し込んでいるのに……。そう考えながら、目を凝らすように細める光を見て、じわじわと嫌な、じっとりとした恐怖が湧き始めた。

「光……まさか、」

光もだんだんとそれを察したように、呆然と、青白くなっていく。

「え……?」

ぽすん、と光の手が探るように布団を叩き、何かを探す。その手を握ると、光は俺の手を確かめるように握り返した。

「今…まだ夜でしょ…?」
「……。」
「だって……真っ暗……」

俺は言葉が出てこずに、小さく頭を振った。光の目は手元を見ているけど、焦点は合っていない。

「違う…、朝だよ…今、朝だ」
「う、うそ」
「…光、まさか……目が…見えないのか?」
「……。」

光は愕然として言葉を失った。焦点の合っていない目が泳いで、俺を探すようにさ迷う。

「な…なんで…?」

目に涙をにじませる光。当たり前だ、突然目が見えなくなるなんて…

「光、待ってて。医者に電話する」
「えっ…」

光の手を強く握ってから離し、俺はスマホを取りにベッドから飛び出た。

「一也さん…」

心細そうに周りを見渡す光に後ろ髪惹かれながら、総合病院の連絡先を調べて電話をした。すぐに連れてくるよう言われ、俺は寝室に踵を返す。

「光、病院行こう。」
「う…うん…」

着替えを手伝い、光の肩を抱いて部屋を出た。車に光を載せ、俺は病院へと急いだ。



***



コンコン、とドアがノックされた。どうぞ、と返事をすると、神妙な面持ちの周防がぺこりと頭を下げて入ってきた。
病院に着いて光が検査を受けている間、周防から電話が来て、どこにいるのかと聞かれ、仕事のことをすっかり忘れていたことを思いだした。つっかえながら事情を説明すると、すぐに行きます、と返事があった。

「……。」

周防は俺を見て、ベッドに座っている光を見つめた。

「誰…?」

ドアの音と、俺が誰かを招き入れたことを音で知ったのだろう、光がどこでもない場所を見つめながらそう言うと、周防は小さく口を開けたまま立ち尽くしたけど、すぐに意を決したように光の傍へ歩み寄った。

「周防です。…おはようございます。」
「周防君…。」

声で確信したように、光は繰り返す。

「検査の結果は…?」

周防が光を見、俺を振り返った。俺は苦々しく答えた。

「…原因は不明だって…今日このあと、もっと詳しく検査ができる病院に移る…。」
「…そうですか。」

周防は頷いて、また光を見た。

「…全く見えないのですか?」
「……。」

光は涙ぐんで頷いた。

「…真っ暗…。」
「……。」

周防の顔に愕然とした絶望が滲んだ。

「…仕事のことは気にしないで、治療に専念してください。」
「…ごめんなさい…。」
「光さんに非はありません。」

周防は気遣うように言い、俺と光を見た。

「すみません、少し電話をしてきます。」
「ああ、うん…」

仕事の調整だろう。周防は忙しそうにスマホを取り出しながら病室を出て行った。
その横顔に珍しく動揺が滲んでいるのを、俺はどこか気が遠くなるような気持で見送った。



***



【悲報】御幸光、光を失う

女優業を引退しアンクレー王女としてアンクレー王国への気化を1年後に控えた御幸光が、視力を失ったことがわかった。原因は不明だが心因性のものである可能性があり、現在は仕事を控えアメリカの自宅で休養している。
また、過去には御幸光の叔父にあたるアンクレー王国の王子が原因不明の病で亡くなっているが、初期症状として今回と全く同じく、ある日突然視力を失っていたという。
アンクレー王国はこのことについて、「治療に向けて全面的に協力していく」としている。

001:何と言ったらいいのかわからない…

002:まさかこんなことになるなんて

003:幸せの絶頂だったのに、本当に波乱万丈だな

004:まさか同じ病気?遺伝?

005:美人薄命とはこのこと

006:>005 さすがに不謹慎

007:>005 お前みたいなのが先に死ねばいいのにな

008:>005 死んでねーから

009:この子には長生きしてほしいのに

010:御幸一也も辛いだろうな

011:>010 光と別れた時モロ調子に影響してたもんな

012:こんな運命ってある?酷すぎる

013:さすがに今回は茶化す気にもなれない

014:ある日突然目が見えなくなるってこえーな

015:アンクレー王国のこと調べてたらこんなの出てきたんだけど【世界の人魚伝説・アンクレー王国の人魚が失うのは声ではなく“光”『地上に憧れて水面の光を目指した人魚が出会った人間を愛し、その恋がかなわず目が見えなくなってしまった話』】

016:>015 ちょっとぞっとした

017:>015 不謹慎だけど今回の件を彷彿とさせるな

018:御幸光の恋は叶ってるけど

019:>018 倉持洋一は?

020:ここで倉持ネタはやめろよ

021:でもこういうおとぎ話は実話を基にしてることがあるからな、あの国に多い病気なのかもしれん





病院を移って検査をしても、光の目が突然見えなくなった原因はわからなかった。
1週間の入院中、あらゆる検査をしたけど…結局今日、本人の希望もあって、退院することにした。

「ここ段差」
「うん…」

俺に掴まり、おそるおそる進む光。周防は後ろからハラハラと見守るようについてくる。

「こっち、座って。ソファだから」
「うん…」

手で後ろを探り、光はふらついてソファに座った。支えられていた俺の腕から手を離し、沈痛に表情を暗くする。

「ごめんね…」

迷惑をかけることを光はすごく気にする。迷惑だなんて俺はちっとも思っていないのに。
だけど…どうしてこんなことに…。なんで光がこんな目に…。

「そうやって気にしすぎるのが良くないんだぞ。大丈夫だよ、俺がいるだろ…」
「……。」

両手を握って光を見つめるけど、今にも溢れそうな海のような目は俺を捉えない。
心因性である可能性が高い…と医者には言われた。だけど最近は、普通に明るく過ごしていたのに。仕事もひと段落ついて…祖父や父の心配事はあったけど、問題はなかった…。
何が光をそんなに苦しめていたんだ?視力を失うほどの何が…。

「…周防。あとは大丈夫だよ。ありがとな」
「…はい。」

病院からここまで車を出して付き添ってくれた周防に礼を言うと、周防は心配そうに光を見た。

「光さん…お大事に」
「…うん」

それから周防は俺を見た。

「また、様子を見に伺います」
「ああ。ありがとう」

ぺこり、と礼儀正しい会釈をして、周防は帰って行った。

「……。」

光はする事もなくぼうっとソファに座っている。普段は、余暇を過ごすときには、雑誌や小説を呼んだり…テレビを見たり…料理をしたりしていたっけ。だけどそのどれも、目が見えない今はできないことだ。

「光。何か飲む?」

光の好きなミルクティーとか…コーヒーとか…そう考えながら尋ねると、光は頭を振った。

「もう休む…。」

それが俺に迷惑をかけないよう気遣っての言葉だとしたら、こんなに悲しい事はない。

「…そっか。じゃあ…」
「……。」
「寝室に行こう。掴まって。」
「…ごめん」

謝るなよ…と胸の中で呟く。
本当にどうして…。どうしてこんなことに。
俺は光の着替えを手伝い、辛そうな表情で目を閉じる光に布団をかけて、泣きそうになった。

 


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